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伊賀忍者・城戸弥左衛門の冒険  作者: リキ
忍者がこっちにやって来た!
5/21

5 忍者サバイバル

ようやく始まりました本編。お楽しみいただけたら幸いです!!

 サァーーーーーーーー


 風が草を撫でる音が聞こえる。弥左衛門は意識を取り戻した。焦点の合わぬ目に最初に飛び込んできたのは空。鼻に届くのは草の匂い。全身に(だる)さがあるが、動けないほどではない。上半身を起こすと疲労で目眩がするが、それでも五感の感覚を研ぎ澄まし、近くにある危険を探る。しかし、何も感じられなかった。とりあえず、周囲に危険なものはないようだ。


 弥左衛門は”ふーっ”と一つ息を吐くと、おもむろに立ち上がり、目を閉じて九字護身法の印を結んでいく。


「臨・兵・闘…」


 この忍者の印を結ぶ行為は、自己に対し様々な働きかけを行う。現代でいうスポーツ選手の行う”ルーティン”に近い。ルーティンとは決められた通りの行動を繰り返すことで、試合前に集中力を高めたり、極度の緊張状態から平常心を取り戻すなどの効果を持つ。しかし、忍者レベルのそれは「自己暗示」「自己催眠」に近く、弥左衛門のそれはもはや「戦闘態勢(モード)」と「平常(ノーマル)」の切り替えスイッチのようになっている。


 「戦闘態勢(モード)」では常人を遥かに超える能力を発揮できる反面、精神力と体力をどんどん消耗してしまう。(せん)だっての信長本陣への奇襲から丸一日以上「戦闘態勢(モード)」になっていた。弥左衛門の驚異的な体力、精神力のなせる技ではあるが、さすがに限界だった。


 「平常(ノーマル)」状態に戻った弥左衛門は、身体(からだ)の異常を確認する。体の傷は覚えのあるものばかりで新しい怪我はない。問題なさそうだ。下着(ふんどし)も無事だ。


 「何が起こったかは分からぬが、どうやら大過ないようだ」


 コツンと弥左衛門の足に何かが当たった感触を感じた。足元を見ると、そこに(こぶし)大の石があった。見事な真球のその石は青い光沢を放ち、まるで宝玉である。よく見ると見たこともない字とも絵ともつかぬ模様が刻んであった。


 宝玉から目を離すと徐々に意識は外へと向かう。一面の草原、山は遠くに霞んで見える。低い丘は所々にあるが平野の地形である。空には雲ひとつなく太陽が輝いている。目印となるような建造物は何もない。こんな世界に常人が放り出されればパニックになり、彷徨い歩き無駄な体力を消耗させ、やがて死ぬことになるだろう。


 しかし、忍者であればどうか?忍者は完全な体内時間を訓練により獲得している。陽の下にいれば緯度、経度まで推測できる。陰陽師や航海士の技術の一つとして知られる緯度経度計算法、現代で言う「メリパス計算」も、当然忍者の知恵に入っている。

 忍者の鋭敏で正確な感覚を用いれば、時間と太陽の角度でおよその緯度経度計算、そして東西南北方位の測定が可能だ。弥左衛門は太陽を見上げながら、一人呟く。


「随分と伊賀から離れてしまったな、何が起こったのか、随分遠くまで流されてしまった」


 周囲の腰の高さまである草は、今まで見たことの無い草だ。試しに一つ地面から抜いて根の近くを齧ってみた。口の中に広がる青臭さと苦味。草の汁をピュッと口から吐き出す。


「…毒ではない…か。が、まともに食べられるものでもなさそうだな」


 忍者には全てが重要な情報の宝庫である。土や土中の生き物、気温や湿度そういった情報を頭に入れていく。近くに織田軍(てき)がいる気配はしない。が、油断はできない。


「なんにせよ、今のところコイツ(宝玉)が唯一の手がかりか」


 城戸は右手でそれを弄びながら呟いた。


ーー


 こう何もない場所だと広範囲に移動する必要がある。まず、水の確保が重要だ。このように青い草がたくさん自生している場所は土に水分を多く含む証拠である。濃い緑の植生の方向へ行くほど何らかの水源にたどり着く可能性が高い。


 道々小石を拾いながら水を探しに移動する。狩の獲物となる動物もついでに探すが、全く見当たらない。十里(約39キロメートル)も歩いているうちに予想通り川にたどり着くことができた。

