共同作戦
それから二週間ほどしたが、怪獣出現の報もなく、僕の周りは平和そのものだった。
リュウカは毎日学校についてきて、昼休みにこっそり僕から購買のパンを受け取り、それをうまそうにほおばっていた。
一方の鈴埜夕陽は、メディアで見せるクールな姿そのままに、学校での立ち居振る舞いも感情など見せない静かなものだった。
それでもあれだけの有名人、そして美人が学校にやってきたのだから当然のように校内は混乱に塗れていた。体育の授業が行われるとなれば、学校の外に警備員らしき人間が大量発生し、妙な人間を追い払いにかかる。
それにもかかわらず、隙のある学内では、多くの男子学生が彼女の体操着姿を一目見ようと前傾姿勢で駆けだし、授業を担当している教師からこっぴどく叱られるのを繰り返していた。
姫の冠を付けた騎士が、鎧からドレスにまとうものを変えただけで衆目を集める。リュウカの言うところの「英雄」という言葉の重さが醸し出すものを僕は遠目に眺めていた。
あの日、あれだけ僕に熱っぽく語ったのに、あれから彼女は僕に一度も接そうとしない。どうやら完全に敵対者と認識されたようで、ある意味気が楽でもあった。
対する僕も彼女のことを半ば放っていた。優花さんの花屋で働き、リュウカが来た事による食事の充実のため、スーパーへ買い出しを続けるだけで今のところ手一杯だ。
昼直前の四限は、眠たさと食欲のまっただ中でろくに集中も出来ない。刺激のある授業というのも自分の興味の外だと難しいのに、僕の嫌いな英語の授業ではますます気力がそがれてしまう。
教師は最後列にいる僕など見ず、面倒そうに教科書の内容を読み上げる。そして教科書の内容に時折誰も分からないツッコミや解釈を入れ、ますます授業のペースを狂わせていく。
「ええ、つまりだ。ここの文章で海外の外食文化に触れられているわけだが、まあとにかく向こうの国のファストフードというものは凄いんだ。私がね、海外に行った時――」
教師から放たれる話は、情報化社会の今日なら誰でも知っているよと言いたくなるものだ。
皆黙って机に向かって辞書を引いている。実際に辞書を引いて単語を調べているかどうかは別だ。この授業において、真面目にやっているかどうかというその疑わしさの溢れる姿勢こそ唯一にして絶対なのである。
英語の教師が筆記体で黒板に文字を書き始める。読みやすさで言えば普通の活字体で行ってくれる方がよいのだが、彼はそれをやめようとしない。理由はたった一つ「俺がやりやすいから」という暴論である。
文句を言えば課題を増やされ、結局黙るしかない。言葉が通じるのに心が通じないのでは、怪獣より厄介ではないだろうか。
と、僕がペンを握っていると、突然背中にむにゅと餅のような柔らかさが押し当てられてきた。僕は黙ったまま辞書に目をやる。するとすいとペンがおもむろに浮き上がり、僕のノートに字を記してきた。
ペンは宙に浮き、僕の手元で字を覚えたばかりの子供のような平仮名を記す。
『かいじゅうがしゅつげんしました』
こんなことを透明の姿で伝えてくるのはたった一人しかいない。ここ最近、休み時間以外はずっと教室の端で張っているリュウカだ。
僕は息を押し殺して教師の動向に注意しながら筆を走らせた。
『どの位の距離? 遠いか?』
『かんじはわからないのでひらがなでおねがいします』
『どのくらいのきょり? とおいか?』
固唾を呑んで訊ねると、すぐさまリュウカが返答した。
『ばしょのなまえはわからないですが800びょうくらいかかるきょりです』
僕は前を見たままノートに『わかった』と記し、ペンを置いた。頭が痛いと言って教室を抜け出し、授業終わり前には帰ってくる。光から生まれた特撮ヒーローだってやっていたことだ、僕がやっても倫理的な問題は無いと信じたい。
僕がおもむろに立ち上がろうと中腰になった時、窓側の席から「あっ!」と大きな声が響いた。それに釣られ、他の人間もそちらを見る。
声の主は感心したように外を見続けている。何が起こったのか分からないが、僕は嫌な予感を覚えた。
「鈴埜夕陽が校庭出てくぞ!」
その報告が漏れた瞬間、大きなざわめきが教室をうねるように駆け抜けた。テレビでも見たことのない一瞬を捉えたいのか、廊下側の生徒まで窓際へ走っていく。あわれ、もはや教室の中心部には人はおらず、僕と教師を除くこの室内にいた全ての人間が窓側へせり出していた。
「あれ、いつも駐まってるトラックだよ!」
「トラックが開いて……ああやってギアが出るんだ」
「速っ! もう見えなくなったよ……」
何やら不穏当な言葉の数々と共に、高音の空気を切るような音が一瞬響いた。
いつも学校近くに輸送用のトラックに似た大型車両が駐まっていた。何かおかしいと思っていたが、それを展開させて簡易発着所にするとはさすがに思ってもみなかった。ジェットエンジンを用いないゼロエックスならではの芸当に、僕は思わず歯がみした。彼女がこのタイミングで出ると言うことは、すなわち向こうもこの情報を手に入れたということである。
