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薄明光線  作者: 田中利明
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5.現代3章

その晩、拓海は尿意を感じて目を覚ました。枕元においてある腕時計を見ると、午前3時だ。

隣の布団には、悟と昭雄の兄弟が寝息を立てている。

拓海は、音を立てないように、そっと布団から起きだすと、襖を開けて廊下へと出た。

廊下は暗く、しんと静まり返っている。遅くまで呑んでいた美緒達も、流石に床に就いたようだ。

拓海は、廊下の明かりを点けようと、手探りで壁のスイッチを探すが見つからない。

「たしかこの辺にスイッチがあったと思うけどな。」

しばらく、ぺたぺたと壁を触っていたが、いよいよ我慢の限界を感じてきた。

窓から差し込む外灯の明かりで、かすかに廊下を窺う事ができる。

「しかたない。」

拓海は、暗い廊下を手探りで進む事にした。この家は旧家だけあって廊下が長い。トイレの場所は、廊下の突き当たり

の階段を下りて、すぐ左手にある。なんとか、階段まで辿り着いたが、やはり電灯のスイッチが見つからない。

階段を見ると、下に向かうほど闇が濃くなっていた。仕方なく、階段の手すりを頼りに、慎重に階下へと降りていく事にする。

やがて1階に辿り着くと、トイレのスイッチに手が触れた。

灯りを点けると、拓海は、トイレに飛び込んだ。

本家の家屋は古いが、要所要所はリフォームされており、トイレも洋式の水洗となっている。ウォシュレットまで完備されていた。

「間に合ったぁ。」

拓海は便座に腰掛けると、深くため息をつきながら、用を足した。

便座に座ると、すぐ眼前にトイレのドアがある。ドアにはカレンダーが掛けられており、8月3日と4日に赤い丸が付いていた。

おそらく、宍道湖の水郷祭の日をマークしたのだろう。いよいよ今夜だ。拓海はずっと楽しみにしていた。

「楽しみだなぁ。」

拓海は、カレンダーの赤丸の印をうっとりと見つめた。

月捲りのよくあるカレンダーだが、月によって、いろいろな風景写真が印刷されている。8月は朝顔の写真だった。

赤と青の朝顔の花が2輪、真っ白な雲を背景に写されている。2輪の朝顔の花の間には、遠くにかすんで建物が見える。屋根の上に、黒く

十字架のような物が立っているので、おそらく教会だろう。建物自体も白いので、花の色が際立って鮮明に見える写真だった。

「綺麗な所だな。どこの風景だろう。」

拓海は、呟きながら、トイレのレバーを捻った。


すっきりした面持ちでトイレから出ると、左手の壁に備えられた手洗い場で、手を洗った。正面の壁に、鏡が掛かっている。

拓海は、何とはなしに鏡を見た。暗闇の中で、ぼんやりと自分の顔が見える。背後は廊下が続いているが、暗くて見えなかった。

水道の蛇口を閉めると、数回手を振って水気を切る。すると、ふいに背後から、カチャカチャという音が聞こえた。

背後を振り向くが、廊下は暗闇が占めており、何も見えない。しばらく、暗闇に目を凝らしていたが、何もなさそうだ。

先程の音も、もう聞こえなかった。気のせいだろうか。

拓海は首を捻りながら、再び鏡に向き直った。それを待っていたかのように、再びカチャカチャという音がする。

先程よりも、早いテンポで音は鳴り続いた。何か爪のような硬い物が、廊下の板に当たるような音だ。

犬や猫が、板の間を歩く音に似ていると、拓海は思った。

今度は鏡ごしに、背後を窺ってみる。本家はペットを飼ってはいない。ネズミでも走っているのだろうか。

じっと目を凝らしていると、また音が止んだ。

