表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伊賀忍者・城戸弥左衛門の冒険  作者: リキ
忍者異世界道中記
14/21

13 忍者 路銀を調達する

 ピーヒョロロロ ピー


 空はどこまでも澄み渡り、天高く鳥が鳴いている。

 緑の草の生い茂った()()()()()丘の上には二頭の馬が並び歩き、馬上には手綱を握る一組の男女がいた。彼らは馬を止めると、眼下に見える街を眺めた。


「あれが東の街、モルキです」


 ディアーナは街を指差し、弥左衛門ルイスに振り返りながら話す。



 あの後、彼らは遺跡からすぐに馬で逃げ出した。途中何度も後方を警戒しながらここまで来たが、王国軍が追ってくる気配はなかった。


「やっと着きましたね! ずっと座りっぱなしで腰が痛くなっちゃいました」


 そう言うと、ディアーナは下馬し、「うーーん」と腰を反らして天を仰ぎ見た。ここまで来てようやく緊張も解け、笑顔が戻って来たようだ。

 弥左衛門は馬上で手をかざし陽の光を遮りながら街を眺めていた。道中で鎧を脱ぎ捨て、鎧下(ギャンベソン)姿に戻っており一見、旅の者に見えなくもない。


 モルキは、"風の国"の東に位置する地方都市であり、人口はおよそ2万人。そのうちの1割に当たる2000人が東部方面駐留部隊という、国境守備の要となる街である。また、この街は東はイシス王国、南はシュバラード聖王国、南東はグエン=ヴァン共和国と複数の国と接しており、交易の要所としても栄えている。

 (くだん)のイシス王国とも平素から国交があり、交易も盛んに行われている。それだけに今回の王国の侵攻は"風の国"に衝撃をもたらした。


 モルキに近づくと街を守る外壁が見えてきた。高さ10メートル以上で、立派な城壁のようなその外壁は、有事にはこの街が前線基地になる事を示している。弥左衛門達はぐるりと街の外周を回って、モルキの街の入り口、"検問所"に向かった。

 検問所では入国管理の為の兵士が通行証や荷物を確認し、税の徴収、不審者の尋問、犯罪者の拘束などの業務を行なっている。国境の街ならではの厳重な警戒であるが、今日は特に厳戒態勢が敷かれているようだ。王国軍の一件と関係があるのだろう。


 弥左衛門はディアーナに案内され、検問所へ向かう。彼らは検問所で下馬し、ディアーナが兵士に向かって話す。


「東部方面駐留部隊、ディアーナ=モニカです」


 彼女は首から認識票のついたネックレスを外すと、兵士に渡した。兵士は認識票を調べると彼女に返却しながら


「ご協力ありがとうございました、ディアーナ殿。そちらの方も認識票(プレート)を提示してください。規則ですので」


 と、後方にいた弥左衛門に声をかけた。


「あ、いえ、こちらの方は駐留部隊の方ではありません。軍に協力していただいた旅の方です」


 ディアーナがそう言うと、兵士は急に目を鋭くし、弥左衛門をジロリと観察した。そして、詰所内にいた兵士数名に声をかけると、何事か相談し始める。


(面倒になるようであれば、ここで一旦彼女と別れた方が良いな……)


 弥左衛門はその様子を見ながら考えていたが、やはり彼らの返答は想像できるものだった。


「ディアーナ殿、申し訳ないが許可証のない方は何人(なんびと)も通す訳には参りません。まして今は緊急事態でありますので……どうか、ご理解ください」


 詰所から出て来た上役と思える年配の兵士が答える。ディアーナが抗議しようとしたが、弥左衛門は彼女の肩をポンポンと叩き、兵士に答えた。


「分かり申した。無理は言わぬ(ゆえ)安心されよ」


 ディアーナ一人を丸め込むのとは訳が違う。密入国をしている身としては、ここで騒ぎを起こすのは得策ではない。


「でも、……」


 ディアーナが弥左衛門に話そうとした時、突然、数人の兵士を連れた男が検問所の男達に声をかけた。


「その者はこちらで取り調べる。引き渡し願いたい」


 弥左衛門はその男を一瞥する。


(年は三十路(みそじ)程か、精悍な顔に整った髭、服の仕立てや装備は大層立派見える、かなり上席の兵士のようだな……引き連れているのはこの者の部下の様だが、なかなかに精強な兵のようだ)


