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残念系美少女『AI』

明けましておめでとうございます!(激遅

本年も(きっと不定期ですが)よろしくお願いします!

 カランカラン、と乾いた音が部屋にこだまする。

 場所は変わらず、よくわからない遺跡の内部のような空間。

 中央に鎮座する幻想的物体(クリスタル)科学的物体(コンソール)が「俺が主役」といわんばかりに存在感を主張し合う。

 そのせいもあって、文明を感じさせたいのかそうでないのかイマイチ判然としないが、とにかく神秘的な空間であることに違いはあるまい。


 そんな場所なのだから、まあ、女神が降臨することも、まあ、ままあることなのかも知れないが……


「んなこたぁどうだっていいんだよ。……なぁ、そうは思わないかねキミィ?」


『はいぃ、仰る通りでございます……』


 突然現れた女神を名乗る実体のない存在。その正体はクリスタルに宿る大精霊――なんていうオチが可愛く思えるくらい、彼女の存在は現状にもっとも相応しい。


「で、なんで『案内役(ナビゲーター)』を任されたはずの“管理AI様”が遅れて登場なされるわけで?」


『それは……大変情けない話になるのですが』


 登場後まもなく自身を「新人案内を受けもつナビゲーターの一人」と役職を改めた少女は、問いに対して決まり悪そうに言い淀む。

 渋る彼女の様子に、愁人はハッ、と鼻息ひとつ。当然のように追求する。


「俺には事情を聞く権利があると思うんだが? それともなにか、崇高なる女神様の威厳(笑)に傷がつくから話せないとでも?」


『その件については先程も謝罪したじゃないですかぁ……接続にもう少し時間がかかると思って油断してたんですよぉ』


「ああ聞いたさ。が、それで? 俺は許すとは言ってないぞ? だいたい、接続不良にしても酷すぎんだろ。あのさ、長時間にわたってキーキー異音を聞かされ続けた経験あります? ない? まああるわけないわな。黒板の引っ掻き音も大概だけど、さっきのはそれ以上。こちとらいい加減頭がイカれるかと思ったぞ。しかもようやくまともな音声を拾ったかと思えば『跪け』やら『敬え』やら……あー、思い出したらまた腹が立ってきた」


『うきゃぁっ!? そ、そのっ、も、申し訳ございませんでしたっ! 何度でも、何度でも気が済むまで謝罪しますので……ど、どうか腕輪で依代を傷物にするのだけはやめていただけないでしょうかっ!?』


 涙目になって懇願してくる自称AIに、愁人はやれやれと仕方なさげに首を振る。

 その様子をみて安堵の息を吐こうとした矢先、急に溢れんばかりの笑顔を浮かべた彼が一言。


「やだよ面倒くさい」


『面倒くさい!?』


 一縷の希望を見出したかのような輝かしい表情から一転、絶望の淵に落とされた自称・女神は、そのあまりにあんまりな理由に食い気味に叫んだ。


 辞めるのが面倒とはまったくおかしな話だが、それを気にした風もなく愁人は執拗にカラン、ギャリリ、と銀輪をクリスタルにあて擦る。

 これは暗に「お前に交渉の余地はない」と言っているに等しいが、実のところは単なる『意趣返し』に過ぎない。どういう思惑があるのか判然としないが、明らかに()()()()()()()をしてくる彼女への"当てつけ"だ。わざわざ擦りつけてギャリギャリ異音を撒き散らしているのが何よりの証拠である。


「それで、いつになったら状況説明始めてくれるわけ?」


『いくらなんでも理不尽すぎません!? うぅ~、任命された時は有望そうな人だと思って喜んだのに、ぜったいこれ貧乏くじですよぅ……』


 そう言って嘆く彼女だが、本気で嫌がっているという感じはしない。むしろどこかこういったやり取りを楽しんでいる風にも思えて――だからこそ愁人は、敢えて冷笑を浮かべて食ってかかった。


「ハッ、そいつはお互い様ってヤツだな。おまえ、AIのくせに見るからにそそっかしくて要領悪くて、まったくこれっぽっちも使えそうにないからな。唯一まともなのは容姿くらいじゃねぇの? ……てか、何が楽しくてAIと不毛な皮肉混じりのコントせにゃならんのだ」


