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伊賀忍者・城戸弥左衛門の冒険  作者: リキ
忍者異世界道中記
17/21

16 真相

 弥左衛門は誰にも見咎(みとが)められる事なく、建物の屋根から屋根へと飛び移りながら、夜の街を疾走していた。


『でもさぁ、実際どこに向かってるワケ? さっき塔に登って、ざーっと街を見回したと思ったら、すぐに飛び降りて……何か手がかりでも見つかったの?』


 生きている忍装束と化したモコーシャが、弥左衛門の脳内に語りかける。


「察しがいいな 左様(さよう)大凡(おおよそ)の当たりはついた」


『うっそ、見つけたの?』


「いや、奴等(やつら)は姿を見られる様な下手はせん 逆に言えば人目を避け、人気のない場所にいるということだ」


『ふーん、そこを(しらみ)潰しにするの?』


「そんな時間はない それにな、ああいう手合いは事に至る前に、必ず安全な逃げ道を確保しているものだ 故に、人目につかず移動できる道筋を探す事が肝要、その何処かの起点にいる」


 弥左衛門は屋根を蹴り、10メートルは離れた次の屋根へと軽やかに飛び移る。


『それを塔の上から探していたの? あんな一瞬で!?』


「街の構造と人の流れを見れば、どの道筋が人目につかぬかは一目瞭然 大きな街とはいえ、候補は限られる」


『うへぇ……ずっと思ってたんだけどさ、ホント あんた何者よ?』


「ルイス=フロイス、只の冒険者だ」


『……本当の事は言いたく無いって事? 今のが嘘ってのは分かるわ でもあんたの心って全然読めない 異常よ?』


 モコーシャは自身に触れた者に対して、五感の感覚の共有と、直接の意識に対しての対話が可能だ。しかも、相手の知識、想像した事、過去の記憶、感情まで読み取ることができる。それが弥左衛門に対しては直接口にした言葉以外、うまく読めないことが多い。故にモコーシャは疑問を言葉で伝える。


『でも、直接目的地に移動しているかもよ そうすれば移動する必要もないし』


「それは無かろうな」


 弥左衛門は断言した。


『どうして?』


「……あれら(・・・)はな、そういう性質(たち)、いや、そういう生き物なのだ……」


『?』


 モコーシャは意味が分からず言葉を止めると、弥左衛門は自嘲気味な笑みを浮かべ、モコーシャに語った。


「戦いと死の中で自分を見つけた者は、自分以外を決して信用せん それが、たとえ仕事の依頼人であってもな いつでも裏切り、裏切られる覚悟を持っておる ならば、さすがに"飛んで火にいるなんとやら"は避けるに相違ない 離れた場所から周囲を警戒しながら近づき、完全に安全とわかるまで、容易には接触はせぬよ」


『依頼人?』


「あの女供が男を(なぶ)って喜ぶ(たぐい)の集団でもない限り、この(かどわ)かしは何者かが仕組んだもの、奴らはその手駒に過ぎん」


 弥左衛門は忍者である。彼らは権力者である領主や大名からの依頼で様々な依頼を果たす、()わば、彼女達の"同類"と言ってもいい存在だ。だからこそ彼女達の行動や、考える事が分かる。


『女?』


「気づいていなかったか? 手応えは少なかったが、さすがにこの指で触れた肌合いまでは誤魔化せ……ん? どうした?」


 弥左衛門はモコーシャが何か、ぶつぶつと言っているのに気づいた。


嗜虐(しぎゃく)趣味の女たち……(なぶ)られ……助けられる男……助けた男……男と男……(ぶつぶつ)』


「……いや、だからな、そうではない・・という意味で言ったのであっ……」


『ぶっっはー! なにそれ!? もぅヤバいわ、私の中の何かがヘヴン状態よっ 急ぐのよ、さぁ早く!』


「あ、あぁ……」


 なぜか大興奮中のモコーシャを身に纏いつつ、弥左衛門は目的地にたどり着いた。



 ーザーーーッ ザシャッ!


