12 忍術 vs 魔術 (あるいは、かわいそうな布)
ニンジャアクションその2です
「シチート(盾)!」
指揮官の号令に、盾を持つ兵士達がニンジャの前に壁を作る。その動きは統率のとれた軍隊の動きそのものだ。フットバルトは毒づくが、指揮官の能力は決して低いものではない。本作戦に従軍している兵士達は王国でも選りすぐりの兵達である。そんな彼らをまとめ上げ指揮する能力は、平凡な指揮能力で達せられるものではない。
「カピヨー(槍)!」
その盾の隙間から無数の槍が伸びる。
(槍衾か……)
ニンジャは戦場で何度も見た光景を思い出した。この陣形はニンジャが知る限り、騎兵に対する防御の陣形である。
(こちらの戦闘力、機動力を見て乱戦不利と踏んだか。この指揮官なかなかの曲者。だが、それでは攻撃には移れまい)
件の水晶を守るように固めた敵の陣形は完全に兵士の体を隠し、隙間からは槍を突き出している。あの隙間に手裏剣撃ち込むか、幻術をかけるかと思案していると、盾の後ろから袍の男の声が聞こえてきた。
「マジック・ミサイル」
呪文の詠唱と同時に、盾の後ろから光の矢が飛んでくる。しかし、ニンジャの動体視力と敏捷性であれば十分に矢を躱すことができる……はずだった。矢が当たる直前に横へ跳び退き躱したと思った。しかし、次の瞬間、光の矢が軌道を変えてニンジャに襲いかかったのだ。
ドガァッ!
「むぅ!」
ズザザザザッ!
ニンジャの胸に矢が命中し、吹き飛ばされ地面を転がった。突き刺さったというより何か礫のような塊がぶつかり、爆発したような感触だった。ニンジャは転がる勢いを利用して回転しながら距離を取った所で起き上がり、考察する。
(何をした? 何があった? 曲がる矢? 逃げる方向を予測された?)
再び、呪文の詠唱が聞こえる。
「マジック・ミサイル」
今度は二つの矢が飛び出す。ニンジャは自身の体術を駆使し、矢を避けながら洞窟の自然柱の後ろに隠れた。その柱の横を二つの光が駆け抜けたかと思うと、Uターンして再びニンジャに突き刺さった。
ドガガァッ!
再び爆発が起こる。が、とっさに腕で防御したお陰か、威力はさほど感じなかった。だが奇怪、不可思議なる矢に対する対抗策を講じなければ、このままなぶり殺しにされるは必定。
かの者の唱えし呪文、それは
ー『マジック・ミサイル』ー
魔術師の行使する異能なる能力の一つ。ニンジャは知らない、この呪文は”確実”に命中する不可避の魔法の矢を放つ事ができる事を。不可避とは比喩ではない、どれだけ躱そうとも、命中するという結果が生ずる奇跡の技なのだ。
そんな魔法の矢をピョートルは最大3本も同時に撃つ事ができるのだ。
ー ピョートル=チャコフ
彼は王立魔法院、通称「象牙の塔」で教鞭を執る王国屈指の魔術師である。彼や、ガラントを投入するなど、この作戦は極秘作戦ではあるが、王国の威信をかけて行われている。
指揮官は、ピョートルに尋ねた。
「ピョートル殿、命中しましたか?」
柱の陰でニンジャの姿が見えない指揮官にとって、この質問は当然のものであったが、魔術師のプライドをいたく傷つけるものでもある。ピョートルは眉間をピクリと動かしながらも、冷静に返答した。
「それが魔法というものだよ、指揮官殿」
それを聞いて満足した指揮官が再び号令を出す。
「アヴァンツァーノ(前進)!」
迫り来る槍衾の横隊。ニンジャは、いくつかの手段を考える。
(逃げるだけなら問題ないはず、出口には自分の方が近い。だが、例の光の矢がある以上、背を向けて逃げるは下策。何よりあの”魔王”を倒すという”剣”を手に入れない限りここを出るつもりはない! )
ニンジャの脳裏には、魔物を召喚した時の信長の姿がありありと浮かんでいた。
(やはり、手裏剣で敵の首魁、否、あの矢を使う者を仕留める以外に策はないか)
そう考え、服に仕込んだ手裏剣(釘)を抜こうとした時、自身の腕に傷ひとつないのを見た。あの光の矢を受け止めた腕だ、腕はともかく巻きつけた”布”に傷ひとつないのは理解できなかった。
(もしや…)
『はぁ、やっと気付きました?』
ニンジャの頭の中に何者かの声がした。
ーー
なに故、この場にいるはずのないニンジャ=弥左衛門がここにいるのか?それは二つの偶然が重なった結果であった。
駐留部隊本隊に向かった弥左衛門とディアーナは偶然にも途中で、”風の国”の別の巡察隊に行き会う。事情を説明した彼らは、巡察隊と合流し急ぎ本隊に連絡すべく行動を開始した。そこで2つ目の偶然が起こる。道中ディアーナが遺跡探索中の王国軍を発見したのである。