『……ええぇ、そこまで言いますかぁ? さすがにショックですよぉ』


「自業自得だろ?」


『うぐっ、いえ、まったくもってその通りなんですけれども……』


「つか、そもそもなんでこのレベルの会話が成立してんの? いくらなんでもおかしくね?」


 現代のAIレベルからすれば明らかに高性能──いや、人間とかわりない対応力をみせる彼女にその例えは不適切か。

 彼女が本当に人工AIだとするなら、彼の企業の技術力は世界随一。もしかするとその評価ですら足りない可能性すらある。


『今さらすぎませんかそれ? まあ、単純に役職に応じて能力に差があるだけなんですけどねー』


「ああ、そういうことか。ちょっとだけ納得した」


 いくら管理権限を持たされているとはいえ、AIが人間と“まとも以上”に会話できているのはいろいろおかしい。しかし限られた分野にのみ突出されているならば納得できなくもない。まあ、その話が()()()()()()()()()、「それがすべて」と素直に受け取るほど愁人も単純ではないのだが。


 ともあれ、ひとまずの納得は得られた。あとは通常の行程を消化するだけと本題に移ることにした。


「それで結局、俺はこれからどうすればいいんだ?」


『あっとそうでした! ではでは僭越ながらこの私、管理AIナンバー01《麗華(うららか)》が、プレイヤーコード【000001】である藤堂愁人様の『案内役(ナビゲーター)』を担当させていただきますっ。改めてお願いしますねっ! 詳しい自己紹介(プロフィール)も必要ですか?』


「いや、いい。つか、その程度の融通くらい利かせられるだろ?」


『はい? もちろん可能ですよ?』


「じゃあなんで訊いてきたんだよ……俺に対する当てつけか何かか?」


『いえいえ。思春期真っ盛りな健全男子たるもの、異性の発育状態に関する情報――もとい、スリーサイズに興味がおありかと思いまして?』


「あー、妄想はほどほどにな?」


『ぐっは!? これまでで一番グサって来ましたよ!? 私のライフはもうゼロですっ!』


「……あー、まあ、防御(胸囲)薄そうだもんな」


『んなっ……!? 戦争ですか、勃発ですかっ!? いいでしょう! やってやりますっ!!』


「やらんでいいから。てか、話進まねぇだろこのままじゃ……」


 ……どうやら“そういう目的”らしい。

 ふんすと小さな握り拳を突き出す美少女型"残念"AIを呆れたように見下ろしながら、愁人は小さくボヤく。


「なんでこんなのを『案内役(ナビゲーター)』にしたんだ……」


 今度会うときは下手人(オーナー)であろう『彼』に文句のひとつでも言ってやろうと、そう心に誓った。







『――以上が段取りのすべてとなります!』


「……はぁ。だいたいわかったが、もうちょっとどうにかならなかったのかよ、この無駄にムダを重ねた説明は……」


 麗華による長い長い、それはもうながーい蛇足混じりの時間稼ぎ(チュートリアル)を終えて。

 愁人はようやく――本当にようやく、自分が成すべき手順を知ることができた。


「まあいいや。とりあえずこいつを操作していけばいいんだな?」


 そうして愁人が視界にとらえたのは、やはりというか説明を受ける前から目をつけていたコンソールだ。

 水晶体(クリスタル)の青を映す黒は、今もなお、変わることなく怪しげな光沢を放ち続けている。


『はい。先ほども申し上げましたとおり、操作自体は『十字キー』と『Enter』で十分まかなえます。ですので、遠慮なく先に進めちゃってくださいっ!』


 くれぐれもおかしなところをタッチしないように! と再三聞かされた言葉に辟易としながら、愁人は声がする方向とは別の場所で『指ふりアクション』をとる“自称”管理AI――麗華に視線をやる。


 晴れて(?)愁人の担当顧問となった彼女だが、実は随分と前からその姿をみせている。その外見は第二成長期前の子供のようで、頭の頂点が愁人の腹くらいまでしかない。推定百二〇センチ前後といったところだろう。全体的にこぢんまりとしていて、人によっては庇護欲を刺激されてやまないことだろう。

