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〈第3話〉ぺこぱの革命的漫才は時空を越えて炸裂する


「おい、緊張すんなよ。ともかく一言一句オレの言ったとおりにやれば爆笑まちがいないんだからな。分かってんのか山下。いや、シュウペイよ」


 近隣の学校から集まった中高生や周辺住民たちで埋め尽くされた体育館のステージ袖。自分たちの出番を待ちながら、オレは隣に立つ山下にもう一度念押しした。緊張すんなよと言ってる自分のほうの口元がぶるぶると震えている。


「分かってる、つってんだろ。それにしてもお前、よくオレの名前がシュウヘイだって知ってたな」

「え?そうなの?お前、山下シュウヘイっていうんだ?」

「は?だからシュウペイにしたんだろ」

「え、ああ、まあ、そうだな」


 知らなかった。


 オレが学園祭で山下とコンビを組み、「ぺこぱ」の漫才を丸々パクってやってしまおうと思いついたのは、2020年の未来から1997年の世界にタイムリープしてきて割とすぐのことだった。


 体育館の窓からは、陽気な日差しと気持ちのいい5月の風が入り込んでいる。


 おれたちの出番の前の前のコンビがステージ上で何か必死にしゃべってるようだが、観客たちの笑い声はほとんど聞こえてこない。


「ていうかさ。おれ、別に納得してるわけじゃねえからな。お前が考えてきたネタってやつ?今いちピンとこねえっていうか。面白さがよくわかんねえんだよな」

「ばか、いまさら何言ってんだ。あれだけ練習したろ。絶対大丈夫だから、オレを信じろ」


 とは言ったものの、実のところオレだって自信があるわけじゃねえんだ。

 山下がピンとこなくたって無理はない。


 なにしろこれからオレたちがやろうとしているのは、ぺこぱが2019年のMー1グランプリで披露したネタだ。

 あの「大革命」を、20年も時を戻して起こそうというのは、いくらなんでも早すぎるのかもしれない。


 M-1が年末の国民的風物詩となり、漫才というものがすっかり世の中に定着した時代だからこそ、ボケればツッコむという大前提の笑いの基本形を誰もが知っているからこそ、あのネタが大爆発し旋風を巻き起こせたってことぐらいオレにも分かる。

 

 かたやこの90年代といえば、M-1はまだ誕生さえしていない。正月でもない限り、漫才を全国放送のテレビ番組で見ることもない。


 20年後の未来では、「相方」なんて言葉も日常会話で普通に使われているが、この時代では知ってる人のほうが少ないぐらいだ。お笑い好きのオレだって、中学生のときに読んだ松ちゃんの本に「18の春。親友の浜田は相方の浜田になった」と書いてあるのを見て「これって『あいかた』と読むのかな?」って考えたもんな。


 まばらな拍手が体育館に響くと、のっぽとチビの二人組がすごすごと袖に引き上げてきた。どっちもちょっと涙目になっている。

 入れ替わりに今度はデブとヤセがステージ上に出て行った。ぼそぼそとしゃべり始めたが、観客たちは気まずそうな顔のまま二人を見上げている。


 学園祭で漫才の大会をやろうと、半ば強引に実行委員会を立ち上げ、見た目だけで適当に選んだやつらを口車に乗せて出場させたわけなのだが、ちょっと、というかだいぶ悪い気がしてきた。


 だいたい、ど素人がいきなりこんな大人数の前に立って笑いなんかまともに取れるわけねえよな。


 オレが通ってたこの学校は、ローマに本部があるカトリック修道会が運営する中高一貫校で、全国でも超有名なブランド進学校。学園祭や体育祭、はたまた卒業式にいたるまで注目の的で、地元のテレビ局はイベントごとにいつも取材にやってきたものだ。


 今日だって、溢れんばかりの観客たちの視線と一緒に、何台ものテレビカメラのレンズがこちらに向けられている。

 こんな会場なら雰囲気にのまれて当たり前。オレだって、ぺこぱの漫才という武器がなければ、とてもじゃないがこの舞台に立とうなんて気にはならないだろう。


 あ、一応ことわっておくが、人様のネタをパクるということについては、少しも良心がとがめなかったわけではない。プロである以上、それはもちろん絶対にやっちゃいけないことだ。


 でも考えてもみてくれ。今のオレはただの素人。高校生が文化祭の思い出に好きな芸人のネタを1回、2回コピーするぐらいのことは大目に見てくれよ。パクるネタが未来のものだってこと以外、よくあることだろ?いや、悪いことだってのは分かってんだ。でも、一度ぐらい大ウケの大爆笑ってやつを体験してみたいんだよ、20年も芸人やって、ただの一度も経験できなかったことを。

 たとえ・・・それが・・・自分で努力して作ったネタによるものじゃなかったとしてもだ・・・


「おい!長瀬!おい!そろそろだぞ」


 山下に肩を叩かれ、われに返った。


「お、おう。とにかく、元気よく飛び出そうぜ」


 ここまできたらもう思いっきりやるしかない。


 考え事をしている間にいったん落ち着いた動悸がまた激しくなってきた。


 体育館が静まりかえる中、とぼとぼと引き上げてきたデブとヤセに「おつかれ」と声をかけた。


 自分の心臓の音が聞こえる。「いくぞっ!!」と勢いをつけ、おれは山下と一緒にステージに向かって駆けだした。


 パチパチパチとまばらな拍手が聞こえてくる。


「おまたせ、、しました、、、オレの名はっ!!松陰寺(しょういんじ)っ!!太勇(たいゆう)だっ!!!!」


 首を力いっぱい振りながら、オレは腹の底から声を出しこう叫んだ。

 

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