現在
「そんな日記があってね。明日送り返す予定なのだけれど、君に一度読んでもらいたくて」
私が読み終わるのを見計らい、M氏が言った。
「彼と……。O君とはコンタクトをとれていますか?」
「いや、俺から連絡はしていないんだ。なんとなく、怖くてね」
情けないだろう? M氏はそう言って手付かずのケーキを宰さんの方に押しやった。宰さんは嬉しそうにしていたが、話の邪魔にならぬよう小さく頭を下げただけだった。
「気になった事があるんだ。彼が、日記で書いていた駅の順番なんだけどね」
彼はそう言ってコピーしてきたのだろう、山手線の経路図を一枚取り出した。そして、東京駅に一と六、高田馬場に二、品川に三、馬場に四、渋谷に五と番号を降った。
「彼らが到着した順に線を引くと」
そう言ってペンで線を引く。それは少し歪んだ星の形を作る。
「出来すぎた話だけどね。話をしたかったのはそれだけ。一人で抱えてるとなんだか怖くて」
そう言った彼は疲れ切っており、目の下には隈がある。相当怖い思いをしたのだろうか。
鬼門、裏鬼門の話をしたが、氏はやはり調査済みだった。それどころか
「山手線の経路図は陰陽五行の太極図と一致するとも言われている。また、それを守護する二頭の犬っていうのが、渋谷のハチ公像と上野の西郷像だ」
と、経路図の渋谷と上野を指して教えてくれた。丁度、O君が乗ったとされる線がかかっている場所でもある。
「けれど、都市伝説の枠から出られない。行き詰まった。だから、君の力を借りようとしたんだけど……」
「私は鬼門裏鬼門の話だけで、満足していた身ですので……。恥ずかしい限りです」
正直忘れていました、などと言えるわけがなく私は頭を下げる。M氏は「いいよ」と答え、それから話題はただの世間話に変わって行った。
「あの……。ケーキごちそうさまです。友達の家に寄ってから帰りますんで、これで失礼します」
帰り際、私とM氏に向かって宰さんが言った。
手には持ち帰り用のケーキが入った箱が握られている。
残された私とM氏は最寄りの駅に向かう。電車に乗るのはM氏だ。改札口に向かった彼は突然振り返ると、早足で私の元にやって来た。
「あのさ。コレって現実だよね?」
突然の問いかけに私は困惑した。
おかしな質問だと思うのだが、M氏の目は至って真面目だった。
「はい、現実です。夢ではありませんよ」
「だけど、君はこの前の夢でも――……」
そこでアナウンスが流れ、彼は慌てて改札口に向かった。
あれ以降このネタに触れていないのは、仕事と私生活で手一杯となったからだ。
ちょうど、M氏がこの件を調べ直すと仰ってくれたので、せっかく頂いたネタだったが全て返すこととなった。そのことを宰さんに伝えると、すんなり納得してくれた。
体験したわけではないので、あの不可解な話も月日が経てば恐怖心は薄らいでいく。