11 忍者乱舞<ダンス・ウィズ・ニンジャ>
今回から少し書き方を変えました。
「誰だ!」
天井に蝙蝠の如く立っている何者かに指揮官が叫ぶ。
(人か?魔族か?霊的な何かか?)
指揮官は、人とは思えぬ気配を纏っていた”何か”を、目をこらしつぶさに観察する。
その姿は異様。服は全身鎧の下に着る鎧下だが、胸元からは中に着込んだ鎖帷子が見える。
口元と頭頂部は何か黒い布のような物で覆い隠され、目元しか露出していない。覆面の布は襟元で結ばれて、地面に向け長く垂れている。前腕と 脛にも同様のものが巻きつけられている。
それが天井から睥睨し、腕を組みながらこちらを見ていた。
「貴様達に名乗る名は……そうだな、”忍者”と言えばわかるか?」
その”何か”が答える。果たして、弥左衛門であった。
「ニンジャ?」
ざわ……、と王国兵達が顔を見合わせて「ニンジャ……」「……ニンジャ」と小声で言い合う。
指揮官が叫ぶ
「それは貴様の名前か!ニンジャ!」
「そうだな、うむ、”そう”お見知りおき願おうか、王国の方々」
「ニンジャ!貴様何者だ、我らに一体何の用か!?」
「知れた事。その水晶の中に眠る”剣”、真に魔王を倒しうる物ならば、こちらに頂こう」
ニンジャがそう答ると、後ろからドカドカと無理やり人を掻き分けて一人の男が詰め寄ってきた。
「貴様!魔王の手の者か! この”勇将フットバルト”を嘗めるなよぉおお!」
フットバルトは大声を上げながら鉄棍を振り回し、ニンジャに肉薄する。フットバルトの身の丈より長い鉄棍は、長く持てば天井までも届く。
「ウォォォオオオ!」
フットバルトは雄叫びをあげ、天井ごとニンジャをこそぎ落とさんと、鉄棍を思い切り振り回した。
ガッガガガガガッ!
鉄棍に洞窟の天井が勢いよく削り取られ、拳よりも大きな石が上から雨のように降ってくる。運悪く大きな石が命中した従卒の一人が「うっ」と呻いて昏倒した。
天井を削りながら迫る鉄棍が届く刹那、ニンジャは天井を蹴り、地面に着地する。
まるで猫のような身のこなし。足から器用に着地した姿はまるで四足の獣か、平蜘蛛か。
覆面の奥にある瞳が赤く輝くような錯覚。
(これは殺気か!……只者でない……只事でない……)
危険を察知したガラントはピョートルの前に出て剣を抜き、油断なく構える。
指揮官が叫ぶ。
「殺せ!!」
”ニンジャ殺すべし!”
兵達に統一された意志、気合いと共に殺到する兵士達。
「「イヤァア!」」
重なった声と一度に突かれた槍の穂先は六つ、串刺しにせんとニンジャに突き立てる。
ザキッ!
鋭い穂先はニンジャの残像をすり抜け地面に突き刺さる。ニンジャはいつの間にか飛び上がり、そのまま、槍の上を踏みつけにして着地、と同時に頭を振った。長く棚引く覆面の布が、しなる”鞭”のごとく彼らの目を打つ!
パシッ! 「グアァツ!!」「ギャッ!」
呻く兵達の隙間から、突如一本の剣が矢のようにニンジャの喉元に伸びた。いつの間にか近づいたガラントが放った必殺の突きだ。
躱しきれぬその突きをニンジャは左腕を使って防ぐ。
ギャリギャリギャリ!
