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伊賀忍者・城戸弥左衛門の冒険  作者: リキ
忍者異世界道中記
15/21

14 ご注文は忍者ですか?


 ― 忍者


 曰く、超常の術を使う影の戦闘集団

 

 そのような風聞は日の(もと)に広く伝わり、戦国大名や豪族に畏怖されている。だが、その本当の正体を知る者は少ない。彼らは大名や領主に仕え、その任務の多くは、諜報、暗殺、後方撹乱、陽動、破壊活動、浸透戦術、謀術などという影の任務ばかりであり、歴史の表舞台に出ることは少ない。


 故に忍者が戦場で戦ったという記録も少なく、その数少ない戦の一つが織田軍と伊賀十二人衆が戦った「天正伊賀の乱」である。

 織田信雄(のぶかつ)を筆頭に滝川一益、丹羽長秀、筒井順慶といった有名な武将を相手に、百地丹波、音羽半六、城戸弥左衛門をはじめとする伊賀忍軍が戦いを挑んだのだ。

 この戦いが織田軍にどれだけの損害と恐怖を与えたかは、その後、織田信長が徹底的に忍者を根絶やしにした事実からも伺い知ることができる。

 だが、織田信長が伊賀忍軍に執着した理由は果たしてそれだけだったのか? 本当の理由は歴史書には残っていない。


ーー


 弥左衛門ルイスは、目抜き通りを歩きながら、街の人々を観察していた。どのような服装なら街に溶け込めるか、どのように歩くのが一般的か、そういう情報をつぶさに脳内に収めて行く。そもそも、彼は目立つ男である。街を歩く人は異人ばかり、(というよりも、ここでは彼が異人なのだが)彼のような黒目、黒髪は珍しい。まして戦支度(いくさじたく)のような格好とくれば、すれ違う人がチラチラと彼の顔を伺うのも無理はない。


(さて、七方出(しちほうで)と参るか どこぞで早急に着物を仕立てる必要があるな)


 ”七方出(しちほうで)”とは忍者が変装するときに使う主な七つの格好、虚無僧(こむそう)、山伏、坊主、商人、芸人、猿楽、町人の姿の事を言う。

 弥左衛門は一軒の店先に布が売っているのを見て、仕立屋であろうと当たりをつけて店内に入り声をかけた。


「御免」


「はーい!ちょっと待って下さーい」


 奥から若い女の声がする。弥左衛門は店内をぐるりと見渡すと、店先には色とりどりの布が置かれており、奥には売り物の洋服と(おぼ)しき物も見えた。外を歩く市井(しせい)の人々と同じ仕立てのようである。

 しばらくすると、奥から白いエプロンをした女の子がパタパタと出てきた。


「いらっしゃいませ!何をお求めでしょうか?」


 彼女は、まるで青いビードロ玉のような大きな目をキラキラ輝かせて弥左衛門を見上げ、笑顔で元気な声をかけてきた。

 見た目の印象は12、3歳くらいか、身長は弥左衛門の胸の高さほどしかない。明るい茶色の髪をシニョンにまとめ上げた容姿は、見る人に更に幼い印象をあたえる。腕にはまち針を刺すピンクッションをつけており、いかにも仕立て屋の娘という風情(ふぜい)だ。


「仕立てを頼みたい、急ぎ仕事で頼めるか?」


 彼女は少しだけ首を(かし)げ、人差し指を(あご)に当てながら答えた。


「ん〜、モノによりますね どのような服をお求めですか〜?」


 弥左衛門は、外を指差し、街を歩いている一人の男を指差した。


「あのような服を頼む、一式だ」


 彼女は少しだけつま先を伸ばし、背伸びで窓の外の男の服装を観察する。


「あ〜了解です でも、もしお急ぎであれば既製品ではいかがです? お客様の体格なら在庫があると思いますので」


 そう言うと、彼女は弥左衛門を店の奥へと案内する。


「店員は君だけか?」


 案内されながら、弥左衛門は彼女に尋ねた。


「はい! 私がこの ”マリーの衣服店” の店員 (けん)〜、お針子兼 (はりこけん)〜、オーナーの〜、マリー=プティパと申します。以後どうぞご贔屓(ひいき)に〜」