 その姿に実体はない。触れようとすれば手が突き出る映像(ホログラフ)である。本体はちゃんと「別の場所にある」そうだが、


「キャパシティーの問題で今はこれが限界なんです……」


 とは彼女の弁である。それが本当かどうかは甚だ疑問ではあるが、掘り返すだけ時間の無駄だろうと愁人はとうに諦めた。


 性能面に関しては、まがりなりにもゲームシステムの管理権限を有するだけのことはある、といったところだろうか。その容姿や仕草にそぐわぬ知識もちゃんと備わっている御様子。やや外見と内面でちぐはぐさが目立つものの、"そういうもの"と思えば案外気にならないものだ。


 とはいえ、さすがに半時近くも拘束させられるとは思わなかった。

 β時のキャラを引き継いだはずの紗花はとうにログイン行程を終了していて、いつまで経っても連絡がつかない兄へのフラストレーションを溜めつつ待ち、いい加減シビレを切らしてあちこち奔走し始めた頃に違いない。

 ……それを容易に想像できてしまう自分たちの関係性に、わずかな頭痛を覚えたもののひとまず棚に上げしておくとして。


「……さて、このまま素直に終わらせるのもなんか違う気がするしな」


 ちらっと視線だけで少女の様子を確認する。

 シンプルな白のワンピースをまとう彼女は、素材の良さも相まって可憐な美少女を見事に演出している。しかし、どちらかというと活発そうな印象を抱かせるせいもあって、どう見繕っても知的とは思えず、少女から『管理者らしい風格』を感じることはできそうもない。もっとも「管理者に求められる風格とは」と訊かれれば、それに対する明確な答えを持ち合わせない彼に回答などできようはずもないのだが。


『――? えぇっと……な、なにか問題でもありました?』


 いつまて経っても作業に移らない愁人の様子に不安でも感じたか、麗華がおずおずと言葉を発する。


「いや、なんでも――」


 ない、と言いかけて、なんでもなくはないかと思い直した愁人は突然、妙に真剣な表情でもって少女の一部を凝視。そして――


「――白か」


『ふぇぇっ!?』


 突然下着の色を言い当てられてとっさにワンピースの裾を押さえるが、やや短めとはいえ膝丈のそれは、捲れるどころか風でなびいてさえいなかった。

 すぐにそれに気付いた麗華は、先とはちがう意味で顔に熱を感じはじめる。恨めしげに視線を上げれば、元凶は呆れたように左右に頭を振っていた。


「嘘に決まってんだろ。どうなったら風がまったくないところで、しかも実体のないホログラフのスカートが捲れるってんだよ?」


 普通気付くだろ? と今にも言いださんがばかりの不遜な態度に、麗華は羞恥の色をいっそう濃くさせる。


『だ、騙したんですか!? ひどいですっ!』


「いやいや、どう考えてもこんな子供騙しに引っかかる方がおかしいだろ」


 せめてもの抵抗に抗議の声をあげるが、それも柳に風。むしろ、余計不満そうに表情を歪めてさらなる追い打ちを仕掛ける。


「あのさ、これまでの自分の働きを考えてもみろよ。右も左もわからない新規プレイヤーに対して出会い頭からヘマを連発。ナビが得意だって言うからやらせてみれば要領を得ない説明&脱線の数々。しまいには自己状態の把握、管理もできていないとなれば俺はお前に何を求めればいいわけ? てかさ、お前みたいな『残念AI』が一部とはいえ管理を任されてるって時点でこのゲームの安全性に疑念しか湧かないんだけどそこんとこどうなってんの? あと、ここさえ出られれば案内の都合くらいつくから。知ってんでしょウチの妹。あいつがいるから正直『案内役(ナビゲーター)』とかいらないんだわ。てなわけでそんな邪魔にしかならないオプションは外して貰っていいんだけど?」


