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バックグラウンド・イノベーション -計画-

短いですがキリがよかったので。

 ――春風吹き抜ける昼光。

 青々とした蒼天から、微睡み誘う暖かなぬくもりの抱擁が降り注ぐ。

 見上げた空は遠く――しかし、見慣れたそれよりもかなり近しいことは、揚々と輝く太陽がその偉大な存在感を増すことで教えようとしている。


 ――なるほど、これもある意味では見慣れた光景だ。


 息を吸い込む。鼻腔から口腔、そして肺へと。

 めいっぱい春のひだまりを取り込み、そこで成分の比率を変換。酸素を減らし、二酸化炭素の割合を多くしたそれを、大気中へと放出する。


 ――……やはりそうか。


 視界にひろがる風景からもある程度予想はできていた。

 そして吸い込んだ空気の質――酸素濃度からも、ここが平地でない高山のどこか――否。そう錯覚させるほどの高所であることに違いはないが、往来盛んな街の風景と、視界の端々に映る岩肌の存在が、体に刻み込まれた感覚を否定する。


「……空に浮く街……“浮島”、か――」


 空島、浮遊島、ラ○ュタ……呼び方はさまざまだが、一様に『天空の城』『天空都市』に類される架空の存在――だった。今までは。

 それが今こうして。現実に、目の前で。その『空想の産物』が存在している現在。

 愁人――いや、その呼び方はもう古い。

 この地に送り出される直前、個人名を『シュウ』に改めた少年は――思う。


「……これが異世界。ファンタジーの世界――ゲームの世界だって言うのか……」


 その胸に生まれた感情は筆舌に尽くしがたく。

 期待、不安、感動、驚嘆、呆れ――そして後悔。

 さまざまな想いを胸に、背に《種族特性》の羽を生やした少年は――往く。


「……まずはその辺を適当にブラつくか」


 そんな言葉を置き土産に歩みはじめた彼は――そうしていよいよ気付かなかった。

 同じように広場にいた彼彼女ら(どうるい)が、何か悲壮な出来事が過ぎ去ったあとのように意気消沈している様に。

 それを遠目に眺める、住民たちの瞳にやどる憐憫の色に。

 それらを察知する彼の鋭敏な感覚を鈍らせたのは、ひとえにここに降り立つ直前の出来事があったから。

 そうとは知らない少年は、思い出すように事の顛末を振り返って、ぽつりと零す。


「……どう考えてもあいつの能力(キヤパ)の振りかた間違えてるよなぁ……」


 この日、世界各地で発生した事件を彼が知るのはもう少し後のこと。それが幸か不幸かは誰にもわからない。


 ただしこれだけは言えよう。

 この日を機に、『反転世界(リバースワールド)』全土における『迷い人』の総数が劇的に増加した。

 それによって生じる期待と不安。その両方が、目撃者によってまことしやかに語られるようになっていったと。



 ■■■□■



 ――ふぅ、っと気が抜ける声がした。

 “仕事モード”から“プライベートモード”へ。

 完全移行を果たした彼女は、ぐっと伸びをして一息入れる。


 さすがに疲れた。

 それほど長い時間気を張り詰めていたわけではないが、そう思わずにはいられなかった。

 なにせ相手が相手だ。下手をすればこっちが逆に食われかねない。彼女をもってしてそう思わせられる相手だった。


「……本当に疲れたよぉ」


 壁や天井といった音を遮蔽するものがまったく存在しない、白一辺倒の空間。彼女の情けないぼやき声だけが誰に阻まれるでもなく広がっていく。

 出来ることならこのまま倒れて()()()()()()()()くらいだが、いつまでもこうして脱力などしていられない。


「……報告しなきゃ」


 その言葉とともに再び“仕事モード”へと気持ちを入れ替えた小柄な少女は、与えられた権限のひとつを行使して呼びかけた。


「【01】から【盟主】へ《接続(アクセス)》――マスター、ご報告があります」


『――【01】か』


「はい」


 即座に返された盟主の声に呼応する。簡潔なやりとりだがそれだけに、シームレスに展開される受け答えがその頻度を、練度を物語っているようだった。

 会話は続く。


『報告を聞こう』


「はい。先程、対象αを指定の種族領域(ホーム)に転送致しました。対象αは個人名を【シュウ】に変更。外見的特徴の変更に最低限の希望を聞き入れ“処置”を施しました。――おおよそ“予定通り”です」


『……そうか。御苦労だった』


「いえ」


 しばしの沈黙。

 少女からの報告内容を吟味しているのか、はたまたまったく異なる『何か』をみているのか……それなりに人を視てきた彼女にも、盟主の考えることだけは未だにわからない。


 だが、今回においてだけはわかることもある。


『……やはりある程度は勘づいたか』


「……少なくとも私はそう感じました。どの程度察知されたかはわかりませんが、『作為的な何かが働いている可能性』を考慮させる程度のことはしていますし、何より私という存在の『歪さ』に疑問を抱いている様子でしたから。ただ――」


『お陰で“目的”までは悟られていない、か』


「――その通りです」


『ならやはり《計画》に支障はないな』


 ――盟主は過剰なまでに一人の少年を警視している。

 直接対面した彼女にも「彼は警戒するべき相手」という認識はあるが、さすがにここまで強くはない。

 何が盟主をそこまで不安にさせるのか気にならないではないが、二人の関係性を考えれば本人たちにしかわからない『何か』があるのかもしれなかった。


 ともあれ『計画』は予定通り進行されることとなった。

 であれば、彼女は次の行動に移るための準備にとり掛からなければならない。


「それではマスター。私はそのまま次の段階に移らせて頂きます」


『ああ、くれぐれも慎重に頼む』


「対象αとの直接的な接触は――」


『計画通り――対象αを()()()()()後になるだろう』


「――かしこまりました」


『次の報告を待っている』


 それを最後に通信が途絶えた。


 ふぅっ、とふかい溜息が溢れる。

 “仕事モード”から“プライベートモード”へ。

 再びスイッチを入れ直した彼女は、その場で倒れ込むように横になって丸まった。


「次の任務は“孤立支援”ですか……罪悪感で気が重くなりそうですよ」


 中間管理職は気苦労が多い。こんなところにも縦社会の実情に悩まされる憐れな勤労者がいることなど、きっと当人以外は誰も認識していないことだろう。


 対象αと定められた少年による『残念系美少女AI』という不名誉な肩書きを、瞬く間に『局所有能型残念系美少女AI』へと微妙に認識を改めさせる事に成功――と呼べるかどうか疑わしい限りの成果だが――した麗華は、とりあえず今は休息に甘んじようとそのまま微睡みに落ちていった。


 ……そういえば、どうして下着の色がわかったんだろう。


 今度会うときに聞いてみようと、そんなことを予定に加えながら。

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