 最後の屋根を飛び降り、地面を滑るように進んできた弥左衛門が、川べりの砂利で急制動をかけて止まる。


『ここって、 なに?』


「街はずれの水門 水路の起点だ」


『水路?』


「確実に人目につかぬ道筋の一つだ、……やはりここが当たりか、運がいい もう一つの方に行かずに済んだぞ」


 弥左衛門は、そこにまだ新しい複数人の足跡を発見した。


『ちなみに、もう一つの道筋ってどこだったの?』


「下水道だ」


 モコーシャは心底嫌だというように『うぇ ばっちぃ!』と感想を漏らした。


『でも、少し遅かったんじゃない?誰もいないわよ』


「ここに来たのは奴らに追いつく為ではあるが、ここで捕まえられるとは思ってはおらん 」


『じゃあ、あいつらはここからどこに?』


「足跡が水路の入り口へと続いている 水の中を移動しているな……おそらく"水遁(すいとん)の術"を使い…」


『ウォーター・ブリージング』


「…………」


『ウォーター・ブリージング 魔法(・・)よ 魔力の残滓(ざんし)が感じられるから、間違いないわ』


 弥左衛門はこの男にしては珍しく、苛立ちを含んだ声でモコーシャに確認する。


「また、魔法か…」


『そうよーん! 魔法よー なに?"すいとんの術"って? ぷぷっ』


 モコーシャは弥左衛門にバラバラにされた恨みがあるだけに、容赦がない 弥左衛門はそれでも冷静に次の行動を開始すると、今来た道と別の方向へと歩を進めた。


『え? ちょっとどこ行くの? ここから、あいつらを追わないのー? 見せてよー、"すいとんの術"とかいうのー ねぇねぇ!』


 弥左衛門にはモコーシャがニヤニヤしているのがとてもよく伝わってきた。布に表情などないというのに、まるで生きている少女がニヤニヤとした表情で自分の周りを踊りながら回っている錯覚さえ覚える。


 弥左衛門はこれ以上無視するとモコーシャが余計につけあがると判断し、面倒ながらも説明することにした。


「森で獣を追う時と同じだ、獣の背後を追いかけても、獣の方が足が早い故に仕留められん、優秀な猟師は獲物が通る道で待ち伏せる この起点が分かった以上、終点は水路の何処からか人目につかず移動できる場所…」


『それも見当ついてるってワケ? ホントどうなってんの』


「さて、追い詰めたぞ」


 弥左衛門はまだ見ぬ一行に向かって、確信を持って宣言した。


 ーー


 この街の水路は生活用水を運ぶ水道の役目であると同時に、船を使って荷を運ぶ運河の役割も兼ね備えていた。その荷の積み下ろしに使う各起点には大きな商会の倉庫が立ち並んでいる。船も途絶えたこの時間には、この一画だけ人通りもなく、人気(ひとけ)はなかった。


 そんな倉庫区画の一つ、"ネイボッブ商会"名義で借りられている倉庫の中に、30人ほどの男達がいた。倉庫内に積まれた木箱に腰掛けた、ボス格に当たる男が一人の男に話しかけた。


「情報はちゃんと流してきたんだな?」


 貫禄のある声で話しかけられた部下の男は、緊張した声でボス格の男に返答する。


「へぇ、間違いなく ちゃんと以前から餌は巻いてたんで……間違いなく奴らは"ネイボッブ商会"の差し金と信じ込んで(・・・・・)いますぜ」


「よし、鍛冶屋連中が、ガキを取り返しにここに来るはずだ おめぇら準備はいいなっ!」


 その言葉に、部下の男達が「おぅ!!」と声を揃えて返答する。ここにいるのは、そのほとんどが思い思いの、しかし、完全な武装を揃えた屈強な戦士、その上、集団戦に長けた魔術師も何人もいる。とても素人がどうこうできる相手ではない。


「いいか、絶対に殺すなよ 生け捕りにしろ! 魔法で眠ったか、麻痺した所をふん縛れ 抵抗してきたら盾で押さえ込むか気絶させちまえ!」


 ボス格の男は部下に檄を飛ばしながらも、心の中で不満を呟いていた。


(くそ、殺す方が楽だぜ まぁ、魔術師まで貸し出して仕事依頼してきたんだ よっぽどの事情だろうがなぁ あー面倒くせぇ……)


 彼らはこの街で盗賊や非合法の商売で生計を立てている、裏社会の組織の一つである。この街の裏社会では特に武闘派で知られている組織でありながら、その情報網の広さや、ボス格の男の手腕により頭角を表し、今や、飛ぶ鳥を落とす勢いと言われている。


 そんな彼らが、このような"殺し"でも"盗み"でもない仕事を引き受けたのは、ひとえに報酬に惹かれたからだ。十分な金貨のみならず、非合法な薬物を今後格安で提供するという商売上の旨味も大きかった。


(この仕事さえ終われば、"盗賊ギルド"の連中さえ潰せるぜ! あの義賊(ぎぞく)気取りのいけ好かねぇヤロウ供が!)


