31話「街の散策と思いがけない抱擁」
パンケーキを食べ終えた私達は、街の散策に向かいました。
私は街のことは何もわからないので、王弟殿下の知っているお店に行くことになりました。
殿下が今から行こうとしているお店は、可愛らしい小物を取り扱っているお店のようです。
可愛らしい小物と聞いただけで、胸がワクワクします。
殿下は約束通り、私のことをエスコートしてくれました。
彼は私の手を握ると、私の歩調に合わせて歩き始めました。
「公爵家の一人娘を迷子にさせたら大変だからね。街にいる間は手を繋いでいよう」
王弟殿下はそうおっしゃり、にこやかに微笑みました。
恋人でも婚約者でもない男性と、手を繋いで歩くのは恥ずかしいです。
王弟殿下にとっては、子供を引率している保護者の気分なのかもしれません。
私はドキドキして仕方ありません。
彼にとって私は、手を握っていないとどこかに行ってしまう注意力散漫な子供と同じなのでしょうか?
それなのに、私だけがときめいてしまって……少し悔しいです。
◇◇◇◇◇
殿下と街を歩いていると、ファンシーな雰囲気のお店や、素敵な商品が並んだショーウィンドウや、洗練された門構えのお店などが目に入りました。
花屋さんのバケツに生けられていたピンクのお花、
靴屋さんのショーウィンドウに飾られていた真っ赤な靴、
雑貨店の窓際に置かれていたくまのぬいぐるみ。
どのお店の商品も可愛らしくて、見ているだけで胸がときめきました。
足を止めてじっくりと商品を見たかったのですが……。
王弟殿下には、目的のお店があります。
彼は忙しいので、寄れるお店の数は限られています。
王弟殿下がお気に入りのお店を紹介しようとしているのに、彼の足を止めてしまうのは良くないですよね。
それに、私はお金を持っていません。
買う気もないのに、お店の商品をジロジロと見ていたら、お店の人に悪いですよね。
通り過ぎたお店のことは忘れましょう。
きっと、殿下が紹介してくださるお店は、通り過ぎてきたお店より、もっと素敵なところなのでしょうから。
私はわくわくした気持ちで歩を進めました。
その時、乱暴な運転の馬車が歩道のすれすれを通り過ぎていきました。
馬車が通り過ぎるとき、殿下は私の手を引き、抱き寄せました。
彼の腕の中にすっぽりと覆われ、心臓がドクンドクンと音を立てました。
「アリーゼ嬢、大丈夫だった?」
「はい、殿……ラファエル様が守ってくださいましたから……」
まさか、殿下が体を張って私を守ってくださるとは思いませんでした。
「ゴホン、殿……若様! お嬢様との距離が近いですよ!」
ゼアンさんにじっとりとした目で見られ、私は殿下から体を離しました。
「すみません、私ったら、いつまでもラファエル様の腕の中に……」
「いや、こちらとしては嬉しかったよ」
「えっ?」
「いや、こちらこそ突然抱き寄せてごめんね」
殿下との間になんとも言えない空気が流れました。
「若様、お嬢様、見つめ合ってるところ恐縮ですが、散策に割ける時間も限られていますし、そろそろ参りませんか?」
ゼアンさんに言われ、彼と見つめ合っていたことに気づきました。
こんな街路で、何をやっているのでしょう?
「行こうか? アリーゼ嬢」
「はい」
王弟殿下は私の手を取り、歩き始めました。
殿下は私の歩調に合わせて歩き、自然な流れで私を歩道側に導き、自分は車道側を歩いていました。
殿下は、女の子への気遣いが、すんなりとできる方なのですね。
嬉しいのですが、少し不安になります。
彼はスマートなエスコートができるほど、女性とデートすることに慣れているのでしょうか?
王弟殿下が女性とデートし慣れていたからといって、私には何も関係がないことなのに……。
彼の過去の女性関係が、なぜこんなにも気になるのでしょうか?
殿下の隣を他の女性が歩いていたことを想像するだけで、なぜこんなにも胸が苦しくなるのでしょうか……?
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