 マリーはスカートを両手で持ち、ちょこん頭を下げ、と弥左衛門に挨拶をした。


おーなー(・・・・)、とは店主の事か?」


「はい、ここは私のお店ですから」


 彼女がにっこりと自慢げに答えたので、弥左衛門は少し驚いた。


「それでお客様、必要なものは?」


「あぁ、さっきの男のような服装を一揃(ひとそろ)え、いや、いくつか貰おう。下着もあるか?あるならそれも三つ四つ……ん、これは、足袋(たび)のようなものか?これも貰おう、それと……」


 衣料品を手当たり次第に買う弥左衛門を見て、半ば呆れたようにマリーが言う。

 

「……お客様、山賊にでも身ぐるみ()がされたんですか?」


「いや、まぁ……似たようなものか…… それに旅支度でな、長旅の用意でもあるのだ」


「あ〜やっぱり お客さん冒険者でしょう?」


 マリーはそう言うと両手を胸の前に組んで、弥左衛門の前でぴょこぴょこ嬉しそうに跳ねている。


「いいな〜いいな〜、私も冒険者になりたいなぁ〜」


(冒険者か、ディアーナも言っていたが……察するに、武者修行しながら諸国漫遊(しょこくまんゆう)する者のようだが 確かに平和な世が来れば、そんな旅もしてみたいものだ)


 弥左衛門は冒険者を独自の解釈で理解した。


「じゃあ、お客さんはよそ(・・)の街の冒険者ギルドの人?ここじゃ見ない顔だものね〜」


(冒険者ぎるど……ぎるど(・・・)とは何だろうか?)


「そう、私は他の国から来たのでな、この国のことはあまり詳しくない。不案内(ふあんない)往生(おうじょう)している」


 弥左衛門がそう言うと、マリーは指を”ぴんっ”と一本立てて言った。


「だったらやっぱりギルドに登録しないとね! モグリで冒険者なんてそれこそ山賊と変わらないワケ!

 有名な冒険者はみんなの憧れだもの、英雄よ!英雄〜」


 マリーはうっとりとした表情であらぬ方向に空想を飛ばし、すっかり仕事を忘れていた。


「すまぬが……」


 弥左衛門は申し訳なさそうに夢見る少女に現実に戻ってもらった。


ーー


 弥左衛門は服一式を何組かと、布や裁縫道具一式を購入すると、「あとで取りに来る」と言い残し店を出た。まとめて買い物をしたせいかマリーは上機嫌であった。おかげでいろいろな情報を収集できた。安くて清潔な宿屋や、美味しい料理を出す酒場、冒険者ギルドの場所や、腕の良い鍛冶屋の場所など色々教えてもらった。


 今、弥左衛門はその中の一つ、鍛冶屋”ペルクナスの工房”の前に来た。大きく開け放たれた工房からは熱気が外まで漏れ、中では屈強な男達が(ひたい)に汗をかきながら大きな(つち)を振るっている。中は熱気と鉄を打ち付ける大きな音が響き合い、その真剣な空気に声をかけるのも躊躇(ためら)われた。


 しばらく外から様子を眺めていると、一人の職人が弥左衛門に気づき声をかけた。


「あんちゃん!何か用か?」


 鐘が割れるような大きな声で、その男は弥左衛門に声をかけながら、中から出て来た。

 まるで丸太ん棒(まるたんぼう)のような太い腕、全身は鋼のような筋肉で、表面には太い針金のような血管が幾筋も浮き上がり、腕や足の肌には玉のような汗が浮かんでいる。上気した顔は赤く、右手には巨大な(つち)が、左手にはやっとこ(・・・・)が握られていた。


(まるで地獄の鬼だな)


 その姿はまるで地獄の亡者に責め苦を与える鬼のように見え、弥左衛門は思わず頭にツノがないか確認した。


「仕事の邪魔をする気は無い、少し頼まれてほしい仕事があってな」


「客かい……武具の修理か? 注文品か?」


「注文だ、作ってもらいたいモノがある」


「店に回りな、この裏だ。受付で武具の注文っていやぁ分かるからよ!」


 首を降ってそう言うと、男は仕事に戻っていった。

 弥左衛門は男に礼を言い、言われた通り工房の裏手に回ると確かに店があった、どうやら本来はこちらが表側のようである。

 店に入ると、カウンターの向こうに 髭面(ひげづら)の屈強そうな男が一人座っていた。腕を組み、肘をカウンターに乗せた姿勢で、入って来た弥左衛門をジロリとひと睨みしつつ、声をかけて来た。