 そして、彼が仕事を受けた、もう一つの理由に"盗賊ギルド"の存在がある。盗賊ギルドと、彼ら"カラチェルノ"は常に対立する組織であった。それは盗賊ギルドが"風の国"黙認の組織であるからでもある。盗賊ギルドは盗みや密輸、賭博など非合法な商売を営む(かたわ)ら、薬物などの商売を禁止し、裏ルートを徹底的に潰している。また、孤児や真っ当に生きられない少年少女達を積極的に保護し、衣食住の保証や、生活の知恵(・・)の教育もしている。もちろんその知恵(・・)で商売した場合、上納金を収める必要はあるが。

 男は同じ裏社会に生きる者として、彼らの偽善者然としたやり方に心底腹を立てていた。"カラチェルノ"が、薬物の密輸ルートを潰された回数も十度は下らない。


 男が腕を組みながら、盗賊ギルドを潰す方策を思案していると、部下が声をかけてきた。


「……それにしても、遅いっすね」


「あぁ……」


 "カラチェルノ"のメンバーはいつまでも、来ない相手を待ち続けていた。


 ーー


 誘拐犯一行の目的地へと向かう弥左衛門は、モコーシャと脳内で会話していた。


『え!?  "ネイボッブ商会"って関係ないの!? だってあの鍛冶屋の親父が、いかにも(・・・・)って感じで言ってたじゃない!』


「罠だ 用意周到な奴らが事前にそう(・・)と分かる行動はせん おそらくその言葉で辿っていった先にいるのは……」


『イラッシャイマセーで、ばくっと食われちゃう訳ね 怖っ!』


「さて、お喋りは終わりだ 行くぞ」


 そう言うと、弥左衛門は一つの建物に侵入した。


 ーー


 壁に備えられたランプの明かりが煌々(こうこう)と室内を照らしている。しかし、この明かりが外へ漏れることは決してない。なぜならば、ここが地下室であったからだ。


 この場所は酒場を営んでいる店の地下に当たる。上では大勢の酔客が奇声をあげ、馬鹿騒ぎをしていたが、この酒蔵を兼ねた地下倉庫には喧騒が届かず、静寂が場を支配していた。その空気を一人の男の発言が打ち破った。


「まだか、まだ"カラチェルノ"供からの連絡はないか?」


 その男は腕を組みテーブルに座っていた。平民の服を着ているが、その佇まいからは気品が漂っている。そしてその男から流れ出す気配は、腕の立つ者特有の"気"とでもいう物であった。その男は焦りからか、苛立ちが隠されていない言葉を放つ。それは彼の任務の性質も関係していた。


「カムフーバー卿 まだ作戦は始まったばかり、落ち着きください」


 そう声をかけたのは魔術師のローブに身を包んだ一人の男である。彼は護衛の兵士たちの前に出ると、カムフーバーに作戦を改めて説明した。


「カムフーバー卿 相手側の弱点である、息子のクヴァルさえ抑えてしまえば、後はどうとでもなります まして、その誘拐には最高の掃除屋(スカベンジャー)を選出致しました、どうぞご安心ください」


「一介の鍛冶屋風情(ふぜい)に物々しいことだな 王国の威信が(かなえ)の軽重を問われかねんぞ!」


 ダンッ!とカムフーバーは苛立ちを隠さずに机を叩いた。


「スヴァローグは"風の国"のみならず、ミノス連邦随一の名匠 王国には残念ながらあれほどの鍛治職人はおりません しかも事は急を要する事態 スヴァローグを始めとし、あの職人たち全てを総動員させて大量の武器を製造させなければ…」


「分かっている! だからこそ、このような子供の使いに、我が来たのだ!」


 重要度の高い任務ではある。しかし、名誉などとは程遠い雑事である事には違いない。カムフーバーはイシス王国の騎士としてのプライドを痛く傷つけられていた。


「それより、こちら(・・・)の方は大丈夫なのだろうな? よもや万が一にも王国が絡んでいるなどと知られるような事があっては…」


「そちらもご安心ください あの掃除屋(スカベンジャー)達から息子さえ受け取れば……」


死人 (掃除屋)に口なし、か そちらの準備も大丈夫だな?」


「はい、我らは何の痕跡も残さず職人一同共々に王国へ魔法で転移、実行犯の掃除屋(スカベンジャー)は死体に、疑われるのは"ネイボッブ商会"と、完璧にございます」


「ふん、そう首尾よく運べば良いがな それもこれも…… "討魔の宝剣"を手にしながら盗まれるとは……ガラント卿がついていながら何と言う事か、かつての英雄も老いには勝てぬか…」


