3ヶ月後の朝
バラの花言葉知ってますか?私は知りません。
目の前で少女が泣いている。暗い部屋の中。
一人で。
私はそこにいるのだろうか、いや、いないのだろう。
私が声を掛けても彼女はこちらを見向きもしないのだから。
私が声を掛けるのをやめると少女はおもむろに顔を上げ、
「ひかりだ……」
そう言って、私の方に近づいてきた。
私は思わず後ずさったが、視線の位置は変わらず私はそこに囚われているようだった。
気がつくと少女はもう目の前まで来ていた。
少女の顔をよく見てみると、目は焦点が定まっておらず、髪の毛は長くかなりボサボサでいて、耳には大量の蛆虫とハエが集っていた。
逃げようにも逃げられない私は、少女に鷲掴みされ、口の中へ運ばれた。
─────
ベットから飛び上がる。
「ハァハァ……いまのなに……」
身体中から汗が出ているのが感じられる。
そして、耳には少女が噛み砕く音がこべり着いていた。
思わず耳を抑える。
不意に肩を掴まれる。
思わず体をビクッと振るわせる。
肩を掴んだ人は蒼真だった。隣には早水京香もいた。
私は少しだけだが、彼らを見て安心した。
早水京香が、紙を読み上げる。
「大丈夫?。」
「はい……なんとか」
安心したせいか、汗は少しづつひきはじめ、あこびりついた音も消えていった。
「実は涼夢、あの日から君は三ヶ月も眠っていたんだ。」
「……え?」
「それともうひとつ、大切な話があるんだ。」
三ヶ月と聞いて正直理解ができなかったが、よく考えてみれば、その三ヵ月前私は何年も眠っていたのだ。そう考えると、なんとなくだが前向きに考えれた。
彼の“大切”という話に耳を傾けてみる。
「実は、君は原因不明の病に侵されているんだ。でも、安心して欲しい。今のところ死に至るようなことは起こってはいないから。」
「そう」
「驚かないのですか?」
不意に早水京香が、口を開く。
「まぁ、こんな機械つけられてて、こんな場所でそんなこと言われて、何年も眠ってたら少しくらい察しは着きますよ……」
「涼夢、この前言えなくてごめんね。起きたばかりの君を不安にさせたくなかったんだ。」
「大丈夫だよ。でもいくつか質問があるんだ。いいかな?」
私がそう言うと蒼真は黙って頷いた。
「まず一つ目、蒼真って私の声聞こえてる?」
蒼真は少しギョッとし、意を決したかのように持っているボールペンをギュッと握り、紙に書き早水京香に見せた。
彼女が喋り出す。
「ごめんね、実は何年か前に耳が聞こえなくなったんだ。でもね、そのあと読唇術って言うのをすごく勉強したんだ。だから、涼夢の言ってることはだいたい分かるんだ。」
彼は私がその話を聞き終わったのかと気づくと、あの下手くそな笑顔をしていた。
「ごめん。あんま聞いて欲しくないことだったよね……」
蒼真はそんなことは無いよっと言わんばかりの目と、素振りをした。
彼は慌てて手を横に振っていた。
私はその感じが何だかおかしくなってしまい笑ってしまった。
蒼真もつられて笑っているようだった。
「えっと、じゃあ二つ目。私の病気ってどんな?」
蒼真は、せっせと紙に書き始めた。
数秒後、彼は早水京香に見せた。
「涼夢の病気は、『骨格変動症』といって、体が何年も前、あるいは何年も後の状態に一日一日変わっていくっていう病気なんだ。」
そう言われ、私は自分の体に触れてみる。
すると、三ヶ月前にあったはずの私の体はなく、その代わりに小さい肉体があった。
蒼真の話を聞かずにこの事に気づいたらと考えると、背筋が凍った。
「そうなんだ……三つ目ね。筋肉とかって私は使えるの?」
蒼真が、その質問が来ることを知っていたかのように、紙にスラスラと書き、早水京香にみせる。
「その点は大丈夫だよ。私とここにいる早水京香は“医者”なんだけど、長い間この病気について研究してきたんだ。今涼夢が喋れているように、普段できているようなことは不思議とできるようなんだ。でも、何が起こるかわからないから、何かあったら直ぐに行ってね。」
確かに、さっきから喋れてはいるし、それに飛び起きたばかりだった。
私が腕を回したり、試しにベッドの上に立ってみたりしていたら蒼真が少し笑った。