「フィニスト様!」


 ディアーナが男を見て声をあげる。その驚きは意外な人物の登場によるものか、取り調べると言う言葉によるものか。……様子を伺っていると、フィニストと呼ばれた男がディアーナに目配せしているのが見えたので弥左衛門は大人しく従うことにした。


「連行せよ」


 フィニストの言葉に、付き従っていた兵士が弥左衛門の腕に縄をうち、左右を挟んで歩く。検問所の兵士は何か言いたげであったが、軍が不審人物を尋問すると言う以上、彼らが口を挟むことはできなかった。


 一行は無言のまま街の裏通りに移動した。人目が途切れると、フィニストは部下に弥左衛門の縄を解くよう命令し、彼に頭を下げ謝罪した。


「私の部下の、そしてこの国の恩人に対し、ご無礼申し訳ありません。私はマリ=エラ国、東部方面駐留部隊 第3軍を預かりますフィニスト=ソーコルと申す者。この度はなんとお礼を申せば良いか分かりません」


 フィニストは弥左衛門の目を見てしっかりと手を握った。なかなか熱血漢のようである。


「報告を受け、すぐに王国の侵攻を調査させたのですが……ここで立ち話は危険です。どうか、私の執務室まで御同道(ごどうどう)願いたい」


 フィニストの態度から嘘偽りは感じられなかった。


(あい)分かった」


 弥左衛門がそう答えると、一行は街の中心にある一際大きな建物に向かい歩いていった。


 ーー


「このように秘密裏にお連れして申し訳ありません。まだ、一般市民には王国軍の件は公開していないのです」


 執務室につくと、フィニストは弥左衛門に椅子を勧めながらそう謝罪した。

 全員が席に着くと、まずお互いの情報を交換することになった。弥左衛門達の報告は主にディアーナに任せ、彼は口を挟まずに話の流れを聞いていた。そのおかげで、おおよその事情が見えてきた。

 今回の王国による"風の国"への攻撃はやはり奇襲だった。と言うよりも、ディアーナらとの戦闘自体が、戦争を企図(きと)したものというより、偶然による遭遇戦のようであった。周辺国の商人からの情報や、伝え聞く王国軍の動きからも、彼らが何か明確な目的を持ち、比較的少数の兵で"風の国"に入った気配が感じられる。

 その目的とやらも、弥左衛門|達が王国軍を遺跡で目撃した事により、その地下の何かに関係していることも判明した。

 ただ風の国の駐留部隊が、急いで(くだん)の遺跡に向かった時には、すでに王国軍の一行の姿形はどこにもなく、もぬけの殻であったという。結局明確な目的は不明という事だった。


(……)


 また、残念なことに王国軍と遭遇したディアーナの部隊はやはり全滅していた事が判った。その事実をフィニストから聞かされたディアーナは深く唇を噛み、拳を握りしめて俯いていた。


「王国兵は一体遺跡内で何をしていたのですか?」


 当然、フィニストは弥左衛門に尋ねる。


「私も危険を犯さぬように遠くから見ていただけに、はっきりとは……ただ、巨大な水晶があり、そこから何かを取り出していたのは確かなようだ。何かあの遺跡に(いわ)れがあるのではないか?」


 盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しいとはまさにこの事である。その"何か"は今弥左衛門の荷物の中に入っているのだ。他人の物を盗んでおいて、平然と『何を盗まれました?』とか……さすがの忍者である。


「それが……」


 言い淀んでいるフィニストの顔は苦渋に満ちていた、だが、諦めたように顔をあげると


「分かりません。お恥ずかしい話だが、遺跡の地下にあのような迷宮があったことすら知りませんでした」


 その返事を補足するように、ディアーナが弥左衛門に話を続けた。


「何千年も前のことですが、この"風の国"一帯には、かつて強大な国家があったのです。私たちはその国を"古代王国"と呼んでいます。現在でもこの国のあちこちにその遺構がみられます。ですが無数に、しかも広範囲に散らばるその遺跡の調査は、我々の手(・・・・)ではそれほど進んではいません。

