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伊賀忍者・城戸弥左衛門の冒険  作者: リキ
忍者異世界道中記
20/21

19 竜虎相搏

ご興味のある方は、是非、私の活動報告

「城戸弥左衛門の凄さと、この世界における城戸弥左衛門について語りたい」

をご覧ください。


この作品をより楽しんでいただけると思います。

今後とも宜しくお願いいたします。

 ローレンの作った魔法の灯りが照らし出す地下道において、両者は対峙した。


 エヴァ達の戦略はシンプルだ。「囲んで(なぶ)り殺す」とは比喩ではない、彼女たちの必勝の戦略である。


『ガルァアアアアアッ!!』


 ジャッカルワーに変成したリタは巨大な牙を剥き出して弥左衛門に襲いかかった。その暴れ狂う嵐のような攻撃は、素手とは言えど決して(あなど)れるものではない。人外の剛力で振るわれる鋼の爪や牙の攻撃は、まともに喰らえばただでは済まない。そして、リタの派手な攻撃の隙をついて繰り出されるエヴァの精妙無比な撃剣。まるで二体一対、阿吽の呼吸で弥左衛門を追い詰める。


 ー ガキッ! ギャリリリィ!


 エヴァの剣を弥左衛門の手甲で受ける一合ごとに、白い火花が跳ぶのは両者の武器が魔力を帯びている証である。


 ー ヒュン!


 激しい攻防の最中、弥左衛門の耳に届く(かす)かな音を頼りに、中空に身を(ひるがえ)す。ジニーの投げた前方に大きく湾曲した短剣が、弥左衛門の後背よりその首を落とさんと回転しながら飛翔してきた。


(手裏剣の一種か)


 死のブーメランとも呼べるその短剣が、再びジニーの手に収まる。初めて見る武器を前にしても、(しのび)の様々な武器に精通する弥左衛門に動揺はない。しかし、変幻自在に飛び回る短剣の動きを見切るのは、彼にとっても容易では無い。


 しかし、彼女たちにとっては、その変幻自在のジニーの攻撃すら囮、この場でもっとも弥左衛門を苦しめていたのは、フィービィの「魔法(・・)の矢」だった。

 彼女の種族エルフは生まれながらにして精霊使いであり、弓の名手である。そんなエルフの中でも特に弓の技を極めた者を「秘術の射手アーケイン・アーチャー」と呼ぶ。彼女らは弓矢に強力な精霊魔法エレメンタル・バーストを込めることが可能なのだ。


 今、フィービィの精霊魔法エレメンタル・バーストの込められた矢が弥左衛門を苦しめている。たとえ弥左衛門が己の体術を駆使し、紙一重で矢を躱そうと、「冷気爆砕(アイシー・バースト)」「電撃爆砕ショッキング・バースト」「火炎爆砕フレイミング・バースト」の魔法が至近距離で発動する。雷、冷気、炎の避けることの叶わない範囲攻撃によるダメージが、ジリジリと弥左衛門を追い詰める。


 ー バシィッ!!


 今また弥左衛門に(いかづち)が襲いかかった。とっさに両腕で顔を覆い、ダメージを回避するが、"モコーシャ"で覆われていない胸あたりに電撃の焦げ跡がくっきりと残った。


 弥左衛門を確実に追い詰めつつ、それでも、フィービィは違和感を感じていた。


(当たらない……なぜ? ちゃんとあの男の隙をついているのに そう何度も躱せるはずが……)


 ようやくフィービィは思い至った。


(騙された?)


 そう。弥左衛門は受けるダメージを最小限にするため、わざと隙を作りフィービィの攻撃を誘導していたのである。隙に見えたのは全て弥左衛門の誘いであった。

 弥左衛門の狙いに気づいたフィービィは、あらぬ方向へ矢を放つ。それは日に三度しか使うことのできない秘技「敵追いの矢(シーカー・アロー)」。

 違う方向へ飛んで行った矢が、不自然な軌道を描き弥左衛門に襲いかかる。弥左衛門は矢の軌道を読み切ることができず、初めてわき腹に直接矢を(かす)らせた。


「ぐっ!」


 弥左衛門の口から初めて苦悶の声が漏れた。

 

