表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

奴隷オークションに潜入したんだが、何か様子がおかしい

作者: ののめの

 じめついた地下を煌々と照らす篝火を、詰めかけた観衆の熱気が揺らす。

 すり鉢状の闘技場(コロセウム)の観客席は人でごった返し、香水や人の脂の香りでむせ返るような臭気と熱気を帯びている。闘技場の中心では屈強な二人の男が剣を手に息もつかせぬ攻防を繰り広げていた。

 

 なんだここは。思ってたんと違う。

 

 やれそこだ打て斬れと下卑た野次を飛ばす身なりの良い男に挟まれ、アドラは死んだ目で剣闘試合を眺めていた。


 アドラ・シュリーカーは国の特務機関の諜報員である。変装を得意とし、上からの指示に従って様々な組織や土地に潜り込んでは内情を探るのが主な仕事だ。

 今回の任務は上流階級の間で密かに流行っているという奴隷オークションへの潜入捜査だった。

 奴隷オークションとやらにお目にかかったことはないが、おそらく薄暗いパーティー会場のような場所で仮面で顔を隠した高貴な男女が集まり、壇上に引き出された奴隷を値踏みしながら買い値をつけていく会合なのであろう。そんな想像をしていた。


 ところが現実はどうだ。裕福な地主の息子のふりをして掴んだチケットを片手に地下に降りれば、出迎えたのは血湧き肉躍る剣闘試合とそれに食いつく観客達。どこの古代ローマだ。

 おまけに後ろ暗い集まりだと言うのに、観客は顔も隠さず席から立ち上がる勢いで試合に熱中している。ああ、あそこで唾を飛ばしてるのは大企業ウォルナット社のCEOマルセン氏だな。あそこできゃあきゃあ叫んでるのは新進気鋭の女性実業家として最近テレビや雑誌の取材で引っ張りだこのクレマン夫人だな。いいのか著名人が素顔丸出しでこんな所にいて。よく今まで露見しなかったな。

 

「ねえあなた、剣闘奴隷を見るのは初めて? 最初は恐ろしいだろうけど、すぐに慣れるわよ。そしたらあっという間に夢中になるわ」

 

 明らかにドン引きしているアドラを見かねてか、後ろの席の若い女がそう声をかけてきた。会場内を練り歩く売り子に「私と彼に一杯ずつ」と赤ワインを注文し、女は饒舌にこの奴隷オークション——もとい剣闘奴隷オークションの仕組みを説明する。

 剣闘奴隷オークションは前半のオークションの部と後半の賭け試合の部に別れており、前半の試合は今日売りに出す奴隷のお披露目が主。休憩がてらにオークションを挟んで、後半の試合は観客が買って保有している剣闘奴隷と猛獣の賭け試合。前半の試合はデモンストレーションの色が強いが、こっちは生死を賭けた本物の殺し合いなのでより白熱するらしい。


 なんてろくでもない娯楽なんだ。倫理観を地上に置き忘れてきたのか。

 アドラは内心辟易したが、そんな態度はおくびにも出さずワインの奢りと剣闘奴隷オークションの何たるかを親切にご教示いただいた礼を丁寧に述べる。得意げに笑って「後半の部に私の奴隷が出るからよかったら賭けてね」と耳打ちする女に、アドラは曖昧な笑みを返してグラスを傾けるふりをした。

 アドラは大抵の薬物に耐性があるが、こんな場所で出されるワインはどんな未確認のヤバいブツが入ってるかわかりゃしない。後でこっそり中身は捨てるつもりだ。


 わっと割れんばかりの歓声と拍手が響いて、アドラは闘技場に視線を戻す。乾いた砂の上に倒れ伏す男の前で、剣闘奴隷が勝利の雄叫びを上げているところだった。ひとしきり歓声を浴びた剣闘奴隷は付き人に伴われて退出し、力尽きた男はまた別の付き人に肩を貸されて歩いていく。


「歳を取ったりしてまともに戦えなくなった剣闘奴隷は、ああやってお披露目の斬られ役に回るのよ」


 後ろの女がしれっと豆知識を吹き込んできて、へぇそうなんですかとアドラは生返事をする。付き人がいる所を見るに、裏での剣闘奴隷の扱いはそんなに悪くないのだろうか。


 そうしてぼんやりと見物しているうちに新しい剣闘奴隷が現れては試合をして去っていくのが何度か繰り返され、空になった闘技場の中心に黒服の男が現れる。男がマイクでオークションの開始を告げると、幾人かの客が席を立ってぞろぞろとどこかへ歩いて行った。


「どこへ行くんですか?」

「オークション会場が別にあるのよ。入札希望者はそこに行って、買いたい奴隷の整理券を貰ってからオークションに参加するの」


 後ろの席の女に聞いてみると、女は快くそう答えた。教えたがりなのか、女はもののついでとばかりに剣闘奴隷を買った後の仕組みも詳しく話し始めた。


 剣闘奴隷はオーナーが手元で鍛えるのが一般的らしく、栄養のある食事とトレーニング設備を与えているそうだ。賭け試合で勝てばオーナーに賞金が入るため、勝てる奴隷になるよう手塩にかけて育てるのだと。

 また剣闘奴隷はオーナーと契約を結んだ上でトレーニングや試合を行い、賞金の一部は剣闘奴隷にも流れる。花形の剣闘奴隷は一戦で唸るような額を稼ぐのだという。


「なんだか聞けば聞くほど奴隷って感じじゃないですね」

「そうね。どちらかと言うとアスリートに近いと思うわ。借金で売られてくる奴隷もいるけど、ほとんどは自分から稼ぐために奴隷になるのよ」


 女の説明に、アドラはなるほどと頷く。稼げる奴隷とは面白い響きだ。倫理観がない世界なのに妙な近代化アップデートがされている。

 

 しばらくして後半の賭け試合が始まると、アドラは残酷な光景で気分が悪くなったように装って席を立った。

 そのまま道に迷ったふりをしてオークション会場や地下通路をいくらか歩き回ってから、アドラは地上へ戻った。

 

 剣闘奴隷オークションはアドラの潜入から数ヶ月後、制圧部隊に突入されてスタッフから観客まで一網打尽にされた。

 この大規模な違法取引はセンセーショナルに取り上げられ、名だたる著名人の関与に世間は大いに沸いた。


 そしてアドラの務める特務機関も、健康で腕っぷしに自信のある剣闘奴隷を制圧部隊にスカウトし、期待の新人を大勢確保してホクホクしていたそうな。

 めでたいのやら、そうでないのやら。

BLとかなんとかでありがちな奴隷オークションに売られてるのって華奢な美人が多い気がするので、じゃあ逆に屈強な男が売られる奴隷オークションを作ろう!と剣闘奴隷オークションなる概念を常日頃から捏ねていたので書きました。

流行れ、剣闘奴隷オークション。お持ち帰りされろ、屈強な男。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