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祈憚  作者: 和鏥
暮路野上
7/33

呪詛


【「贈り物」を執筆した(しき)() (かおる)による謝辞】

 私の友人S氏から原稿依頼を受けたものである。

 S氏が集めた情報にいくつか加筆修正を行ったことをご容赦いただきたい。


(へび)(こう)による注意】

 文章を読み、体調不良や様々な現象が起きた場合速やかに読むのを止め、この話など無かったと考えてください。

 無かったことというのは事実から目を背けた、等ということではありません。

 呪詛

  1


【事件概要】

 A県にて。佐藤シズコ。精神性ショック死。

 顔に爪で引っ掻いたような痕が複数箇所。腹部からマチ針が数本検出。

 虐待が疑われるが家族(皮田(とも)()(三十八歳)・皮田(しゅん)()(三十三際)・皮田美樹(八歳)皮田()()(一歳))は否定。

 病歴。統合失調症。

 以下、相談内容。激しい自虐行為。自身の右手首と腹を血が出るほど引っ掻く。針を刺す。娘たちへの加害行為。

「赤ん坊が私を責める」

「私じゃない」

 幻聴・幻覚による錯乱は夜に多い。


 ■ ■ ■


「資料。ココに届けられるってことは、自死でも、殺害でもなく超常現象での死因が疑われているってことッスよね?」

 と呟くのは藤原の部下、二三(ふたみ) (かず)である。若くしてその抜きん出た能力で引き抜かれ……というのは言葉が綺麗すぎるだろう。

 霊感は、第六感、虫の知らせとも言う。

 人間が持つ能力の一つで家族の事故を言い当てれば、有名なところで言うなら幽霊が見える、そういったところだ。この二三という齢二十八になる男もそういった所で面倒ごとを起こしてはココに配属された。

 二三の意見を聞きながら藤原は資料を指す。

「ちゃんと見ろよ、二三ちゃん。理由としては家族からの証言と及び実際調査中での現象によるもの。ほらな、十分だろ?」

「十分なンスかねエ」

 そう言いながらも、二三はしっかり出かける準備をしている。

「記録するんだからな。遊びに行くんじゃないんだぞ」

「はあい。分かってるッスよ?」


 2

 

 問題の家は普通の一軒家である。

 小学三年生になったばかりの娘、皮田美樹は可哀想に目を赤く腫らして、男二人に囲まれると、すぐさま母親の後ろに隠れてしまっていた。

「お話を聞かせてほしいンスよねえ」

 子供相手は二三が強い。

 若さというのもあるのだが、どうもその物腰の柔らかさに惹かれるのだろう。よく言えばフレンドリー、悪く言えばなめられやすい。

 二三はまず皮田美樹が持っていたオモチャのキャラクターに興味を持ったふりをして世間話から情報を聞き出した。

 以下は二三とやりとりをした皮田美樹の音声記録である。

「夜、おばあちゃんの部屋に背の高いハゲた人がね。座ってて……(啜り泣き。藤原による慰める声)うん、うん。ごめんなさい。おばあちゃんはよく私とみいちゃんを叩くの。頭の病気なんだって」

 皮田美樹はそれだけ言うと、満足したのか、それとも怖くなってしまったのかそれ以上会話をしようとはしなかった。二三もそれで情報は十分に取れたと判断したため打ち切りとなる。

 後日、話を聞こうとしたが彼女はやはり祖母からの虐待の話が中心であった。

 二三が話を聞いている間、藤原は彼女の母である皮田順子から話を聞くこととした。


【音声記録】 皮田順子の音声のみを抽出

「はい。義父を亡くしてから義兄の家に同居していたんです。ですが、お義姉さんが妊娠している最中に……お義母さんは口が達者でして、どうしても体調を崩してしまうと家に……(物音。順子が小さく悲鳴を上げる声)……ごめんなさい。前の家もこういった物音があってすぐに引っ越してきたんですけど……、なんなんでしょうね。

 刑事さん、刑事さんは幽霊を信じますか? 私は信じていませんでした。今は違いますけど。一年前からまた物音がするようになったんです。ちょうど娘が産まれてきたくらいからだと思います。

 元々、私が見ていない間に娘に手を挙げる人でした。一緒にお風呂に入った時、分かったんです。

 それで、カメラを回していたら案の定でした。最近では「赤ん坊が私を責める」とさらに行動はエスカレートしてて……。夫に言っても「ボケたから許してやれ」としか言ってくれず……。

