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伊賀忍者・城戸弥左衛門の冒険  作者: リキ
忍者異世界道中記
18/21

17 聖王国の吸血鬼

 

 とぷん、と突然水面から1つの頭が出てきた。灯りが何もなく、視界の効かない真の闇の中、ジニーは顔を半ばまで水面に出し、鋭敏な目と耳で周囲を注意深く警戒する。

 彼女の職業(クラス)は"ローグ"である。"盗賊"とも"泥棒"とも呼ばれる事も多いが、本来ローグは鋭敏な五感を持ち、隠密行動、指先の技術、軽業、追跡そして暗殺などに長けた職業だ。彼女は常に仲間達の「目」となり、「耳」となり、斥候の役目を担っている。そういう意味では、"ローグ"と"忍者"は得意とする分野が非常に似通っているのだ。彼女が弥左衛門に同じ匂いを感じたのはまさに正しかった。


 彼女は周囲の安全を確認すると、音もなく水から上がった。水路には人が数人は通れるほどの通路が並走しており、水から上がった彼女は素早く壁に耳をあて、さらに付近の警戒を重ねる。結果、彼女の鋭敏な警戒網には何も引っかかるものはなく、懐から携帯用のランプを取り出すと、明かりをつけ、水中の仲間に合図を送った。


 ーザバーッ!


 その合図にエヴァ、ローレン、フードを被ったままの少女フィービィの順に水から上がってきた。最後のリタが先に上がった仲間に声をかける。


「おい! ちょっと引き上げてよ これ、意外と重いんだから……さっ!」


 そう言いながらも、よいしょっ、とばかりに片手で気絶しているクヴァルを引き上げた膂力(りょりょく)は、魔術師のものとは思えない。エヴァとローレンがクヴァルを水中から引き上げるのを手伝った。ゴロンと仰向けに転がされたクヴァルの胸はかすかに上下しており、まだ息がある事がわかる。


「まだ寝てる」


 ローレンがしゃがみ込んで、クヴァルの顔を覗きこむと、指先でツンツンと、クヴァルの頰をつついた。


「わ、プニプニ 凄くプニプニ」


 ローレンは気に入ったのか、何度もクヴァルの頰をつついている。そんなローレンが気になったのか、フィービィも隣に来て一緒にツンツンと、クヴァルの頬をつつき始めた。


「……何やってんだよお前ら、ほら、行くぜ とっとと片付けちまおう、……諸々なぁ」


 最後はリタが意味ありげにエヴァに視線を送ると、エヴァも頷き返した。


「そうね、ここからは水路が街の地下に入っているから人に見られる心配はないけど、急ぐに越したことはないわ この子が起きて騒がれても面倒だしね」


「また、私が担いで行くのかよ、誰か代わってくれよ」


「無理無理 ボクはポイントマンの役目があるし、エヴァは前衛、他の二人はそもそも重量的に持てないしねぇ まぁもう少しだからさ!」


 ジニーがヘラヘラと愚痴に答えると、リタはチッと吐き捨てた。一行はジニーの言う通り、ジニー、エヴァ、クヴァルを抱えたリタ、フィービィ、最後尾にローレンと並んで暗闇の地下通路を進んで行く。10分も歩けば目的地である地下室への入口が見えてくるはずであった。


「……どうなってんの?これ……」


 一同はかつて入口があった場所に立っていた。何があったのか、そこは完全に石や木材で埋まっていた。


「事故?罠?」


 ローレンがエヴァに訪ねたが、返答は横から帰って来た。


「このタイミングで、事故ってこたぁねぇだろ……俺たちを嵌めるための罠を用意して自滅とか? だったら間抜けすぎんぞ」


「とにかく、警戒を……」


 エヴァがそう言いかけた時、水路の奥からコツコツと人の歩く音が聞こえて来た。


「一人だね、敵だとしたら相当な自信家、歩き方が全くこちらを警戒してないよ まぁ敵意や殺意も感じられないけど……相手の意図が読めないな」


 洞察力と勘に優れたジニーが敵か味方か分からないと言うのだから、それ自体警戒すべき対象である。


「そこで止まりなさい!」


 エヴァが強い口調で近づいて来た男に言うと、男はピタリと足を止めた。薄暗がりの中、男の顔ははっきりとは見えないが、かなり大柄で筋肉質のようだ。わずかに光ってみえる輝く金色の髪は、王国の人間によくみる特徴の一つ。また、武器を携帯している様子はない。


(さら)った男は?」


 エヴァが何かを質問する前に、男から、逆に質問が返って来た。エヴァはしばらく考えていたが、すっと道をあけて、後ろのリタとクヴァルが見えるようにすると、無言で指差した。


「あなたが依頼人? これはどう言うことかしら? 確かこの先の地下室で会うことになっていたはずだけど?」


「俺は依頼人ではない」


 瞬間、一行に緊張が走った。エヴァがエストック(刺突剣)を抜き放ち正眼に構え、ジニーの両手には、歪な形の双剣が握られ、ローレンが目を閉じて両手を組み、呪文を放った。


