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伊賀忍者・城戸弥左衛門の冒険  作者: リキ
忍者異世界道中記
19/21

18 ハートキャッチ! 五人娘

 目の前に現れた一人の男


 体型は先の男に比べやや細身に見え、油断なく身構える立ち姿は、野生の狼のような印象を受けた。

 黒い布で顔を隠っている為、表情は分からないが、その奥に覗き見える瞳からは殺意がありありと感じられた。


 "敵"


 彼女たちはそんな当たり前の事を、今更ながらに実感し緊張を走らせる。中でもジニーは明らかな動揺を示していた。


 「そんな! 確かに一人(・・)しか居なかったはずなのに、一体どこから……どこに隠れていたの!」

 

 ジニーは自分の気配を読む感覚に絶対の自信を持っている。例え魔法で姿を隠そうとも、ジニーの超感覚からは逃れられない。

 エヴァは死体から伸びる糸が男の方に向かって伸びているのを確認すると、一つの確信を得た。


 「……なるほど、そう言う事…… ジニー、あなたは間違ってないわ 確かに生きている(・・・・・)人間は一人しかいなかったのよ」 


 エヴァは死体を改めてよく観察すると、自分がつけたもの以外の傷がいくつもある事に気付いた。おそらくこれが死因、落盤に巻き込まれてできた傷だろう。


 先ほどエヴァが殺したと思った男は、王国の騎士で今回の黒幕、カムフーバーだった。あまりの興奮にエヴァは我を忘れていたが、思い返せば、確かに最初の一撃には生活反応ともいうべき生きている(・・・・・)人間特有の"生体反応"が無かった気がする。


 エヴァは血塗れのエストック(刺突剣)を下げ、左手に持った糸を弥左衛門に突きつけると、確認するように質問した。


 「死体を操る呪文はいくつか知っているけど、あなた死霊術師(ネクロマンサー)には見えないわね この糸で操っていた訳?」


 弥左衛門は、エヴァの質問に(はな)から隠すつもりなど無いように、素直に答えた。

 

 「傀儡舞(くぐつまい)と言う。 死体や木偶(でく)を生きている人間のように操る術だ。 本来は女の髪をより合わせ、秘奥の技にて紡ぎ出した(はがね)よりも強き糸を使って操る術だが、今回はたまたま(・・・・)良い糸の持ち合わせがあったのでな」


 「?」


 エヴァが、死体より伸びる髪の毛よりも細い黒糸を辿ると、弥左衛門の手甲に繋がっていた。そう、確かに、"布"を(ほど)けば糸になるのは道理。


 『……傷物にされちゃった、もうお嫁にいけない ぐすん』


 哀れなモコーシャ。



 二人のやりとりを聞いていたリタが、我慢できないとばかりに横合いから口を挟んだ。


 「もういいからよぉ……エヴァ、とっととアタシに()らせろ……心臓抉り出(ハートキャッチ)してやる!」


 リタの興奮して熱気を含んだ息が、口の端から白い湯気のように湧き出ている。まるで今にも獲物に襲い掛からんとする猟犬のようだ。今は飼い主のエヴァの許可を待っているが、一声あれば一瞬で間合いを詰め急所への致死の一撃を叩き込むだろう。しかし、それでもエヴァはリタに攻撃の許可を出さない。


 「ふぅ……あのね、いつも言ってるでしょ? 一対一とか、正々堂々とか、そんな糞みたいな信条(ポリシー)は馬鹿な男供にくれてやればいいの。 か弱い私達(・・・・・)はちゃーーんと、みんなで仲良く戦うのよ」


 そう言うとエヴァは、くるりと仲間に振り返り、腰を屈め目線を下げた。 そして手を腰に当てニコリと笑うと、ピンと指を一本立てて彼女たちに宣言する。


「全員で囲んで、ボコって、"(なぶ)り殺しにする" いつも(・・・)通りよ」


 その言葉を合図に、彼女たちは瞬時にフォーメーションを展開する。

 

 弥左衛門は、彼女たちの動きに素直に感心していた。


(見事だ そもそも、それぞれが相当の手練(てだ)れなのは間違いない。その彼女らを統率し、その力を十全(じゅうぜん)に引き出すあの"えば"と申す者、将の器として一級、(織田)信雄(のぶかつ)辺りでは相手にもならん、さしずめ、(滝川)雄利(かつとし)か、河尻(秀隆)辺りか?)


