表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

1.まずは既成事実!

「触れてもいいですか?」

暗闇の中、さっきまで巫女だった私に問いかけてくるのは、さっきまで私の護衛騎士をしていた男。

 つい先ほど任務を終え、還俗することも許可された私。もちろんその理由は、今、目の前にいるこの男のためではないのだけれど……このチャンスをものにしないわけにはいかない。

「いいに決まってるでしょう」

いい理由など一欠けらもないのだけれど、どきっぱりと放った私の言葉を受けて、大きな手が恐る恐るといったていで触れてくる。

 今まで全く触れようとはしなかったその大きな手は、緩く体の前で組んでいた私の手に触れ、まるで静電気にでも驚いたように一度離れ、再び求めるように触れてくる。

 そういえば、馬車への乗り降りだろうと、段差や階段があろうと、彼は頑なに手を差し出そうとはしなかった。常に両手を後ろに組み、お気を付け下さいとか言いながら、一度たりとも私に手を貸してくれなかった。こいつの指先は、きっと氷のように冷たいのだろうと思っていたのに……なんだろうこの暑苦しさは。まるで、手フェチ……いや、指先フェチででもあるかのように、ほぐされた私の手を取り、その指先を絡め撫でてゆくのが、なんともくすぐったい。

 とはいえ、自分から振れていいと言ったのだから、好きなようにやらせてやろうと思うものの、やっと指の股にたどり着いたそのじれったさでは、口づけするまでに日が昇ってしまいそうだ。

「……指先だけで満足する気? この、朴念仁のボケ作、どこぞなりと自由に好きなように触れというのに……触れるのは指先だけ?」

その手を引き寄せ頬に触れさせると、彼は何か言いたそうに口をぱくぱく開閉させるも、何も言い出すことができず、カチンと固まってしまった。

 当然ながら騎士と巫女、力の差が歴然であれば、嫌ならほんのちょっと力を込めただけでその手は奪い返されてしまおうもの。だけども、彼は呆然と私を見るまま、されるがまま私の頬を撫る。

「うっ……わ……」

呻くような小さな声は、嫌がっているのだろうか? そうだとしても、今更なことだ。2人きりになる前に、きちんと全てを説明したし、彼も了承したはずだ。

 あまりに事務的な事情説明は、愛の告白には程遠いが……告白なら出会って2秒で「モロ好みだわ」と言ってやったんだし、毎日のように「任務が終わったら私の恋人になって」と口説いていたのだから、それで勘弁してほしい。まぁ、その全てが「お戯れを」の一言で一蹴されていたけどさ。

 いきなり現れたお荷物なばっかりの巫女に、四六時中うっとうしい告白をされたりして、それで恋しろってほうが無理だろうことはわかっている。むしろ、嫌がられてすらいるのだろうが、とりあえずわかったと言ったのだから……。

 そんなことを考えながらに頬に押し付けていた彼の手、その親指が丁度唇に触れて、思わずその先をカリッと噛んだ。


 私の名前は岸田真帷きしだまい、27歳アラサーのOLだった。仕事に疲れてベッドにダイブしたところで、不意に聞こえた呪文のような声に驚いて目を開けると、じめっとした石造りの部屋の床に描かれた魔法円の上、妖しげな召喚師たちに囲まれていた。

 まるで三半規管をシェイクしたような、なんとも不快な感覚に、地面に這いつくばい嘔吐を繰り返し、ようやっと落ち着いたところで言われたのは、この世界を救ってくれということだった。

 どうして私が選ばれたのかといえば、女神の選定だとか、精霊たちのお告げだとか、説明はよくわからないことだらけだったけれど、方法は簡単だった。ただ、歌を歌えばいい、それだけ。この世界では、歌は、音は、空気に解けて様々なものを正していく力があるらしい。美しい調律は世界を清め、魔を払う。取り立てその力が強いものが選ばれたとか言われたが、はっきり言って音痴なので、選定を間違えたとしか思えない。

 とりあえず、女神の力とやらで会話や意思疎通に不自由なく、儀式を行った国の国王のおかげで衣食住はお姫様並みに整えられ、魔法という便利なしろもののおかげで世界をたった数日で駆け巡り、ついさっき、一番の大舞台を終えたところだ。

 たった数日ではあったが、喉が枯れるほどに歌いまくり、光の帯を顕現させるという、妙な手ごたえもあり……私は、精いっぱいに頑張ったと思う。その頑張りが認められたというか、おそらく私を利用したくてたまらない連中たちの思惑により、任務が終わってすぐに還俗が決められ、明日の朝一番で国王に呼び出しかけられている。おそらく、国王の後添えか王子様の婚約者になるよう打診されるというところだろう。もちろん、そんなもの、私は望んじゃいない。