「まぁいいか。」仮にネズミだったとして、自分に捕まえられるとも思えない。朝になったら、形跡を確認すればいい。

拓海は、自分の部屋に戻るべく、階段を上った。すると、自分の足音に混じって、再びカチャカチャという音が聞こえる。

音は、自分に向かってきていると気づいた。いつの間にか、息づかいのような声も聞こえている。

恐怖を感じて、階段の途中で、拓海は背後を振り向いた。然しやはり、背後には闇があるだけだ。

何もなさそうだ。じっと目を凝らす。すると、階段の隅に、暗闇に浮かぶビー玉大の光を2つ見つけた。

その光は動いていた。あれは何だろう?見ていると、その光が拓海の方を向いた。

あれは、眼だ。動物の眼が浮いて、拓海に近づいている。

「うわぁっ!」拓海は悲鳴を上げると、一気に階段を駆け上った。廊下を走って部屋に転がり込み、蛍光灯の灯りを点ける。

拓海は肩で息をしながら、座りこんだ。あれは、一体何だったんだ。

「どうしたんだよ、拓海」

見ると、悟と昭雄が目を覚まして、目を擦りながら欠伸をしている。

拓海は、二人ににじり寄ると、勢い込んで話した。

「出た。」

「何が?」

悟は、眩しそうに目を細めている。昭雄は一旦は目を覚ましたものの、座った姿勢のまま、また寝入ってしまった。

「お化け。」

その時、とんとんと襖をノックする音がした。

「うわぁっ」

拓海は、飛び上がって襖を見た。

「拓海?」

襖ごしに、聞きなれた彩音の声がする。

「なんだ、姉ちゃんか。」

拓海は、胸を撫で下ろすと、襖を開けた。寝巻き姿の彩音が、心配そうな顔をして立っていた。

「どうしたの?拓海。夜中に大きな声を出したら駄目じゃない。」

「姉ちゃんも入って。」

彩音は、部屋に入ると、静かに襖を閉めた。座ったまま寝ている昭雄の姿を見ると、両手でそっと昭雄の身体を寝かせて、布団をかけてやった。

改めて彩音は、正座をして拓海に向き直った。

「それで?一体、どうしたの?」

拓海は、彩音と悟の側に近寄ると、先程の出来事を話した。二人は黙って、拓海の話を聞いている。

拓海の話が終わると、悟は腕組みをしながら言った。

「前、父ちゃんに聞いた事がある。」

彩音と拓海の顔を交互に見ると、言葉を続けた。

「父ちゃんがまだ子供の頃に、この家で変な物を見たって。」

「変な物?」

悟はうなずきながら話を続けた。

「じいちゃん達の部屋に仏壇があるだろ?あそこのお鈴が、誰もいないのに勝手に鳴ったとか。夜中に、毛に覆われた何かが飛んでいるのを見たとか。」

彩音は、人差し指を自分のこめかみに当ててしばらく考えていたが、拓海と悟に言った。

「二人とも、よく聞いて。この事は、誰にも話しては駄目よ。菜々美ちゃん達は、この家に住んでいるの。

自分の家がお化け屋敷だ、みたいな事を言われたら、嫌でしょ?」

拓海と悟は顔を見合わせたが、彩音の注意に素直にうなずいた。

「あと、拓海とおじさんが何を見たのかだけど、"幽霊の正体見たり枯れ尾花"ってことわざがあるじゃない?もしかすると、何かの見間違えかもしれない。」

「でも、息遣いみたいな声もきこえたんだよ。」

拓海は勢い込んで言った。

「その事も含めて、何かの音がそう聞こえたのかもしれない。それにね、どちらにしても、私はこの家の雰囲気が好き。昔からご先祖様達が暮らしてきた土地だし、温かさとか、優しさを感じるの。二人はどう?」

拓海と悟は頷いた。

「僕も、本家は好きだよ。」

「でしょ?怖い怖いって思っていると、これからもお化けを見るし、ゆくゆくはこの家の事を、嫌いになるんじゃないかって思う。二人には、そうなって欲しくないんだ。だからね、拓海が見た物が、仮にお化けだったとしても、この家に遊んでもらったんだってくらいに思って欲しいの。」