話し合いの結果、連絡を巡察隊に任せ弥左衛門とディアーナが王国軍の動向を探るべく彼らのいる遺跡に近づいていった。そこで、遺跡の地下に入っていく王国軍一行を発見したのである。ほとんどの王国軍が地下へ向かったのを確認すると、ディアーナのボウガンと、影のように近づいた弥左衛門の一撃で見張りの兵を倒した。
彼らを追うべく、弥左衛門は地下へ降りることにする。
「ルイスさん、やっぱり私が行きます!これは”風の国”の問題ですし、ルイスさんが危険を冒すことはありません!」
当然、弥左衛門が潜入することにディアーナは難色を示した。
「ふむ、危険があればすぐに戻ってくる。それにこのような潜入はなんというか……私の得意分野でね、どうか任されたい」
「でも、」
「それに、私はこの辺りの地理には不案内でな。一人残されては不安でしょうがない、どうか助けると思ってここにいてはもらえぬか?」
ディアーナは、弥左衛門が自分を気遣ってくれていることを嬉しく思った。おそらく自分の体力が限界が限界に近いことを慮ってのことだろう。
結局、弥左衛門はディアーナを拝み倒すと、地下へと降りていった。
「だったら、一緒にここで待ってるって選択肢もあると思うんだけどなぁ……」
置いてきぼりにされたディアーナは、拗ねて我知らず呟いていた。
城の地下道、自然の洞窟、入り組んだ武家屋敷の天井や床下、そういった場所に潜入し調査することは忍者にとって得意分野である。類い稀な俊敏性や闇を見通す目を持っていても、残念ながらディアーナは弥左衛門にとって足手まといのレベルだった。
(長ずればいい忍者になれそうだが……)
弥左衛門は石造りの床に耳を当て、王国軍の足音を探る。距離はあまり離れていないようだ。印を結び小声で”地蔵菩薩”の真言を唱える。
「オン カカカビ サンマエイ ソワカ」
弥左衛門の中で何かのスイッチが切り替わり、全く気配を感じなくさせる。そのまま、まるで影が這うように進むと、すぐに彼らの最後方までたどり着いた。通路の影から彼らの様子を観察していると、いくつか気がつくことがあった。
(時間がかかっている……随分慎重に進んでいるな。しかし道中いくつもの部屋を素通りしておるし、迷いながら進んでいるようでもない。どうも何か、目的の場所までまっすぐ進んでいるような)
一行の動きから、朧げながらもその目的を推察していると、突然兵士の一人がくるりと向きを変え、こちらに戻ってきた。
「おい、どこに行く?」
「へっ、出物腫れ物ってな。まぁちょいと、お花摘みよ」
「早くしろ、置いていかれても知らんぞ」
「大丈夫だよ、さっきから全然進んでねぇからよ。チョチョイっとそこの影で済ましてくらぁ」
そう言った兵士が弥左衛門のいる方に歩いて来た。弥左衛門は一番近い場所の扉を開ける。幸い鍵は掛かっていなかった。
(しめた)
扉を開け部屋に音もなく躍り込むと、素早く閉めた扉を背にし、通路の様子に聞き耳を立てた。足音は予想通りに角で止まり、鎧のガチャガチャという音と着物の擦れる音、そしてあまり聴いていたくない音が聞こえてきた。どうやら気づかれてはいないようだ。
しばらくして、音が止み十分な時間が経った頃には、部屋の中の様子を伺う余裕ができた。中に何者の気配もないのは分かっいた為、踊り込んだが、確かに部屋の中には何もなかった。がらんとした空間には調度品の一つも置かれていない。外の安全を確認し、出て行こうとした時、弥左衛門はわずかな空気の流れを感じた。
扉からではない。壁のどこかから流れ込む風、弥左衛門は慎重に壁を調べると空気の流れる元が分かった。壁にわずかな隙間が空いているのである。思い切って押してみると岩の壁が動いた。
(隠し部屋……)
慎重に新たに開いた部屋に入ると、一段高くなった床の間のような場所に何かが置かれていた。
(大鎧か?)
座った人のように見えたそれは確かに鎧であったが、侍の大鎧ではなく、甲冑、それも全身鎧であった。その後ろには衣桁があり、漆黒の布がかけられている。さらにその後ろには、何処の紋か、見たことのない模様が見事な刺繍で描かれた壁飾りがあった。見るものが見れば、その紋章は失われた古代王国のものであったと解っただろう。
弥左衛門は鎧に近づき、一見錆だらけのように見えた表面を布で軽く拭うと下からまるで磨いたかのような光沢のある金属が現れた。
(なんと!)