「ゾーン・オヴ・トゥルース この場、この時より汝らの口は(いつわ)りを語る事、叶わず」


 ローレンの魔法はたちまち、この場の範囲内の全ての存在に効果を発揮する。この呪文は対象に意図的な嘘をつけなくさせる。ただし、強制的に真実を喋らせると言う呪文ではない。喋らないという選択が可能なため、相手に質問、あるいは尋問する必要がある。


「大丈夫、エヴァ質問して」


 彼女たちは仲間の力、能力について互いによく知っている。当然、ローレンが放った魔法についてもエヴァは熟知していた。エヴァは一つ微かに頷くと、暗闇に立って居る男に質問する。


「あなた誰? なぜここに? 私たちの依頼人はどこ? この瓦礫は何、何があったの?」


 次々に質問を投げかけられた男は何の動揺も見せない。微動だにせず(ただ)立っていた。が、やがて口を開いた。その言葉は全ての質問に対する答えでは無かったが、真実を語っているのは間違いない。


「俺がここに来た理由はその男だ こちらに貰おう お前達の依頼人は俺が殺した」


 エヴァはその言葉を聞き、脳裏に一瞬、一人の男を思い浮かべた。


(いえ、この男は髪の色も、背格好も、服装も、声も違う、違いすぎる それに変装程度ならジニーが瞬時に見抜くはず)


 彼女は、一瞬でその想像を振り払った。


「私たちの事、どこまで知っている?」


「俺が知っているのは、お前達が誘拐の依頼を受けスヴァローグの息子、クヴァルを誘拐した事、その依頼人との人質の受け渡し場所がここ(・・)だった事 そしてその依頼人がお前達を裏切っていた事だ」


 その言葉に反応したのはリタだった


「裏切り?」


「そうだ、お前達に仕事を依頼した奴らは、お前達を罠に嵌めようとしていた 口封じにお前達を殺そうとしていたのだ」


「……」


 エヴァはその言葉に、さほど反応を見せずに沈黙していた。男が言葉を続ける。


「お前達がその男を(さら)っても、報酬など受け取れはせん ただ働きとは気の毒だったが、その男を置いて去るがいい……」



 両者の間に何とも言えぬ沈黙が流れた、やがて次の言葉を発したのはエヴァの方だった。


「……ふぅ、どうやら貴方には、お礼を言う必要があるみたいね ここまでのお詫びとお礼を言わせて頂くわ」


 そう言うとエヴァは、自らの剣を納め、彼女の仲間達にも武器を引くように命じた。ようやく、その場のピリピリとした緊張感と、充満していた殺気が消え、話し合いのできる空気になった。

 そして、エヴァは男の元まで歩いて行くと、微笑みながら右手を差し出して握手を求めた。


「エヴァです、改めてよろしくね」


 彼女は屈託なく男に笑いかけた。花が(ほころ)ぶ、とは、まさにこのような笑顔に違いない。男女問わず魅了してしまう、穢れのない聖女のような姿である。


 ードスッ


 次の瞬間、差し出した彼女の右手にエストックが出現し、男の顔面を串刺し(・・・)にしていた。その先端は頭蓋を貫き、後頭部から出現した鋭い切っ先から何かが一滴、二滴と地面に滴り落ちている。

 その聖女のような佇まいは変わらず、表情は相変わらず穏やかな微笑を(たた)えたままだった。

 一瞬の早業である。抜く手も見せないとはまさにこの事、彼女は鞘をもつ左手から親指でエストックを弾き出し、中空で瞬時に右手に持ち替え、突き刺したのだ。

 彼女がエストックを男の頭部から引き抜くと、支えがなくなったかのように、男が仰向けに倒れた。

 それを眺めていた彼女は、急に力なくうなだれ、肩を震わし始めた。


「ぷっ、ふっ、ふ……くっ、 くっ……」


 とうとう、我慢できずといった感じで息と声が交じり合ったものが、(うつむ)いたエヴァの口から漏れる。と、彼女はカッと目を限界まで見開き、いきなり顔を上げたかと思えば“グリンッ”っと首を後ろに倒せるまで倒して真上を見上げた。


「あーーっはっはっはっ!!!ひゃぁーーーはっはっは!」


 狂ったような哄笑の声が地下道に響き渡る。いつまでも続くかと思われた笑いが止むと、また“グリンッ”と、頭を下げ、血走った目で倒れた男を見た。


 ードガッ!


 エヴァは穴の開いた男の顔面を思い切り踏みつけた。


「このトロ作がぁ! なぁに、したり顔で、キメてくれちゃってんの? バカ丸出しかよ、お前! 」


 まるで顔面を切り裂いたような、三日月の形に開かれた口を、さらに口角を上げて叫ぶ。


「『お前達を罠に嵌めようとしていた』キリっ、とか、笑わせてくれるなぁ!おい! あーっはっはっは!

