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34話「形の崩れたマカロン」


食事を終えた私達は、お店の外に出ました。


「ラファエル様、すっかりご馳走になってしまって」


「気にしないで、アリーゼ嬢。

 君が美味しそうに食べているのが見られて、僕も嬉しい気持ちになれたよ。

 君を、この店に連れてきてよかった」


王弟殿下はそう言ってふわりと笑いました。


ゼアンさんはお店に残って支払いをしています。


歩道で彼が出てくるのを待っていると、乱暴な運転をする馬車が近づいてきました。


馬車は、私達の横を通り過ぎていきました。


馬車が通り過ぎる瞬間、殿下が私の腕を掴み抱き締めました。


「乱暴な運転をする馬車が多いな。

 ああいう馬車がなくなるよう、取り締まりを強化しよう」


殿下が、そう呟きました。


「アリーゼ嬢、怪我はない?」


雑貨店に向かう時も、彼に抱き寄せられましたが、今度はしっかりと抱き締められてしまいました。


彼の両腕が私の背中に回り、逞しい腕にしっかりと包み込まれています。


殿下の体から香水の甘い香りがしました。


心臓がドキドキします。


「アリーゼ嬢?」


殿下が問いかけてきましたが、顔を上げることができませんでした。


顔に熱が集まっています。私の顔は今きっと真っ赤です。


「大丈夫……です。平気……ですから」


私は囁くように言いました。


心臓が煩いほど鳴っているけれど、彼の腕の中は心地よくて、ずっとこうしていたいような安心感がありました。


「ああ、なんてことなの……!」


その時、お年寄りの悲痛な叫び声が聞こえました。


声をした方向に顔を向けると、おばあさんが路上に座り込んでいました。


「ラファエル様、向こうで何かあったみたいです」


「残念、もう少しこうしていたかったのに」


殿下がそう呟きました。


それは一体どういう……?


殿下は、私の背中に回していた腕を、ゆっくりと解きました。


殿下の温もりが消えていくのが、すこし寂しく感じました。


私は殿下の元を離れ、お年寄りの元に向かいました。


「おばあさん、何かあったのですか?」


私が声をかけると、お年寄りが歩道を指差しました。


彼女が指を指した方向を見ると、黄色のショールが落ちていました。


お年寄りにショールを届けようと、ショールを持ち上げると、中にマカロンが入っているのが見えました。


おそらく、地面に落とした拍子に、マカロンの形が崩れてしまったのでしょう。


「マカロンを焼いて、市場で売ろうと思っていたんだけどねぇ……。

 馬車に驚いて、転んだ拍子にショールごと落としてしまったんだよ」


おばあさんは悲しげな表情をしていました。


「こんなに形が崩れてしまっては、もう売れないね……」


おばあさんはショールに包まれたマカロンを見て、肩を落としました。


マカロンは繊細なお菓子です。


なので、落としたりすると形が崩れてしまうのです。


「マカロンを売ったお金で、孫が欲しがっていた刺繍セットを買って上げようと思っていたんだけどねぇ……」


おばあさんは崩れたマカロンを見て、しょんぼりとしていました。


彼女の声には力がなく、今にも泣き出してしまいそうでした。


彼女に、私がしてあげられることはないのでしょうか?


「あの、おばあさん!

 よかったらこのブレスレットを……」


私の身につけているアクセサリーを売れば、いくらかになるかもしれません。


それでお孫さんが欲しがっていた刺繍セットを……。


「アリーゼ嬢がそんなことする必要はないよ。

 おばあさん、そのマカロンを全て買おう」


いつのまにか、私の横に立っていた殿下がそうおっしゃいました。


「お兄さん、気持ちはありがたいんだけど、こんなに形が崩れてしまっては……」


「形が崩れても味は変わらないだろ?

 おばあさんの言い値で買うから売ってほしい」


殿下は、おばあさんが提示した金額を支払いました。


おばあさんは、殿下に何度も何度も頭を下げて去っていきました。


「すみません、ラファエル様。

 私がお節介をしたばかりに、あなたにお金を使わせてしまって……」


自分の力で解決できなくて、悔しいです。


「気にしなくていいよ。僕が好きでしたことだから」


殿下はそう言ってにっこりと笑いました。


「やはり私がこのブレスレットを渡した方が……」


「それはやめた方がいい。

 君が身に着けているブレスレットは、

 お菓子の屋台ごと買ってもお釣りがくるほど高価なものだ」


このブレスレットに、それほどの価値があるとは思いませんでした。


「軽々しく高価な物を人にあげない方がいいよ。

 身の丈に合わない物を持つと、引ったくりに遭ったり、詐欺に合ったり、たかられたりして大変だからね」


彼は眉をひそめ、真剣な表情でそうおっしゃいました。


「これでも家にあったブレスレットの中で、一番飾り気の少ないものを選んだのですが……」


街に出るので、飾り気の少ない、質素な格好を心がけたつもりです。


「やはり、君は一人で外に出ない方がいいね」


殿下はそう言って困ったように笑いました。


「今度街に探索に出る時は、また僕に声をかけて」


せっかくの申し出ですが、お忙しい殿下を、何度も街の散策に付き合わせるわけには……。


「それよりも、このマカロンをどうしましょうか?」


おばあさんから買い取った、ショールいっぱいに詰められたマカロン。


ゼアンさんとロザリンを入れても、とても食べきれません。


ショールに包まれていたとはいえ、殿下に落ちた物を食べさせる訳には……。


「そのことなら心配いらないよ。

 お菓子を喜んで食べてくれる人達に心当たりがあるから」


殿下はそう言って、目配せをしました。


お菓子を喜んで食べてくれる人達とは一体?



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