なるほどと拓海は思った。

彩音は、二人の頭を優しく撫でた。

「さぁ、まだ夜中よ。布団に入ってもう少し寝なさい。」

拓海と悟が自分の布団に戻った事を確認すると、蛍光灯の灯りを消して、部屋を後にした。


彩音は廊下に出ると、壁に背を預けて、先程の拓海の話を思い出していた。

実は、拓海がトイレに立つ少し前に、彩音もトイレに行って同じ体験をしていた。拓海のように、悲鳴を上げる事は無かったが、怖くなって菜々美の部屋に駆け戻った。

布団の中で、自分の体験を反芻していたところに、拓海の悲鳴を聞いたのである。

菜々美達が暮らす家だからこそ、原因を究明しなければと思った。


翌朝、居間のテーブルを借りて、彩音は夏休みの課題に取り組んでいた。

拓海や悟達兄弟は、朝食を済ませるとすぐに外に飛び出して行った。釣竿を持っていたから、どこかで釣りでもしているのかもしれない。

しばらく、問題集に取り組んでいたが、昨夜の出来事を思い出して、部屋の周囲を見回した。

本家の間取りは、20畳の居間を廊下がコの字型に囲っている。玄関へと続く廊下は縁側となっており、庭が一望できるし、外からの明かりも存分に入ってくる。

しかし、トイレや2階に繋がる階段は、縁側とは逆側の廊下にある。

この廊下には、トイレや階段の他に、洋一と由紀子の部屋や、納戸などの扉が並んでおり、その先は浴室に繋がる脱衣場の扉だ。

外光が入る隙間はない。

階段の右隣は納戸、正面は洋平と恵が寝室として使っている部屋の壁だ。

光る眼は、納戸の前を通って階段に向かった事になる。眼が浮かんでいた高さは、彩音の胸程だったので、120~130cmといったところか。

もしかすると、壁に穴が開いていて、部屋やトイレの明かりが廊下に漏れたのかも知れない。

あるいは、ムササビなどの動物が入り込んだのかも知れない。

彩音は、昨夜の内に、いろいろな可能性を模索していたので、朝になると、早速、階段の周辺を調べ始めた。

壁は砂壁だ。柔らかい素材なので、少々の傷はあるようだが、部屋の明かりが漏れるような穴は見当たらない。

廊下や天井の梁も調べたが、動物の足跡や爪痕の形跡も無かった。

あの時間、1階は、祖父母の洋一と由紀子、叔父叔母の洋平と恵の4人が寝ているだけだ。

悪戯で、人を驚かすような事をするとは思えない。

では、昨夜見た光る眼の正体は何なのか。爪で木板を搔くような足音の正体は。

「う~ん、分からない。」彩音は腕を組んで考え込んだ。


「彩音ちゃんは偉いわね。毎朝、きちんと課題を進めていて。」

台所から、恵が冷えた麦茶を持って出てきた。彩音の前にグラスを置く。

「あっ、ありがとうございます。」

「今夜は、宍道湖で花火大会ね。晴れて良かったわ。」

恵の言う通り、今日から2日間は水郷祭だ。宍道湖の湖上で打ち上げる花火と、公園に特設されたステージではイベントが開催される。

ステージのイベントは、ライブや抽選会の他に、石見神楽の演目がある。

美緒にとっては、石見神楽が今回の旅の目的だったはずだ。

「はい。とても楽しみにしてました。」

「彩音ちゃんは、宍道湖の花火大会は初めて?」

「はい。写真で見た事があるくらい。菜々美ちゃんの話を聞いて、羨ましいなって思ってたんです。」

恵は嬉しそうに笑った。

「毎年、彩音ちゃん達が来る頃と、水郷祭の日程が合わないから、いつか彩音ちゃんに花火を見せてあげたいって、おばさん思っていたのよ。その願いがやっと叶ったわ。」

「叔母さん。」

彩音は、叔母の優しい想いを感じて微笑む。恵の出してくれた麦茶で喉を潤した。

「今日は、何時ごろに出るの?」

「駐車場が混む前に到着したいから、午後2時頃に出ようって事になってます。」

「そう。美緒ちゃんの車で行くのね?」

「はい。拓海と悟君と昭雄君は、悠人さんの車に乗せてもらうんです。」

彩音と恵が話していると、美緒が菜々美の部屋から、あくびをしながら降りてきた。

「叔母さん、彩音、おはようー。」

「美緒さん、おはようございます。大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。今日、運転する事を考えて、夕べは控えめで呑んだんだから。」

