25話「公爵令嬢、初めてのお忍び散策」
国王陛下から王宮に呼び出されてから二週間が経過しました。
私は屋敷の自室に籠もり、領地のことを学んでいます。
その日も、朝食を終えたらすぐに部屋に戻り読書をしていました。
「この辺の治水工事をすれば、果実の収穫量が上がるかもしれないわね……」
応接用のローテーブルの上には、数十冊の本が積み上げられていました。
ほとんどが領地に関する本です。農業や植物図鑑も数冊混ざっています。
テーブルの中央に領地の地図を広げ、気になる箇所に印を付けていきます。
本を読みながらメモを取っていると……。
「お嬢様!
王室から戻られてから部屋にこもって本を読んでばかり!
このままでは、お嬢様がお体を壊してしまいます!」
メイドのロザリンに、読んでいた本を取り上げられてしまいました。
ロザリンは、現在二十一歳。
彼女は、子爵家の三女で三年前から当家で働いています。
彼女は黒く艶やかな髪を頭の上でまとめ、ヘッドドレスをつけています。
服装は黒いワンピースの上に、白いエプロンという、ごく一般的なメイドの服を着用しています。
彼女のそばかすのある顔は、とても愛嬌があって可愛らしいです。
ロザリンは、ちょっとおっちょこちょいなところがありますが、優しくて、思いやりがあり、誠実で、主に忠実なメイドです。
「ロザリン、これには理由があるのよ」
「理由は存じております。
旦那様が、お嬢様を修道院に送ろうとしているから、お嬢様はそれを阻止するために、領地のことを学ばれていらっしゃるんですよね?」
ロザリンには、お父様に執務室で言われた事を包み隠さず伝えました。
ベナット様の出生の秘密など、王家に関わる重要なことは話せませんが、それ以外のことは何でも話せる、気のおけない間柄です。
「そうよ、きちんと勉強しておかないとね。
いざお父様に修道院に行けと言われた時、
『領地改革のために私をルミナリア公爵領に送ってください! 必ずお父様の役に立って見せますわ!』 と胸を張って言えないわ」
修道院で一生を過ごすなんて退屈で死んでしまいます。
一生結婚できないとしても、領地で町の人たちのために働いた方が、ずっと張り合いがあります。
「そのことなのですが、お嬢様。
もう一度、旦那様ときちんとお話をされた方が良いのではありませんか?
あの旦那様が、お嬢様を修道院に送るとは思えないのです」
ロザリンは、片方の眉を上げ、目を少し細め、懐疑的な表情をしていました。
「お父様は私に『お前を政略結婚させるつもりはない』ときっぱりとそう言ったわ。
『お前には政略結婚は向いてない。お前がルミナリア公爵家の為にできることは何もない。私がいいと言うまで、お前は家で大人しくしていなさい』ともね。
お父様は家の役に立たない娘を、いつまでも家に置いておくほど甘い人ではないわ」
そのためにも、今のうちに領地のことをしっかりと勉強して、私が役に立つ娘だとアピールしなくてはいけないの!
政略結婚をする以外にも、家の役に立つ方法はあることを証明しなくては!
「お嬢様のお覚悟はよく分かりました」
ロザリンは目を伏せ、深く息を吐きました。
「ですが、このように毎日部屋に籠もって、
お日様の光も浴びずに、
朝から晩まで本を読んでいたのではお体を壊してしまいます!
たまには息抜きも必要です!」
ロザリンの言うことにも一理あります。
「なので、街に出て気晴らしをいたしましょう!
絶対に楽しいですよ!」
「そうね、それもいいかもしれないわね」
窓の外を見ると、空は晴れ渡り、太陽の日差しがさんさんと降り注いでいました。
「すぐ、参りましょう!
着替えを用意いたします!」
ロザリンの気迫に押され、私は彼女と出かけることになりました。
◇◇◇◇◇
ロザリンに馬車に乗せられ連れてこられた場所は、王都にある市場でした。
市場にはたくさんの人が集まり、商人が物を売り買いする活気のある声が飛び交っていました。
馬車で通り過ぎるだけだった場所が、このように賑やかだとは思いませんでした。
「お嬢様、迎えの馬車は七時まで来ません!
それまでたっぷり遊びましょう!」
ロザリンは目をキラキラと輝かせ、楽しそうな表情でそう言いました。
「私達だけで大丈夫かしら?
護衛を連れて来た方がよかったのではなくて?」
三年間、私には王妃殿下付きの護衛がぺったりと張り付いていました。
なので護衛なしの生活にはまだ慣れません。
その上、初めての街の散策です。
不安を覚えても仕方がないと思います。
「公爵家の護衛は男性しかおりません!
無粋な殿方がいたのではお買い物を楽しめませんわ!
大丈夫です!
こう見えても私、学生時代はちょくちょく屋敷を抜け出して、市場に来ていましたから!
なので、下町の散策に関してはベテランです!」
ロザリンは自身の胸に手を当てて、自信満々にそう言いました。
「それに、私達が今着ている服は、カジュアルなワンピースです。
今の私達は、どこからどう見ても下町によくいる普通の女の子です。
この格好なら、簡単に街に溶け込めます!
街に溶け込んだらこっちのものです!
危ない事に巻き込まれる可能性なんて、ほぼありません!」
家を出る時、ロザリンに言われて着替えをしました。
私が普段着ているドレスでは、街の散策をするには目立ちすぎるからです。
今日の私の装いは、ロイヤルパープルのカジュアルなワンピースと黒のブーツです。
ロザリンはメイド服から、茶色のシックなワンピースに着替えました。
クローゼットにあった服の中で、一番地味で、一番価格の安い服を着てきました。
この格好なら違和感なく街に溶け込めるはずです。
ロザリンの言う通り、私は心配し過ぎだったかもしれません。
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