2.急いて事を仕損じました
泣きたい! あぁ、泣きたい、もう泣きたい、あいつらは、一体どんな説明をしたんだ……いや、今の『種付け』の一言で、半分は分かったも同然だ。なにしろあいつらは、私にだって『還俗して種付けでもされてしまえばいい』とかぬかしやがったんだから。
そもそもあいつらは、初対面の時から悪ふざけが過ぎていた。こんなお気楽思考の私ですら、この世界に来て数日、夜に1人ぼっちで涙が止まらなくなることがあった。この世界への恐怖心も、多少なりとはあったのだ。なにしろ、魔法が普通に……一般家庭にすらあふれているような世界だ、歪んだ世界を歌で直すのだとか言うかれど、その歪みとやらの中には、モンスターの話題もちらほら出ていた。恐怖しない方がおかしいというもの。ドラゴン、グリフォン、オーガにトロル、バジリスクやミノタウロス、ゴーレムやガーゴイル……スライムだって、ゲームではかわいらしい姿だが、ゼリー状で全身を包み込んでじわじわ溶かしていくだなんていう恐ろしいモンスターと考えれば、お近づきになりたいなどと思えない。そう思っていたところに、まさしくそれらの幻想をひきっつれてやってきたのが彼らだ。
とみに騒がしいサーシャ、その隣でいつもくすくす笑っているスキッツ、人の行動に突っ込み入れまくるパルテオ、いるんだかいないんだかわからないが密かに潜んでいるスレイシーの4人は、常に人のことをからかってばかりいる。
人知の及ばぬ理を知り、呼吸するように魔法を操り、人の目に止まり難いことを利用して、人にちょっかいかけまくって遊んでいる彼ら。無邪気にも邪悪な発言を好み、あざとく人の気持ちに付け込み、こちらの願いも希望もなにも、全て気まぐれで忘れてしまう。彼らと付き合うのなら、一切の期待をしないのが一番である。
わかっていたのに……どう説明したものか困って、あんな奴らに彼を託した私が悪かったとしか言いようがない。
「たっ……たね……いや、つまりだ……しなきゃ元の世界に帰らされちゃう……もしくは王子様の婚約者コースまっしぐらになるってことは、理解してんでしょ?」
まぁ、そんな言い方をしてしまったあたり、彼もかなり混乱しているのだろう。確かに、触れてもいけないような巫女さんが、還俗しました、さぁエッチしましょうってんだから、どんな好き者であろうとも困るだろうし、生真面目な彼ならなおさら参ってしまっているのだろう。
でも、それでも、それをおしてなお、今、進めなければ……今後の希望なんぞありはしない。
明日、王宮に戻ってしまえば、王子様の婚約者としての席が用意されているのだろう、既成事実をつくっておかなければ、全てがお釈迦になってしまう……とはいえ、すでに、こんな夜更けに2人きり、噂もきっちり流れるだろうわざとらしい態度を経ての現状、誰も清い体のままとは思うまい。もう、ドアを閉じた時点で、お妃様候補に挙げられるかもしれないなんて心配、しなくていいといえばいいのかもしれないけれど……ここまで来て、なにもなしに終える気はない。
「私は、この世界に残りたい……ただ、この世界に残りたいってわけじゃなくって……だなぁ……お前の、側にいたいんだ……そのっ、お前が、だなぁ、好きだからであって……だから……シンデレラコースはまっぴらごめんなんだっ……だからっ……だから、だから……」
何を言わせるんだと言いたいところだが、改めて考えてみればこの手のセリフ、舌が腐り落ちるほど言っていたはずだ。『お戯れを』で流されてしまうことが前提の時と、真面目に聞いてくれている時との恥ずかしさの差が、これほどまでとは思わなかった。
頭の中でちっともまとまっていないものだから、言葉は行きつ戻りつぐだぐだで、何を言いたかったのか自分でも分からなくなってくる。とりあえず、告白のつもりの言葉なのに、終着点が見えなくて、だからだからと繰り返す言葉の中に、何を感じ取ったものか、彼はまっすぐに私を見て、口を開いた。
「私も、あなたに、側にいていただきたい」
そりゃそうだ、私がいれば保険になる。とりあえず、今は世界が清められたとか整えられた状態らしいけど、また、いつ歪みが発生するかなんてわかったもんじゃない。そんな時、私がこの世界に残っていれば、また巫女だのなんだのと担ぎ上げて、世界を清めさせたいところだろう。
分かっているけれど、思わずその言葉に気持ちが浮き立つと同時に、察してしまった事実。チクンと針でも刺されたかのようで、ふわついた気持ちが一気にしぼんでしまった。
「あなたに触れることなど、望むことすら許されませんでした。それが、こうして叶うだなんて……思ってもみませんでした」
彼にしては気の利いたセリフがその口からこぼれ落ちるが、どこか硬い口調なのは、その言葉が気持ちを伴わぬ上っ面だけのものだからか。私の存在を確認するように、頭を肩をと触れてくるけれど、夢でも幻でもない私は、ぽんぽんと確かめるだけの触れ方に満足なんてするわけがない。
