20話「アリーゼの悩みと決意」
「会議室で陛下とお話したあと、父に執務室に呼ばれました。
その時、父に『政略結婚する必要はない』と告げられました」
まさか、お父様にそんな言葉を言われるとは思っていませんでした。
「私の存在価値は、家のためにより有力な貴族や王族と政略結婚することだと思っていました。
なので父にそう言われたことがとてもショックで……。
『お前には公爵令嬢としての価値がない』と言われたようなものですから……」
私は顔を下に向け、深く息を吐きました。
「王弟殿下とお会いした時、父に言われたことを思い出していました。
それが表情に出ていたのでしょう。
殿下にはご心配おかけしました」
私を見かけた王弟殿下が、心配して走ってくるほどです。
あの時の私は、よほど思い詰めた表情をしていたのですね。
「そうか、それで君は悩んでいたんだね」
王弟殿下は、目を細め、優しい声でそうおっしゃいました。
「公爵家にとって『役立たず』と判断された私は、良くて領地で謹慎、悪ければ一生修道院で暮らすことになります」
明日のパンに困るほど貧しい生活をしている人に比べれば、衣食住が保証された生活を送れるのですから、幸せなことなのかもしれません。
でも、ただ起きて、食べて、寝るを繰り返すだけでは、本当の意味で生きているとは言えません。
私は、もっと公爵家の役に立ちたいのです。
「王弟殿下に悩みを聞いて頂いたことで、少し気持ちが軽くなりました」
私は彼に笑顔を向けました。
少し口元が引きつってしまったかもしれませんが、気持ちが楽になったのは事実です。
「修道院で暮らすよりは、領地で過ごした方がまだ自由が効きますし、生活に張り合いがあります。
なので、今からでも領地のことを学ぼうと思います」
戒律が厳しい修道院では、自由がありません。
生きる張り合いも見つけるのが難しいでしょう。
「領地の改革や、
領地で取れる薬草を使ったポーション作りや、
領地で取れる果物を使った新しいお菓子の開発など、
まだ私にも出来ることはあると思うんです」
話していたら段々と楽しくなってきました。
領地で暮らすのは、思ったより楽しいかもしれません。
「もっとも、薬草についての知識はありませんし、
ポーションもお菓子も作ったことがないのですが……」
でも、今から学べばいいですよね!
勉強は好きですし、幸い、公爵家には沢山の本があります。
私には学ぶ時間が沢山あります。
屋敷に帰ったら、早速、それらの本を読みましょう。
知識を得たら、お父様に「修道院ではなく、領地に送ってください! 必ず公爵家の役に立って見せます!」とお願いしてみましょう。
「そうか君は努力家なんだね。
でもそれは取り越し苦労だと思うよ」
王弟殿下は優しさの中に驚きと、少しの困惑が混じっているような表情をしていました。
「それは一体どういう意味でしょうか?」
私が取り越し苦労をしているとは……?
「ルミナリア公爵は、君が思ってる以上に家族を大切にしているってことだよ。
それから、君が思ってる以上に彼は口下手なんだよ」
殿下は眉を下げ、困ったような表情で微笑みました。
父は家族思いで、口下手……?
殿下のおっしゃっていることが、私には今一つ理解できませんでした。
「君がそのことで、思い悩む必要はないってことだよ。
君にもいつかそのことがわかる日がくるよ」
「はぁ……」
それはいったいどういう意味なのでしょう?
「でも勉強するのはいいことだね。
薬草のことやポーションについて、知りたいことがあったら僕に聞いて。
僕はこれでも、隣国の魔法研究所に八年間も所属していたからね」
王弟殿下は口角を上げ、爽やかに笑いました。
「殿下は、グレイシア王立学園を卒業後、サルガル王国に留学し、サルガル王立魔法研究所で魔法の研究をしていらしたのですよね?」
「そうだよ。
今回のことがなかったら、ずっとサルガル王国にいたかもしれない」
そう言った彼は少し感傷的になっていました。
サルガル王国で何かあったのでしょうか?
王弟殿下は国を出た後、魔法の研究という自分のやりたいことを見つけ、八年間も努力してきました。
その道を諦め、跡継ぎとして生きなくてはならないことに悲観的になっているのでしょうか?
それとも、別の何かがあるのでしょうか?
「もしそうなっていたら、今日ここで君とお茶を飲むこともなかったね。
帰国して良かったよ、こうしてまた君に会えた」
王弟殿下は目を細め穏やかに微笑み、私を見つめました。
甘いマスクと、美しい声で、声で囁かれると、心臓がドキドキしてしまいます。
静まれ心臓! 私は自分の胸を手で抑えました。
◇◇◇◇◇
「君とはまたお茶をしたいな」
お茶会を終え、私が席を立とうとしたとき、殿下はそうおっしゃいました。
「何かあれば、いつでも城を訪ねて来て。
薬草のことでも、ポーションのことでも、何でも教えるよ。
それ以外のことでも、なんでも相談に乗るよ。
できる限り君の力になりたいんだ」
王弟殿下は、私を真っ直ぐに見つめ、優しい表情でそうおっしゃいました。
「はい、ありがとうございます。
王弟殿下のお申し出を嬉しく思います」
彼の言ったことが、社交辞令であることは分かっています。
王弟殿下は、立王嗣の礼を受け、王太弟となる身。
これから色々と忙しくなります。
私は公爵令嬢にすぎません。
そう簡単に、彼に会う機会は訪れないでしょう。
ベナット様がされていた仕事の引き継ぎ、国内の情勢の把握、貴族への根回し……王弟殿下が立王嗣の礼を受ける前にやることはたくさんあります。
王弟殿下は今まで独り身でした。
彼に婚約者すらいなかったのは、国王の年の離れた弟という難しい立場だったからでしょう。
ですが、王太弟になるのであれば、独り身という訳にはいきません。
早急に婚約者が必要です。
そう遠くない未来、彼の婚約者探しが始まるでしょう……。
ベナット様に婚約を破棄され、傷物になった私には関係のない話。
でもなぜでしょう……?
私には関係ないはずなのに、王弟殿下の隣に女性が立っているところを想像すると、胸の奥がモヤモヤします。