29話「お嬢様は世間知らず」
私達は場所を変え、公園に移動しました。
噴水前のベンチの辺りはあまり人が来なかったので、そこに座りました。
私と王弟殿下が同じベンチに腰をかけ、ゼアンさんとロザリンは立っています。
私は二人にもベンチに腰掛けるように声をかけたのですが、断られてしまいました。
ゼアンさんは護衛、ロザリンはメイド。職業柄、主が座っている時は、立っていた方が落ち着くようです。
殿下はパンケーキの代金を支払う時に、一度私の手を離しました。その後また私の手を握り、それからずっと手を握ったままです。
ゼアンさんとロザリンの前で、殿下と手をつないでいるのは恥ずかしいです。なのに、不思議と彼の手を解きたい気持ちにはなりませんでした。
「殿下、市場の視察は一時間の予定でしたよね?
もうとっくに一時間は過ぎていますよ。
王宮にお戻りください」
ゼアンさんは厳しい目つきでそう言いました。
王弟殿下は、私と違ってお忙しいお方。
市場を見学するにも、制限時間があったようです。
「ゼアン、君は冷たいね。
視察中に偶然知り合いに会って、その人が財布をすられて、迎えの馬車も夕方まで来なくて、困っているというのに……。
君は二人を見捨てろと言うのかい?」
王弟殿下には、ここに移動するまでの間に、公爵家の迎えの馬車が夕方まで来ないことを伝えました。
「それにアリーゼ嬢もメイドも、市場には不釣り合いなほど、上等な服を身に着けている」
王弟殿下が私とロザリンの服を見ました。
「彼女達を市場に置いて行ったら、良からぬ輩に目をつけられて、また危ない目にあってしまうよ。
そうならない為にも、僕たちがエスコートしてあげないと」
この服はそんなに市場にそぐわない物だったのでしょうか?
「殿下は先ほども私の服のことをおっしゃっていましたが、
街だと、この服はそんなに目立つのでしょうか?
家にあった服の中で、一番粗末な服を着てきたのですが……」
私は、自分が身に着けているロイヤルパープルのワンピースを見ました。
既製品の安物ワンピースです。
名のあるデザイナーの品でもありません。
この服なら市場になじめると思っていました。
私の話を聞いて、殿下は困ったように眉を下げました。
「君が纏っている服はね、王都の一等地にある高級な装飾店でしか取り扱ってない品だよ。
君のメイドが来ている服も、アリーゼ嬢の着ているワンピースほどではないが、上等な品だ」
この服がそんなに高価だとは思いませんでした。
「見る人が見れば、大きな商家のお嬢様か、貴族の令嬢だと、一目で分かってしまうよ」
殿下はそう言って、苦笑いを浮かべました。
「まぁ、そうでしたの」
「えっ! この服そんなに高価だったんですか!?」
ロザリンも自分の着てる服を見て、その価値に驚いてるようです。
彼女の実家の子爵家もとても裕福です。
どうやら私達の価値観は、庶民とはだいぶかけ離れているようです。
市場について早々、ロザリンがショルダーバッグを盗まれた理由が分かりました。
私達は市場では相当目立っていたのですね。
こういうのを、鴨がネギを背負ってやってくると言うんですよね。
それなのに、先ほどまで、市場に完璧に溶け込めていると思っていた自分が恥ずかしいです。
「落ち込まないでアリーゼ嬢、こういうことは慣れだから、回数をこなすしかないんだよ」
殿下が優しい声でそうおっしゃいました。
「殿下のように市場の視察に慣れすぎて、護衛を撒くようになると困るのですが」
ゼアンさんがじとりと王弟殿下を睨みました。
「ごめんね、ゼアン。
君の目をごまかして逃げたことをまだ怒ってるのかな?
今日はもう、逃げたりしないから安心して」
「この後は、お城に戻りいただけるんですよね?」
ゼアンさんが王弟殿下に詰め寄りました。
「いや城には戻らず、アリーゼ嬢をエスコートして、市場を案内しようと思っている」
王弟殿下が爽やかな笑顔でそう答えると、ゼアンさんが疲れた顔でため息をつきました。
「殿下、困ります! この後のご予定が……」
「今日やる予定の仕事は、帰ってからら片付けるよ」
「またそのようなことをおっしゃられて……」
にこやかな笑顔を浮かべる殿下とは対照的に、ゼアンさんは泣きそうな顔をしています。
「ゼアンは、アリーゼ嬢のことを気の毒だと思わないのかい?
彼女は、甥に婚約破棄されて傷ついてるんだよ?
せっかく気晴らしの為に街に出てきたのに、危険な目に遭っただけで終わったのでは、余計に辛くなってしまうよ。
僕はね、ゼアン。
アリーゼ嬢に今日一日楽しんでもらって、少しでも心を癒やしてあげたいんだよ」
殿下が握っていた手に力を込めました。
私の心臓がドキッと音を立てました。
「殿下、ですが……」
ゼアンさんは、殿下が予定通りに動いてくれないので、困った顔をしていました。
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