「蒼真?四つ目の質問ね。私って何歳だった?それで、いまは何歳なの?あと、鏡ってあるかな?」
蒼真は、紙に書き始めると、早水京香が手鏡を渡してきた。
「どうぞ」
私は黙ってその手鏡を受け取り、恐る恐る鏡の中を覗き込む。
するとそこには、五歳児ほどの見た事のある少女が映っていた。
見たことあるのではなかった。そう、これは私だ。私なのだ。
私が五歳の頃の姿がそこには映っていた。
私は、自分の顔を触ったり、手鏡を色々な方向に動かし、自分の容姿を確かめた。
そんなことをしていると、早水京香が口を開いた。
「涼夢は、今五、六歳の頃の姿だと思うよ。慣れてない体だと思うから困った事があったらなんでも言ってね。」
「わかった。ありがとね蒼真。最後に……
『ここってどこ?』
」
私はやっぱり彼らのことが信用出来なかった。
私の質問に答えたことは多分本当のことなのだろう。それでも私からしたら昨日今日で出会った人達だ。
私はこの質問が彼らの本当の目的をつかめるものだと思っていたが、蒼真は顔色ひとつ変えずサラサラとペンを走らせた。
「ここは、私たちの家だよ。」
「……もっとましな嘘はつけないの?」
私はなんの根拠もなく鎌をかけてみた。が、案の定それは嘘だったらしく、蒼真は少し驚いていた。いや、かなり驚いていたのだろう。彼の身体は固まり、紙には何も書き始めていなかった。
早水京香が、口を開いた。
「涼夢さん。嘘をついてすみません。ここは私と蒼真先生の研究所なんです。あなたをこれ以上不安にさせないためにあの様な嘘をつきました。かえって私たちのことを不審がってしまいましたよね」
「け、研究所って……」
「あまり言いたくはないのですが、あなたは私たち、いえ、道樹先生は含まずとも私たち研究員からしたらただの実験体なんですよあなたは」
「え?な、何それ……」
「ですがご安心ください。あなたに危害を加えることは無いので。ただ私は観察をするのと、道樹先生の言葉をあなたに伝えるだけです」
「安心しろって言われても出来ないわよ!私からしたらあなたも蒼真も昨日今日知り合った人なのよ!」
「そうですか。でも今のあなたには何も出来ないでしょ?」
痛いとこをつかれてしまった。確かに私は彼らが言うにこの病気のことを何一つ理解出来ていない。
それなら彼らの言う通りに生きるしかないのではないだろうか……
「涼夢さんならもう理解出来ていると思ったのですが……」
「…………そうね、やっとわかったわよ。私が置かれてる状況を」
「なんですか?」
「最初から私に自由なんてなかったのね。起きた時から“牢獄”に入っていたのね」
そんな話をしていると蒼真がビクビクしながら私のことをつついた。
「な、なに……」
私がそう言うと彼は紙を見せてきた。
そこにはこう書いてあった。
「ごめん涼夢。決して君のことを騙そうとした訳では無いんだ。ただ、君をこれ以上本当に不安にさせたくなかっただけなんだ。」
そして彼は一枚の写真を渡してきた。
私がそれを手に取り、見ると早水京香が口を開いた。
「僕が君と結婚式の時に撮った写真だよ。」
そこには“いつもの”私の姿と下手くそな笑顔の蒼真が幸せそうに写っていた。
「分かったよ蒼真。あなたは私の夫なのね。少なくともあなたのことだけは信じるね」
私がそう言うと蒼真はまたあの下手くそな笑顔を私にみせた。
「早水京香、最後に聞くね」
「なんでしょうか」
「あなたが蒼真の書いたことを読む理由は?」
「簡単なことですよ。あなたがどういう反応をするか観察するためです」
「でも、なんで蒼真は話さないの?それとも話せないの?」
「話せますけど、自分自身の声が聞こえないので、相手に伝わらないことが多いのです。だから彼は話さないんで筆談をするんです」
「そう。ありがと」
私はそう言うとベッドに座り込んだ。
ふと窓の外が気になった。
窓の先にはこの前見たものと同じく美しい庭園が広がっていた。
「外に出たい?。」
「いや、疲れたから少し寝たいな」
「わかった。じゃあ僕と早水はここから出ていくね。」
そう言うと彼は早水京香を連れて部屋から出ていった。
まだつづく予定なのでよろしくお願いします。
読んで頂きありがとうございます