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30話「王弟殿下は跪いて手の甲にキスをする」


「アリーゼ嬢は気の毒なんだよ。

 婚約破棄されたあと、ずっと家に引きこもっていたそうだ」


 殿下がゼアンさんに切なげな表情で訴える。


「メイドが、アリーゼ嬢を気晴らしに街に誘ったら、街に出てすぐにスリに遭い、一人になったところをナンパな男に声をかけられ怖い思いをした。

 このままアリーゼ嬢を家に帰したら、彼女は市場を怖いものだと思ってしまう。

 僕は彼女に、市場での思い出を残してあげたいんだ」


王弟殿下は、穏やかですが強い意思のこもった目でゼアンさんを見つめました。


ゼアンさんが深い息を吐いた後、こう言いました。


「……わかりました。ただし、日が暮れるまでですからね」


ゼアンさんはとうとう折れました。


「それから、今日こなすご予定の仕事は帰城したら必ずやっていただきます!」


ゼアンさんがそう念を押しました。


「ありがとうゼアン!

 この恩は一生忘れないよ」

 

王弟殿下が満面の笑みを浮かべました。


「俺とロザリン嬢も、お二人の身を守る為に同行します!

 俺たちを置いて逃げたりしないでくださいね!」


ゼアンさんは厳しい表情で、殿下にそう言いました。


「そこは気を効かせて、僕とアリーゼ嬢を二人きりにしてくれてもいいんだよ?」


「それはルミナリア公爵令嬢の身が危険にさらされるので、同意できません」


ゼアンさんはジト目で殿下を見ました。


殿下と私が二人きりになると危険とは……? どういう意味なのでしょう?


「アリーゼ嬢、事後承諾になってしまって申し訳ない。

 今日一日、あなたをエスコートする名誉を、僕に与えてはいただけませんか?」


王弟殿下が私の前に跪き、私の手を差し出し、そうおっしゃいました。


殿下に跪かれる日が来るとは思いませんでした。


彼の濃い紫色の瞳に見つめられ、心臓がトクントクンと音を立てています。


いいのでしょうか? 王弟殿下の貴重な一日を私が独占してしまって?


でも、きっと……こんな機会は二度と訪れません。


私も王弟殿下と街を散策してみたい。


一度だけわがままを言っても許されるでしょうか?

  

「王弟殿下に、エスコートをお願いしても……よろしいのでしょうか?」


「あなたをエスコートできたら、私は今日一日幸せな気分を味わうことができます」


彼は私を真っ直ぐに見つめ、そうおっしゃいました。


「殿下のお申し出を、お受けいたします」


私がそう返事をすると、彼は目を細め口角を上げ満面の笑顔を浮かべました。


いつものクールで大人びた彼とは違い、子供のように無邪気に笑う王弟殿下を、可愛いと思いました。


彼は私の手を取り、自分の顔の前に持っていくと、そっと口づけをしました。


「…………!」


王弟殿下の柔らかな唇が手の甲に当たり、私は声にならない悲鳴をあげました。


人前で、手とはいえ殿下にキスされるとは思いませんでした!!


顔に熱が集まってきて、耳まで熱いです!


心臓が早鐘のようにドキドキしています。


「王弟殿下、困ります! このような場所でそのようなことをされては……!」


ゼアンさんもロザリンも見ているのに……!


「ラファエル」


「えっ?」


「今日はお忍びで街を散策します。

 ですが人前で『王弟殿下』と呼ばれると、僕の正体が街の人に知られてしまいます。

 なので今日だけ『ラファエル』と、そう呼んでいただけますか?」


王弟殿下の婚約者でも、家族でもない私が、彼の下の名前を呼ぶなんて……恐れ多い!


「それは……」


「お願いします。今日一日だけで構いません」


彼のロイヤルパープルの瞳で、まっすぐに見つめられると、嫌とは言えなくなってしまいます。


「殿下のお名前をお呼びするのは、今日だけなんですよね?」


「ええ、今日一日で構いません」


お城の外で、一日だけなら……。


「それでは失礼してお名前を呼ばせていただきます。

 ラ、ラララ……ラファエル様……!」


誰かの名前を呼ぶことが、こんなに勇気がいることだとは思いませんでした。


私が殿下の名前を呼ぶと、彼は頬染めはにかんだ笑みを浮かべました。


彼の少年のようなその笑顔に、私の心臓は終始ドキドキしっぱなしでした。


◇◇◇◇◇


「殿下、ルミナリア公爵令嬢への接触が過剰過ぎると、ルミナリア公爵にセクハラで訴えられますよ」


ゼアンさんが、ゴホンと咳払いをしました。


「ゼアン、せっかくアリーゼ嬢といい雰囲気だったのに……」


王弟殿下が、眉根を寄せ、物言いたげな目でゼアンさんを睨みました。


「それから、ゼアン。

 今日はお忍びだから『殿下』ではなく『若様』と呼ぶように。

 ルミナリア公爵家のメイドのロザリンだったよね?

 君も僕を『若様』と呼ぶように」


殿下は、ゼアンさんとロザリンにそう言いました。


「俺がセクハラのことを注意したのは、華麗にスルーしましたね。

 分かりました。

 今日一日あなた様のこと『若様』とお呼びいたします」


「良い答えだ。

 ロザリンもいいかな?」


「はい、殿下……いえ、若様」


ゼアンさんは王弟殿下のことを若様と呼ぶことに抵抗がないようです。


ロザリンはやや緊張しているようでした。


無理もありません。


ロザリンからしたら、初対面の殿下を今日一日だけとは言え『若様』と呼ぶのですから。


「アリーゼ嬢もわかってるよね? 今日一日僕のことは名前で呼んでね」


「はい殿下……いえラファエル様」


私が殿下のことを名前で呼ぶと彼はにっこりと微笑みました。


殿下を名前で呼ぶのは緊張します。


「そうだ、パンケーキを買ったんだ。みんなで食べようか?」


殿下に言われ、パンケーキを買ったことを思い出しました。


屋台で買ったふわふわのパンケーキに、ラズベリージャムをつけて、食べました。


それから、街の散策に行くことにしました。


ベンチに座ってパンケーキを食べるなんて初めてです。


淑女としては、はしたない行為なのでしょうが、今日だけはいいですよね。


なんだか少し悪いことをしてるような気分で、パンケーキを食べるだけなのにドキドキします。


ドキドキするといえばフォークが二つしかなかったので、私と王弟殿下で一つのフォークを二人で使うことになりました。


これって間接キ……ス……ですよね?いえ、今は考えないことにしましょう。



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