 愁人のオブラートを捨て去った毒舌の数々に、さすがの麗華も目尻に涙を浮かべてむぅ~と唸った。

 彼の言い分もわかる。しかも原因のすべてが彼女にあるのは自明で、何より今の立場的に異議など唱えられようはずもなく、それが故の精一杯の抗議の態度だった。


 だがお役目上、彼女にも言えることはある。


『それがムリなんですよぉ。そりゃ私だって初対面の女の子にまるで容赦がない悪魔みたいな人とは即刻縁を切りたいくらいですけど? 残念なことに一度配属された『案内役(ナビゲーター)』は、その責務を終えるまで対象から離れられない決まりなのです。もちろん対象となったプレイヤーに拒否権はありません。私たちが派遣されるということは、そのプレイヤーが初心者以下――つまり『初心者の中の初心者ニユービー・オブ・ニユービー』と判断されたことによるものなので。だいたい、ここに来てからろくに行動も起こさずうんうん唸るだけだった『腰抜け』はどこの誰でしたっけ? ――そうですよっ。ただ《キャラクターメイキング》するためだけのコンソールなのに、まるで未確認の爆発物でも前にしたかのようにぴくりとも動かなくなって――それなのに、なに偉そうに威張り散らしてんですかこのチキン野郎っ!! 私だっていろいろ抱えてるんですからこれくらい大目に見てくれたっていいじゃないですかっ!!!』


 これまでの屈辱やら鬱憤やらを晴らすように、衝突覚悟でヤケクソ気味に罵詈雑言を紡ぐ麗華。

 その剣幕の凄まじさにはさすがの愁人も呆気にとられ――


「――ふーん。ま、そういう仕様じゃあどうしようもないな。まあこれからよろしく頼むよ」


『――へ?』


 予想に反してコロッと態度を変えた愁人に、麗華は当然のように戸惑った。


「さてっと、たしか《キャラクターメイキング》はこっちのアイコンから……」


 挙げ句の果てには何事もなかったようにコンソールを操作し始める始末。なにが何だかわからない麗華は、その様子を呆然と眺めることしかできなかった。


『ちょ、ど、どういうことですかっ!?』


 数秒してからようやく再起動を果たし、麗華は詰め寄るようにして問いかける。

 清々しいくらいに言い切った後、内心では「やらかしたー!」と声にならない悲鳴をあげていたくらいだ。いくらなんでもこの反応は理不尽に過ぎる。置き去りもいいところだ。


 まるで状況が呑み込めない――そんな彼女の訴えを余所に、コンソールとの格闘を開始した愁人だったが、


「――はぁッ!?」


『ひゃぁっ!?』


 突然の叫声。ちょうどそばまでにじり寄っていた麗華は、驚きのあまり変な声をあげてしまう。たとえ反射的にとはいえ、聞きようによっては妙に艶めか恥ずかしいその声が。それを意識した途端、彼女の顔はみるみる赤に浸食されていく。この場に実体がない映像体(ホログラフ)だというのに何とも芸の細かいことである。当人に演技のつもりは無さそうだが。


『こ、今度は何なんですかぁっ!』


 そうして羞恥をごまかすよう声を張り上げるも、愁人はまるで聞こえていないかのように画面を睨み付けたまま微動だにしない。


「なにかのバグか? いや、こんな初歩的なところでそれはないか。じゃあやっぱりこれも仕様ってことに……でもこれを組み込む意味なんて……」


 ブツブツと何かを思案しているようで、麗華にはまるで直近の問題に対して真剣に考察している風にみえた。というかそのままなのだが、ともあれこれでは呼びかけるだけ無駄そうだと早々にコミュニケーションを放棄。横合いから割り込むようにコンソールの画面へその翠眼(すいがん)を向けた。


『――あ』


 そしてそれを目にした瞬間、ほんの今しがたまで燃えろ燃えろと火照りきっていた表情が急転。具合の悪さを懸念させるほど蒼白になる顔色に──


「…………おい」


 さすがにそこまであからさまな反応を見せられては、嫌でも大方の予想がついてしまう。

 彼女の相手をしていてはいつまでも時間を食われそうだと考え『先を進めること優先』を実行していた愁人だが、発生している問題が問題だけに『無関心を決め込む』という選択肢はなかった。ただ、今回の問題が彼の想像した通りならば、この短期間でいったいどれだけ彼女に気を揉まされなければならないというのか。そんな思いから自然に飛び出た彼の声は想像以上に冷ややかだった。


『ふえぇぇ……ご、ごめんなさいですぅ……』


 当然、それを感じ取れないほど麗華も鈍くはない。

 繰り返すようだが、彼女も一応システム管理の一端を担うAIの一人なのだ。自分がやらかしたことの重大さはよく理解しているし、問題が発生した際の対応法はイヤと言うほど叩き込まれている。おかげで愁人への謝罪もよどみなく(?)行うことができていた。


