26話「パンケーキとナンパと救世主と」
「見てください、お嬢様!
パンケーキの屋台が出ています!
あれに、ラズベリージャムをつけて食べるとすごく美味しいのですよ!」
ロザリンは瞳を輝かせて、屋台を指さしました。
彼女に手を引かれ屋台に近づくと、パンケーキの焼ける甘い香りがしました。
大きな鉄板に小さなくぼみがたくさんついていて、手のひらにすっぽり収まるくらいの可愛らしいパンケーキが、いくつも同時に焼かれていました。
これが屋台のパンケーキなのですね。
家で食べるものとは大きさが全然違います。
朝食を食べたばかりですが、パンケーキが焼ける匂いを嗅いでいたら、お腹が空いてきてしまいました。
「お嬢様も興味津々みたいですね。
おじさん、パンケーキ二人前お願いします。
ラズベリージャムをたっぷりとかけてくださいね」
「あいよ」
ロザリンがお店の人に注文をすると、お店の人がお皿にパンケーキを盛り付け、その上に真っ赤なジャムを乗せました。
「お代は銅貨二枚だよ」
お店の人が言いました。
「まあ、そんなにお安いのですか?」
値段を聞いて、私はびっくりしました。
パンケーキが銅貨二枚で買えるなんて、庶民の生活はお得なんですね。
お父様や親戚からは、金貨しかもらったことがないので、私は銅貨すら見たことがありません。
「お嬢様、市場ではこれくらいの値段が普通ですよ」
そう言ってロザリンは、ショルダーバッグからお金を取り出そうとしました。
その時、一人の男がロザリンにぶつかり、走り去って行きました。
「何だったんでしょう?
人にぶつかっておいてお詫びも言わないなんて……!
それよりもお会計を……って、私のバッグがない!」
ロザリンは自分のバッグが無いことに気づき、目を見開き、口を大きく開けていました。
「ひったくりです!
捕まえてきます!
お嬢様はここで待っていてください!」
ロザリンはそう言い残し、男が去った方向に駆け出して行きました。
困りました。初めての市場で一人になってしまいました。
「お嬢ちゃん、このパンケーキどうするんだい?
ジャムをかけちまったから他の客には売れないんだよ」
屋台の店員さんが、イラついた声でそう言いました。
彼は眉間にシワを寄せこちらを睨んでいます。
「すみません」
どうしましょう?
私はお金を持ってきませんでした。
このままでは無銭飲食で捕まってしまうでしょうか?
公爵令嬢が無銭飲食で捕まるなど、醜聞にもほどがあります!
このことがお父様に知られたら、良くて修道院行き、悪ければ勘当されてしまいます!
そうです! お金がないなら物で支払いましょう。
私の身に着けているアクセサリーを売れば、いくらかになるでしょう。
それでパンケーキ代を支払えるはずです。
「あの、これを売ったらいくらかになりますか……?」
私がブレスレットを外そうとした時です。
「ねぇねぇ、お嬢さん、お金が払えなくて困ってんの?
なんなら俺が代わりに払ってあげようか?」
その時、背後から男性に声をかけられました。
振り返ると、茶髪にくせ毛の若い男性と、黒髪短髪の若い男が立っていました。
きちんと挨拶もしていないのに、女性に声をかけるなんて、なんて無礼な人達なのでしょう?
「いえ、結構です。
お代は自分で払います」
私は毅然とした態度で彼らの申し出を断りました。
「『結構です』だって〜〜!
もしかして、お嬢様?
育ちが良さそうな顔してるもんな〜〜!」
「お姉さん、一人なの?
俺たちが街を案内してあげようか?」
私が断ったのにもかからず、彼らは勝手に話を進めようとします。
それに、先ほどから距離が近いです。
彼らはいつの間にか、私のすぐ隣に立っていました。
婚約者でもない相手にこんなに近づくなんて、マナー違反です。
知らない男性に隣に立たれて、私は圧迫感で気分が悪くなりました。
「お姉さんよく見るとすっごい美人だね!
俺たちが楽しいとこに連れてってあげるよ……」
茶髪の男の手が、私の腕に伸びてきました。
「触らないでください!」
私がそう声を上げた時でした。
茶髪の男性の手は、別の男性によって後ろ手にひねられていました。
「嫌がる女性の体に無理やり触れようとするなんて、君たちはマナーがなってないね」
男の手を捻り上げた男性の声は、落ち着きのある低く透明感のある澄み切った声でした。
この声には聞き覚えがあります。
「それに……彼女は君たちのような野蛮な男が、気安く触れていい相手ではないんだよ」
肩の所で切りそろえられた銀色の艶のある髪、整った顔、凛々しい顔立ち。
私を助けてくれたのは、王弟殿下ラファエル様でした。
彼はセルリアンブルーのジャケットとベスト、白いシャツに、黒いズボンとブーツという、ラフな服装をしていました。
それから、腰には細身の剣を装備していました。
王宮での正装もきらびやかで美しいですが、今日のようなカジュアルな格好も素敵です。
王弟殿下は、目を吊り上げ、口元を引き締め、厳しい顔で男達を睨んでいました。
殿下が、私に声をかけてきた男達に対して、怒っているのが伝わってきます。