 理由は、古代王国が滅んでからこれまでの間に、めぼしい宝物や魔法の武具はあらかた盗掘にあったであろうこと、そして遺跡に関する文献を私たちが所持していない為です」


「記録が残っていないのか?」


「いえ、記録のほとんどはイシス王国に残っているのです」


「どう言う意味だ」


「私たち"風の国"の祖先は古代王国の滅亡後に移り住んできた一族、あるいは古代王国を滅ぼした一族の末裔と言われています。そしてイシス王国こそ、古代王国の生き残りが建国した国家だと……」


「奴らの"風の国"に対する根拠のない誹謗中傷、侵攻するための大義名分だ」


 フィニストは、ふんっと鼻を鳴らし、面白くなさそうに吐き捨てた。


「しかし、事実、彼らは古代王国の品や文献を多く所持しているのです」


「なるほど、その文献を元に……と言うわけか。宝の地図が出てきたから、探しに行こうと言うわけだな。余所の国だろうとお構い無しか」


 弥左衛門は呆れたように言った。


「確かに"風の国"とイシス王国は、これまでにも小競り合いや、緊張状態はありました。しかし、ここまで強引に仕掛けてくる事は近年ありません。何かよほど切迫した事情があるとしか……」


 フィニストは首を捻るが、弥左衛門にはひとつ思い当たることがあった。


「"魔王"……という言葉に何か思い当たることはないか?」


「魔王……魔王、ですか?」


 フィニストもディアーナも記憶を探しているようだ。とぼけている風でもない。弥左衛門は二人の反応の薄さが意外だった。


(確かに王国の指揮官は"魔王"と言った。他の兵士達も"魔王"を倒せる剣に泣くほど歓喜していた。少なくとも王国は"魔王"の驚異に晒されているはず。なのにこの温度差はなんだ?)


「王国の兵達の会話はほとんど聞こえなんだが、"魔王"という言葉だけは漏れ聞こえた。しかも何度も会話の中に出ているようだった」


 弥左衛門は、さも王国の会話を盗み聞きしたように話した。


(彼等からも何か魔王(織田信長)に関する情報が欲しい、出来れば魔王(織田信長)の弱点に繋がる情報を……)


 弥左衛門は彼らに答えを促してみたが、結局フィニストは頭を振った。しかし、ディアーナから意外な答えが返ってきた。


「魔王とは、あの(・・)魔王でしょうか? "深淵の魔王"……」


「バカな、あれは御伽噺(おとぎばなし)だろう」


 フィニストは一笑に付したが、弥左衛門は気になった。弥左衛門の言う魔王は"第六天魔王"こと、"織田信長"であるが、こちらの魔王も気にはなる。


「もしよければ、簡単に教えてくれぬか?」


「あ、はい。簡単に言いますと、この世界にいる悪魔、魔族と呼ばれる魔物は全て"魔界"と言われる別の世界からやってくると言われています。そしてその魔界を統べる王が、"深淵の魔王"です。子供達は、悪いことをすると魔界に連れて行かれ、深淵の魔王に悪魔に変えられてしまう、というおとぎ話です」


「ふむ、なるほど」


 よくある童話のようだが、弥左衛門はいくつかの点を示唆するように思えた。"織田信長"が弥左衛門の部下を上級悪魔族に変えた時の様子が脳裏に浮かぶ。


「……とにかく、"魔王"と言う言葉が今回の件に関わりがあるのは確実。ルイスさん貴重な情報ありがとうございました」


 そう言うとフィニストは執務室の机から一つの袋を取り出し、弥左衛門に手渡した。ジャラリと言う金属の音とずっしりとした重さが伝わってきた。


「今回のお礼です。どうぞお納めください」


 弥左衛門は中に入っているのが金子(きんす)だと理解した。これは謝礼の意のみに()らず。最初にフィニストが言った『一般市民には王国軍の件は公開していない』事と無関係ではない。要するに口止め料込みと言うやつである。それは、弥左衛門にとっても願ったりである。