 大きなミスで消沈しながらもそのことにやや安堵――といったなかなか器用な表情を浮かべているが、そのせいか。もっとも重要な部分が欠落していることにまったく気付いていない。それどころか、


「……いやいや、謝罪はもちろん必要だけど、肝心の事情説明を忘れてないか?」


『はっ! そうでした! 説明ですね! …………?』


「この流れでどうなったら首を傾げられるんだよ……」


 もはや自分がどうして謝罪をしたのかさえ理解しているのかさえ疑わしいレベルだった。


「それで、一体何がどうなって『本日の受付は終了しました』なんて表示が出てるんだ?」


 画面にデカデカと表示された赤文字を親指で示して、愁人が再度要求する。


 そこには彼の言葉のとおり、《キャラクターメイキング》用と思しき愁人そっくりの人形(ベースアバター)と容姿等を変更するための各種項目が整然と並べられている。

 しかしてそれらは操作不能を表すように暗色で表示され、その上にくっきり目立つ色合いで状態が明言されていた。


 なるほど《キャラクターメイキング》と言えばプレイヤーにとっての一種の生命線だ。身バレを含めたプライバシー保護を容易にするほか、「現実とは異なる自分の演出」に欠くことができないコンテンツのひとつである。

 特にREOは、俗にいう『種族値』システムが導入されており、初期選択で決定した種族パラメータがそのままその後の成長に左右される。


 つまり、本来このタイプの仕様において、『「《()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』のだ。


 なにせキャラクターの外見設定は、『種族選択』なくしては始まらないものであるからして──


『そ、それは……じ、実はですね? 本サービス開始直後の《キャラクターメイキング》には個人による所要操作時間が定められていまして……通常の場合、ここに降りてすぐ目に入るコンソールがそのためのツールだと理解されるものですから、操作し始めさえすれば画面に表示される制限時間に自然と目がいくようになっていたんです。ただ……』


「……俺がVRどころかネトゲ初心者のチキン野郎だったから、それに気付くことなく時間が過ぎた――と?」


『そうなんですけどそうじゃなくて……あーもうっ、なんでチキン野郎とか言っちゃうかなぁさっきの私……』


「いやまあ事実っちゃ事実だし、べつにそこまで気にしなくていいんじゃないか?」


『えー……それをあなたが言うんですかぁ?』


「ま、被害者だし?」


『この人ホントオーガも真っ青なくらいに鬼です! 鬼畜生ですぅっ!』


 おー、やっぱオーガみたいな鬼系モンスターもいるんだなー、と微妙にズレた感想を抱きながら、パンパンと。


「ハイハイ、話進まないからその辺でな。――で、他の言い分は?」


『……はい。主に私の配慮不足と言いますか、案内不足と言いますか……』


「いやそれどっちも同じようなもんだから」


『うぅぅ……本当にごめんなさいなのです……』


「……はぁ」


 再び消沈する彼女の様子に、愁人はこれまでで一番の溜息をついた。


「まあいいさ。これ以上お前を責めたところでどうにもならないしな。ただ、今後はもう少し気をつけるよう意識してくれ」


『……はいです』


 と言葉では謝意を表明しつつも、麗華の表情はどこか納得がいかない様子で憮然としている。その理由の最たるはもちろん、愁人の態度の急変にあると容易に想像できた。

 しかしそうとわかっていても、その不満を解消してやるつもりのない彼にはぐらかす以外の選択肢などなく。


「……なんと言うか、よくまあそんな絵に描いたような不満顔ができるもんだ」


『そりゃあ、いくらなんでもここまで露骨に『飴と鞭』の扱いをされれば、誰だってこうなると思うよ? ――お兄ちゃん』


「――――」


 ムッツリとした態度で言い放たれたその言葉と仕草に、愁人は表情を鋭く変化させた。


 強い既視感を覚えたからだ。

 あれは一昨年の夏、紗花が所属する剣道部の強化合宿になぜか愁人が臨時コーチとして随伴させられたときのこと。顛末の詳細は省くが、たしかにあの時も紗花にこうして指摘されたはずだと愁人は記憶している。