 本音を言うと、この世界に呼び出されたとき、本当はラッキーだって思ってしまった。今までの、ついていない人生は、この日のためにあったんだって思ったぐらい。ただのんきにこの状況を喜び、この世界と、世界を救うんだっていう使命に酔っていた。

 でも、この世界は思っていたほど優しい世界ではなくって……突然ポッと異世界から現れた巫女に、無理難題を押し付けてきては、出来ぬ姿を物笑いにしようとしていたり、そのくせ平和の象徴として見世物にしようとしたり、戦争の切り札として使おうとしていたり……嫌われているのに丁重に扱い、そのくせ利用しようとする。その気持ち悪さに怖気が走るほど……。

 そんな中、私を全く厭いもせず、賞賛もしない彼。触れることすらしない、視線を合わて見つめてみれどもぷいっとそっぽ向いてしまい、口説いてもぴくりともなびかない唐変木に、本気で入れ込んでしまっていた。何がよかったのかと問われれば、ただ、好みだったとしか言えないかもしれない。顔がとかスタイルがとか、姿勢がとか……全てがカッコイイのだけれど、そんなものだけじゃなく、彼のすべてがカッコイイのだ。さりげない優しさだとか、マゾかと思うほどの生真面目さとか、ひと時たりとも気を抜かぬ忍耐強さだとか……嘘だらけの人たちの中で、彼だけは心底信じられた。

 この世界に残りたい、そう思った時、私には二つの選択肢しかなかった。王族に嫁すか、聖地巡礼を経て聖女となるか……でも、私が残りたい理由それこそが彼であれば、王妃になることも婚姻の認められない聖女になることも拒否したいのは当然のこと。そもそもこの世界にとどまるためには、この世界のものと交わるか、聖女になるしかないのだから、選ぶなら彼に縋ることしか考えられないだろう。

 どうしてもこの世界に残りたい、だから、協力して欲しいと言った時、なんだってしてやると言ってくれたのは彼だ。そのしてもらうことが、こういうこと……つまりは夜をともにすることだということまでは説明できず、乱入してきた精霊たちが、代わりに詳しく教えてくれたらしいが……とりあえず、納得したからここに来たのだろうし、わかっているのだろうに、どうして、この男は今更……。


「口づけを……」

なんでいちいち許可を求めてくるのだろうか。入室を求める問いかけは当然として、ここまで近づくまでにも「お近くへ寄ってもよろしいでしょうか?」「お側に行くことは許されるのでしょうか?」「もう一歩、近づいても……」何度も問いかけられた。その上、振れることも口づけもと問うのなら、この先はどこまで問われることになるのやら。

 たしかに、ついさっきまでは、私の唇は聖句を唱える為だけにあり、食事すらろくすっぽ楽しませてもらえなかったものではあるが、今はもう、何に遠慮する必要もないというのに……。

 撫でまわすんだろうと口づけするんだろうと、なんだって好きなようにしてくれればいい……いや、好きでしたいことなどないのかもしれないが、正直、どう進めたらいいのかわからない私に、いちいち自覚を呼び覚まそうとするかのようなその問いかけは、恥ずかしすぎて堪えがたい。いっそ、ぼうっとしている間に全てが終わってしまうだなんて、夢見ていた私を大笑いしてくれた方がまだましだ。向こうはどうだか知らないが、こちとら惚れた男との感動の一夜のつもりだったのだから、義務だろうと付き合ってくれるのなら、もうちょっと優しくしてくれてもいいではないか。

 いやもう、恥ずかしくって死ねそうだ。思わず彼の方を睨みあげてみたら、それに驚いたように触れていた手すら引っ込めて……今、跪こうとしただろう!

「あのねぇ、今から何しようって思ってるのよ」

夜も更けた部屋に2人きり、しかも脇にはふかふかのベッドが待ち構えている。私は肌も透けそうな夜着姿で、彼もまた、重い鎧を脱いで簡素なシャツとズボンという出で立ち。この状況でトランプゲームでもするところでしたと言うのなら、もう、いっそ、布団の中にもぐりこんで拗ねててもいいですかってなものだ。

 どうしてこの男は、ここまできて腰の引けた態度を見せているのだろうかと文句を込めて睨みつければ、その口が開いてとんでもないことを言う。

「た……ねづけ……」

「そんな言い方すんな!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