「武器か?鎧か? ここにあるのは素人には扱えないモンばかりだ、腕に自信がねぇ奴は帰りな」


「そうか、ならば問題ない」


 弥左衛門がそう言うと、カウンターの男は「ふんっ」と鼻で笑った。

 男が店に置く武具の手入れに戻ろうとした時、弥左衛門が横から声をかけた。


「武具の注文を頼みたい」


「あ”あ”? 注文だと?」


 男はそう言うと、今度はしっかりと弥左衛門を眺め、視線を足先から頭の上まで動かした。


「ふん、まぁ少しは使えそうか……で?何がいる?」


「いくつか要るんだが……」


 そう言うと、弥左衛門は注文する武具について、言葉やジェスチャーで説明し始めた。男の表情がみるみる曇っていく。

 それもそのはず、それらは、「忍器」「忍具」と呼ばれる忍者の七つ道具である。

 弥左衛門が注文したものは 「手裏剣」 「クナイ」 「忍刀 」 「撒菱(マキビシ)」 「万力鎖(まんりきさ)」 「手甲鉤(てっこうかぎ)」 「鉄拳」の七種。

 どれも、弥左衛門にとっては慣れ親しんだ武器だが、この男には見たことも聞いたこともない武器だ。しかし、最初こそ男の表情は曇っていたが、その武器の形状や用途を聞いているうちに、男の目がギラリと輝きだした。

 鍛冶屋としての血が騒ぎ始めたのである。


「異国の武器か? おもしれえ……作ってやるよ、その変なモノ! 俺ゃこの工房の親方、スヴァローグってんだ!」


「ルイスと申す 他国の冒険者だ 噂を聞いてやって来た」


「噂か、ほっ、こいつは嬉しいぜ!他国にまで俺の名が響いてるのか!」


 スヴァローグはガハハハと笑うと、嬉しそうにバンバンと弥左衛門の肩や背中を叩いた。


 とても、『そこの衣服店で聞いて来ました』とは言えない雰囲気だった。


ーー


 スヴァローグに依頼する武器を絵に描いて説明したり、日の(もと)の様々な武器の話や、スヴァローグの作った武具の話で二人はすっかり盛り上がった。気がつくと、外はいつの間にかすっかり夜になっていた。

 弥左衛門は今から宿を探すからと、暇乞(いとまご)いをしようとしたが、スヴァローグに引き止められた。


「いいから、泊まってけ! どうせ今からじゃ宿探すのも大変だろうが!」


 強引に引き止められ、仕方なく弥左衛門は一晩宿を借りることにした。ついでに夕食も誘われ、ちゃっかりご相伴(しょうばん)に預かった。

 ここの職人はそのほとんどが住み込みらしく、大きな食堂には二十人以上の職人が集まっていた。

 皆でなみなみ(・・・・)と酒を注がれたジョッキを掲げると、山のようにあった料理が片っ端からなくなって行く。

 あの最初に会った鬼のような大男もすごい勢いで飯を掻き込んでいた。


「ルイス! 早く喰わねぇとなくなるぞ! ガハハハ!」


 終始、スヴァローグは上機嫌であった。


「もぅ、父さん お客さんに失礼だよ! すみません、いつもこんな調子で」


 そう言いながら、弥左衛門に料理を運んできたのは、職人とは似ても似つかない雰囲気を持った少年だった。


「バカヤロウ、生意気言うんじゃねえよ! 言うことも母ちゃんそっくりになってきやがって!」


「息子殿か」


殿(どの)なんて結構なモンじゃねぇさ! 鍛冶屋の(せがれ)のくせに、”ひょろひょろ”の”なよなよ”で、(つち)もろくに振れやしねぇ もう15もになるのによ!」


 そういいながら、スヴァローグは息子の頭を”ゴン”、と叩いた。


「痛いよ! ホントに力の加減が分からないんだから! すみません、僕はスヴァローグの息子の、クヴァルと言います」


 弥左衛門は驚いた。本当にこの親の血を引いているのか?