 はい。病院の先生には前から相談しています。

 お若い先生ですが、親身になって私よりも怒ってくださいました。えっと、ここからだいぶ遠い総合病院です。結婚する前からお世話になっていたところで、お義姉さんもそこでお世話になってます……。

 その先生が義母を診てくれると……。精神の問題かそれとも頭の問題かって仰っていました。はい、統合失調症だそうで……。アルツハイマーにしては記憶が安定しているそうなんです。

 お義母さんが亡くなった時も私がいない時に針でお腹を刺したんです。前はそれを私のせいだと夫に言っていました。虐待を疑われ続けたので、頭に来てカメラを回したんです。……そうしたら……(嗚咽)ごめんなさい……。だって、あまりにも……恐ろしくて……正気の沙汰じゃありません」


 それ以降、皮田順子からの話を聞くことは不可能であった。映像記録媒体を預かり後ほど分析に回すことにする。

 そうしている間。子の夫・皮田朋樹から話を聞くことにする。皮田朋樹は非常に興奮しており会話記録ではいくつもの音割れが生じしている。


【音声記録】 皮田朋樹の音声のみを抽出

「信じられないですよ。自分の腹に針だなんて……。病気だからとはいえ「痛い」と言うのも判らなくなってしまうんでしょうか。娘への虐待? それは躾ですよ。私だってそうやって育ちました。悪いことをしたら叩かれる。当然じゃないですか。

 今の若い親はダメです。暴れる子供をそのままにして自分はスマホでゲームしてる。私の家ではそんな甘えたことはしません。妻が甘いんですよ。それに、わざわざこれ見よがしに母の部屋にカメラなんか設置して……、しかも離婚だなんて言ってきて母はそれできっと参ってしまったんでしょう。あれは殺人者と変わりありませんよ。カメラを見たい? それはもう警察に渡しました。あぁ、弁護士もでしたね。

 本当に腹が立つ。母は変わりなかったんですよ。兄貴の家でもきっとの除け者にされていたんでしょう。代わりに世話してあげてたのにヒステリックに虐待だなんて騒ぐから……」


 それ以降、彼はさらに興奮し離婚への話題に替わった為、割愛する。

 家を確認すると一階にはリビング、風呂トイレ、祖母の和室が存在し、夫婦の部屋と子供部屋は二階に存在していた。

 問題の部屋は一階であり、中に入ると線香の匂いが鼻をついた。

 一言で表すならば、物が多い。箪笥は二つ。一つは大きく、もう一つは小さな物で皮田順子から言わせると「裁縫箱」とのことらしい。

「刑事さん。刑事さんたちはやはり虐待を疑っているのでしょうか? それでしたらまず娘が通っていた病院にいって確認してみてください。病院の先生が娘たちの診断をしています」

