パッシング・エンカウンター ①
Revers end Onlineの主舞台とされるリバースワールドには、全部で六つの都市国家が存在している。
東西南北の各地と、それらを結ぶ中央点。
それぞれが異なる特色を有し、それぞれが共通する要素を持ち合わせている。
なかでも蝴蝶種の種族領域である風都フロウスフィアは、他の追随を許さぬほどの『異端都市』として語られるほどと言う。
そうした理由の大部分は、実はたったひとつの事実が始点となっている。
『風都は、空に浮かぶ島大陸の“総称”である』
そう、かの都市は地上ではなく天空に存在している。
それもただ空にポツンと浮かんでいるわけではない。
小さな島々が寄り集まってできた高度一〇〇〇メートル超の空中郡島都市――それが《フロウスフィア》だ。
その特色ゆえに、シュウは現在、大変困った状況に置かれていた。
「おいおい、どうなってんだよこれ……」
時を遡ること十数分。
自称・管理AI兼案内人を名乗る麗華の手により、なかば強制的に都市中央エリアへと落とされてしまったシュウ。『後ほど合流しますね!』とほんのすこし前に行われた"離れられない表明"が嘘のような対応に思うところはあれど、もともと妹たちと合流するまで単独で動くつもりでいたのだから特に問題はなかった。
とはいえ、やはり土地勘のある人物に道案内してもらえるというのは非常に有難く、期待を裏切られる形となった麗華には後ほど抗議するつもりでいるのだが。
ともあれ、どうやってか迎えに来てくれるという妹+その友人たちが現れるまでの間、時間つぶしもかねてとりとめなく歩き回るもまた一興と。初めて訪れた電脳世界──異風な街並みや人々、景色がもたらす雰囲気を、生で体感できるまたとない機会と街に繰り出したのが少し前の出来事だ。
そうしてまずはひたすら真っ直ぐ。大通りを直線に突き進んできたわけなのだが……
「進路を塞ぐように人集りができてたからとりあえず後ろについてみたものの……十分以上かけて進んだ距離が家一件分っていくらなんでもひどすぎるだろ……。そもそもなんで渋滞なんかできてるんだ? さっきいた広場ならまだしも、ここはもうほとんど島の端あたりなのに」
メインストリートらしき街路は、中央の馬車道をはさんで上りと下りにわかれた構造になっている。
その下り側。都市の外へと向かう方面側にできた謎の渋滞。
道中で無償配布されていた簡易都市マップを片手に、列の最後尾あたりで立ち往生してそれなりの時間が過ぎていた。
現状、列の進行速度は毎分二メートル以下と待ち時間が圧倒的に長い。
しかし、やはり何らかの需要があるのだろう。後続の列はみるみるうちに築かれ、シュウはあっという間に身動きがとれなくなっていた。
「……せめてもう少し端の方に並ぶんだったかな」
などと今さら後悔したところですべては後の祭りである。
「いったいこの先に何があるってんだよ……」
手持ち無沙汰になれば、必然としてその要因にスポットが向くものだ。一体どのような事情があれば大通りの片側まるまるを埋め尽くすほどの大渋滞ができるというのかと。
すぐに浮かんだ疑問を解消するべくあたりを見渡すが、前方はもちろん人の壁。左右後方においても同様で、たまにできる隙間を縫って得られただけの情報では、やはりそれらしい要因にたどり着くのは不可能だった。
「……はあ。どうしたもんかな」
無駄に過ぎゆく時間に口から飛び出すのは溜息まじりの諦念だ。
合流までにどれだけ時間があるかはわからない。
ただ間違いなく有限で、その間に出来ることなど決して多くはないだろうと予想くらいは立てられる。
だからこそせめて、せめて今後の拠点になるであろう都市の情報を少しでも得ておきたい。可能なら広大な都市の三割……いや、二割くらいは見ておきたいという気持ちがシュウにはあった。
それがここに来て早々に潰えそうになっている現状。
なかば諦めにちかい感情が態度や表情となって表出してしまうのも無理ない話である。
「……ん? あれは……」
唯一残されたひらけた空間をもとめて空を仰いだシュウだったが、そこでようやく情報らしい情報の取得に成功する。
まず視界に飛び込んできたのは、ロードマップからこの先上空にあると既知にしていた第二浮島の島影だ。
地図によると、全二十一からなる都市の島々は必ずいずこかの島と隣接するポイントがあるらしく、そこから島間の移動が可能であるらしい。区画整理もそれらを結ぶ大通りを基点に行われている様子で、シュウが迷わず隣接ポイント近くまで来れたのもそのお陰である。