弥左衛門は驚嘆した。
ー『魔法の鎧』ー
この世界には物に魔力を付与することのできる付与魔術師と呼ばれる者がいる。魔導具と呼ばれる特殊な道具を創造したり、すでにある器物に魔力を付与し特殊な効果を与えたりすることができるのだ。このように魔力を込められた鎧は錆びることが決してないという。まして、この鎧は高名な古代の付与魔術師が魔力を施した逸品であった。
弥左衛門は続いて、衣桁に架けられた黒い布を調べた。艶のない闇よりもなお暗き色をしたその1枚の布は、結ぶための紐が付いており、外套のようであった。
『グッ グエッ グフッ …… グフフフッ … 』
弥左衛門はじっくりとその布を観察する。そこに何やら、えも言われぬ力の波動を感じ取ったのだ。まるで、何か生きているような……
『ワ…レハ… 』
弥左衛門はおもむろにナイフを取り出すと、其の布の端7−8センチ程度の場所に切り込みを入れる。
ー ブチッ
『エ?』
切り込みを入れた部分を歯と左手で布を押さえたまま、
ー グッ
『オイ…オ、イ?ヤメロ…いや、あのちょっと…やめて…』
右手で一気に裂いた、
ー ビリッ、ビリリリリリリリリリリリリィィィィィィィ!
『え"え"え"え"え"え"え"え"えええええええええええええええええ!!』
そのまま布の端まで裂いて行くと、1枚の細長い布ができた。
ー ザクッ、シャッ!
さらにもう一箇所、同じ幅にナイフで切り込みを入れると、
『あ、あのちょっと!聞こえませんか?聞こえてますよね!ねっ!ねっ!私の声聞こえてますよね!』
同じように一気に裂く!
ー ビリッ、ビリリリリリリリリリリリリィィィィィィィ!
『ちょっと待ってくださいっ!!いっ、一旦落ち着きましょう!ね?ね?ね?』
弥左衛門は今度は親指と人差し指で自分の顔の長さや目の幅、頭の大きさを測って行く。
『ほらっ、【どこからともなく、怪しい声が響いて……】って!気になりますよね?【誰だ!】ってなるじゃないですか!?』
またナイフで切れ目を入れ、
『ね?、ほら、ね?さぁ、どこかな〜?どこから聞こえるかな〜〜?』
裂く!!
ー ビリッ、ビリリリリリリリリリリリリィィィィィィィ!
『すみませんっ!調子乗りました!!!正解、正解いぃ言いますからっ!!ほらここ!目の前!あなたの目の前です!!そのマント!!そう私マントです!!』
裂く!
裂く!
裂く!
『ワタシッ、ヌノ!アナタ!モテル!ヌノヨ!!』
忍者の超人的な精神力は、超常の声を無視する事など簡単にできるのだ。
ひとしきり黒い布を切り裂いた後、忍者はおもむろに魔法の鎧に近づくと、甲冑を解体しようとし始めた。が、解体の方法が間違っているのか、うまく外れない。
すると弥左衛門は躊躇なく思い切り蹴り飛ばした!
グワンッ!ガラガラガラッ!ゴワワンッ!
この男、意外と短気である。
思い通りに鎧をバラバラにすると、小手とすね当て部分だけを拾い上げ、自分の腕と脛に当てがって布を巻きつけ、簡単に手甲と脚絆を作り上げた。
金属を仕込んだこれらの防具は、刀や槍と戦う上で有用かつ、忍者の動きを妨げない優秀な防具である。そして残りの布で伊賀忍の頭巾を作っていく。
『……いやー、その鎧ですね。さる高名な付与魔術師が作った逸品でしてね?その一式を身に纏うことによって、全身の…って聞こえます?もしもし、あれ?もしもーし!』
「……聞こえておる」
忍者は聞こえていた!
