19話「君の話を聞かせて」
王弟殿下は、顔を上げ、まっすぐに私の目を見ました。
「君がベナットに初めて会ったのは五歳の時だったね。
その頃のべナットは手のつけられないクソガキだった。
その上、サボり癖のある怠け者だった」
初めてべナット様にお会いした時、「何で俺の婚約者がこんな暗くて地味な女なんだ!」と罵られました。
「その頃のべナットからは想像がつかないだろうけど、
二歳のべナットは、愛くるしい顔で僕を『おいたま』と呼び、どこに行く時も僕の後をついてくる、本当に可愛らしい子だったんだ」
王弟殿下が、優しい目つきでそうおっしゃいました。
零歳から二歳の間に、その人の善悪を判断するのは難しいです。
幼児の才能を見抜き、優秀な人物になれるかどうかを見抜くことは、誰にもできません。
「だから……陛下に決断を迫られた時、僕はベナットを殺せなかった……!
その決断が後々どのような禍根を残すか、当時の僕は想像することができなかったんだ……!」
王弟殿下は眉間に皺を寄せ、唇を噛み締め、悔しそうな表情でそうおっしゃいました。
「君の知っての通り、べナットは出来損ないに育った。
側室の托卵、王家の判断の甘さや、べナット自身の素行の悪さ、その皺寄せが全て君にいってしまった。
べナットのことで、君には多大な迷惑をかけてしまった!
全てはあのとき、僕が判断を間違えたせいだ……!
本当にすまない!!」
王弟殿下は苦悩に満ちた表情で、深々と頭を下げました。
彼の悲しみや苦しみが、こちらにまで伝わってきて、胸が痛くなりました。
「王弟殿下、頭を上げてください」
ゆっくりと頭を上げた殿下は、辛そうな目をしていました。
「もし私があなたの立場でも、べナット様を殺せなかったと思います」
十歳の時に、二歳の甥を殺す決断を迫られて、殺せる人がどれだけいるでしょうか?
きっと多くの人が無理だと答えるはずです。
ですが、王族は時にそのような非情な判断を、下さなくてはいけない……。
人の上に立つものは、情に流されてはいけないのです。
華やかな見た目とは裏腹に、時に冷酷で非情な判断を迫られる厳しい世界なのです。
「だから、私にはあなたを責めることはできません」
私は彼の目をまっすぐに見てそう伝えました。
彼はそれでもまだ自分を許せないようで、困惑した表情をしていました。
「それでもご自分が許せないというのなら、あなたは王になった時、後の世に禍根が残らぬよう、間違いのない判断を下せる統治者になってください」
公爵令嬢にすぎない私が、ここまで言うのは少しやりすぎだったでしょうか?
「肝に銘じる。
今日、君と交わした会話を僕は決して忘れない」
そうして顔をほころばせた王弟殿下は、つきものが落ちたような爽やかなお顔をしていました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アリーゼ嬢、今日は話を聞いてくれてありがとう」
王弟殿下が優しい微笑みを浮かべてそうおっしゃいました。
「僕の話を聞いてくれたお礼に、君の悩みを聞きたい。
先ほど君は泣きそうな顔で池のほとりに立っていたのかな?
良かったら、その理由を教えてもらえるかな?」
自分では気がつきませんでしたが、私はあのときそんな酷い顔をしていたのですね。
「やはり、べナットに婚約破棄されたことが堪えていたのかい?
ベナットの有責での破棄とはいえ、名前に傷がつくのは女性だ」
王弟殿下が悲しげな表情でそう尋ねてきました。
「そうではありません」
私は首を横に振りました。
「先ほどもお伝えしましたがベナット様との婚約は政略的なものでした。
彼に恋愛感情はありませんでした。
貴族の家に生まれたからには、政略結婚するのが当たり前だと思っていました。
だからべナット様との婚約が破棄されても、さほど傷ついてはおりません」
その言葉に嘘はありません。
「ベナット様との婚約が破棄されても、私はルミナリア公爵家の長女としての価値があります。
ルミナリア公爵家と縁を持ちたいと考える貴族は大勢いるはず。
なので、婚約破棄された後は、また別の家に嫁げば良いと思っておりました」
婚約は家同士の結びつき、なので家同士の婚約関係がもつれたら、婚約が破棄されることもあります。
だから、べナット様との婚約が破棄されることも、全く想定していなかったわけではありません。
「では、どうして君はあのとき辛そうな顔をしていたのかな?」
王弟殿下が心配そうな顔で尋ねてきました。
親身になって私の話を聞いてくれる彼は、まるで兄のようです。
私に年の離れた兄がいたら、このような感じだったでしょうか?
不思議と、彼と話していると落ち着きます。
王弟殿下には、人には言えない悩みごとまで話せる気がします。
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