だだ、ロードマップには本当に簡易的な情報しか記されておらず、次の島を目前にして大渋滞に巻き込まれるとはまったく想定していなかった。
「だけどまあ、アレが他の島への移動手段だとするなら、ちょっと納得できるかもな」
そう言ってすこし理解を宿したシュウの瞳の先には、天を貫かんとばかりに高くのびる柱のような巨大な建造物がある。
いや、柱のような、ではない。
それは頭上にみえる隣島の底。剥き出しの岩肌を文字通りつらぬいてそびえ立つ。島の端とはいえ、随分と大胆なことをすると思わず関心すらしてしまう。
直径にして五十メートルをゆうに超えるだろう円柱状の建造物は、上空の島をささえる支柱の一本と言われれば思わず納得してしまいそうな景観を放っている。見るからに頑丈そうな造りだが、注視してみれば要所に繊細な装飾が施され、決して都市感を崩さぬよう工夫されているのがよく見てとれた。螺旋を描いて天へとのびる威容はさながら千年樹を連想させる。
その内部が螺旋状に施設された階段になっているのは想像に容易い。
そして、その段数がとんでもないことになっているだろうということも。島を移動するごとにあれを上り下りすると考えるだけで辟易としそうだが、おそらく懐には一番響かない手段なのだろう。そう考えればこれだけ人が集まるのも頷けるというものだ。
――しかし、それにしては渋滞の規模がデカすぎる。
そう感じたシュウは、遠くに見える威容をたどるようにして視線を下げた。
そうしてその根元の部分――樹木で例えるなら幹と根の境目あたりだろうか――を人垣の合間から凝視するように睨みつけることしばし。
「……検問所っぽいけど、なんで”街中”に? ……いや、そうか。なるほどそりゃあ『必須』だわな」
検問所。シュウがその結論に至ったのは単なる思いつき、というわけでは決してない。いくつかそう推測できる要素が見受けられたためだ。
まずは近辺状況。
ざっと周囲を見渡してみれば、真っ先に視界に飛び込んでくるのは「武装した集団」の数々。それも老若男女問わず、だ。
下はおそらく十五、六から果ては還暦間近な者まで。
判断材料が外見しかないため正確性には欠けるものの、実年齢などわりとどうでもいいことである。
もっとも重要なのは、彼彼女らが「街中で武装している」という事実であり、それを誰もが"日常の光景"として受け入れられている現状にある。
そう、平和な日本育ちであるシュウにしてみれば、今目の前にある光景は異常そのものでしかない。
これが陸自や海自のような軍所属の身であればまた違った印象を受けるのだろうが、生憎とシュウにそのような都合のいい経歴は存在しないし、そもそも現役の高校生に求めるものではないだろう。
だが、そんな彼でも……いや、彼だからこそ、それを『日常』とする世界に心当たりがないでもない。
「……さしずめ、『冒険者』ってところか」
冒険者。または探索者と呼ばれる者たち。
ギルドという組織に所属し、組織を介して多様な依頼を引き受け、主に人を害する魔物を狩りとり、素材の売却益や達成報酬により生計を立てる。もちろん例外はあるが、おおよそこのような説明で間違いないだろう。
このような冒険者のイメージは日本由来のものであるが、これが扱われる場所はたいてい現実とかけ離れたファンタジーな世界である。
つまるところ、あちらの世界では所詮「創造物」にすぎず……それが現実となったこちら側はやはり『異世界』ということなのだろう。
冒険家という用語は日本でも耳にするが、大半がメディアを介したものである。
「身近な職種でない」という思いが常識として存在し──しかし、その常識はここでは通用しない。迂遠にそう言われているようで、シュウとしては遠いところに来たもんだと思うほかになかった。
まあ実際にはゲームなのだから、現実の肉体は日本どころか自室から一歩も外に出ていない状態なのだが。
ともあれ、そんな冒険者たちが集まってできたこの大渋滞。
その進む先に上方へと伸びる建物があり、これが隣接の島へとたどり着ける数少ない手段のひとつだとするならば、おのずと見えてくるものもあろうというものである。
さらに、このリバースワールドには現状「六都市以外のフィールドマップが存在しない」という第一の前提。
そして、「各都市ごとに異なる《ダンジョン》が存在する」という、上記二つの『大前提』を識り、この場に”蝴蝶種を除く全種族が集結している”事実を正確かつ冷静に分析できているならば、足りない情報の補足──もとい、推測くらいはできようものだ。
