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祈憚  作者: 和鏥
鬼門
4/33

O氏の日記2


 十一月 一日

 先生が日記を取れといった。日記療法というらしい。不安に思うことや感情を日記にぶつけて今の状態を知るといったことだ。

 だけれど、高校生の頃に自殺未遂をしたあの時とは状況が違う。今だって自殺念慮はあるけれど、俺を不安にさせるのは夢だ。

 死にたい時に書く感情を綴る日記とは違う。不安に思わせることを書かなくちゃいけないということは、これは夢日記になるんじゃないだろうか。思考の整理は大事だとはわかっても気が引ける。

 夢日記はよくないと聞いた事がある。書いていた人間は夢か現実かわからず気が触れてしまったとか、そういった事を見聞きした。

 次の診断にこの日記を見せれば済む話だ。これは間違ったやり方だ。やれっていわれたんだからやってやる。

 日記を書く経緯から書かなくちゃいけない。

 悪夢にうなされて手首を切った、って親に言ったら医者に連れて行かれた。言わなきゃよかった。


 十一月 二日

 M先生にメールを送ってから少し経ってまたあの夢を見た。以前見た夢ってのは印刷したのを貼る。書くのがだるい。

(M氏に送ったとされる夢の内容を綴ったメールの印刷が貼られてある)

 品川到着と同時に貫通扉に寄りかかっていた男が沢山の手に引っ張られてどっかに連れて行かれた。どっかっていうのは、どこにいったかわからないからそう書いただけ。ただ、隣の車両じゃないってことはたしかだ。

 貫通扉の窓から見える景色はまるで至って普通の景色だ。

 高校生とかサラリーマンとかそういった連中が立ったり座ったりしてる。車内は超過密だったからみんな苦しそうだけど。こっちの車両よりは断然いいと思う。

 貫通扉が開いて沢山の手が男を引っ張った。すぐに貫通扉は閉まった。

 一瞬、貫通扉の向こうが見えたけど窓から見える景色とは違っていた。

 俺は今度こそ男がどうなるか最後まで見た。

 日記に書きたくない。

 本当に、本当にいやになる。

 怖くて、今思い出しても手が震える。

 女の人二人は声をあげて泣いてたし、俺だって泣いた。

 そうしたら昨日夢を見た。だからこうして日記を書いてる。

 今度は女の人が泣き叫んで暴れ出して、走り出してあのいかれた車掌に捕まっていた。

 怖くて目を瞑ったからどうなったかはわからない。目を開けたらいなかったから、あの車掌が隣の車両に引っ張って行ったんだと思う。

 アナウンスは、たしか巣鴨に到着したと言っていた。

 違和感があるけれど、怖くてそれどころじゃない。

 電車に乗るのが怖い。

 ただの夢なのに、起きたら涙が止まらなかった。

 手も震えていたし、俺は


 十一月 三日

 夢を見なかった。良かった。

 朝起きて、飯を食って仕事に行った。親父たちに療養しろとか言われたけど、やめて家に引き籠もってたら益々病みそうだった。だから、無理に続けてる。

 電車には乗りたくないから自転車で頑張ってる。

 運動不足と体調不良で吐きそうだったけど、なんとかやりきった。雨の日だったらタクシーを使おうと思ってる。


 十一月 四日

 疲れてたらしい十時間寝てた。

 バイトが休みで本当に良かった。飯代も浮いたし、電気代も浮いた。睡眠薬を服用したけど結構いいものだった。今日は寝られるかわからない。薬を使うけど、寝るのが怖い。

 五日から十五日までは夢について触れていない為(おそらく故意に書かないようにしている。書かれているのは朝昼晩の食事のメニューと見た番組、買い出しをした中身などだった)記載を省く。