 しかし、防戦一方の様相が濃くなってきた弥左衛門の脳内では、モコーシャとの会話が続いていた。


『……と、言うわけ』


 弥左衛門は、先ほどからずっとモコーシャに"魔法・スキルの講義"を受けていたのだ。OJTオン・ザ・ジョブ・トレーニングどころでは無い、OBTオン・ザ・バトル・トレーニングだ。弥左衛門が最も対処に困るのが「魔法」である。彼の知識では予測もつかない奇跡が、彼に攻撃を躊躇(ためら)わせていた。だが、この場で(おおよ)その魔法知識をモコーシャから受け取った弥左衛門は、ようやく撃破の優先順位を計算し、反撃に移る。


(やはり、最初に潰さねばならぬのはー)


 ー シュッ!


 弥左衛門はリタとエヴァに牽制の低い回し蹴りを放ち距離を取ると、一直線にフィービィに肉薄せんと駆け出した。


「どこに行くんだい? 美女二人が相手してやってるのに、つれねぇじゃねえか!」


「浮気はいけませんわ!」


 無防備となった弥左衛門の後背から二人が襲い掛かった。


 弥左衛門は真横から振るわれたリタの鋭い爪を、膝をあげて脛受(すねう)けすると、エヴァが放つ高速の突きを両(てのひら)で挟み込み、受け止めた。


 ー パンッ!


 エヴァが驚愕で目を見開いた。素手で刃を受ける技など彼女は初めて見る。弥左衛門がいた世界では、「無刀取り」あるいは「真剣白刃取り」と呼ばれる技である。この技を実戦レベルで使用できる者など、()(もと)広しといえども決して多くはない。


「残念!」


 しかし、その勝利を確信した声は"ローグ"のジニー。両手、両足が塞がった状態の弥左衛門に放つ必殺の一撃。

 

 ー ザシュッ!


 飛び散る弥左衛門の血、しかし、それが致命傷になっていないことは、ジニーがよくわかっていた。


(…っ、こいつ!)


 瞬間ジニーの短剣の前に身を踊らせ、最も効果的な攻撃位置からヒットポイントをズラしたのである。しかし、当然無傷で終わるはずもなく、死なぬといえどもダメージは深刻であった。

 

 弥左衛門が血飛沫を飛ばし、体制を崩した。


 とどめとばかりにリタ、エヴァ、ジニー、そしてフィービィの攻撃が弥左衛門に集中する。


 しかし、弥左衛門が欲しかったのは、まさにこの状況。懐に手を入れると、何かを中空に投げた。衆目がその何かに集まるその一瞬をつき、高速の呪印を結び真言を発す。


「オーン・マニ・パドメー・フーン!」


 ー パァッ


 花開くように天井近くで破裂し、ひらひらと舞い降りるそれはただの"紙吹雪"。だが、そのひらひらとした動きは相手を眩惑し、思考力を奪う忍の秘術(催眠術)である。花びらの動きを目で追い、真言を耳にした四人から力が抜けていく。


 衆目の耳目を一点に集中させる事こそ、この術の成否の境目。弥左衛門はその為に、敵の刃までその身に受けたのだ。唱えし真言は「六字真言」という観世音菩薩の短呪。弥左衛門はこの紙吹雪と一定のリズムで紡がれる真言の調べにより、人を強制的に催眠状態に誘う。だが、この場において、意識の集中の外にいた者がいる。


「ヒール!」


 ローレンの声が飛ぶ。魔法により、秘術が強制的に解除され四人が正気に戻った。だが、


(そう、真に欲しかったのはこの一瞬ぞ、其方(そなた)が魔法を行使するこの一瞬!)


