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蘇州号にて

初めての船に緊張するが、気さくな中国人との触れ合いに思わずときめいてしまった。未知の世界だからこそ楽しめるのだ。

大阪港には大きな客船が待機していた。

上海フェリーという船会社が運営しており、その名も「蘇州号(中国名:suzhouhao)」という。

神戸発の鑑真号と同じく、この船は多くの旅人に愛されている。

今となっては中国滞在にビザは不要となったが、少し前まではビザ取得は必須であった。

中国ビザはなかなか厄介なもので、一般の人が大使館に出向いて気軽にとれるようなものではなかった。パスポート原本の他に口座残高証明書や、現地受け入れ先の招待状、帰りのチケットなど、とても手間のかかるビザなのだ。しかし今では15日に限り無査証で滞在でき、気軽に旅行ができるようになった。

そして、このフェリーでは昔、そのビザ取得の代行もやっていた。

上海に着く少し前にパスポートを集め、係員がさっさとパスポートに査証シールを張るというのだ。それも、ここで取得した査証は比較的強いという。

どういう意味で強いのかはわからないが、おそらく現地で何かあった場合の待遇がきっと違うのだろう。ノービザとなった今では船内でのビザ代行はもうやっていなかった。


大阪港の展望台から見える遠くの景色は山ばかりであった。

それも山の背まで住宅が押し寄せている。がけ崩れがあったらひとたまりもないだろうなどと考えているうちに、出航の時間が近くなってきた。

飛行機とは違い厳しい手荷物検査などはなく、簡単なパスポートチェックと出国手続きで済んだ。ここで優しかった税関職員は、帰国の検査で鬼と化すのであった。


いざ乗り込んだフェリーは思いのほか高級な雰囲気はなく、やはりそこはもう中国の飛び地のようなところであった。

乗り込んだ客もほとんどは中国人で、日本人もちらほらいる程度。どこもかしこも中国語が飛び交う中でこれから二泊三日の往路の船旅が始まる。

搭乗券を渡すと、部屋番号の書かれた札が代わりに返される。今回予約したのは二等の個室であった。個室と言ってもドミトリーのようなもので、二段ベッドが二つあるだけの簡素な部屋である。一応テレビはあるが映らない。コンセントはあるが電気は来ていない。

うすうす気づいてはいたがこのフェリー、相当古いらしい。唯一のしきりであるカーテンも破けており、隙間から外の灯りが燦々と漏れてくる。

しかしこの破れかぶれな雰囲気を嫌とは思わなかった。

わが部屋も決してきれいとは言い難いが、それよりひどいこの部屋に妙な親近感を感じていたのだ。おそらくこのお粗末な部屋と私の人生が妙にマッチングしてしまったのだ。

幸いなことに4人部屋で今回一緒にいるのは二人。つまりわずかではあるが広く使えるのだ。

先に陣取っていた中国人はカーテンの綺麗な方に入っていた。別に上の段のベッドを使ってもいいのだが、一緒に居てわざわざ避けるようなことをする必要はないと思った。

せっかくの旅なのだ。心ゆくまで楽しんでやろう。そんな調子のいいことばかり考えていたのがばれてしまったのか、相手の中国人がとてもいい笑顔で話しかけてきた。

「中国初めてか?」

「はい。」

「一人か?」

「はい。」

「中国語は話せるのか?」

「いいえ。まったくだめです。」

「なんだ。それでよくいくな。」

「漢字を使えば何とかなりますよ。」

「お!漢字な。中国と日本の漢字少し違うけど、わかるな。」

「漢字は偉大です。音がわからなくとも、文字が伝えてくれる。素晴らしいです。」

「そうな。でもな、日本の漢字は繁体字。覚えるの大変な。」

「そうですか?台湾の漢字も繁体字ですが、あっちの方が難しいですよ。」

「あれは日本でいう旧字な。今の時代にあんなに覚えなくてもいいな。」

「確かに簡体字は簡単で覚えやすいですね。」


話が尽きることはなかった。

中国と聞くと荒っぽくて気が短くて怖い人なんじゃないかと思っていたがそれらはいらぬ先入観であった。

確かに言葉はきついが、そういう音の言葉なのだと思えば気にならない。それには成してみればわかるが意外といい人なのだ。とても人懐っこく、一度仲良くなるとしつこい位についてくる。それが妙にうれしかった。昼食の時は別であったが、ロビーでお茶を飲んでいると気軽に話しかけてくる。それも向こうは大人数なのだ。日本語のわかる人が私の言ったことを中国語で訳して伝えてくれる。そんな言葉のやり取りがすごく心地よかった。

今までに経験したことのない快感のようなものを感じた。


わずか船に乗り込んで半日の出来事とは思えない。

されど確実に溶け込めている。同じ輪の中に入れることがうれしかった。

これからの船旅はきっと幸せの連続になるだろうと感じていた。そしてそれは的中する。

しかし突如襲ってきた船酔いにノックダウンしてしまうのであった。


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