 それと一言一句違えず、まったく同じ仕草で再現されたシチュエーション。さすがに前後の言葉や状況は違うが、それでも彼女がどういう意図をもってそんな真似をしたのかくらいは想像がつく。


 そんな彼の様子から思考の終着をみた麗華は、さも得意げに胸を張って、


『誰にだって得手不得手があるように、私にしかできないこともあるってことです』


 ふふんっ、と鼻息荒く威張るようにした。


 つまるところ、彼女は愁人の想像とは別方向に不満を抱いていたらしい。

 たしかに失敗続きで役立たずと罵られ、直後に『不要』とまで言われれば、結果として同行を認められようとも評価の部分は如何ともし難いものがある。だからこそここでひとつ、デモンストレーションでもしてその評価を塗り替えよう! あたりの考えからの行動なのかもしれない。

 しかしまあ、愁人にしてみればやはり「彼女はまるで何もわかっていない」に違いないわけで。


「――それで?」


『……え?』


「いや、そんなわかりきったことを今さらアピールされても、お前の評価を変えようがないんだが?」


『……はい?』


「すこし考えればわかることだろ。どんなに使えないAIでも、管理権限を保持してることに変わりないんだ。ならある程度個人情報の閲覧・参照くらい可能だろうって推測ができる。さすがに個人の記憶にまで干渉できるとは思ってなかったから、それについてはちょっとばかり驚いたけどな。でもま、逆に言えばそれだけだ。与えられた権限によるメリットよりも性能の悪さが目立ちすぎて評価を変えようがない」


 いかに多彩で高機能な能力を有していたとしても、それを扱う頭脳がお粗末ではまったく話にならないのと同じように、どれだけ麗華個人の権限を振りかざしたところで彼女の『残念少女』という評価は変えようがない。


『ぐぬぬぬぬ』


「どうしても今の評価を変えたいというなら、お前個人の性能で俺を唸らせるしかないだろうな」


『い、今に見ててください。そのうち絶対評価を改めさせてやりますからっ!』


「そのうちなのかよ」


『い、いまは、その……間合いが悪いと言いますかなんと言いますか……』


「あーハイハイ、期待しないで待ってるよ」


『むぅ、少しくらい期待してくれたっていいじゃないですか!』


 心底不服です、と拗ねてみせる美少女AIに苦笑をかえして、それにしても、と。


「今はとりあえずこっちの問題が先だな。とはえいどうしたもんだろうなぁ、コレは」


 《キャラクターメイキング》というだけあって、最初だけは自分の容姿を好きなように変更できる。――と紗花に聞かされてはいたのだが、実のところ愁人はあまり自分の容姿を変えるつもりはなかった。弄るとしてもせいぜいが髪型やその色、アイカラーくらいに収めるつもりだったのだ。それだけでも人の印象は大きく違ってくる。仮にゲーム内で知り合いに遭遇したとしても、本人さえ認めなければリアル割れの心配はないはずだ、と。


 しかし、このままでは日本人的特徴(現実の個人情報)を残したままゲームを始めることになってしまう。


「まあその辺は外套なんかですこしは誤魔化せるか。完璧にとまではいかないだろうがしばらくは問題ないだろ。あとは……この場合の『種族』ってどう決定されるんだ?」


 いっそフードケープのような外套を常用するかと思考を巡らせたところで、もうひとつ。キャラメイクにおいて必要不可欠となる要素があったことを思い出した。


 《リバースエンド・オンライン》で初期から選択可能な種族は全部で六つあるという。『人間種(ヒューマ)』『霊獣種(アミュラ)』『森霊種(エルフィ)』『地霊種(ユミール)』『水霊種(スキュア)』『蝴蝶種(フェアリ)』――それぞれ一目みれば区別可能になっており、それぞれに《種族特性》が存在する。


 たとえば霊獣種の場合、『他種族とくらべて身体力(フィジカル)ステータスと火属適正に高い補正が発揮される代わり、知力や他属性魔法における適正は低くなる』などだ。

 それはつまり種族による得手不得手が明確に設定されているということであり、自分のやりたい職種に適正があるか否かに大きく関与してくるということでもある。


 そしてこういうものはゲーム開始以降おいそれと変更できないようになっているのが定石。個々の人生(プレイスタイル)を左右する非常に重要な分岐点であるため、サービス開始直後であれば大抵運営が公式公開しているデータを参考に種族を決定するものである。

