〈第7話〉20年後の松ちゃんが金髪マッチョになって探偵ナイトスクープの局長やってるっつって誰が信じるんだよ
勝手に家に上がり込んできた山下が、早口でまくしたてた話をまとめると、おとといの文化祭で興味を持った地元テレビ局のプロデューサーが、ぜひともオレたちに番組に出てほしいと頼み込んできているとのことだった。
「な、出ようぜ。おれたちあっという間にスターだぜ」
と興奮する山下に、おれは「いいから、ちょっと落ち着けよ」と言って、水道水をくんだコップを差し出した。
「いつもいつも、もっとマシなもんねえのかよ」と言って、山下が水をごくごくと飲み干す。
そういや、こいつはちょくちょくオレの家に遊びにきていた。こいつは、っていうか、こいつだけは、だったな。
超進学校に通っていて、結局大学に行かなかったのはオレだけだった。山下は東大法学部に入り、卒業後に地元に帰ってきて酒屋になった。別に実家が酒屋だったというわけでもない。いつか理由を聞いたら「酒が好きだから」と言っていた。昔からちょっと変なやつだったんだ。
「おまえ、オレみたいのにいつまでも付き合ってると東大落ちるぞ。受験勉強ちゃんとしてんのかよ」
と聞いても、山下が気にする風はない。
「そんなことはどうでもいいんだよ。だいたいお前が考えた漫才を武器に芸人になればいいんじゃねえか。大学なんて行く必要はもうねえよ」
「そんな甘いもんじゃねえって。テレビに出て、メシ食えるほど稼ぎ続けられる芸人なんて、ほんとにほんのほんの一握りなんだぞ」
「お前だってよく知らないくせに、知ったかぶりすんなよ。やってみねえと分からないだろ」
「やってみたら、ダメだったんだっつーの」
「は?」
思わず口をすべらしてしまったことに気づく。
「何言ってんだよ。お前がこのまえ考えてきたネタ?めちゃくちゃ面白かったって。なんていうか未来の漫才って感じがしたよ。最初はよく面白さが分からなかったけどよ」
こいつは昔から妙に勘のいいところがあった。
おれはなんだか、山下になら本当のことを言ってもいいような気がし始めていた。それに本当のことを言わないと、こいつのこの興奮も収まりそうもない。このままじゃ、せっかく東大に入れるほどの学力がある奴の、大切な人生を狂わせることになってしまう。
「山下、ちょっと落ち着いて聞いてくんねえか」
オレは自分でも意外に思うほどあっさりと心を決めてきた。
「あのな。おれ、実は未来からやってきたんだよ。20年後の未来から」
山下の眉間にみるみるうちに皺が寄った。
「なに言ってんだ?おまえ」
「いや、だからさ。文化祭のネタだってあれ、オレが考えたものじゃあねえんだ。未来の才能ある漫才師が考えたものをちょっと覚えてて、再現しただけなんだ」
3冊のノートのことはなんとなく言わないほうがいいと思った。
「いやいや。おれに芸人の道を諦めさせようとしてんのかもしれねえけど、ちょっと意味わかんねえぞ」
「まあ。いきなりこんなこと言っても信じられないだろうけどよ。ほんとなんだよ。それなら、20年後の未来を見てきたオレしか知らないようなこと教えてやろうか」
「なんだよ。言ってみろよ」
「えーと、そうだな。たとえばだな。20年後の未来、探偵ナイトスクープの局長は上岡龍太郎じゃない」
「はっ?いや、そんなこと、20年後の未来見なくても分かるじゃねえか。上岡龍太郎、近いうちに引退するって言ってんだから」
「あ、そうか。いや、でもだな。20年後に局長やってるの誰か知ったらおまえ、びっくりするぞ」
「誰だよ。もしかして、、、、、おれか!?」
「なんでだよ。ちげーよ。聞いて驚くなよ。松ちゃんがやってんだよ。探偵ナイトスクープの局長はダウンタウンの松ちゃん」
「はあああああ???つくならもっとマシなウソついてくれよ。松ちゃんなんて、おれより可能性ないわ。だいたい松ちゃん、40歳になったら引退するっつってんだぞ。あと7、8年もすりゃ芸能界からいなくなるんだぞ」
「いやあ、それが引退しないんだよ、松ちゃんは。20年後の未来では金髪のマッチョになって、探偵ナイトスクープでニコニコ笑って局長やってる・・・」
山下は体がしぼむんじゃねえかというぐらい長いため息をはいて「ばかばかしい」と言った。
正直、おれ自身もしゃべりながら、あらためて20年前からじゃ信じられない未来が現実になったのだなと実感したので、これ以上強くは言えなかった。
「あ、それから松ちゃんは20年後には結婚もして、娘もいる」
「もういいって」
山下が再びため息をつき、哀れむような視線を向けてきた。
「長瀬、それ全然面白くねーぞ。もっと笑える話をしてくれよ。芸人にとって家族は百害あって一理なし、って松ちゃんが言ってんの知らねーのか。しかも金髪だのマッチョだの。この前、板尾さんが髪にちょっとメッシュ入れただけでダウンタウンの二人、板尾さんのことヨゴレだとか言ってガン無視したらしいじゃねーか。筋肉は笑いの邪魔だとも言ってたし」
うーむ。
そういや確かにそうだった。山下の言う通りだ。
なんでこんな話になったんだっけ。
それにしても、こいつもほんとにダウンタウンが好きなんだなあ。
なんだか疲れてしまった。
「長瀬よお。なんだか知らないけど、おまえがテレビに出たくないってのは分かったけど、1回ぐらいいいじゃねえか。出てみねえ?ほかにも高校生のコンビを何組か集めてコンテストみたいにやるんだって。芸人にならないんだったら、なおさら今しかできない思い出になるじゃん」
山下が言うのを聞きながら、断わらなきゃダメだ、ここで番組なんて出ようものならもう引き返せなくなる、と思った。
それはできないと言おうとしたオレの口から出た言葉は、だけど全然ちがうものだった。
「そうだな。やっぱりいっちょ、やってみるか」
さらには考えもしてなかったはずの思いつきの一言まで付け加えて、おれは自分に心底あきれた。
「実はコンビ名はもう決まってる。おれたちは、パッチ&ワークだ」