婦人の殺人告白 噴水のある広場の中心
「殺すこと自体には注意を払いませんでした。簡単なことであの動いている心臓をただ止めればいいのです。そこに技術は、わたしの場合、必要ありませんでした。ただし、そう言いましても、わたしの殺しが警察などにわかってしまっては悪いですから、いかにも、さぞ自分が殺していないかのような態度をとらなければいけませんし、自分が殺しえない状況を作る必要がありました。論理的に考えるのは得意な方でした。ただ、頭の働きというものが、わたしく、その、ちょっとばかり良くないものですから、すべてのことを紙に書かなくてはなりませんでした。考えた事柄をいちいち覚えていられないのです。紙は膨大な量になります。膨大な量の紙とインクが、わたしの犯罪をなくすために消費されてしまいます。そして、わたしはその紙を隠さなければなりませんでした。でもこれは簡単なこと。ただ燃やしてしまえばいいだけ。ですから事件後のわたしの家の焼却炉はいつもより多くの煙を出していました。煙は隠そうとして隠せるものでもありませんから、しかし見られたところで特に不利益もありませんから特に注意も払わずにいました。本当に、これだけのことからわたしを言い当てることは不可能に近い事ですから。ですから笑ってしまったのです。あなたが証拠品の服でも燃やしたのではないかと言った瞬間に。返り血でも浴びたかわいそうな衣服を燃やしていたのだろうと。頭の悪い人間が探偵役を務めるとこうなるのだと関心もありました。ですが、燃えカスを調べたことでわたしが燃やしていたのは消費しすぎた紙であることがわかり、探偵役のあなたは恥ずかしそうに顔を伏せることになりました。当然、紙の消費の目的はわからないままです。当たり前のことながら、紙は燃え尽きていますから。そして、周りの人間も頭が悪いようでした。わたしは一度かかった容疑…その証拠の一つを払しょくしただけでしたのに、なぜだかみなさん、わたしが無罪放免となったかのように扱うのです。近所の方は少しの間、絶っていた縁をまた戻してくれました。友人からの手紙はいつも通り届くようになりましたし、買い物に行く青果店の店員さんは、前と同じようにハリのある新鮮な野菜を笑顔でくれるように戻りました。被疑者であったわたしは、無罪である証拠が何一つないにも関わらず依然通りの生活が送れるようになったのです。あなた、探偵役のあなただってわたしを疑うのが馬鹿らしくなってやめてしまいました。そしてあろうことか謝りさえしたのです。犯人扱いして悪かったと。これを聞いたものですから、この人たちなら、わたし、出し抜けるわと思いました。こうなるのであれば、あんなに綿密な用意は必要ありませんでした。ともすれば、家計と環境のことを考えて、紙とインクの消費を控えるべきであったと後悔すらしたのです。さあ、わたしの近所の人。青果店の店員。手紙をくれる友人。探偵役のあなた。そしてこの広場にお集まりの皆さま方。わたしは今、こうして一切のことを白状しています。こうして後の劇で使う予定のステージに立って、わたしのしてしまった犯罪の一切を話しているのです。しかし、あの遠くの窓から見ている少年。あの子はわたしの声が聞こえておらず、またわたしを指さして笑っていることから、きっとわたしのことを頭の狂った人として見ているのでしょう。しかし、あの少年は間違っていないかもしれません。というのも、わたしは実は犯罪をしていなくて、本当にただの頭のおかしい人かもしれないからです。そうしてありもしない話をでっちあげてこうして語っている可能性があるからです。さあ、お話ししたとおりです。わたしには証拠がありません。あいつを殺してやったという証拠が何一つとしてないのです。紙の燃えかすは何も語りませんでした。現場にはわたしを示すものはありません。この白状にしたって、わたしの頭が狂ったのであり、事実ではなく空想を語っているだけと考えれば証拠にはならないのです。あら、捕まえますか。わたしを捕まえますか。どういう容疑で捕まえるのですか、えっ、新しい証拠が見つかった…。それはどういう証拠ですか? 被害者の内ポケットにある映画チケットの半券の映画を殺害前にわたしと見に行っていたことですか? わたしがオーダーメイドで作った睡蓮模様の細い髪留めが被害者の耳の奥に押し込まれていたことですか? 被害者が死ぬ直前に食べたパスタに交じっていたわたしの髪の毛が胃の中から見つかったことですか? 被害者が抵抗したときにわたしの腕に食い込ませてそのままとれた爪をわたしが家まで持ち帰り紙と一緒に燃やしたはずのそれがなぜだか焼却炉の中に残っていてそれをあなたが見つけたことですか? わたしが間違って食べてしまった彼のネガの一部がわたしの家のトイレ排水から見つかったことですか? 殺す瞬間に遠くの方で聞こえたシャッター音がありましたがその精度の悪そうな写真にわたしの犯行が写っていたことですか? 紙から写ってしまったインクの跡がわたしの机に残っていてその文字からわたしが犯人であることがわかったことですか? それとも…えっ、どれも違う。えっ、証拠のナイフにわたしの爪の跡があった。それなら、ええとどういう風に対処するのだったかしら…。あの大量に消費した紙の一枚にわたしはなんて書いたのだったかしら。あっ、そうだわ。確か、その爪の跡は、わたしが鍛冶屋へ行ったときに脆い木にふざけてつけた爪痕。あそこに鉄が流れ込んでしまってそれが固まって出来たわたしの爪と同じ形の鉄型。それがどうしてかナイフの柄の部分についてしまったの。わたし、そのためだけに特に用事もないのにわざわざ鍛冶屋まで行って自分の爪の跡をつけてきたのだから。それも複製するときにもとより小さくできないように、あらかじめ一回り大きく後をつけたのよ。そうして火を当てて焦がしてきたの。嘘だと思うなら見てきてごらんなさい。爪の跡と溶けた鉄を流してできた焦げ跡が残っているから。フフ。やっぱり証拠なんてないのだわ。広場のみなさん。あの遠い窓の少年が思っている通り、わたしは頭のおかしい人なのです。被害者を殺したという証拠は何一つとしてないのですよ。近所の人、青果店の店員、手紙をくれる友人、探偵役のあなた。皆はこれまで通り、わたしを無罪の人として、同じように扱ってくれることでしょう。ホ…ホホホ…。」
2018年 11月29日