 なかには外見的特徴を優先しているケースもあるので絶対ではないが、それにしても『ゲームを楽しむ』という意味で調査しておくに越したことはないのだ。


 ――といろいろ御託を並べてみたものの、愁人がそんな“ゲーマーであれば当然のようにチェックするはずの項目”において『憂慮する』という事態は起こりえない。

 なにせMMOという一大ジャンルそのものに対する経験(免疫)がないのだ。

 どの種族特性(スタイル)が自分に適しているかなどわかるはずもない。


 彼が今抱いている思いがあるとすれば、それは思いがけない展開になったことで生じた純粋な疑問と、REOをプレイするにあたって愁人が唯一『楽しみにしていたこと』が出来なくなるかも知れないことへの落胆の気持ち。それも「まあそれならそれで」とあっさり諦めてしまえる程度のものでしかないのが実に()()()()


 もっとも『本人が思っている以上に』というのはよくある話で、現に、


「どうせやるなら唯一“飛行可能”な『蝴蝶種(フェアリ)』にしようと思ってたんだが……」


 とのたまう始末である。この男、どうやら玄人向けと噂高いREOで『まったり勢』を決め込むつもりだったようである。まあ半強制的にやらさられていることを思えば当然。依頼人であるかの天才の意に添う添わないは別として、まだ何らかの形で『楽しもう』としているだけマシと言えるのかもしれない。


 ともあれそれも選択できる手段があればの話。

 《キャラクタークリエイト》の項目が封鎖されてしまった現状、愁人のひそかな野望(?)は儚くも潰えてしまった可能性がきわめて高い。仮に種族がランダムで選択されたとして、全種族の六分の一――十七%未満の確率を引き当てるのは、よほど運がなければ難しいだろう。


「……なんだよお前、さっきからニヤニヤして」


 そう思考する愁人の視界の端のほうで。おそらく――というか確実に――今のひとりごとを拾っただろう麗華が、微妙な表情を浮かべてこちらを見ていることに気がついた。


『いえいえ、愁人さんにもまだそういう年相応な部分が残ってんだなー、と思いまして』


「───」


 まったく思いもよらぬ言葉をかけられたせいで、愁人の思考が一瞬フリーズする。

 その様子に麗華は一層微笑みを強くして、


『ふふふ、そうですよね。これまでの環境ではそうして生きた方が何かと都合がよかったでしょうし、何より貴方にはその“義務”がありました。それはこの世界でもあまり変わらないかもしれませんが、ある一定条件さえクリアすればあちらの世界よりは随分とマシになるでしょうね』


「───」


 それは紛れもなく愁人を知る者の言葉。

 ようやく動き出した頭で即座に理解した愁人だが、この程度の煽りは慣れたものだ。ただ取り乱すことはないまでも、どういう意図があってその話を切り出したのかは気になる。

 言葉の真意を探るよう、表情を引きしめて少女の言動を注視する。


『そしてそこを“あの方”につけ込まれたという訳ですか。なんというか、いろんな人にいいように扱われてきたんですね、貴方は』


 いいように扱われてきた――なるほど、言われてみてばそう捉えられなくもない。だが愁人にとっては「ちがう」と答えられるし、愁人は愁人でいろんな人を利用して生きてきた。利用し利用されるのが世の常だと考えて生きてきただけに、彼女の言葉が別段心に響くこともない。痛痒(つうよう)を感じない。


 何も言い返さないのは、彼女の言葉の意図がそこにないと感じているからだ。これは前述。本題の前の前振りでしかないのだと、愁人は勘づいていた。


『愁人さん、私は貴方が――いろんなものに雁字搦めにされて苦しんでいる貴方が、視ていて不憫でならないんです』


「――……それで? 結局お前はなにが言いたいんだ?」


 頃合い。機をみてそう返した愁人の言葉に、麗華は満足そうに頷いて、


『私がひとつだけ、そのお悩みを解決して差し上げましょう――という話です』


 そう言って彼女は得意げに微笑んだ。


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