18話「王弟殿下の後悔」
「国王の血を引いていないベナットと、君が婚約していたことについて民が知れば、
ルミナリア公爵家は一部の人から批判されるかもしれない。
公爵は自分の孫を王太孫にする為に、国民に大事なことを隠していたのだと……そう、根拠もなく騒ぎ立てる人間もいるだろう」
ルミナリア公爵家に野心があったと、そう捉える人もいるでしょう。
実際、父にはそういう野心があったのかもしれません。
「そうならないために、王家が全面的に君とルミナリア公爵家を守るつもりだ」
王弟殿下は私の目をまっすぐに見て、そう告げました。
彼は優しく力強い目をしていました。
王弟殿下は、今回の件に責任を感じているのかもしれません。
今回の件は彼のせいではないのに。
王弟殿下からは、陛下や王妃殿下以上に気遣いを感じます。
「王弟殿下のご配慮に感謝申し上げます」
私は彼に向かって丁寧に頭を下げました。
「べナットが君にしてきたことについて改めて謝罪したい。
あいつは君と婚約している間、君に迷惑をかけ続け、婚約を破棄した後も君を傷つけている。
本当にすまない」
王弟殿下は悲壮な面持ちで頭を下げました。
彼に頭を下げられてはこちらが恐縮してしまいます。
「確かにべナット様には迷惑をかけられました。
ですがそれは、王弟殿下の責任ではありません」
なので、あなたがそんなに苦しそうな顔をしないでください。
「いや、君とベナットの婚約は僕のせいなんだ……」
王弟殿下は頭を上げ、思いつめた表情でそう言いました。
「それは一体どういう意味でしょうか?」
「僕が七歳の時だった。
陛下が子供を作れない体だと、亡き母……王太后から聞かされた」
王弟殿下は眉間に皺を寄せ、口元を引き締め、硬い表情で話し始めました。
「陛下が側室を五人も娶る意味は、国王が子供を作れない体だと、重臣たちにわからせるためだった。
目的を果たしたら、彼女たちを家に帰すつもりだった。
その後、僕に立王嗣の礼を受けさせ、王太弟として発表すると、王太后から言われた」
当時七歳だった王弟殿下には重い話です。
「だけど……当時の僕は、陛下が子供が作れないということを、深くは理解していなかった。
計画の途中で、王太后は逝去した。
母の死を悲しむ間もなく、数ヶ月後には側室が懐妊したことが発表された。
その時、陛下はとても嬉しそうだった。
陛下が、側室を迎えた本当の意味を知らない重臣たちは、側室の懐妊を喜んでいた。
僕も甥か姪が生まれることが、とても嬉しかった」
王弟殿下の目はとても穏やかで、表情はとても柔らかでした。
彼は側室様が懐妊したと知った時、本当に嬉しかったのですね。
「側室から生まれた子が男の子だと分かり、国中がお祝いムードだった。
側室はべナットを生んですぐに亡くなった。
べナットが二歳になるくらいまで、本当に幸せだったと思う」
そう話す王弟の目は優しいものでしたが、瞳には影が宿っていました。
「べナットは生まれてからしばらくは、茶色の髪と茶色の目をしていた。
顔もどちらかといえば亡き側室に似ていた」
王弟殿下は、そこで言葉を区切り深く息を吐きました。
「だけど……べナットが成長するに従って、彼の顔立ちは側室に似なくなってきた。
べナットの顔は陛下にも似ていなかった。
生まれたときは茶色かったべナットの髪と瞳の色は、徐々に赤く変色していった。
その頃になって、陛下もようやく異変に気づいたのだろう。
陛下は側室の身辺調査を行った。
その結果、ベナットが陛下の子ではないとわかった」
彼の顔には暗い影がさしていて、目つきは厳しくなっていました。
「本来ならその時に、ベナットを処刑し、側室の実家も取り潰さなければならなかった。
だけど陛下は優しい人だった。
優しいというよりは……甘い人だった。
陛下は、二年間可愛がってきた息子が、他人の子だとわかっても殺せなかった。
人としてはそれでいいのかもしれない。
だけど……王としては絶対にあってはいけない」
陛下が一般の家庭の出身ならば、そのままベナット様を我が子として育てることは、何も問題なかったのかもしれません。
ですが陛下は、国王として重責を担う立場。
人の上に立つものは、一時の感情に流されてはいけないのです。
「陛下は僕にこう言った。
『ラファエル、選べ。
この子を殺すか? 生かすか?
全ては王弟であるそなたに委ねる』
そう言って陛下は僕にナイフを手渡したんだ……」
王弟殿下は、苦しげに目を伏せました。
陛下はそのような重大な決断を、当時十歳だった王弟殿下にさせたのですね。
そのような決断を迫られ、甥を殺すことを選択できる人がいるのでしょうか?