33話「カフェと苺タルトと笑顔と楽団と」
雑貨店にはたくさんの興味深い商品が並んでいて、ロザリンと一緒に時間を忘れて夢中で見ていました。
お店を出て、時計塔を見ると一時を過ぎていました。
「すいません。殿……ラファエル様。
夢中になりすぎて、こんな時間に……!」
私達は、一時間以上お店の中にいたようです。
「気にしないで。
アリーゼ嬢が楽しそうにお店の商品を眺めているのを見て、僕も楽しめたから」
王弟殿下はそう言って、目を細め、口角を上げ、朗らかに微笑みました。
「それに、『ラファエル』って呼んでもらえるのは嬉しいしね」
彼はいたずらっぽい表現で、片目をパチリと閉じました。
喜んでいただいているようですが、殿下のことをお名前で呼ぶ時は、緊張してしまいます。
「お腹も空いたし、食事にしようか?
少し歩くけど感じの良いカフェがあるんだ。
アリーゼ嬢は、まだ歩く元気はある?」
殿下は気遣うような表情で、そうおっしゃいました。
「大丈夫です。
こう見えて、学園や、王宮や、実家などを沢山歩いて足腰を鍛えていますから」
貴族の令嬢は華奢に見られがちですが、広い庭や屋敷を歩き回るので、実は歩くことに慣れています。
「そう、それは残念だな。
アリーゼ嬢が疲れていたら、
僕がお姫様抱っこして運ぼうと思っていたのに」
王弟殿下はそう言って、楽しそうな表情で、口角を上げました。
彼は、私がそんなに軟弱だと思ってるんでしょうか?
それとも、まだ私のことを子供扱いしてるんでしょうか?
どちらにしても、彼に街中でお姫様抱っこされたら、緊張と羞恥心で心臓が止まってしまいます。
「それにしてもゼアンさんは遅いですね。
私達が見てるだけで何も買わなかったから、
お店の人に怒られてるのでしょうか?」
私達がお店を出るとき、ゼアンさんだけはお店に残りました。
殿下が、「ゼアンのことは気にしなくていいから、外で待ってよう」とおっしゃるので、私達だけ先に外に出ました。
しばらくして、ゼアンさんがお店から出てきました。
王弟殿下はゼアンさんが遅れたことを特に叱ることもなく、これから食事のできるお店に向かうことを伝えました。
◇◇◇◇◇
王弟殿下に連れて来ていただいたカフェは、通りに面した場所にありました。
青い屋根に白い石造りの壁、窓にはたくさんの花が飾られていました。
外にもテーブルや椅子があり、美しく配置されています。
お店の中に足を踏み入れると、床が綺麗に磨かれた清潔そうな空間でした。
木製の椅子や机が、程よい間隔で配置されていました。
コーヒーや紅茶の爽やかな香りが、カウンターから漂ってきました。
カウンターには、色とりどりのケーキが並んでいて、どれも美味しそうです。
フルーツがトッピングされたアーモンドクリームを使ったタルト、
アプリコットジャムがサンドされたチョコレートケーキ、
色とりどりのマカロン、
キルシュトルテ、
苺のタルト、
チーズケーキ、
クッキー、
マフィン、
スコーン、
フィナンシェなどが並んでいました。
「ご馳走するから、好きなのを注文して」
王弟殿下がにこやかに微笑みました。
ここで遠慮して、何も食べないのも変かもしれません。
それに、メイドのロザリンを飢えさせたら可哀想です。
街を散策して、彼女もお腹が空いていることでしょう。
「ではお言葉に甘えて、ケーキを一つ注文しても宜しいでしょうか?」
「一つとは言わず、いくつでもどうぞ」
殿下が爽やかに微笑みました。
「そんなには食べられません」
マフィンや、スコーンや、フィナンシェや、クッキーも美味しそうなんですが、やはり真っ赤ないちごの乗ったタルトに心惹かれます。
私は苺のタルトとダージリンティーを、ロザリンはチョコレートケーキとコーヒーを注文しました。
王弟殿下は苺のタルトとマフィンとダージリンティーを、ゼアンさんはチーズケーキとコーヒーを注文していました。
殿下は、王宮のガゼボでもマフィンを召し上がっていました。
彼はマフィンが好物なのかもしれません。
私達は、窓際の席で食事を取ることにしました。
タルトを一口頬張ると、タルトの爽やかな酸味が口の中いっぱいに広がりました。
公爵家や王宮で出されるお菓子も美味しいですが、このように下町で食べるお菓子もまた格別です。
ふと気がつくと、殿下がこちらを見て、にこにこと笑っていました。
「ラファエル様は先ほどからこちらを見ていらっしゃいますが、私の食事のマナーに何か問題がありましたでしょうか?」
食事のマナーを忘れて失笑されるなど、公爵令嬢としてあるまじき失態です。
「そうじゃないんだ。
君が美味しそうに食べていたから、
つい見とれてしまったんだ」
殿下に「見とれた」など言われると照れてしまいます。
「君が、元気を取り戻してくれたのが嬉しいんだ。
お茶会の時の君は、気持ちが沈んでいるように見えたから」
彼は、穏やかな目で私を見つめました。
殿下は、ベナット様に傷つけられた私のことを、ずっと心配してくださっていたのですね。
そのことがわかって、心がほっこりとしました。
その時、笛の涼やかな音色が流れていました。
音のした方向を見ると、楽団がいて、音楽を奏でていました。
「このお店では、演奏が聞けるのですね」
「旅の楽団がたまに来るんだよ。
今日は運が良い、彼らの演奏を聞けたのだから」
殿下は楽団を見て、目を細め、口角を上げました。
「旅の楽団の演奏を聴くのもたまにはいいよね。
彼らの音楽には、宮廷の音楽にはない暖かさがある」
「はい。本当にそうですね」
彼らの演奏を聞いていると、お父様に戦力外通告をされた事で、悩んでいた気持ちが小さくなっていきます。
学園で授業を受け、王子妃教育を受け、自宅で本を読み、何でもわかっている気になってました。
こうして街に出ると、知らないことがたくさんあるのがわかります。
私は、狭い世界でしか生きていなかったようです。
今日街に出て本当に良かったです。
読んで下さりありがとうございます。
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