6 五車の術
今回は短いです。
忍者のアクションシーンを早よ書きたい!!
「何の真似だ?」
馬上の兵が、自分の槍の穂先を掴んだままの兵士を見下ろした。その声には怒気を孕んでいる。
馬上の兵は騎士だ。騎士とは諸侯により自ら支配する土地を与えられた領主である。
目の前の兵士は馬にも乗っていないし紋章を記した上衣も身につけていない。従卒の証拠である。従卒とは騎士に仕える身分であり、両者の差は天と地、文字通り主人と従者の関係である。例え、相手が直接の主人でなくても従卒が騎士に逆らうことなどあってはならない。
無礼を働いたり、命令違反を行う従卒ならば斬って捨てても構わないと、騎士の属する王国の法律にも記されている。
弥左衛門は馬上の騎士の様子から、一瞬でこの場の状況を看破した。日の本ことばが通じる事、この場における力関係、戦の状況、その他諸々。そんな有象無象の情報を洞察する力に忍者は人一倍優れている。
今、弥左衛門が行おうとしている事。それは忍術である。
その名を「五車の術」という
相手の喜怒哀楽という感情を巧みに操り、口車に乗せ、相手につけこんでいく術である。現代の詐欺師やメンタリストにも通じる技術だが、忍者の術の基本だ。
「失礼ながら、『生かしたままに捕らえよ』。と命が出ております。槍を引かれよ」
こういう威圧してくる相手には、まず堂々と接することが基本。
「何だと!そんな命令は聞いておらん!貴様、どの配下の者だ!私をかの”勇将”フットバルトと知っての物言いか!?」
大声で威圧してくる男を見て、弥左衛門は兜の下でほくそ笑んだ。
(なんと分かり易い御仁か、このように自身の権威を前面に押し出すような輩には……)
「私のお仕えする御方をお告げしてもよろしいと?そうなりますと、私も主人にふっとばると様のお名前をお告げせねばなりませんが?」
「どういう意味だ!いったい、私の何の非を鳴らすつもりだ貴様!!従卒風情が騎士を侮辱すr……」
「いえ、ふっとばると様の非ではありません。ふっとばると様にお話が届いていない事が問題であると申し上げております。このままでは命令を伝え忘れた者、つまり上官が処罰される事になりかねません。本来、正しく届いていなければならない命令が届いていない事が問題になるのですから」
「……ムゥ」
フットバルトの動揺を弥左衛門は見逃さなかった。
(しめた、どうやらこの男いわゆる忠誠心過多、判断力過小の猪武者か。なれば!)
「私の主人に伝えますれば、上意下達の不備が問題になるでしょう。なれば責められるはふっとばると様ではなく………」
「ガラント卿が責めが行くと言いたいのか、貴様」
(この男の上役はがらんと、というのか。しかし卿と言ったか?なれば官位持ちの貴族?しかし、朝廷の天軍がこのような西洋の甲冑に身を包むなど聞いたこともないが……)
まだ、この地を日の本の何処かと思っている弥左衛門は素早く相手の地位を推察する。
「………私は、どなた様のお名前もお出ししておりません。この意味はお分かりでございますか?」
(ふっ、阿呆め、貴様の次の台詞はこうだ)
「何が言いたい」(何が言いたい)
「ふっとばると様に責めはございませんが、この女を殺し、命令違反を犯してはどなたかが責任を取らねばなりません。……しかし、今この場には私しかおりません」
後半は声を落として弥左衛門は話しかけた。
「ふん、つまり貴様を殺せば済む話か」
フットバルトの殺気が弥左衛門に向けられる。槍の穂先を戻し、弥左衛門に突きつける。
「それをお望みとあれば、いか様にも。しかし、どちらにせよお早くなさった方がよろしいかと。他の者に気づかれては一大事」
しばらく、弥左衛門を見下ろしていたフットバルトは槍を立て、穂先を天に向けた。
「ふん、なかなか肝の座った従卒だ。貴様の主人は……いや、聞かぬ方が良い名なのだろうな。貴様ほどの男を従卒に持つほどの御仁。ならば……」
フットバルトはおそらく(どうする?)と聞きたいのであろう。全く自らの知恵の無さをばらしてどうするのか?と、弥左衛門は心の中で嗤う。
「ええ、ここでふっとばると様と私はお会い致しませんでした」
弥左衛門は答えを教えてやる。
「あ、う、うむ、そうだ。私の言いたい事がよくわかった。あとは……」
「はい、後はお任せください」
フットバルトは馬を廻らせると、新たな敵を探して戦場に戻って行く。おそらく今からは律儀に敵を捕縛しようとするだろう。
弥左衛門は舌先三寸でとうとう騎士を追っ払った。
ーー
多少の時間は稼いだが、あの阿呆がいつ真実に気づいて戻ってくるかわからない。弥左衛門は急いで倒れている女を担ぎ、川の方へ急ぐ。道中、例の男を埋めた場所に来た時、弥左衛門は妙案をひらめく。
再び埋めた男を掘り返し、自らの全身鎧を脱ぎ、着せてやる。さらに背中の傷跡にもう一度矢を刺せば、フットバルトを騙した男はここで死んだ事になる。裸に金属の鎧を着ているのはいささか不自然だが、そこに気づいた頃にはもう遠くまで逃げているだろう。
全身鎧がなくなり、身も軽くなった弥左衛門は、矢のように再び川へと急ぐ。
川に着くとすぐに女の足の傷を確認した。
「案外深手だが、命には関わるまい」
女の服の一部をちぎり包帯状にすると、傷口を圧迫し止血する。女の顔の汚れを落としてやると、容貌が明らかになった。弥左衛門が見てもずいぶん若い女である。胸元がゆっくり上下しているので、生きてはいるようだ。
「おい、女、起きろ」
横たえた女の上半身を左腕に抱きながら、顔をパチパチと叩くと、女はゆっくりと目を開けた。
「……だ、誰?」
朦朧とした目が弥左衛門を見つめ返してきた。
「日の本ことばが達者な異人だな、率爾ながら物を尋ねたい」
ぽやーとした、しまりのない顔で女は一言
「眠い……」
と言って、再び意識を失った。