 私らがそんな事も知らず仕事受けたとでも思ってんのか? バーカ、そんなもん(はな)からお見通しなんだよ!ボケェ」


 グリグリと踏みつけていた足を振り上げると、今度は思い切り頭を蹴飛ばした 当然生気などない完全な死体である。


 ドガッ!ドガッ!


 エヴァは楽しそうに何度も何度も死体の頭を蹴り続けていたが、それに飽きたのか、今度は眼球に、咽喉(のど)にと、順番にエストックを突き刺し、穴を増やしていく。


 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ


「あーぁ、また(・・)キレちゃったよ エヴァ」


「聖王国の吸血鬼は健在」


「まぁ、しょうがないよねー、部外者にあれだけ空気読めないコトされたらさぁ、ボクだって怒っちゃうよ?」


「……」


 エヴァはひとしきり、死体をグズグズ(・・・・)にした後、ぴたっと動きを止めた。さっきまで上げていた奇声も一切止んだ。


「いや……だめだぁ、いやいや 笑えねぇ やっぱり笑えねぇわ、これ……」


 さっきまでのテンションが一気に奈落の底まで落ち、地の底のような声がしたかと思うと、今度は滂沱(ぼうだ)の涙を流しながら、ガツン!と膝を付き、天を仰いだ。


「あぁ! 我が偉大なる至高神よ! お許し下さい、今日は神の敵を一人しか殺すことができませんでしたぁ あぁああ、どうか私の怠惰をお許し下さいぃぃ!! 」


 彼女は陶酔したように瞳孔が開きっぱなしの表情で両手を組み、死体を踏みつけにしたまま神に祈りを捧げる。


 ー聖王国の吸血鬼


 エヴァ=ガーディアン かつて、彼女はシュバラード聖王国の将軍の地位にまで登り詰めた聖騎士だった。だが将軍の地位に就き、誰も彼女に意見できなくなった時、彼女自身の持つ殺人衝動は制御できない段階に来てしまった。その当時、敵味方から"恐怖"と、"憎悪"と、"侮蔑"を込めて付けられた二つ名が「聖王国の吸血鬼」である。

 彼女に(まつ)わるおぞましい逸話は数多く語り継がれ、最終的には将軍位及び聖王国の騎士の称号剥奪、国外追放の後、聖王国から暗殺者まで差し向けられた。だが、彼女はその全てを切り伏せ、退け、逃げ延びている。

 彼女の自らの信じる神への信仰心は、嘘偽りなく本物である。異教徒を殺し、異端者を殺し、神殿に帰依しない者を殺し、これに逆らう者を殺し、死体に(むご)たらしい所業を施す事は、彼女にとっての信仰そのものであった。

 今回の仕事において、依頼人が自分達を使い捨てにし、口封じに殺害する計画をたてている事を、始めから気づいていた。にも関わらず、彼女が働いたのは(ひとえ)に、最後の最後、奴等が勝ち誇ったその瞬間に、絶望の底に突き落として"不心得者を誅殺する"為であった。


 その最後の最後、フィナーレとも言える獲物を奪われ、彼女は気も狂わんばかりであった。


 すでに十分に損壊された死体だが、彼女には今はこれ(・・)しかない。今度は何処を切り落とそうかと改めて死体を見たとき、死体に何かキラキラと光っているものが付いているのに気づいた。エヴァはそれを手にとって観察する。先ほどの苛立ちと興奮が少しづつ覚めて来た。


「……何かしら? 糸?、いえ髪の毛?」


 すると、突然周辺から声が響き渡って来た。


『ふむ、モコーシャには冗談を言ったつもりだったのだが、嘘から出た真とでも言おうか、なんと言おうか……いやはや、エラい女どもに(さら)われておったのだのぅ……』


「誰!?」


 エヴァのその言葉に返事もなく、次の言葉が響いてきた。


『お前達の元にクヴァルを置いておくのは、(いささ)か危なすぎる……』


 気がつくとリタの足元にいたはずのクヴァル姿がなくなっている。


「!!」

「え、そんな、ボクに気付かれずに、いつの間に!?」


『確かに、返してもらったぞ』


「あの声、アイツだよ!」


 ジニーが断言する。声が反響して判別しづらいが、彼女の耳はごまかせない。


「出てこいよっ! さっきの傷の借り、返してやるぜぇ!!! ローレン!灯りっ!」


 リタが怒りの形相で叫んだ。


「デイライト!」


 ローレンが即座に魔法の光源を作り出す。力強い魔法の光が周囲の闇をなぎ払い、闇に潜む者を浮かび上がらせた。


「よぉ、色男 会いたかったぜぇ」


 鋼鉄の手甲を嵌めたリタが、両拳をガチンと鳴らし、舌なめずりをしながら送る視線の先にいたのは一人の忍者であった。 


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