 藤原が何かを答えるよりも皮田順子がヒステリックにそう吐き捨てた。



 3

 皮田順子が渡した映像を確認する。


【映像記録1】 五月二十一日 十六時二十三分 映像内容二十分


 佐藤シズコと皮田美樹、皮田順子がリビングにいる。

 皮田順子が干してある洗濯物を取り込みに席を外す。

「お前は、なんで女の子なんだろうね」

 佐藤シズコが、椅子に座っている川田美樹の隣に立つ。

「皮田の家を出てく人間のくせに、どうしてトモちゃんに面倒をかけるの?」

 トモちゃんとは、おそらく皮田朋樹であると推測される。

 佐藤シズコが川田美樹の手の甲を抓る。

 逃げ出そうと立ち上がる川田美樹の腕を引っ張り尻餅をつかせ「それくらいで泣くんじゃないよ」と声を出す。

 皮田順子が戻ってくる。

「美樹ちゃんが転んじゃったみたいなの。椅子が高いんじゃない?」

 腕を離した佐藤シズコが言う。


【映像記録2】 五月二十一日 十六時三十分 映像内容七秒

 佐藤シズコの部屋と思わしき和室より。

「ゆるさないから」


【映像記録3】 五月二十三日 十一時二十三分 映像内容十分


 リビング、テーブルに突っ伏して泣く皮田美樹。

 一分四十三秒、女児と思われる音声一 「あたしたち」

 一分四十九秒、女児と思われる音声二 「ねえね」

 二分八秒、女児と思われる音声三 「許せないよね」

 いずれも皮田美樹以外の人物は写っていない。


【映像記録4】 五月二十五日 十時三分 映像内容一時間

 和室に佐藤シズコが入ってくる。茶箪笥の引き出しを開けて小さな箱を取り出す。そのまま茶箪笥を横にずらす。

 箱からマチ針を取り出して、茶箪笥の裏に刺し始める。

 映像からでの詳細は、目視不可能である。

 皮田美樹が帰ってくるまで、同じ動作が繰り返される。

 五十八分三四秒。佐藤シズコは茶箪笥を元の位置に戻す。


【映像記録5】 六月一日 二時二十三分 映像内容十分


 和室の中央に佐藤シズコが立っている。

 三十秒、立ったまま前後に揺れ始める。

 二分十四秒。「私じゃない」と口を動かす。次第に声は大きくなる。

 三分二十一秒。耳を押さえて地団駄を踏む。

 三分五十六秒。茶箪笥の引き出しから箱を取り出す。蓋を開け、マチ針を取り出し自分の腹に突き刺す。箱の中身は、マチ針のみが入っている。

 一分十四秒から鳴り続けていた小さな足音が止まる。

 佐藤シズコ以外の音声を検出。

「わたしたち」

「いじめた」

「おかあさん」


【音声解析】 三種類の女児の声と判明。

 声が聞こえる度に佐藤シズコは怯え、悲鳴を上げ、顔を引っ掻く。

 


【映像記録6】 六月十一日 三時からの映像記録

 寝ている佐藤シズコの横に腰の曲がった老人が突如として現れる。

 這いつくばるような姿勢を見せ、両手を使い畳を撫でている。

 顔は目視出来ず。

 三時四十三分まで、同じ動作を繰り返し突如として消える。

 四時、佐藤シズコが目を瞑ったまま起き上がり畳を撫でる。

(雑音)

 四時二十四分。小さな足音。

 四時三十分。和室の扉が開く。開けた人物は映像に映らない。

 佐藤シズコは、畳を撫でたまま嗚咽を挙げる。

 四時三十一分二十秒。女児と思わしき音声。「おかあさん」

 四時三十一分三十秒。女児と思わしき音声。「おかあさん」

 四時三十二分二秒。女児と思わしき音声。「おかあさん」

 四時三十二分四十三秒。女児と思わしき音声。「うまれたかった」

 四時三十二分三秒。女児と思わしき音声。「おかあさん」

 四時三十三分三十二秒。女児と思わしき音声。「おまえか?」

 四時三十三分。佐藤シズコが悲鳴をあげる。

 四時三十七分。佐藤シズコの悲鳴を聞いた佐藤瑞穂が部屋を開ける。


 4


 映像を見終え、和室に向かい茶箪笥を移動させた。

「これは、酷いな」

 後ろを見て藤原が呟く。箪笥の裏に刺さった穴だらけの写真一枚が貼られている。

 被写体の一人を除き、針でズタズタにされたもの。

 穴だらけで読みにくいが「二〇十八年四月十四日 家族全員で」と見慣れた文字が書かれている。

 それには無傷の佐藤シズコだけがニッコリ笑い、カメラに向かって指でVの字を作っていた。

 昆布に針刺す。という言葉がある。

「大辞泉」には、誓いを立てる時、人を呪う時などその印として昆布に針を刺し、それを井戸に沈めるか、昆布で人形を作り木に釘で打ち付ける。と、記載されている。

 それは古くからあり浮世草子・好色五人女にも「井戸替けふことにめづらし(略)薄刃も出昆布に針さしたるもあらはれしが」ともある。

 昆布で人形を作り木に釘で打ち付けるという文章で思い出されるものは藁人形を使用した丑の刻参りだろう。神社の裏の木に相手の名前、もしくは髪を入れた藁人形の五寸釘を打ち付ける。

 けれど、現代でそのようなことをするのは少ない。髪の毛を入手するのも些か手間がいる、故に身近に使用されるのは写真だろう。

 茶箪笥の後ろには、ひしゃげてしまったマチ針が幾つも突き刺さっており、中には零れ落ち畳に落ちている物もある。

「腰の曲がった頭の大きなハゲが座っていた……。付喪神かね」

 そう言えば、空気を読めない二三(ふたみ) (かず)

「マジ? ゲームでしか聞いたことないッス」

 と、はしゃいだ。


 5


 虐待ではないと分かった。そして、おそらく、理屈では説明出来ないだろうことも証明されている。

 けれど、念の為に佐藤シズコが前に居た所へ調査をしに行く。

 佐藤シズコの長男は嫁とは別居状態であり、弁護士を交えて離婚調停中だという。

 元が付くであろう嫁、佐藤瑞穂が調査に応じてくれた。


【音声記録】 佐藤瑞穂の音声のみを抽出

「(溜め息)お義母さんが亡くなった事は、夫から聞きましたよ。「葬儀のやり方なんて分かんないから君も来てくれよ。愛しているのは変わらないんだ。君は、過干渉だったって言ってたけど、アレは愛情の一種だったんだよ」って気持ち悪いメールで。