美緒は両手を振って応えると、トイレに向かった。

そんな美緒を、彩音と恵は見送ると、顔を見合わせて笑った。

しばらくすると、美緒が居間に戻ってきた、目頭を押さえている。

「叔母さん、あたしにも麦茶頂戴。」

「そう言うと思って、ちゃんと美緒ちゃんの分のグラスも持ってきてあるわよ。」

恵は笑いながら、グラスに麦茶を注いだ。

「さすが、叔母さん、どうもありがとう。」

言うと美緒は出された麦茶を一気に飲み干した。

「んー、お茶が美味しい。」

美緒はグラスをテーブルに置くと、再び目頭を押さえた。

「美緒さん、大丈夫ですか?眼の調子が悪いの?」

彩音が心配になって聞くと、美緒は笑いながら両手を振った。

「違う、違う。さっきトイレで用を足しながら、カレンダーの写真をずっと見てたんだよ。赤と青の朝顔の奴。

こういうの、ハレーションって言うんだっけ?眼がチカチカしてきてね。」

ああと、彩音も安心して笑った。

「私も昨夜、見入っちゃいましたよ。教会の建物がぼやけていて、これ何だろって見ちゃいますよね。」

彩音は話しながら、頭にインスピレーションが浮かぶのを感じた。


お昼少し前に、拓海達が戻ってきた。釣りの成果は無かったようだ。空のバケツを自転車から降ろしている。

菜々美も午前中は部活に行っていたが、帰ってきて、今は恵の昼食の支度を手伝っている。

お昼は素麺らしい。彩音も先程まで、薬味を刻んでいた。手に、少し生姜の匂いが残っている。

「拓海、悟君。枯れ尾花の正体が分かったかもしれないわ。」

「えっ、それって昨夜の?」

拓海、悟が勢い込んで聞いた。彩音は大きく頷いて見せた。

「枯れ尾花って何の事?」

菜々美が、ジュースのペットボトルと、人数分のグラスの載ったおぼんを持って、居間に来た。

拓海と悟は慌てて、手を振った。

「菜々美姉ちゃんには関係ない話、大丈夫だから聞かないで。」

拓海と悟は、昨夜の彩音との約束を覚えてくれているようだ。一生懸命に約束を守ろうとする二人に、彩音は微笑みながら言った。

「大丈夫よ。言ったでしょ、枯れ尾花の正体が分かったかもしれないって。」


彩音は、彩音と拓海に起こった昨夜の出来事を、皆に話した。

案の定、菜々美は気味悪そうに、両手で肩を擦っている。菜々美とは対象的に、意外にも美緒が身を乗り出してきた。

「原因は、私と拓海が、2階の廊下の電灯を点けられなかった事にあるの。」

深夜に暗闇の廊下と階段を、眼を凝らして進んだ事を伝える。

「あっ、ごめんね。ちゃんと教えてなかったね。でも、起こしてくれて良かったのに。」

菜々美は慌てて両手を合わせた。彩音は微笑むと「ありがとう。」と言った。

「そして、お便所の電灯は点けられたわ。お便所を借りている間、ドアに吊るされたカレンダーをずっと見ていたの。赤と青の朝顔、

2輪の花の間にある教会の十字架、今日と明日にマークされた赤い丸。きっと、これらの映像が、網膜に焼き付いてしまったのね。

そしてお便所から出ると、急に暗闇の中でしょ。カレンダーの映像が、光る2つの丸としてフラッシュバックされたのよ。」

彩音は軽く一息ついて、「あとは、よくあるシミュラクラ現象ね。」と続けた。

「試しにさっき、お便所のカレンダーを見続けてから、眼を瞑ってみたの。似た現象が確認できたわ。」

拓海は勢い込んで尋ねた。

「でも、それじゃ、足音とか息遣いが聞こえたのは?」

「それは、やっぱり動物なのよ。さっき外に出て、床下を覗いてみたの。きっと狸かハクビシンね。

ちょうど廊下の下あたりに糞があったわ。後で掃除しなくちゃ。」

「そうか、僕は、てっきり廊下の上を何かが歩いているって思ったんだけど、実際には、廊下の下だったんだね?

夜中で静かだったから、音が響いて、近くにいるって錯覚したんだ。」

おおおっと皆から歓声が上がった。

「彩音ちゃん、すごい。」よほど嬉しかったのだろう。菜々美が手を握ってきた。

「たまたま思いついただけなの。」彩音は少し照れて、頭を搔いた。

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