両者の間に白い火花が乱れ飛ぶ。絶対の自信を持って放った突きを腕で捌かれガラントは驚愕した。
ガラントの持つ剣は尋常にあらず、魔法を宿す剣である。
この剣で触れし物はいかなるものであれ、羊皮紙の如く切り裂かれる。生身はおろか鉄であっても防ぎようはない。それを……
「貴様、魔法の武具を!」
ガラントはニンジャの腕の仕込みを一目で看破する。
(この硬い感触はあの布ではない……そしてあの白い火花、あれは魔法の武具同士で打ち合った時のモノ。強い!体術は一流、装備は超一流、ただ者ではない)
「手を出すな!」
ガラントは剣を真横に振り、皆を下がらせる。かような相手では、数を頼んでの乱戦は逆効果となる事を経験で知る。
「イシス王国 騎士団 ガラント=アドルフである」
ニンジャと対峙したガラントが、剣を立て騎士の礼を取り名乗りを上げる。ガラント=アドルフ……かつて王国最強と謳われた剣士である。今は一線を退いたとはいえ、その腕前は未だ衰えず。
この老剣鬼にニンジャが応える。
「ガラント殿か、口上痛み入る。我は生憎、卿と名乗り合うほどの名を持たぬ者 失礼容赦願う」
「む、”ニンジャ”は其方の名前ではないのか?」
「我が名ではない、が、そう呼んでもらって差し支えない」
「……ならばよい、行くぞニンジャ!」
二人の様子を見ていたフットバルトは、ガラントの勝利を確信していた。剣の届く相手でガラントに勝てる者はない。王国の兵士たちはこれまで幾度もガラントが敵国の強敵を、召喚された悪魔を、闇より生まれし不死生物を、そして竜までをも屠る姿を目の当たりにしてきたのだ。
「ウォオオ!」
老人とは、いや、むしろ人とは思えぬ速度で踏込み、上段から頭への強烈な一撃を打ち込む。剣を持たぬ、まともな防具もせぬ相手なれど、そこに一切の余裕も油断もない。
そのガラントの予感は正しい。この強烈な一撃をニンジャは体を捻るだけで躱し、回転の勢いそのままに、踏み込んできたガラントの足へ低い蹴りを放つ。不意をくらったガラントは体制を立て直すため僅かに下がるが、その顔面めがけ、さらなる上段への蹴りが飛ぶ。
稲妻のようなその蹴りにガラントは剣を立て反応した。恐るべき反応速度である。”魔法の剣”と”足”、ぶつかればどちらが砕けるか火を見るよりも明らかである。それなのに
ギャリギャリギャリ!
再び白い火花が舞う!顔の横の激しい光にガラントが顔をしかめた一瞬の隙をついて、ニンジャが喉へ手刀の一撃を放つ、剣の陰、完全な死角を突いた必殺の一撃。
ガラントの喉元から鮮血が飛び、”どうっ”と後ろに倒れた。
どよめく兵士達、「ガラント卿!」とフットバルトが叫ぶ。彼等にとって驚愕の光景である。
しかし、この場で誰よりも驚愕していたのはニンジャであった。
必殺の間合い、完璧なタイミング、死を免れえぬ一撃がわずかに”躱された”のだ。
ガラントは、転がるように距離を取ると喉を抑えながらむっくりと起き上がり剣を構えた。肩で息をしているが傷は浅い。フットバルトや兵士たちは歓声をあげた。
驚愕の中、それでもニンジャの頭脳がこの状況を冷静に分析し、推察する。
(この者の腕前、尋常にあらず。ならばやはりアレか!?)
”読み”
忍者とは戦士ではあるが、侍や剣士ではない。
戦いにおいて尋常に立ち会うという事は稀である。相手を洞察し、準備し、罠にはめ、確実に殺す。
勝敗の揺蕩う戦いなど、忍者はしてはならないのだ。
しかし侍は違う。彼らは死を厭わない。「武士道とは死ぬことと見つけたり」といい、相手が強敵であれ対峙した以上は闘い、逃げることを「恥」と言う。
そんな彼らの精神性故か、”達人”と言われる侍は特殊な能力を有する。”先読み(あるいは、読み)”である。
侍が抜刀してから、敵を斬るまでの時間は1秒に満たない。当然刀を抜いてから対処しては間に合わない。抜こうとした時でもまだ遅い。
敵が抜く前、脳が抜くと考えてから実際に体が反応するまでのその瞬間を見抜くのだ。それはあたかも予知能力のようにも見える。
”達人”が相手では、こちらの動きは自身が考えた瞬間に読まれる。
ニンジャはこの男が”達人”だと確信する。動きを”読まれる”以上、技の速度に意味はない。ニンジャ万事休すか!?
否、否である。
忍者の敵は、弥左衛門の敵は、ずっと侍であったのだ。
バッ
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
ニンジャは九字御法印を結び、早九字を詠唱すると、真言を唱える。
「オン・マカ・キャロニキャ・ソワカ……」
(魔法か!)