 弥左衛門は川に駆け寄ると手で水を掬い匂いを嗅ぐ、そしておもむろに口に含んで毒の有無、飲めるかどうかを鋭敏な舌で確認する。清廉な水だ。弥左衛門は水を掬うのももどかしく、川に直接顔を突っ込んで水をゴクゴクと飲み始めた。

 疲労に(まみ)れ、乾ききった体に隅々まで冷たい水が染み込んでいくように感じる。ひとしきり飲み終えた後、川原に大の字に寝転がり、大きく息を吐いた。


「生き返った…」


 平原には獲物となる動物はいなかったが、川に来ると流石に何匹もの魚が泳いでいる。木の枝でもあれば釣り竿や、槍を作れるが、ここに来るまでに、森はおろか木の一本も見当たらなかった。しかし、忍者にはそんなものは必要ない。


「ヒュッ」


 と小石を魚にぶつけると気絶した魚がぷかーっと浮かんで来る。岩に大きな石を叩きつけ、衝撃で魚を気絶させて獲る漁法は一般的に知られているが、忍者にかかれば直接泳いでいる魚の頭を狙うことができる。

 川に入って獲物の魚を獲ると、河原の石を割って簡単な石器のナイフを作り、手際よく魚を捌き始めた。捌いた魚の身を綺麗に川の水で洗うと目を皿のようにしてその身をじっと見つめ、しばらく観察する。


「やはりダメか……」


 この行動の意味は「寄生虫」の発見。一般に川魚を生食しない最大の理由は川魚にいる寄生虫のせいである。よって音羽村でも川魚は必ず焼く、蒸す、煮るなどして火を通してから食していた。

 しかし、今は調理ができない。火はともかく「燃やすもの」が無いのだ。試しに捌いて観察してみたが、この魚にもやはり寄生虫を見つけた。魚を川に投げ捨てると、川の対岸の方角、遠くに森の一部が見えた。


「ありがたい」


 森の恵みは、人間に命を与える。食料、燃料、住居、道具など様々だ。弥左衛門は森へと移動を始めた。


ーー


 森に入ると空気が変わった。明らかに人の気配がする。ピリピリとした空気の震える感覚。弥左衛門は十二分にその空気に覚えがあった。”(いくさ)”の空気である。


 弥左衛門は印を結び「真言(しんごん)」を唱え始める。


「オン カカカビ サンマエイ ソワカ」


 真言とは仏の教えの真実の言葉であり、真理を表すと言われている。様々な神仏が別個の真言を持つ。

 今、弥左衛門が唱えている真言は『地蔵菩薩(じぞうぼさつ)』。気配を断ち自然と一体化する事で敵からの発見を困難とする。弥左衛門は様々な真言を自身の肉体、精神、機能のスイッチと化していた。

 強力な自己催眠か、本当に真言に力があるのかは弥左衛門にも分からない。弥左衛門自身は神仏を信じてはいないが、いわゆる科学万能という思想でも無い。自身の知恵では分からぬ、届かぬものが確かに存在することは理解している。

 気配を殺し、野生動物にさえその存在を悟らせぬ弥左衛門が森を縫うように走る。と、何かを発見した。


「侍か?」


 倒れているそれはピクリとも動かない。信長のような銀色の西洋の甲冑に身を包んでいるが、背中に短い矢のようなものが刺さっている。今の弥左衛門であれば、相当の距離に近づいても分からないだろう。

 弥左衛門は、それ(・・)に近づき、大胆にも倒れている何かに触れた。果たしてうつ伏せに倒れた人であった。弥左衛門は慎重にその人物の鎧と兜の隙間から首筋に手を当て脈を測ったが、すでに事切れていた。


 弥左衛門は周囲に気を配りつつ、その人物の被っている(フルヘルム)のベルトを外す。


「異人!?」


 兜の下から現れたのは、輝くような金の髪の毛だった。弥左衛門は和蘭陀(オランダ)西班牙(スペイン)葡萄牙(ポルトガル)といった異人を見知っていた。彼らの中に金の髪を持つ者もいることも。


「やはり信長の手の者か?」


 死体をくまなく調べていく。


「異人の男…、西洋の甲冑、中には鎖帷子(くさりかたびら)。体格は異人にしては小躯だな?我らと大して変わらぬ。この剣は…異国のモノのようだな。金属(かね)が悪いが重さは十分。それと、ずいぶん小ぶりだが左手に持っているのは矢盾か?」