 スヴァローグの息子、クヴァルの誘拐事件の遠因は、実は弥左衛門にあったのである。かの古代王国の地下迷宮で発見された剣を失ったイシス王国は、かねてより次善の策として用意していた手段を実行に移した。それは周辺国から名の有る名匠を集め、魔王に対抗する武具を製造させる事であった。

 王国軍の武装技術は、他国に比して大きく進んではいたが、金属そのものの高度な精錬や、匠の技を必要とする武具の製造においては他国に劣っていた。これは王国産の鉄鉱石の品質の問題と、王国において職人の地位が低く伝統的に技術の伝達が行われなかった事が原因であるが、事、ここに至りそのツケが出てしまった。


「王国には宝剣、聖剣と言われる剣や、魔法の武具は他国に比して多くございます ですが、無論、全軍に行き渡るほどの数ではございません 優秀な職人に武具を製造させ、我々"象牙の塔"の付与魔術師(エンチャンター)に魔法付与処理を施させるのが確実にございます」


「それが、お前の師、ピョートル殿の作戦か」


「左様でございます」


「魔王ごとき! 我が王国騎士団の力を持ってすれば何事かあらん!」


 ドガッ!


 カムフーバーは憤懣遣(ふんまんや)る方無し、といった風情で、再びテーブルを拳で叩きつけた。


 護衛の兵士は皆、ビクリと体を震わせ室内が静まった……そのとき



『ほう、大層な自信だな? (けい)の腕前で魔王を討てるか』



 突然、部屋中に響き渡る謎の声、騒然となる室内。


「バカな! この部屋には地下水路の通路からしか入れぬはず!」

 

『…やはり外からの水路は、この地下室に通じておったか』


「グレーター・ディスペル・マジック!」

 

 魔術師が範囲内の魔法の効果一切を消し去る呪文を発動させる。姿を隠す呪文や、幻覚を見せる呪文ならば、一瞬で看破できる。しかし、十分に発動した魔法でも何者の姿も見えない。


「馬鹿な、不可視化(インヴィジビリティ)ではないのか 一体どこに?」


 魔術師は杖を構えたまま、次に行使する呪文を考えていた。しかし、姿が見えず、魔法解除も効かぬ相手に、有効な魔法が見つからない。カムフーバーを始め兵士たちはすでに剣を抜き周辺を警戒している。


「壁だ! 壁全体から声が聞こえる!」


 兵士の一人が気づいた。如何にも、弥左衛門はその尋常ならざる肺活量で、この部屋の外から口伝えに、この部屋全体を共鳴させていたので有る。恐るべき忍者の技であった。だが、本当に恐るべき技はこの先にあった。


「なんだ、この音はっ!」


 カムフーバーの耳に、何か"ヴーン"と唸りのような音が聞こえた。周囲を警戒するが、やはり姿は見えない。すると、周囲の石壁や天井がブルブルと震えだした。と思ったとき、突然、天井にピシッと一筋の亀裂が走った!『危ない』と思う間も無く、天井が一気に崩れた。


ドガガガッガラガラ!!!!!


 天井を構成していた木材や石材が砕け、一気に崩れ落ち、カムフーバーを始め全員を生き埋めにした。


 物体が固有周波数で振動していた場合、そこに全く同じ周波数の振動を与え続けると、その振動はどんどん大きくなっていく。この現象を"共振"と呼ぶ。この共振の強さが物質の強度を超えたとき、物質は破壊される。弥左衛門はこの原理を利用して、この地下室の天井や壁を外から破壊したのだ。



ーー


 後日談であるが、その日、一軒の酒場の床が抜け落ちるという事故があった。飲んでいた客数人が崩落に巻き込まれ死亡したという。瓦礫の下から冒険者風の男数名と、魔術師風の男の死体が見つかった。ただ、不思議なことに、誰もその客たちが飲んでいるのを見た記憶がなく、その身元も結局分からなかったという。


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