『え?え?じゃ、なんで何にも言わないんですか?じゃ、なんで切り裂いたんですか?なんで私バラバラにされてるんですか?』
『おかしくないですかぁ?人語を解するものですよ!?『変だなぁ〜』とか、『怪しいなぁ〜』とか思ったらとりあえず考えるでしょ!?待つでしょ!?なんでこんな思い切りよくバラバラにできるんですか!!』
『あのですね、私こう見えて、秘宝とか聖遺物とか言われるものすごく貴重な……』
改めていう。忍者の超人的な精神力は、超常の声を無視する事など簡単にできるのだ。
……
こうして、弥左衛門は件のニンジャの姿になったのだった。
ーー
『はぁ、やっと気付きました?』
ニンジャの頭の中に何者かの声がした。
……考えられることは二つ、仕込んだ”小手”の力か、この”黒い布”によるものかだ。
「お前にそんな力があるのか?」
『あのですね、もうね。アホかと……、バカかと……。こんんんなバランバランにされたら本来の力とか効果とか無いっすよ!』
やさぐれている……秘宝とか聖遺物とかの尊厳とか威厳とかはすでにどこにも無い。
『でもまぁ、あの程度の魔法なら弾こうと思わなくても弾いちゃいますけどね』
「魔法……また魔法か」
『ほら、次来ましたよ』
「!!」
周囲に霧のような靄が立ち込める
『スリープって初歩的な魔法ですね。まぁ、”私”で口も鼻も耳も覆ってるっしょ。大概の精神作用系の魔法は効きませんよ』
「スリープとは、どのような魔法なのだ?」
『一定以下の精神力の人を強制的に睡眠状態にする魔法っすね』
「……要は人を眠らせる術か?」
『まぁ、大体』
それを聞くと、ニンジャは柱の影にうつ伏せに倒れて、眠ったふりをする。
ーー
一人の兵士が倒れているニンジャの様子を伺い、槍で突いて見るが反応はない。
「眠っています!」
王国軍に安堵のため息が漏れる。
「さすがはピョートル殿、見事な魔法の冴ですな。おいっ怪我人に手当を! ガラント卿の傷は最優先で治療しろ、急げ!」
指揮官が次々と指示を出す。
「その者は危険だ!人か、魔の者か分からぬが首を刎ね、息の根を止めよ!」
二人の兵士が指示を受けトドメを刺しに向かう。
ザシュッ!
指揮官のところまで肉を絶つ音が聞こえて来た。(何者か?後で死体を詳しく調べる必要があるな……)
「それよりも今は、この水晶の剣を取り出すのが先決。 ”破城槌”を持ってこい!」
指揮官の指示により数人がかりで運び込んで来たこの攻城兵器は、鉄でできた丸太のような形をしており、その先端は鋭く尖っている。本来は城門や固く閉ざされた扉などを打ち破るための武器だ。
「せいのっ!」
ドーン!ドーン!ドーン!
指示を受けた兵士達が真横に杭を打ち込むように、水晶を少しづつ砕いて行く。幾度目かの突撃でとうとう水晶に一筋のヒビが入った。
ピシッ!パリッ!パキパキパキ……ズーーーーン!
水晶はその結晶の筋目通りに綺麗に割れ、中から宝剣と思しき剣が転がり出た!一同に歓声が起こった。
と、一人の兵士が剣を持ち上げ、指揮官の下に恭しく持って来た。
「指揮官殿!これが、魔王を倒す武器なのですね?」
感動のあまり泣いているのか、俯いたままの兵士は剣を捧げ指揮官に尋ねた。
「そうだ、これこそ!これこそ我ら求めし秘奥の聖剣!魔王を討つと言われる聖剣に他ならぬ!」
指揮官が剣を取ろうとしたところ、兵士が剣をスッと引いたので空振りしてしまった。”いたずら”と思った一同から乾いた笑いが起こる。流石に兵士を咎めようと指揮官が口を開きかけた時、兵士が答えた。
「ならば重畳。この剣頂いていく!」
指揮官が驚愕に目を見開いた。従卒の兜の下半分に見える素顔には黒い布が巻かれているのだ。
「ニンジャ!」
指揮官が叫ぶと同時か、ニンジャは一瞬で鞘ごと剣を振り回し、指揮官の顎を強打した。激しく頭を揺らされた指揮官は一瞬で気絶させられ崩れ落ちる。
「何をするか貴様!」
事態をうまく把握できていない騎士達も、従卒の突然の反乱に剣を抜く。ニンジャはその剣を払いながら騎士の肩に跳び上がると軽業師のごとく宙に飛んだ。集まっていた王国軍の後方に着地すると同時に、脱兎のごとく出口に駆けた。
しかしそのニンジャの無防備な背中をピョートルの魔法が撃つ。
「逃がさぬ! マジック・ミサイル!」
放たれた光の矢は最大の三つ。不可避の光に少なくとも怯むと思われたニンジャはくるりと向きを変えると、正面から光の矢に向かい構えを取る。両手を前に出したその構えは、琉球より伝わった”手”と呼ばれる拳法の構え。その構えから繰り出される一息三連の拳打が光の矢を叩き落とした。
「なっ」
今度の驚愕はピョートルであった。彼は次の魔法の詠唱も忘れ呆然としていた。
ニンジャは今度こそ闇に溶け、入って来た迷宮へと消えていった。