警戒したガラントは一瞬ピョートルを振り向いたが、彼は首を振った。僅かでも魔力を感知すれば彼が黙っているはずがない。
「オン・ダラ・ダラ・ジリ・ジリ・ドロ・ドロ・イチバチ……」
真言の詠唱はつづく。
(魔法ではない?ならば!)
ガラントが一息に切り捨てようとした瞬間……
その時、フットバルトは不思議な光景を目にした。
ニンジャが不思議な呪文を唱えた時、ガラントはあらぬ方向に剣を振り、そして固まった。そして、腰から短刀を抜きながらニンジャが近づき、すれ違いざまにガラントを切り捨てたのである。
鮮血をあげ斃れるガラント。今度の傷は死に至る傷である。
何が起こったのか、分かった者はこの場では、ニンジャだけだった。
-『幻術』-
ニンジャは2つの条件の下に敵に幻覚を見せる”幻術”を使うことができる。
ひとつは相手が自分の目を見る事、そしてもうひとつは、この真言、十一面神呪を聞かせる事。
この戦いはふたつの条件を満たすのにうってつけであった。ガラントは”読み”を発揮する為にニンジャの動きや音に集中していたからだ。と、言ってもニンジャが見せた姿はありふれたもの、ただわずか1秒先の自分の姿である。
「殺せ!あのニンジャを殺せぇ!」
指揮官が、あまりの事に固まって動くことの出来ない兵士たちに叫ぶ。フットバルトが鉄棍を構えてニンジャに突進し、他の兵達もそれに続く。
乱戦……否、それはまさに乱舞か。
迫りくる数十の兵士の中に飛び込むようにニンジャが動く。その頭を打ち割らんと振り降ろされたフットバルトの鉄棍を、ニンジャが身を翻し躱した。
ドガァ!
轟音とともに地面を割ったの鉄棍の上に見事飛び乗ると、そのまま駆け上がりフットバルトの肩口から中空に飛び上がった。
飛び上がったニンジャをボウガンの矢が狙うが、突如ニンジャの手から飛び出す何かにボウガンを持ていた兵士達の腕や肩が貫かれた。
「ぐぅっ!」「ごぁ!」
悲鳴をあげて蹲る兵士達。激痛走る傷口を見ると何かが刺さっている。
「く、釘か?」
長さ20センチほどの長さの釘が深々と刺さっていた。ニンジャは拾った釘を”棒手裏剣”として使ったのだ。卓越し技を持つニンジャは両手を使えば同時に8つの手裏剣を投げることが可能である。
ニンジャはわざと飛び上がり、遠距離武器の有無を確認し、同時に潰したのだ。
着地と同時に地面に低く伏せ、地面すれすれに水面蹴りを放つ。足を払われた兵士は後ろに倒れ別の兵士の動きを阻害する。ニンジャは倒れて身動きのできない兵士から剣を奪うと、背後から騎士二人が放つ斬撃を受け止める。
ガッ、ガキッ!
2つの斬撃を同時に受け止め、そのまま押し返す。すさまじき腕の力である。二つの剣を上に払いあげると同時に、一人の騎士の剣を持つ方の腕を脇の下から切り上げた!
「ぐわあぁぁぁぁっ!!」
騎士の右の腕が切り飛ばされる。全身鎧の隙間を狙う見事な一撃。しかし、もう一人の騎士からは新たな斬撃が来る。ニンジャは剣を離すと円を描く起動で腕を回し、騎士の剣の横腹を叩いて軌道を逸らす。
そして体勢を崩した騎士の喉元に手刀を叩きこんだ。
「カハッ」
騎士の喉から鮮血が噴水のように飛び出す。
「貴様ぁ!!」
戻ってきたフットバルトが再び強烈な一撃をニンジャに放つ。乾坤一擲、岩をも砕く。風を切る轟音とともに凶悪な鉄塊を振り下ろす。
しかしニンジャは木石に非ず。フェイントも何もないただの一撃をニンジャが躱せぬ道理はない。僅かに身を動かしただけでその一撃を躱すと。
「お前はもう寝ていろ」
ニンジャの裏拳がフットバルトの顔面に炸裂した。
「ぐはぁっ」
断末魔の叫びと共にフットバルトが前に倒れた。
その様子を見ていた指揮官に、魔術師ピョートルが声をかける。
「指揮官殿、味方の兵士を下げて貰おう。魔法を使う」
次回は魔法vs ニンジャです。