 弥左衛門の見立ては織田軍有数の武将並みと見る。決して敵を甘く見ない彼にとっても、それは最上級の敬意と警戒である。と同時に弥左衛門に沸き起こるある思い。


(惜しい、ここで散らすにはあまりに惜しい。 魔王信長と対峙するにはこのような強者の力を得る必要があるのではないだろうか?)


とは言え、力を抜いて戦える相手ではない。戦いの末に生き残っていたらトドメは刺さない、その程度の配慮しかできぬ相手。 弥左衛門は手首のスナップだけで糸を手繰り寄せると、素早く九字の印を結ぶ。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」


 弥左衛門の五感の神経が究極まで研ぎ澄まされ、戦いに最適な肉体と精神へと変貌していく。


 弥左衛門の動きに、一瞬の警戒を見せたリタが叫ぶ。


「魔力の流れは感じねぇ! ハッタリだ!」


 限界まで引き絞った弓から放たれる矢のように、リタは一直線に弥左衛門に詰め寄ると、鋼鉄拵(はがねごしら)えの手甲を叩き込まんと、振りかぶった。


「ウォォォ!」


 獣のような叫び声を上げたリタが弥左衛門の眼前で跳ねた(・・・) 視界を覆う大柄な彼女が一瞬のうちに弥左衛門の頭上へと飛び上がる。

 その時、彼女の背に隠れていたように、陰から2本の矢が弥左衛門へと襲いかかった。矢を放ったのは先ほどまでフードをかぶっていた少女、フィービィ。彼女は今フードをおろして手には弓を持ち、彼女独特の容姿を(あら)わにしている。人間とは明らかに異なる耳の形。弥左衛門は、それが"エルフ"と呼ばれる亜人の特徴であるとは知らない。エルフの多くが弓の名手であると言うことも。


 一瞬でもタイミングがずれ(・・)れば、仲間(リタ)の背中に矢が刺さるという、リタとフィービィとの必殺のコンビネーション。もし敵が矢に気を取られ対処したり、態勢を崩して(かわ)そうとしたりすれば、リタが背後から襲いかかる。逆に、リタに対処をすれば矢に対し無防備になる。リタのあの大振りの攻撃も、叫び声も、全てが(フェイント)であった。


 弥左衛門は理不尽な二択を突きつけられた。しかし、弥左衛門は忍者である。彼にはこの二段攻撃が読めていた。彼の限界まで引き上げられた聴力が、リタの気合いの声に隠された、わずかなフィービィの弓弦(ゆづる)を弾く音を聞き取ったのだ。なれば対処は簡単、体を捻り、最小の動きで矢を躱し、まだ上空にいるリタに右脚の上段蹴りを蹴り込む。


 …と思った時、弥左衛門は僅かな匂いを感じた。ぞくりと一筋の寒気が背中を走る。上段を蹴らんと上げかけた(・・・・・)右脚をそのまま振り下ろし、その反動で錐揉(きりも)みのように回転した。弥左衛門は二本の矢、轟音と共に叩き込まれる鉄拳、そして喉を切り裂かんとするエヴァ(・・・)のエストックを同時に交わしたのだ。


 弥左衛門は、地面に両手を着くと跳ねるように蜻蛉(とんぼ)を切り、距離をとった。見事な軽業に、"ローグ"のジニーが思わず「ヒューッ」と声を上げる。


「こいつ、アタシたちの攻撃を躱しやがったぜ」


 驚きの声をあげるリタは、距離を取り、両手を前に出す独特な拳法、"(ティー)"の構えを取る弥左衛門を睨みつけた。


「やるわね、私の剣まで避けられたのはいつ以来かしら?」


 エヴァの少し楽しんでいるような感嘆の声に、弥左衛門も返す。


「過分な賞賛、痛み入る だが見事(みごと)なのは(けい)らの方だ 特に"えば"と申す者、あれほど意を消した剣、尋常ではない」


 本性が出ると、極端なほどに感情を露わにするエヴァが、いざ戦いになると、一切の気配を断ち、殺意、敵意を封じ込め敵を攻撃する。近寄ってきた気配すら感じさせなかった。一介の聖騎士から将軍にまで上り詰めた剣の冴えは伊達ではない。エヴァは弥左衛門の賞賛に対して、慇懃すぎるほどの騎士の礼で返した。


