16話「ときめきなど不要です」
「そうか……。
では八年前のお茶会の後も、君とベナットの関係が修復されることはなかったのだね」
王弟殿下は悲しげに眉を下げました。
殿下は雪の日のお茶会のことを覚えていたようです。
「その節は助けてくださりありがとうございました。
あのあと、ベナット様とのお茶会は、室内で一時間のみと決められました。
お陰でガゼボで長時間待たされ、真冬の庭園で凍えたり、ひもじい思いをすることはなくなりました。
ですが……ベナット様との関係を修復することはできず……。
ベナット様との関係はより拗れてしまいました」
王弟殿下はあのお茶会の後、すぐに留学してしまいました。
ですから彼は、その後の私とベナット様の関係をご存じないのです。
「僕が余計なことをしてしまったようだね。
ベナットの君への扱いがあまりにも酷くて、見過ごすことができなかったんだ」
王弟殿下は苦しげな表情で、唇を噛みしめていました。
「王弟殿下のせいではありません。全ては私の不徳の致すところです」
私にもっと愛嬌や、人の心を掴んで離さない話術があれば、きっと状況は違っていたでしょう。
「あなたがいなければ、ベナット様との婚約破棄が成立するまでの間、お茶会の度に長時間待たされ、時間を無駄にしていたことでしょう。
王弟殿下が陛下に進言してくれたおかげで、ベナット様とのお茶会の時間が一時間と決められ、それ以上の時間を無駄にせずに済んだのです。
だからあの時、あなたがした行動は無駄ではありません。
むしろ感謝しています。
改めてお礼を言います。
あの折は私を助けてくださりありがとうございました」
私は彼に頭を下げました。
「君のそういうところはあの頃と変わらないね。
相手に明らかな非があっても、相手ではなく自分を責めてしまう」
王弟殿下は困ったような表情で、眉を下げました。
あなたの優しいところも変わっておりません。
「あの……殿下、ずっと手が、肩に触れたままなんですが……」
婚約者だったベナット様は、私に興味も関心も示さなかったので、私は男性に触れられることには慣れていないのです。
男性に至近距離で話しかけられるのも照れくさいですし、肩に手を置かれると心臓がドキドキしてしまいます。
「すまない!
嫁入り前のレディに失礼だったね」
王弟殿下はそう言って、私の肩からパッと手を離しました。
彼の白磁のような美しい頬が、うっすらと朱色に染まっています。
私もおそらく、顔が赤くなっていると思います。
「君はもうベナットのことについて聞いたの?
あいつの出自や処分について……」
王弟殿下は、苦しげな顔でそう言いました。
「はい、先ほど会議室で国王陛下と王妃殿下からお伺いしました」
この様子では、王弟殿下もベナット様の出自や処分についてご存知のようですね。
「そうか、君はベナットについて全てを知ったんだね」
王弟殿下は遠くを見つめるような目をしていました。
「そのことについて君と話したいことがある。
ここでは人目もあるし、ガゼボで話さないか?
お茶とお菓子を用意するよ。
もちろん人払いもする」
王弟殿下のような身分の高い男性と、不用意にお茶をするものではありません。
ですが、ベナット様の生い立ちや処分については、まだ限られた人間しか知りません。
人払いもしていない、庭園で話すことではありません。
それに、私も知りたいのです。
王弟殿下が、ベナット様について何を話したいのか。
「はい。お受けいたします」
「よかった。君と二人でお茶をするのは八年ぶりだね」
王弟殿下は優しい表情で微笑みました。
高貴で容姿端麗な殿方の微笑みは、破壊力が高いです。
彼の笑顔を見た瞬間、私の心臓がトクンと音を立てました。
私は胸に手を当て、心臓の鼓動が収まるように、深く息を吐きました。
少しでも気持ちを落ち着かせたかったからです。
王弟殿下はこの国の後継者。
ベナット様に婚約破棄されて傷物になった私とは、縁のないお方。
いくら彼が美しいからと言って、不用意に彼の笑顔にときめいたりしてはいけません。
父に戦力外通告をされた私は、一生を修道院で過ごすことになるかもしれないのですから……。
そんな私に恋やときめきなど不要です。
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