「死因はこの極短い矢か、心の臓まで達しておる。しかし、こんな短い矢は見たことがない…」


 そして、鎧の下、腰のベルトにくっついて小さな”物入れ”らしき(カバン)が見える。男からベルトを外し鞄の中をみる。


「小瓶に筒…、あぁ、これは水筒か。この固い塊は…携帯食だな。あとは文字の書いてある紙と小刀か…」


 運がいい。どれも今の弥左衛門には貴重な物資である。


「誰かは知らぬが感謝するぞ。(ねんご)ろに(とむら)う故、許されよ」


 弥左衛門は、鎧兜、レギンス、上着、ベルト、靴、鞄、(ブロードソード)(バックラー)と、下着以外身ぐるみ剥いでいく。そして盾を使って草陰に人が入れるほどの穴を掘ると、男を横たえ、上から土をかけ埋葬してやる。そして近くで見つけた大きな石を乗せて念仏を唱えてやった。


「すまぬな。(ぬし)ら異人の神の念仏はよく知らぬ。これで我慢せよ」


 弥左衛門は、男を荼毘(だび)に付すと、靴、上着、レギンスと順に身につけていく。兜を被ると、すっかり全身が覆われた。(織田軍?)に潜り込むには格好の装備だ。


 「しかし、この者らの敵いったい…。この武器は伊賀忍軍のものではない」


 忍者も短い矢のような”棒手裏剣”を使用する。しかし、この矢の様に矢羽根(やばね)は付いていない。矢を手に調べていると、森の奥から剣の打ちあう音、蹄の音が風に乗って聞こえてきた。


「近いな…」


 兜の面頬(ベンテール)を下ろすと、弥左衛門は音のする方へと駆け出した。


ーー


「はぁ、はぁ、はぁ、」


 一人の兵士が、息も絶え絶えに森の中を足を引きずりながら走っている、いや、必死に這いずっているという方が正しい。

 兵士の手には、(クロスボウ)が握られ、腰には細身の短剣(スティレット)を帯びている。革のブーツとレギンスを履き、緑のチュニックの胸の部分はハードレザーで強化されている。外套(マント)には何処かの国の紋章が染め上げられていた。

 兜は無くしたか、はたまた最初から無いのか…おかげで其の者の面容が露わになっている。


 若い女性であった。


 歳は二十歳に届いていないだろう。金色の髪は邪魔にならないように後ろで纏め上げられている。が、激しく動いたせいか、(ほつ)れた幾筋かの髪が(ひたい)に張り付き、顔には泥と、血が付いている。しかしいくら汚泥に塗れようと彼女の美貌を損うことはできないようだった。


 這いずるように走っている理由は、疲労と足に受けた刀傷の為だ。ここまで走ってきたが、とうとう脚が(もつ)れ、ドシャーッっと、前に倒れ込んだ。


「うぐふぅ!」


 思わず、息を吐き出すような悲鳴をあげた。心臓が痛いくらいに激しく鼓動し、口から飛び出しそうだ。力の入らない震える腕で体を支え、なんとか起こそうとする。”ヒィヒィ”とも”ヒュゥヒュゥ”ともつかぬ息遣いが必死に酸素を求めている。だが、彼女の耳に(ひづめ)の音がまっすぐこちらに近づいてくるのが聞こえてしまった。


 意識はだんだんと遠くなり、もう何も考えられない。彼女はごろりと仰向けに倒れた。もう逃げられないと考えると、不思議と開き直って呼吸が落ち着いてきた。


「…し、…死ぬのって……痛いの……か、な…」


 間も無くやってくる確実な死に、彼女は自らの神への祈りを捧げる。おそらく人生で最後の祈り。


 (どうか私の魂が悪魔の手で汚されず、神の御許へたどり着けますように……)


 最後の神への願いはそんなささやかなものだった。


 間も無く森の木々の合間から、軍馬に乗った全身鎧(フルプレート)の兵士が馬上槍(ランス)を手に現れた。馬に乗ったままゆっくりと近づいてくる。彼女は疲労と恐怖で気を失う寸前だった。その時、心にあったのは『どうせなら気絶してから殺して欲しい』という思いだけ……


 そして、真上から馬上兵がその槍を彼女の心臓めがけ突き刺そうとした瞬間!!横合いから同じ鎧を着た兵士が槍を掴んだ!


 それが、彼女が気を失う瞬間に見た最後の光景だった。

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