 お義母さんは何でも出来る人でした。口も達者で……私の料理は常に捨てられていました。ストレスで私が倒れて、ようやく夫はお義母さんとの同居を解消することにしたんです。何もかも、遅かったですけど。

 流産したんです。はい、ストレスです。離婚の手続きをしています。夫とは別居で、もう縁を切りたくて仕方がないんです。

 病院の先生にも「あんな家族とは、縁を切った方がいい。手伝いますよ」って言われちゃいました。

 いえ、本当のことを言ってくれて良かったです。

 私じゃなくて先生が泣きそうな顔をしていたので、なんか逆に冷静になったんです。「嗚呼、怒っていいんだな」って。

 だから、お義母さん……もう他人になるんですけど、葬儀なんて行きたくないんです。行って安らかな顔をしていたらと思うと本当に腹が立ちます」

 佐藤瑞穂はそう言いながら、佐藤紀之とのメッセージでのやりとりを見せてくれた。


【文章記録1】 佐藤紀之から佐藤瑞穂へのメッセージ

 三月二十日 十八時四分から十九時 紀之から瑞穂へのメッセージ

「夫より遅い帰宅とは何様のつもりだ? 母さんの言った通りだ。お前は本当にダメな嫁なんだな」

「電話に出ろ」

「離婚って本当に言ってるのか?」

「どこにいるんだ。あの医者とデキてるのか?」

「電話に出ろ」

「おい、見てるんだろ?」

「明日の朝ご飯はどうするんだ?」

「あの医者に何か言われたんだろ? 離婚なんて許さないからな」


【文章記録2】 三月二十日 二十時三十一分 佐藤紀之から佐藤瑞穂へのメッセージ


「いつまで拗ねているつもりなんだ? 俺だって天使を亡くして辛いんだぞ。家族を作るというのは二人だけの問題じゃないのは当たり前だろう。母さんは、お前の為に頑張って助言してあげたんだ。

 俺と母さんに謝りに来い。

 お前は離婚したいって言ってるけど、お前の歳ではもう無理だろ。いつまでも泣いていないで、いい加減目を覚ましたらどうだ? 弁護士を雇う金があるなら新しい家を買う資金に回せばよかったんだ。今の家じゃ狭いだろ」


【文章記録3】 三月二十一日 十時二十四分 佐藤紀之から佐藤瑞穂へのメッセージ

「お前が流産したことは、俺も本当にショックを受けてる。だけど、俺達はこれからの未来だってある。だから天使の分も生きていこうじゃないか。俺達の絆ってすぐ切れるもんじゃないだろ? 俺が優しいうちに帰って来いよ。今日の夕飯はハンバーグがいいな」


【文章記録4】 六月十六日 十九時三十一分。佐藤紀之から佐藤瑞穂へのメッセージ

「葬儀のやり方なんてわかんないから君も来てくれよ。愛しているのは変わらないんだ。君は過干渉だったって言ってたけど、あれは愛情の一種だったんだよ(ハートの絵文字)

 この葬儀でまた君に会えたら僕の魅力にもう一度気がつくと思う(星と思われる絵文字)。式場は××だからね。十一時に待ってる(ウインクする絵文字とハートの絵文字)」


「ひっでぇ、ロミオメールッスね」

 それを見た二三がそう言った。

 ロミオメールというのは、インターネットでの造語。過去に付き合っていた男性が復縁を求めて、突然女性に送ってくるメールをさす。

 まるでその姿は窓辺で愛を語る「ロミオとジュリエット」のロミオなのであろう。ただ、本物のロミオと違うところは、想う相手に愛は無いところだ。

 その説明まで聞いた佐藤瑞穂は大声で笑い、涙を拭くと「吹っ切れそうです」と笑った。

 そんな偽ロミオこと佐藤紀之に取材をしたのはその日の午後である。

 最初のうち佐藤瑞穂の居場所を聞き出そうと怒鳴っていたが、こちらが答えないのを理解すると肩を丸め、取材に応じてくれると言った。


【音声記録】 佐藤紀之の音声のみを抽出

「母のことですね。母は……少し愛情表現が強かったんです。俺達もそういった風に育てられてきました。漫画は捨てられたし、ゲームなんて買ってくれませんでした。それでも大事に育ててくれましたし、きっと嫁に嫉妬していたんでしょう。統合失調症ですか? えぇと、それはなんですか? は? 病気? 母は元気でいましたし、病気なんかそうそうかかりませんよ。「赤ん坊が虐める?」

 ……あぁ、時折そんな事を妻が言っていました。母は流産したとかそういったことはありません。ましてやイジメなんて! 嫁への虐待を疑ってるんです? あんた本当に刑事か? うちの母はそんな事する人間じゃありません! 

