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4.正直者が馬鹿を見る

「さぁ、殺しておくれマイハニー」

そんな野太い声が室内に響き渡って、私は、思わず逃げ出そうと辺りを見回した。

 ここは神殿の新官長の執務室。今、男が……いやまぁ、私たちもだけれども、入ってきたドアは開いたまま。その右手側に新官長の私室だか資料室だかのドア。入り口正面には一面が羽目殺しになった窓があり、その中央だけ開放可能になっている。そして、新官長の後ろの床に非常用の出口……逃げ道はその四つだけ。

 入り口は、当然ながら逃げ出したくてしょうがない当人が邪魔で、逃げられるはずがない。もう一つのドアは、その部屋から廊下に向うドアがなかったはずだから、逃げたところでふくろのネズミ。非常用出口が一番近いが、開けるには神官長の魔力かなんかが必要だったはず……となれば、窓しかないと見て、思わず窓辺に駆け寄った。

 だが、そんな私の退路を阻むべく、男は大またで室内を横断し、窓に手をかけた私を囲うように手をついた。それでもと窓の鍵へと手を伸ばそうとすれば、ずいっと近づいてきた彼の身とともに、ミシッと窓が嫌な音を立てる。このままでは、逃げ道どころか大きな羽目殺しの窓ごとなくなってしまいそうな勢いだ。

「何も逃げることはあるまい、他の男との火遊びも許してやった、余の心の広さは知っておろう?」

そっと耳にささやかれた言葉に、ぞぞっと怖気が背筋を這う。

 その許された火遊び相手とやらは、私が逃げかけたその瞬間から邪魔と判断され、2人の兵により地面に縫い付けられているんだけどね。全ては、この人の手のひらの上だったということか……まぁ、たしかに、そうでなければ、あんなにあっさりあいつと一つ部屋に収まるなんてこと、あり得なかったのだろう。

 にしても、私が彼に告げた口説き文句をいきなり口にするあたり……全て覗き見ていたか、それとも耳や目となるものが潜んでいたか。そんなものを手に入れられぬ私との差を思い知らされるが、それ以上に嫌悪感が半端ない。

 年のころは40前半といったところか。意地悪そうな顔にたっぷりと髭をたたえてはいるものの、それらを刈り取りさっぱりさせればそれなりの美丈夫……それも、なよっちぃ感じではなく、精悍で逞しい王様然とした姿が想像できる彫の深い顔立ちをしている。衣服はこだわらないというより華美なものを全く好まず、藍染されたシャツに皮の胴衣を着付けているのは、何も訓練所で遊んでいたわけではなく、これが普段の格好なのだ。文官よろしく机の上に張り付いているのを好まず、下手すれば謁見中ですら兵士にまぎれるおちゃめっぷり。この男を王に据えたのは、おそらく先王の一番の愚行と言えるのだろう。

 今とて、この時間に平気で王城から神殿に訪れるというのは、普通ならばありえない事だろう。魔王が現れた、その緊急時であるのならなおのこと。下手すれば、自分が自ら魔王討伐に駆り出しかねぬ勢いだ。

「魔王出現の話は、既に受けたな? ならば、お前のなすべきことは決まっておろう? なぜ逃げようとする」

「に……逃げるだなんて……」

「魔王を前に逃げたりはせぬと申すか、それは恐れ入った。さすがは聖女様」

思わず言いよどんだ言葉を受けて、宣言したかのように言いふらすとは……しかも、既にきっぱり聖女呼びなあたりも含め、本当に嫌なヤツだ。どうして、こう、この世界のお偉いさん連中は、そろいもそろって嫌なヤツばかりなのだろう。

 ちら見れば、神官様は既になにやら儀式の用意じみたことを始めているし、あちこちで香が焚き染められている。明らかに、もう、今すぐにでも、私を聖女に仕立て上げて魔王討伐に組み込もうという気配がぷんぷんだ。おそらく、私が断ることなんて、全く考慮に入れられていない……というよりも、拒否は絶対聞き入れられない勢いだ。

「魔王城の場所は聞いたか? 聖地巡礼のためのいおりをたどった、最後の場所だ……まさに、おあつらえ向きといったところだ」

何がどうおあつらえ向きなのかは知らないが、聖地巡礼を経て、魔王城へ向えと言いたいのだろうことは明らかだ。そんなもの察したくないのだが、おバカぶって「だからなんですか?」なんて聞いたところで、失笑を買い「さすがは聖女様は器がでかい」とかなんとか言われるだけだ。そして、さも私が「魔王なんて眼中ありません~」っぽく言ったが如くに吹聴されるに違いない。

 本当に、こいつの前では発言に気をつけなくては、都合のいいように捻じ曲げられて、「Yes」か「はい」か「了解」の、あって無きが如き選択肢しかなくなってしまう。

「もちろん、聖地巡礼には、護衛としてあやつも同行させよう。うれしかろう? 故郷より、王妃の座より、欲した相手なのだからなぁ……全く、都合のいいことだ」

どうやらあいつは、完全に私を操るエサになっているらしい。しかも、一緒に行けることに、残念にもホッとしたりしているのがますます悔しい。

 聖女になる……その場合、とりあえず聖地巡礼中は、絶対にこの世界からはじき出される心配はない。それが、たとえ10年、いや100年かかったとしてもだ。一度はじめれば、終えるか死ぬか結婚するまで、聖地巡礼者として扱われる。結婚が終了に入るとはいえ、聖地巡礼者を汚すものは処罰されるので、その結婚には未亡人という未来しかないのだが……。