「これはこれは、どうもありがとう。でも、その尋常でない剣を躱す自分の方が凄いと言いたいのかしら?」


「いや、俺が躱せたのは、その剣についた血の匂いのおかげだ それが無ければ、(いささ)か以上に傷を負っていただろう」


 その言葉に、エヴァは自分の剣を見る。そこには確かに王国の騎士の血が残っていた。エヴァは優雅な手つきで懐から一枚の布を取り出すと、丁寧に血を拭った。


「なるほど、これは私のミスね 油断したつもりはなかったのだけど……最高の敵と認めるわ」


 エヴァは拭った布をはらりと地面に落とすと、改めてエストックを構え直す。

 リタは後ろのローレンを怒鳴り付けた。


「ローレン、仕事しやがれ!」


 だが、彼女は冷静にリタに返す。


「やっている でも催眠、魅了、沈黙、恐慌、全部効いていない 多分、精神防御系のマジックアイテム」


『へへん! でも只のマジックアイテムと一緒にしないでよね』


 モコーシャが胸を張ってドヤ顔を決めた……気が(弥左衛門には)した。当然彼以外にはモコーシャの声は聞こえていないのだが。


「いいわローレン、私達に強化の魔法を。あとは、回復に備えて準備しておいて」


「了解」


 エヴァからの指示にローレンは答え、それぞれに魔法を行使していく。体力回復、筋力向上、敏捷性向上……


「ちっ、私の魔法が残ってりゃ、簡単にケリがついたのによ!」


 リタはローレンの魔法を受け入れながら悪態をつく。


「リタの魔法、私たちまで巻き込む 物理で殴った方が強い魔術師」


「てめぇ、本当にぶっ飛ばすぞ」


 殴った方が強いと言われて、吠えたリタの口には牙があり、瞳はいつのまにか獣のそれに変わっていた。ジャッカルワー(Jackalwere)と呼ばれる彼女達は生まれながらにして戦闘の達人である。格闘術、武器術に優れ、常人をはるかに凌ぐ膂力(りょりょく)を持っている。まさに戦士となるべくして生まれたと言ってもいい彼女が、なぜ魔術師になったのか。その理由は不明だが、彼女は魔術師であることにプライドを持っている。故にこの姿(・・・)になるのは彼女にとって不本意であった。


 「ちっ」


 リタは今日何度目かの舌打ちをした。


 弥左衛門は目を見開いた。目の前の手甲をつけた徒手空拳の女がみるみる内にジャッカルの姿に変身していた。いや、正確には二足歩行のジャッカルに似た、ジャッカルワーの種族本来の姿であった。


 「レディーをそんな目で見るんじゃねぇよ ったく傷つくぜ」


 リタはジャッカルの姿で肩をすくめ、弥左衛門に声をかけた。半獣半人、獣人(けものびと)。弥左衛門も知らぬ訳ではない。忍者の中には、修行により己の肉体を人あらざる物へと変容させ、(けだもの)怪異(かいい)(たぐい)の域にまで達する者達も多い。だがここまで人間の姿から、獣の姿に変容させる者を見た事はなかった。


 「さて、そろそろボクも参戦させてもらうよ 総力戦だね」


 後ろに控えていた、ジニーがエヴァに声をかける。両手には短剣。しかも、まともに短剣で接近戦を仕掛けてくるとは思えない。謎の多い敵、手の内が全て計れぬ敵、それでも、弥左衛門はほくそ(・・・)笑んだ。


("えば"とやら、それは悪手だぞ)


 弥左衛門はこの局面、切り札を先に切った方が負ける戦いだと考えていた。全体を見渡せるあの位置を、目鼻が聞く者(ジニー)に取られていた弥左衛門はようやく自ら仕掛ける好機を得たのだ。


 第二幕の始まりである。


色々ギリギリで書いてます。

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