 第一、義妹に傷付けられていたんだろ? それに、俺だって今、赤ん坊に責められてる! 夢で見るんです、きっと思い詰めているんでしょう。流産した嫁が可哀想だって! 俺をイジメるのがそんなに楽しいですか? これだから警察は嫌なんだ!」


 以降は罵声が続き、興奮状態のまま扉を閉めたためそれ以上の調査は不可能。


 6


 最後に皮田順子が行っていたという病院に向かう。

「あの箪笥は回収するンスか? 本当に呪いに使われてるなら、曰く付きってやつッスよ? 丑三つ時の木みたいな使われ方してたんですから、そーとッスよ」

「棄てるそうだ。俺も勧めておいた」

 そう話をしながら、担当の医者と話を出来たのは、かなり待機してからだ。

「患者を待たせているのですが」

 と、不機嫌そうにやって来たのは二三と変わらないだろう若い医者だった。

 黒い艶のある髪に青い瞳。中性的に思わせるのは、その整った顔だろう。

 二三が話をし出すと、医者は益々顔を険しくしていく。その表情を見、隣にいる二三がヒクッと目を痙攣させた。

 ストレスが高くなると目が痙攣するという。

 二三はまさしくその状態で、ストレス源はこの若い医者なのだろう。たしかに、この医者は独特な雰囲気を持っている。

 物静かに見えるが、澄んだ青い瞳は全く笑っていない。それどころか敵対の色さえ窺える。

「個人情報です。協力が必要なのは貴方達ではなく、虐待を受けた子供達ではありませんか?」

 正論に、二三は言葉が詰まっているようだった。

「彼女たち何回か警察に相談しているんですよ。なのに……。まぁ、いいです。彼女の診察をしたのは私ではありませんよ。精神科は担当ではありませんので。担当者をお伝えしましょう」

 彼はそう言って歩きだしたため、藤原と二三は慌ててそのあとを追う。

「自分、あの人なんか怖いッス」

 病院の廊下を歩きながら二三がそう呟いた。

「目が全然笑ってないし……」

 藤原はその言葉になんと応えればいいのか分からなかった。

 刑事の直感というのは第六感に近い。

 証拠もないが積み重ねた経験から推測ができる。行動心理学とまではいかないが、Aの態度を示したならばBであろうとまで予測ができる。

 そして、この目前にいる医者というのは、今まで自分達は経験した中で超常現象に触れてきた、被害者もしくは加害者たる目だ。

 人に説明しても理解を得られなかった者は段々と人間不信を募らせていく。言葉や動作で人が良さそうにしても目だけは常に真実を語っている。

 この医者は目だけではなく、態度も隠していないようであった。が、二三だけではない確信が持っていた。

「先生は、あの娘さんたちをどう思いますか?」

「どう思う? おかしな事を聞きますね。助ける道を提案する事こそが義務ではありませんか? ストレス源から離れて心身共安全で健やかな所に居させるんです。子供として、人間として大事な事ですよ」

「そのストレス源が亡くなりました。そこがちょっとおかしな――……」

「ここは病院です。少し言葉を選んでください。それに、言ったと思いますが、診断したのは私ではなく……失礼します。宮城先生」

 医者はそう言って、精神科医の元へ案内してくれた。

 以降は宮城医師による証言であるが、ろくに情報はくれなかった。

「個人情報なので……。たとえご家族の意向でも、医師として言えません。けれど、はい。妄想・幻聴は見受けられました。それしか言えません。詳しくはご家族から直接お聞きください。

 さっきの先生ですか? ()(じょう)君? 若いのに努力家です。あんな性格をしているから誤解され易いんですが、患者には優しいんです。彼が、何か? あぁ、やっぱりキツくあたられたんですか。仕方ないです。虐待の件は五条君だけじゃなくて他の医師も、看護師もとても怒っていましたから」

 その直後、看護師に呼ばれ宮城医師は退室された。


 映像の記録から死因の直接的な原因は超常現象が引き起こしたものと判断された。そうとしか言いようがない。

 表向きは夫婦からの虐待ではなく、自死である。

 二つの夫婦は年内に離婚した。藤原は「俺達にはなんら関わりのないことだ」とだけ呟いてはいたが、その目は悲観に暮れていた。

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