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21話「王弟ラファエル」王弟視点



――王弟ラファエル視点

――


僕の名前はラファエル・グレイシア、二十六歳。


グレイシア王国の現国王の二十四歳年の離れた弟だ。


前国王だった父は、僕が生まれるとすぐに亡くなった。


僕は王族特有の銀色の髪と、紫色の目を持って生まれた。


生まれた時から物覚えがよく、魔術や剣術にも優れていた。


容姿も人が「美しい」と褒めるぐらいには整っていたと思う。


語学も算術も音楽も天文学も学べば学ぶだけ、それに伴った成果を出せた。


剣術や魔術も呼吸するように覚えていった。


その頃の僕は、教育係に褒められるのが嬉しくて、ひたすら学び続けた。


国王の年の離れた弟が、優秀なことがどれだけ危険なことか、その頃の僕はわかっていなかった。


兄は優しくて穏やかな人だが決断力に乏しく、国王として優れているとは言えなかった。


母……王太后は、「先代の国王陛下がもう少し長生きしていらしたら、あなたを跡継ぎにしたでしょう」と言って憂いていた。


王太后は、「ラファエルを愚鈍な王の側近とするのはもったいないですね」とも言っていた。


結婚して十年経っても、陛下と王妃の間には子供が生まれなかった。


「現在の国王であるモーリスは、子供を作ることができない体です。

 私はその事を証明しなくてはなりません。

 私がそれを証明した後は、あなたが王太弟となり、この国の柱となるのです」


王太后がいつになく厳しい顔つきで僕にそう言ったのは、僕が七歳の時だった。


そのすぐ後、王太后は国王に五人の側室を娶るように勧めた。


国王が側室を娶った少し後、王太后は逝去(せいきょ)した。


王太后は国民に慕われていたので、国中が悲しみに包まれた。


だが数カ月後には、側室が懐妊したというおめでたいニュースに塗り替えられた。


側室が懐妊したと知った時、国王はとても喜んでいた。


僕も、甥か姪ができると思うと自然と顔が綻んでいた。


当時の僕は、王太后が生前言っていた「国王は子供は作れない体だ」という言葉の意味を、正しく理解できていなかったのだ。 


側室が生んだのは男の子で、ベナットと名付けられた。


待望の世継ぎの誕生に、国中が喜びに包まれていた。


誰よりも浮かれていたのは国王だった。


二年後、国王の喜びは絶望へと変わる。


ベナットは赤ちゃんの時、茶色の髪と茶色の目をしていた。


だが二歳になる頃、ベナットの髪は真紅色に染まり、瞳も赤く染まっていた。


それは、王家にも側室の実家のムーレ子爵家にもない色だった。


国王が秘密裏に側室の身辺調査を命じた。すぐに側室の浮気相手が見つかった。


側室の浮気相手は、ブラックウッド男爵家の三男だった。


彼は側室の幼馴染で、二人は幼い頃結婚の約束をしていたらしい。


王太后は、国王が子供を作れない体だということを知っていた。


だから側室に迎える五人も、後々問題が残らないように、下位の貴族の中から選んだ。


王太后の実家は公爵家だった。彼女は若くして王国に嫁いだ。


そのせいか、王太后は下位貴族を王族が好き勝手に動かしていい駒ぐらいにしか考えていなかった。


王太后は知らないのだ。


下位貴族にもプライドがあり、野心もあり恋心もあり、人の心もあるのだということを。


彼女達の実家は、娘を側室に上げることで王家から多額の金銭を受け取り、なおかつ王家に恩を売れる。


だが、側室として召し上げられ、用が済んだら実家に返される娘達は、複雑な心境だっただろう。


側室の役目を終え、実家に返されても、娘達はもう清い身体ではないのだ。


王家から「望む家との縁組を用意する」と申し出を受け、それで愛する人と一緒になれたとしても、娘達には国の為に好きでもない男に抱かれた心の傷が残る。


側室の一人であったオクタヴィアが、幼馴染の男爵令息との間に子供を作ったのは、恋人と引き裂かれた恨みを、托卵という形で晴らしたかったからなのかもしれない。


もしかしたら、愚かな国王なら、托卵に気づかないと思ったのかもしれない。


オクタヴィアはすでに亡くなっているので、真実を知ることはできない。


陛下は、子ができない自分の体を気遣った側室が、「子供を抱かせてあげたい」という優しさから、幼馴染と通じたと思っているようだ。


どこまでも人が良いことだ。


国王は、側室を愛し、托卵で出来た息子まで愛し、長い間彼らを罰することすらしなかった。


彼は、お人好しで、考えが甘くて、世間知らずで……残酷な人だ。


陛下は、ベナットの処分を当時十歳だった僕に委ねた。


『ラファエル、選べ。

 この子を殺すか? 生かすか? 

 全ては王弟であるそなたに委ねる』


そう言って僕にナイフを握らせた。


陛下はずるい人だ。


十歳の僕に、二歳の甥を殺す決断などできるはずがないことを知って、決断を委ねたのだから……。


そうして、べナットを生かした責任を、僕になすりつけた。


僕は、あの時べナットを殺さなかったことを、今でも後悔している。


べナットを生かしたことを初めて後悔したのは、彼が五歳の時だ。


五歳に成長したべナットには、二歳の頃の可愛らしさはなくなり、生意気で憎たらしい子供に育っていた。


しかも、べナットは物覚えが悪い上に怠け者だった。


べナットは、自分の出自を知らない。だから仕方ないのかもしれないが、婚約者であるアリーゼ嬢への態度も酷かった。


べナットとアリーゼ嬢の顔合わせの席でのこと。


ベナットがアリーゼ嬢に「何で俺の婚約者がこんな暗くて地味な女なんだ!」と言った。


その時僕は「こいつを殺しておけばよかった!」と、奴を生かした事を初めて後悔した。


それから、現在に至るまで、べナットを生かしたことを、何度後悔したかわからない。


アリーゼ嬢は、ベナットに悪口を言われても、凛とした態度を崩さなかった。


アリーゼ嬢は五歳の時からしっかりしていた。


国王がルミナリア公爵に頭を下げて整った婚約。アリーゼ嬢はべナットにとっての命綱。


べナットの出自については、彼の心へのダメージを考え、彼が成人してから話すことになっていた。


だからべナットは誰に命を救われているかも、アリーゼが自分より遥かに上の身分にある事も知らない。


知らないから仕方ないのだが、べナットのアリーゼ嬢への態度は酷かった。


彼がアリーゼ嬢に失礼な事をする度に、僕はべナットを生かしたことを激しく後悔した。


アリーゼ嬢は何も悪くないのに、この件に関する全ての皺寄せが、彼女にいってしまった。


国王はべナットを甘やかすだけだし、王妃はただ見守るだけだった。


僕はベナットを注意したが、彼は反発するだけだった。



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