「かたじけない、有り難く頂戴いたす」


 弥左衛門は素直に受け取り、思いがけず路銀の確保ができた事を内心ほくそ笑んでいた。このままではこの街で"ガマの油売り"でもやらなければと真剣に考えていたところだった。


「いえ、ルイスさんのおかげで敵の物資をかなり鹵獲(ろかく)できましたのでね。ささやかなお礼です」


 フィニストは弥左衛門にニヤリと笑いかけた。


(成る程、なかなか食えない御仁のようだ)


 弥左衛門はフィニストと固い握手をして別れると、ディアーナと共に退出した。


 ……


 フィニストは彼が街の中心へ歩いていくのを窓から眺めていた。


「……尾行しろ あの男から目を離すな」


 弥左衛門の背中を視線で追いながらフィニストは呟く。


「かしこまりました」


 一人の兵士がフィニストの呟きに答えた。


 ーー


 外に出ると弥左衛門はディアーナに声をかけた。


「ディアーナ殿、世話になった」


「とんでもないです、お世話になったのはホント私の方ばっかりで!こちらこそ、ありがとうございました!」


 ディアーナは深々と弥左衛門に頭を下げた。


「あの、まだ、当分この街にいますよね!?ね?」


 弥左衛門はディアーナの勢いに押されつつ答えた。


「う、うむ。旅支度もせねばならぬし、武具を揃える必要もあるのでなぁ。今しばらくこの街に逗留させてもらうつもりだが……」


「じゃあ、今度ちゃんっっっとお礼させてください!私は兵舎にいますので、今度、都合のいい時を教えてくださいね!」


「あ、あぁ」


「絶対ですよ!忘れて旅立ったりしないでくださいね!きっとですよー!」


 そう言いながら、ディアーナは仕事に戻る為に走っていく。器用に手を振りながら去っていくディアーナのおかげで、弥左衛門は姿が見えなくなるまでその場から動けなかった。


(礼などと、面映(おもは)ゆいのぅ……)


 弥左衛門は、確かにディアーナの命を助けはしたが、素性をごまかしたり、遺跡の中身を色々ちょろまかしたり、後ろめたいことも結構ある。


(さて、後ろの附馬(つけうま)()くのは容易(たやす)いが、あとあと面倒そうだのぅ。このまま引き連れて、いざとなれば逃げるか……)


 果たして弥左衛門は尾行に気付いていた。当然である。相当の手練れであっても忍者に気付かれずに尾行する事は困難だ。ましてこのような状況で弥左衛門を尾行してこなかったらフィニストは相当の虚け(うつけ)である。完全に予測された行動であった。


 弥左衛門は尾行を気にもせず、堂々と街中を散策する事とした。


 弥左衛門の目的は魔王・織田信長を倒す事である。そしてその為に、いくつかの目標を自分に課していた。


(一つはまずこの異国から()(もと)に戻る事。ここは果たしてどれだけ離れた異国なのか見当もつかぬ。星の位置、陽の位置までも大きく異なる場所。……しかし、()(もと)の方角を調べるだけでも一苦労ではあるな)


(二つ目は、信長を殺す方法を見つける事。毒で死なず、炎で死なず、銃で死なぬ(信長)は不死身とも思える。しかし、どんな者にも必ず弱点はあるはず。奴が妖怪なら妖怪を殺す方法を、化物なら化物を殺す方法を、魔王なら魔王を殺す方法を見つけるまでだ)


 弥左衛門は最初の目標として、この地の魔王について調べることにしている。


無手(むて)()(もと)に戻って、(信長)と対峙しても結果は変わらぬ。果たしてこの剣は魔王を(たお)しうるものか否か……)


 弥左衛門は背中の荷物に隠した剣の重さを感じながら考える。


(こいつの試し切りが必要か……)


 物騒な事を考えながら、弥左衛門は街の目抜き通りにやってきた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