なんだかもやもやイライラとする気持ちが沸き立ってくるけれど、それをぶつけるわけにもいかない。とりあえずそれから必死に目を逸らし、強引に彼の手を引き寄せた。
「ほら、ちゃんと触れろ、もう、触っていいって言ってんだから……」
彼の手を自分の胸に触れさせれば、うわぁとかあぁっとか唸るような声がこぼれ、私の手に促されるまま、その手は私の胸を鷲掴む。恥ずかしいけれど、彼がむしろ、私よりももっともっとパニクッているのがわかるせいか、ちょっとだけ冷静になれてしまう。
「あ……の……あのっ今、あのっ、振れ……って……」
「あ~も~っなによ! なんなのよ、私だって始めてなんだから、どうしたらいいかとかわかんないわよ! なんとかしてよ!」
「いえ、私は……はじめてでは……」
何を言いだすのやら、思わず癇癪を起こしかけた私の気持ちに、冷水かぶっかけるようなその言葉。そりゃ、全くの未経験だと思っていたわけではないけれど、この朴念仁がそういうことに興味を持っていた、経験があったということことに驚きを隠せない。
男なんだから当然だろうとか、キスもまだな魔法使いがよかったのかとか、自分に突っ込みを入れつつも、心の底では戦い守る事しか知らぬ人と決め付けていたことに気がついた。私自身は巫女という役割から、勝手に私のことを決め付けて欲しくないとか思っていながら、彼のことを護衛騎士という身分からそう見ていたということ……いまさら気がついた。
「あいつらとじゃ違い過ぎだ」
はじめて聞くそのくだけた口調は、全く持って嬉しくもない言葉。そりゃ、好きでやった相手と、強引にしろと命じられた相手とでは、全く気持ちが違うでしょうよ……という、分かりきったことに拗ねた気持ちもさることながら、なにげに『ら』という……つまりは複数いるらしいという新たに判明した事実。眉が寄り、頬が膨れたその表情に、彼がまた慌てた風で口を開いた。
「違っ……好意が、です……違うのは。あいつらと同列にして、拙いとか色気がないとかっ……そういうことじゃありません」
分かってますよ、好きな人と義務な人、好意が違うのは当然だから……それ以上落ち込ませないで。つまり、彼は、私が拙くて色気がないから拗ねたって思っていると……ということは、なにげにあなたの心の底では、私がその以前の女たちに比べ、拙くて色気がないと思っているということですよね。これは、泣いていいレベルですね、もう。
「……本当に好きにしたら、壊してしまいます」
こほんと咳払いをした後に、彼は吐露するようにそう言ったけれど、やっぱりこの朴念仁は、あさっての方向に心配してしまっているらしい。
巫女だったから、清い存在だったから、そんな心配もさることながら、一番心配していたことは、私との力の差でしたか。
「俺は、熊だって縊り殺せる力があります。お見せしたこともあったでしょう? リンゴの二つ割りだってコインを曲げることだって容易いことです。本気で抱きしめただけで、壊してしまいかねません」
確かに、強請ってリンゴを手で割ってもらったことがあった。綺麗に二つに割れたリンゴは、まるでおもちゃか何かのようだった。何か仕掛けがあるのかと、思わずリンゴをためつすがめつして眺めてしまったほどだ。
でも、だからって……力がどれだけ強いからって、どうして私を抱くのをそんなにためらうのかわからない。今まで経験あったのならなおさらだ、私が拙いからといって、そこまでためらうこともなかろうに。抱きしめたら壊す? 苦しめる? そんなんで、今までどうやって女性を抱いていたんだ。
「いいからっ! 苦しくたって我慢するし、私の体は、そんなにやわじゃないわよ」
そりゃ、熊やモンスターと比べたら弱かろう、でも、殺すために挑むのではないのだから、根本的に違うだろう。だというのに、本当に、この期に及んでどうしてそこまでぐずぐず言うのか。
そのままぐずって朝まで過ごしてしまいそうで、いい加減イライラしてくる。だけども、もどかしいのは彼も同じか、彼もまた、どこかイラついた様子で私の言い分を否定してくる。
「だから、理性がぶっとんだら、うっかりあんたの腕、引っこ抜いたりしかねないんですって……」
「そんな経験あるの?」
「ありません! でも……」
でもでもと繰り返す否定の言葉は、いったい何のためなのか。それほど私を抱きたくないのか、それとも本気で明後日な心配をしているのだろうか。
「んじゃ、殺してよ。殺すつもりでいいわよ。それで、あなたが、私を抱きしめてくれるのなら……ねぇ、殺してよ」
そう言って、両手を彼の背に回した途端、彼は、私をぎゅうっと力強く抱きしめた。
「失礼いたします」
ようやっとと思った途端、ドアの向こうから本当に失礼だろうとしか言いようがない声がかけられ、けたたましくドアがノックされた。
「魔王です! 魔王が出現いたしました。大神官様より、急ぎ広間にお集まりいただきますよう伝達です! 巫女様……いえ、元巫女様のご助力が必要なのです」