 この国でもあまり見ない青白く輝くような髪は、白金のように(つや)やかな光沢を放ち、肩の辺りで切り揃えられている。

 彼が動く度に僅かに揺れる髪からは美しい音色が響きそうだ。

 やや(みどり)がかって、(うる)むような瞳は優しい光を宿し、整った鼻筋の終わりには、小さく綺麗な形をした唇がある。

 彼が話す度にその小さな唇から、真珠のように輝く歯を覗かせていた。

 肌はとても白いが、健康的な赤みを(わず)かに帯びている。

 驚くほど細い首筋は、なだらかな肩への曲線に繋がり、男性とは思えぬ細腰と併せて中性的な印象を強くしている。


 弥左衛門は”美少年”と言う言葉以外に彼を表現する言葉を持たなかった。


(養子か?)


「驚いただろう! しかし!血の繋がった本当の親子なんだぜ。これぞ風の国七不思議のひとつなり!」


 弥左衛門が言葉を無くしクヴァルを見ていると、例の鬼が酒盃を片手にやって来た。


「クヴァルさんに見とれてるなよ!手ぇ出したらお前、ここの工房の職人全員に殺されるぜ なんたって"ペルクナスの工房"のアイドルだからよ!」


「もぅ、ペイガンさんも、冗談はやめてください!」


 ペイガンと呼ばれた男はハハハと大声で笑い、職人達も楽しそうに笑っている。しかし、弥左衛門には分かった。こいつら目が笑っていない。本気だ。


衆道(しゅうどう)の気はない、安心しろ」


「しゅーどー?」


クヴァル達に"衆道"の言葉は通じなかったが、クヴァル以外の職人にはなんとなく意味が通じようで、空気が軽くなった。


「クヴァル! ()っちゃべってねえで、酒持ってこい酒」


「はいはい、あ、裏から持ってくるよ」


 そういうと、クヴァルは奥に下がっていった。


「全く、しょうがねぇ奴だ、出来の悪い息子だぜ」


 スヴァローグはグビリと酒を煽る。


「いい息子殿だな、優しく皆に愛されている……親父殿にもな いくら毒づいても、息子殿を見る目を見れば分かるぞ」


「ふん、…………ありゃあ死んだ女房の忘れ形見よ こんな鉄と火花しか知らねぇダメ親父によく懐いてくれてらぁ……」


 スヴァローグは多く語らなかったが、そこにある親子の愛情と絆を確かに感じた。


 と、その時、


「きゃあああああああ!」


  突然の悲鳴が家の奥から聞こえた。真っ先に動いた弥左衛門は、矢のような早さで裏口に向かった。


(あの悲鳴はクヴァル!)


弥左衛門は裏口の扉を勢いよく蹴破(けやぶ)って外に出た。


 そこにはフードを目深に被って顔を隠した者達が5人、そのうちの一人がクヴァルを小脇に抱えていた。

 クヴァルは気を失っているのかぐったりとしている。謎の賊一党の正体を弥左衛門は一目で見抜いた。


(同類)


 自分と同じように闇に生きる(けだもの)。その匂いを感じ取ったのだ。


「返して貰おうか」


 (すご)みを利かせ、そう言いながら弥左衛門が詰め寄ろうとしたとき、クヴァルを抱えた者が”何か”を呟いた。


「・・・・・」


(この感じ……魔法か!?)


  (せん)(せん)


 弥左衛門が一瞬で間合いを詰め、手刀を敵の喉めがけ撃ち抜いた瞬間、賊の姿が一人残らず()き消えた。手にはわずかな血痕と(かす)ったような手応えだけ、とても致命傷を与えてはいない。


(気配が……ない)


 ”幻術”でも”隠れ身の術”でもない、そう弥左衛門の全身の感覚が訴えかけてくる。

 だが、すぐに驚愕から心を立て直し、正常で冷静な思考に戻した。


 壊れた裏口にドカドカと職人達が遅れてやってきた、その手には大鎚や武器を持っている。先頭にいたスヴァローグがすぐに弥左衛門に声をかけた。


「ルイス! 何があった!」


「クヴァルが(さら)われた……追う」


 手がかりゼロの中、弥左衛門の忍者としてのプライドをかけた追跡が始まる。

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