 睡眠薬を取らないと寝られないようだが、少しずつ書いている字が安定してきている


 十一月 十六日

 またあの夢だ。本当に嫌になる。

 向かいの女の人が泣きながら車掌に尋ねていた。

 俺はあんなヤツが車掌だと……人だと思いたくない。

 身長が三メートルくらいあって、なのに、視線はいつも目の高さにあっている。


 おかしいだろ。怖くて、怖くて、あのギョロ目が本当に、目を瞑っても思い出される。

 どうして連れて行くんですか? って女の人は聞いてた。

 車掌は画用紙に返答を書いてた。車掌は俺に背を向けていたし、立っていたから内容は見られなかった。

 女の人は返答が書かれた紙受け取りながらまた違う質問をしてた。元々何を質問するのか決めていたらしい、書かれた返答を見る前に質問していたから。

 あなたは誰ですか。

 ここはどこに向かうんですか。

 私たちはどうなるんですか。

 その最後の質問を終えているあたりに渋谷に到着したアナウンスが流れた。

 東京駅から始まって、高田馬場、馬場、そして渋谷。それまで途中の駅には止まっていないし、逆走なんかしていない。はじめてこの順番におかしいって思った。

 アナウンスが流れたら車掌が女の人に深々とお辞儀をして隣の車両に移って行った。

 女の人は返答を見ながらどんどんおかしくなっていった。

 悲鳴をあげて、走行中なのに窓を開けて逃げ出そうとした。

 車掌が飛んできて窓から出ないように、車両内に戻そうとしたけどダメだった。女の人の足が変に引っかかって……。

(上から書いた文字を潰した形跡があり判読不可能)

 車掌は目を瞑って手の甲を合わせていた。合掌の真似事だと思う。

 次は東京駅とアナウンスが流れている。

 気づいたら俺の周りには誰もいなくなっていた。隣の車両にはたくさんの人がいる。こっちとは違って、椅子に座って幸せそうに寝たり、友達と話をしてたり、音楽を聴いたりソシャゲなんかもしてる。

 羨ましい、憎らしい。俺と変わってほしい。何がどうしてダメなんだ?

 次は俺の番なのかと思うと怖くて怖くてたまらない。

 それでも、開けられた窓によって画用紙が一枚こちらに飛んできた。怖くてここに書くのも破いて捨てるのも怖い。だけど、黙っているのも怖い。

 M先生に送ろう。そうすれば何か良い案をくれるかもしれない。最近は返事をくれないけど、先生ならきっと、こういうのに強いから。

 死にたくない。


 十一月 十八日

 眠るのが怖い。

 寝たらあの夢を見るんじゃないかと思う。怖くて外に出ることもなかなかできない。タクシー代がバカにならない。俺は、電車に乗らなくちゃ出勤できないから、体調不良ということで休ませてもらった。


 十一月 二十日

 怖くてエナジードリンクばかり飲んでいる。

 目をつぶるとあの車掌と目が合う。あんなに大きい身長をしてる癖に、まるで屈んで俺を見るように目が合う。怖い。あのギョロ目が、あの黒い瞳が。口がない。表情も。まるで卵に目玉を貼り付けているみたいで。怖い。


 十一月 月 三 0日

 現実か夢かわからない。車しょうがいた。だから、恨みがあるのかって聞いた。そうしたら「望んでいたことを」とあいつが書いたあたりで目が覚めた。目が覚めた?

 夢はほほをつねるといいってあった。つねった、けど電車に乗ってもここでもほほは痛い。痛いんだ。

 車しょうにおろしてくれるようにたのんだ。

 今までのやつは、勝手におりたからダメだったんだ。でも、車しょうは答えなかった。いっしょうけんめい、いっぱい言ったのに、あんだけ大きな目はこっちも向けなかった。


 月 日

(少量の血痕)

 ほほではだめだから手首を切った。日記があるからこっちが現実だ。

 さっきみた様子だともう少しで東京駅につく。だから、前に質問しまくってたおんなのひととおんなじ事を聞く。女の人は何かに気がついてにげようとしたんだ。



 月 日

 先生、見てるか?

 俺が死んだからって日記を見ないのは卑怯だ。書けと言ったのはてめぇなんだ。

 先生は俺のおかげで今まで生き延びてる。先生だけじゃない、全員だ。

 俺は死ぬ。思うじゃない、絶対に死ぬ。どうして俺だけがこうなるのか納得できない。死にたいと思った時期はあるけど、それはもう過去のことだ。今は生きたくてしかたがない。変わってくれ、死にたいと思ってる奴は俺と変わって欲しい。

 俺は生きたい。

(二ページに渡り”許さない”という言葉だけが書かれている。以降は白紙である)


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