つまりは、
「都市間の移動は可能だが、各都市ごとに移動拠点となる区画が定められており、その区画から本格的に都市内部に入場する際には『検問所を通過する必要がある』──って感じか」
あくまで推測の域をでないが、概ねこのような感じで大きく外れてはいないだろう。もしかするとこういった手間を省く手段もあるのかもしれないが、今それを考えたところで意味などない。
「ともあれ、これでようやく現状を推察できたわけだが……やっぱり、これからどうするかってのが一番の問題だな」
そう言って額を拭った右手の甲には、しっとりと汗が付着している。
要するに気温が高いわけだが、それが日差しの影響でないのは言うまでもないだろう。
吹き付ける風も穏やかなもので、本来なら清々しさを感じさせてくれるはずのそれも、今となっては不快感しかもたらさない。人が密集していることによる『暑苦しさ』ゆえか。はたまた雰囲気的な『息苦しさ』ゆえか。
「……どっちも、だな」
改めて周囲を見渡すまでもない。
冒険者、それも、筋骨隆々で日焼けのせいか黒光りしている気さえする男性冒険者に囲まれたこの状況では、たとえ著名な武道家であっても手に汗握るのではないかと思わせるだけのものがある。もちろん、いろんな意味で。
「……ダメだ。これ以上は堪えらんねぇ……」
シュウには密集による体感気温の上昇よりも視覚的な要素のほうが堪えたらしい。周囲に聞き取れない声量でこぼすように呟いた。
「つってもこっから引き返すのもな。せっかくここまで並んだんだし、どうせなら先に進みたい。だけど“現状維持”だけは『明日地球が滅びる』って言われるよりもっとあり得ない……」
別にシュウがトクベツ潔癖というわけではなく、単純に“ちょっと特殊で個性的な趣味嗜好”でもなければ「ムキムキマッチョな黒ツヤboyに囲まれたい!」とはならないだろうという話だ。少なくともシュウはそうだし、同性の大半がそう答えるはずである。
で、あれば。どうにかしてこの状況を「目的はそのままに脱する方法を模索する」というのは、わりと正常な思考の流れだったに違いない。
「飛び方がわかればなぁ……」
そうでなければ、種族的特徴として羽をもつ種族である彼が、飛び方がわからないことを嘆いてふたたび上空を見上げることもなかっただろうから。
「――ん?」
そして偶然、上空をはしる『異変』に気付くことも、きっとなかった。
「あれは蝴蝶種と…………空飛ぶ、馬車?」
語尾が疑問系になってしまったのは、その見慣れぬ光景ゆえだろう。
シュウの常識に照らし合わせれば「馬車が空を飛ぶ」というのはまずありえない。なにせ『馬車が飛べない理由』に対する返答はいくつも用意できるのに、『馬車を飛はす方法』と内容を変えるだけで一気に空論じみてくる。それだけ現実味も実現性もないということだ。
ただこの世界──リバースワールドには『魔法』が存在する。
それなら空をはしる馬車があってもおかしくないか……と着実に常識が壊されていく音を幻聴しながら、シュウの思考は自然と馬車を見て「気になった部分」の考察へとシフトしていく。
「……なんだか妙に慌ただしいというか、物々しいというか……」
物々しい、というとわずかに語弊があるが、ともかく遠目に見ても落ち着いた雰囲気でないのは間違いない。
猛然と馬車をひく脚に羽を生やした馬のような生き物はもちろんのこと、御者台にすわる男もかなり追い詰められている感じだ。死に物狂い、が非常にわかりやすく適した表現かもしれない。
その証拠に、空を行き来する蝴蝶種たちを何度か跳ねそうになっている。危機一髪、衝突をまぬがれた住民からのクレームすら置き去りにする勢いだ。明らかにただ事ではないだろう。
状況的に何かに追われていると考えるのが一番ポピュラーな見解だろうが……と、シュウがそんなことを思った直後に、それは起こった。
「──ッ!? なん、だ……よ、これ……っ!」
唐突に、奇妙な感覚がシュウに襲いかかる。
それは肌という肌、肉体すべてに『警戒』を訴えかけるようでいて、しかし最終的には五感ではなく第六感に集約されるような、本当に奇妙としか言い様がないもの。
ただ威圧されるのとは違い、何らかのエネルギーが密度を上げて大気を押さえつけているようにも感じとれる。
突然起こったの自身の異常に、普段は冷静さを崩さないシュウも動揺せずにはいられなかった。