 巡礼を終えて聖女の地位に着いた後は、結婚することが許されている。その場合、聖女としての地位を失うが……私にとっては願ったり適ったりだ。とりあえず、私が聖地巡礼をすることに、面倒以外の損はそうないのだからしょうがない。聖女の決定は国王をも覆せないから、彼と正式に婚姻関係を結ぶにあたり、これほど都合のいいこともない。

「数年前の二の舞を演じずに済んでよかったなぁ!」

なにやら意味深な言葉は、私にではなく、新官長へ向けられていた。

 数年前に何があったのか、何を含んでいるのやら、絶対にその裏は嫌な思惑が隠れているだろうに、そのことに気づいているだろうに、神官長は気にした風もなく、にっこりと笑って見せる。

「いやはや、全くですなぁ……これで、魔に侵食されるこの世の憂き目、晴らせると思えば……」

「余は、まだ、前巫女への所業について、許したわけではないぞ」

「我が妻への王のお気持ちは存じ上げておりますが、許さぬとおしゃられたところで、時間は戻りますまい」

「言うではないか……では、これからのことを話そうか。そう、この聖女様の未来について……」

「それは、私自身が決めることよ!」

話しぶりから、神官長の奥様は前巫女で、王が懸想けそうしていたらしきことは伺えるが、そんな話は知りたくないし聞きたくない。思わず声を出した私に、王も神官長もこちらを見た。

 発言するにあたり、全く眼中に入れられないのも困りものだが、こう注目されてもまた、ちょっと参ってしまう。緊張に喉を鳴らし、口の端を舐めて湿らせてから口を開けば、ニヤニヤ笑う王様の顔がなんとも憎らしい。

「私の未来は、私自身が決めます」

改めてそう口にして、いまさらながらに背筋を伸ばす。間近に居すぎるぐらい間近にある王に、触れんばかりのその距離は、だけども王自身が一歩引いたことで、触れる事を免れた。そうだ、はじめから、こうしなくてはいけなかったんだ。背筋を伸ばし、真っ直ぐ相手を見ることが重要で、バカだろうと愚かだろうと、丸めた背を見せた時点でもう負けている。まっすぐ見据えれば、案外どんな人間も、こちらをちゃんと見てくるもの。

 真っ直ぐ見て、自分の意見を口にしたところで、それが叶えられるとは限らないけれど……口にしないでうじうじしているよりも数倍マシだ。

「国王だろうと、神官長だろうと、魔王だろうと……誰にも私の未来なんて決めさせない。私の未来は、私が決めます」

言い切ってはみるものの、続けて何を言えばいいのか、どう言えばいいのか、頭の中は真っ白だ。なにより、これから聖女になろうということも、彼をその聖地巡礼の旅につれて行くのも、私が決めたことではない上で、いまさら何を言おうというのか。

「聖地巡礼はいたします、聖女にもなりましょう。魔王とも会いはするけど……でも、どう対応するか、その後どうするかは、私自身が決めます。あなた方の利の為に動いたりなんかしません。私は、誰かに使われるだけの道具なんかじゃないんだから」

必死に言い重ねた言葉に、自分自身でちょっと不安が滲む。わかっている、言ったところで何にもならないセリフだということも、きっと、王の心に何も響かぬ言葉であろうだろうことも。

「この世に呼び出されたことも、巫女となったことも……そう、聖女になろうということすら、お前の意思から外れたところにあったであろう? ならば、それを己自身が決めたと言うのなら、これからのこともそうほざいておればよいわ」

言われた通りだ、決める決めたと言ったところで、全ては、私の思惑の外から強引に押し付けられただけのこと。必死にあがいていたつもりが、全く一歩も進めていなくて、結局また、いいように扱われてしまうのだろう。どんなにがんばってみたところで、それもまた、ただ、用意された舞台の上で踊っていたに過ぎない。

 理解してなお、引く気にはなれず、胸を張り睨みつける。国王という地位も去ることながら、彼自身が発する気とでも言うのか、威厳や存在感とでも言うのか、わからぬものに気圧されて、思わず引きそうになるのを堪えるに精一杯。何か決定的に優位に立てる言葉でも言えればいいのだが、今、最低限言うべきだろう言葉すら思い浮かばない始末。

「一つ、教えてやろう。前の巫女は、召還と同時にその神官長に陵辱され、この世に根付いた……分かるか? お前は、随分と丁重に扱われているといういことが。彼女がまだ使える状態にあれば、お前が呼ばれることもなかったのだ」

そんな私をあざ笑うが如くに、王は酷い前巫女の境遇を語るが、それと比べてどれだけ厚遇されていようと、今、不満を感じている私には関係ない。世界には飢えている人すらいる、明日をも知れぬ人もいる、そんな中で、私がどれだけ安穏としていようと、悩みがないわけじゃないんだ。他の人と比べれば幸せだろうと、他人から見て幸せだろうと、私自身が幸せを感じなければ意味がないんだ。

 全てを無視して逃げる事もできやしない、世界を全ていいようにするほどの力もない、目の前に使うことの出来る権力をぶら下げられても、それにしがみつけやしない。そうだ、この王を利用すれば、私の手に入れたかった、魔王が来ようが何が置きようがほっといてくれる環境だって作れよう。でも、そのための代償は……そんな思考を遮るように、不意に、うめき声が聞こえた。

 それが何であるのか、寸時に気づきながら、私は、思わず、うめき這いつくばう彼の姿を見守ってしまった。

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