1話「プロローグ」
「ラファエル、選べ。
この子を殺すか? 生かすか?
全ては王弟であるそなたに委ねる」
深夜の王宮。
ランプの灯る室内に人影が三つ。
室内には、屋根に叩きつけるように振る雨の音と、空気を引き裂くような雷の音が響いていた。
稲光により国王の顔が照らし出される。
国王は無表情でラファエルを見つめていた。
ラファエルには年の離れた兄の顔が不気味に映った。
国王はラファエルに短剣を手渡し、鞘を床に投げ捨てた。
短いが鋭く切れ味のいいナイフが、光を放っている。
ラファエルのナイフを持つ手は震えていた。
ラファエルは今年十歳。
そんな彼の前には、二歳になったばかりの甥っ子がいた。
赤い髪に真紅の瞳をした幼子は、あどけない目で叔父であるラファエルを見上げている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
国王に選択を迫られ、ラファエルは過呼吸に陥っていた。
彼は剣術を習っていて、真剣も扱ったことがある。
剣の師匠から、「天才」と呼ばれるラファエルは、相手を苦しませることなく喉元をかき切ることもできた。
だが、彼がナイフを向ける相手は物心もつかない幼子。
この子を生かせば、後々禍根を残すことになることは、十歳のラファエルにもわかっていた。
甥を殺すのが一番いい選択だということも、彼はわかっていた。
王族に生まれたからには、時にはこのような非情な選択をしなくてはいけないことも……。
王家に生まれた責任と、国王からの威圧が、ラファエルの幼い体にのしかかり、彼の体を震えさせた。
ラファエルの額には大粒の汗が浮かび、頬を伝い床にこぼれ落ちた。
意を決し、ラファエルはナイフを持つ手を振り上げたが、その手を振り下ろすことは出来なかった。
彼の手からナイフがこぼれ落ち、床に乾いた音が響いた。
おぼつかない足取りで自分の後をついて回り、覚えたての言葉で「おじたま」と自分のことを呼ぶ幼子を、ラファエルは殺すことができなかったのだ。
それが王家にとって、よくない選択だとわかっていても……。
「……できません!
兄上……!
僕にはベナットを殺せません……!」
ラファエルは膝をつき、床に顔を付け、声を上げて泣いた。
「おじたま……泣かないで」
状況を理解できない幼いベナットが、ラファエルの頭を優しくなでた。
国王はこうなることが分かっていたようで、嗚咽を漏らす弟を見下ろし口角を上げた。
ラファエルはこの日の選択を、数年後に後悔することになる。
そしてそれは……長い間彼の心の傷となって残ることになるのだった……。
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