 魔法に集中していたローレンに弥左衛門は切り札を使う。


「ハァッ!」


 弥左衛門の気合の声とともに術は完成し、ローレンはピクリとも動かなくなった。他の事に集中している時こそ人間は最も無防備となる。弥左衛門が放った術こそ、瞳術「不動金縛りの術」、時代が下がると江戸初期の剣客、松山主水により「心の一方」として後世に伝わる術である。


 弥左衛門は先ほどのモコーシャとのやりとりを思い出していた。


(やはり、最初に潰さねばならぬのは、あの後ろにいる女(・・・・・・)だな)


「ローレン!」


 リタが叫ぶが、ローレンは目を見開いたまま身動きが取れない。


 流石のエヴァは看破した、最初の動きから全て、弥左衛門の罠だった事を。


 "フィービィの攻撃でダメージを受けていた事"、

 "フィービィ向かっていった事"、

 "後ろからの攻撃にわざ(・・)と両手足を使って対処した事"、

 "全員からの集中攻撃を自分に向けさせ、意識を集中させた事"、

 "そして、その狙いが攻撃者全員への術であったと思わせた(・・・・)事"……


 だが、最初から弥左衛門の狙いは一つ


 "ローレンの隙を作る事"


 だが、なぜそこまで、ローレンを危険視したのかは分からない。唯一魔法を行使できる位置にいたからなのか、戦力が分析できなかったのか。だがエヴァは確信する。


(それでも、今この場において、私たちの優位は動かない!)


 彼女たちにしてみれば戦力一人を失ったことは痛いが、予備兵力であったローレンがいなくなっても攻撃力的に大きく低下したわけではない。最後に彼女の放ったヒールの呪文は完成し、催眠状態からも回復している。


 一人を戦闘不能にする為に払った代償として大きな傷を負った分、弥左衛門の方が分が悪い。

 そう考えて、当然である。


 だが、弥左衛門は彼女たちに対して(てのひら)を向けた。


「それまで」


「なに? 降参?」


 急な弥左衛門の言動にエヴァは理解ができず、眉間にしわを寄せた。


「それまでだ、勝負はついた」


「何を……」 


 エヴァが言葉を繋げようとした時、

 

 ー カラン、カラン!


 音の方に振り向くと、ジニーが剣を落とし、苦しげに喉を抑えてしゃがみこんでいた。


「カッ、カハッ!」


 みるみるジニーの顔色が青紫色に変わっていく。チアノーゼの症状だ。


「ジニー!」


 ー バタッ


「リタ! フィービィ!」


 二人も倒れ、地面に(うずくま)り、苦しげに悶え苦しんでいる。


(一体なに、 毒?)


 そう考えた時、エヴァにもその症状が襲ってきた。


「カッ! カハッ カハッ カハッ」


(息ができない! 息が吸えない! この喉の痛みは!?)


 ー 毒


 初めから弥左衛門の目論見は、この毒による殲滅であった。


 自らの衣服に仕込んだ毒が、弥左衛門自身の体温により徐々に気化し、彼女たちを侵食していったのだ。故に、弥左衛門が恐れたのは「解毒しうる者」と「毒に気づきうる者」である。そのため、魔法やスキルによるこれらの可能性を"モコーシャ"から指南を受けていたのだ。


 その答えがローレンと、ジニー。弥左衛門の戦略はローレンを最優先に無力化し、ジニーを近接戦闘へと巻き込む必要があったのだ。


 しかし、この世界の植生については詳しくない弥左衛門が、いかにして、このような毒を手に入れたか、その理由はしばし前に時を遡る。


 ーー


 弥左衛門が、件の古代遺跡を出立し"風の国"へ向かう道中、ディアーナにこの世界の"薬草、毒草"についての指南を受けていた。


「これは"満月草"です、煎じて飲めば胃痛に効きます。あっちにある紅い実は"跳馬草"の実です、酸っぱいですが食べられますよ」


「ふむ、これは?」


「あー、触っちゃダメです!! それ"モチモドキ"って激ヤバい草です、触ったところが火傷のようになりますよ」


「ふむ、では煎じて飲んだりするとどうなる?」


「間違ってもそんなことしないでください! そんなことしたら……」


 ーー


 皮膚に触れただけで火傷のように膨れ上がる毒の成分を、吸引すればどうなるか。当然喉が腫れ上がり、このような有様となる。もし、離れて冷静に戦況を分析している者がいるとすれば、その者は、体に生まれた(わず)かな違和感や症状に気づけただろう。エヴァがジニーを戦列に加えた時に、弥左衛門は勝利を確信していた。


「お主らの負けだ」


 エヴァは薄れゆく意識の中で、弥左衛門に精一杯の言葉を吐いた。


「卑怯者……」


 忍者にとって最高の褒め言葉である。

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