〈第4話〉男子高校生がみんなダウンタウンになりたかったあのころに時を戻そう
爆笑につぐ大爆笑。
たとえではなく揺れる体育館。
一夜明けてもオレの体には、昨日思い切り浴びた笑いの衝撃波の痕跡が、心地よい疲労感となって確かに残っていた。
次の日、当たり前のように学校を休んだオレは近所のサンクスに行き、1冊だけ残っていた先週号のジャンプを手に取った。
そういや昔はコンビニの雑誌がビニールひもでしばられてるなんてことはなかった。これ幸いと立ち読みを始めたが、漫画の内容はほとんど頭に入ってこない。懐かしさのあまり「すごいよマサルさん」だけはしっかり読んだが、それからあとはページをめくりながらも、ずっと昨日のことを思い返していた。
「いや、どこ見て運転してんだよ!!って言えてる時点で無事でよかった」
タクシー運転手を演じながらオレをひく山下に向かって叫ぶと、一瞬の静寂を挟んで会場から「どっっっっ」と笑い声が起きる。
「いや、2回もぶつかる、ってことはオレが車道側に立っていたのかもしれない」
今度はさらに大きな笑い。
おれが「時を戻そう」と繰り返すたび観客たちの拍手は激しくなっていった。
生まれて初めての大ウケの余韻にひたりながら、ジャンプを棚に戻し、マガジンにうつる。一応サンデーまで目を通したら、あそこへ行くか。
今日学校を休むことは前々から決めていた。学園祭が一段落したら調べようと思っていたことがあったのだ。
昨日、漫才の出番を終えたとき、興奮した山下が「すげえよ、長瀬!!オレたち芸人になろう。こんな面白いネタを作れるお前がいれば、ダウンタウンみたいになれるんじゃねえか!?」と言ってきたのには面食らった。
テレビ局の兄ちゃんたちが無理やり名刺を渡そうとしてきたのにも驚いた。「そういうの興味ないんで」ととっさに逃げたが、おれの心は揺れまくっていた。
あくまで素人高校生の「青春の思い出づくり」としての1回きりの舞台。のはずだったのに・・・
いやいや、ともかく、このことを考えるのは今はやめよう。
結局、スピリッツまで立ち読みしてからオレはチンチン電車に乗り込んだ。
向かった先は市民図書館。目的は新聞の縮刷版だ。
1996年8月15日に繁華街で起きた無差別殺傷事件のことを報じる記事があるのかないのか。つまり事件は起きたのか起きなかったのか。あるいはこれから起きるのか。
オレが元いた世界では小滝先生はあの日殺された。そして2020年になっても犯人がつかまったという話は聞かない。
そしてオレが今いる世界の1997年5月の時点で先生はまだ元気に生きている。
この違いが生じた理由に、オレはうすうす気づき始めていた。