大歓声と見えなくなったという落胆の息が辺りに響く。そして僕は肩を落とし目を閉じた。
誰か気付くべきだった。張り詰めた空気は怪獣だけではなく目の前にも一つ、とてつもないのがあるというのに、全員、上の空である。
「お前ら、いい加減にしろ!」
耳をつんざく怒声が教室いっぱいに広がった。その声を聞いた瞬間、先ほどまで窓際で浮かれていた生徒の顔が青ざめた。
中腰のまま、僕も恐る恐る教師の顔を見る。目はつり上がり、眼光鋭く相手を睨み飛ばす。うかつに目を合わせば殺されるのではないかという怒気に、皆が目をそらし、静かに着席した。
こんなことをやっている間に、怪獣が町へ襲いかかるというのに、最悪のタイミングだ。僕は己の運のなさをとことん呪いたくなった。
全員席についたところを見て、教師はにっこり微笑んだ。もちろんそれが作られたものであるのは誰の目から見ても明らかだ。
「いやーすごい。さすが国のために動く奴は違うねえ」
恐らく鈴埜夕陽のことをさしているのだろうが、皮肉っぽく話すそれに敬愛は感じられない。
「お前、鈴埜夕陽、かっこいいと思うか?」
教師が一番最初に声を上げた男子生徒に声をかけた。彼は俯きながら、「はい」と消え入りそうな声で答えた。
「そうだよなあ、うちの娘も好きなんだよ。きらきらしたメカが怪獣を倒して、すぐにその中から綺麗なお姉さんが出てくるんだもんなあ」
と、彼はそう告げた瞬間、握り拳で思い切り黒板を叩いた。「バコン!」という激しい破裂音が、静寂に包まれていた空間にはじけ飛び、不安を一層あおり立ててくる。
「だがうちの学校に来ている限りは、お前らと同じ生徒の一人でしかない! それなのにお前らはいつもいつもことあるごとに……!」
誰もそれに言い返すことは出来なかった。たとえそんな言葉があったとしても、この状況で言い返す馬鹿はそういないだろう。
彼はゆっくり歩き、件の男子生徒の顎を手に取り、ゆっくり顔を上げさせた。彼がにっこり微笑むと、男子生徒も恐る恐るにっこり微笑み返した。
「他の先生方ともいつも話になってるんだ。授業と鈴埜夕陽を見る、どっちが大事かってな」
「……授業です」
「分かればよろしい」
同意した要素がどこにあるのかも疑わしい恫喝にも似た言葉で、彼は男子生徒を座らせた。
「学生の本分は学業! 有名人が来て浮かれるのは分かるが、お前らの横暴は間違っている。これからは手厳しく行くからな」
と、彼は辺りを一望した。対して僕は、スタートを切れないまま、中腰のまま机に手を突いていた。
「……長野、どうした?」
「い、いえ……少しその……教室を……」
と、僕が苦笑いで説明をすると、彼は冷たい目で僕に笑ってきた。
「なるほど。いいぞ、出ていっても」
「え?」
「ただし、未来永劫、俺の授業で単位をもらえると思うなよ」
横暴という言葉を口にした人間が、正に横暴な振る舞いをする。あまりの悲惨さに、誰しもが言葉を失っていた。
彼は僕を見てにやにや笑い続けていた。周りからは僕への同情めいた視線が送られる。ここを出れば、僕はもう真っ当な学生生活に戻れない。今回の怪獣退治は鈴埜夕陽に任せ、一時着席した方がよいのではないか。
葛藤が数秒頭の中を駆け巡ったあと、僕は唇を噛みしめ、前を向いた。
「本当に済みませんっっっ!」
僕は開口一番そう叫び、椅子を蹴り飛ばした。そして勢いの赴くまま、反復横跳びの要領で机から飛び出し、教室の扉の向こうへ駆け抜けていった。
教室を脱走した僕の背中に「待て!」とか「どうなるのか分かってるのか!」という脅しが聞こえるが、その言葉は悲しみの中、僕の耳からかき消えていった。
来年また同じ学年をやるのだろうか。それとも来年は高校生という肩書きすらないのだろうか。教師に捕まらないように、ぐるぐる校舎内を走り回っている間、僕の心は将来への不安に蝕まれていった。
だが自分の将来を捨ててまで怪獣と戦うと決めたのだ。僕はいち早く怪獣の元へ向かわなければならない。裏庭に出てしばらく待っていると、リュウカが息を切らせて僕の元によろめきながら近づいてきた。
「雲雀さん速いです……」
リュウカは肩で息をしながら、ポシェットからいつものタブレットを取りだした。そして地図を僕に見せてくる。
場所は都市部に近い山間部。恐らく孵化させるのに土の肥沃な力が必要なのだろう。だが町が近い分、急がなければ被害が生まれる。
僕は手を握りしめ、日光の降り注ぐ空を見つめながら静かに呟いた。
「変身……パワー!」
どこからともなく現れた光が僕の体にまとわりつき、前回と同じギアを僕の体に与えてくれる。
僕はリュウカを見て頷いた。そして空をイメージして、体をかがめた。
「行くぞ!」
その言葉と共に僕の体が空へと舞う。目指すは第二の超竜が現れた場所だ。
モニターにリュウカのナビゲーションが映る。リュウカは何やら少しうなずき、僕の視界に小さな半透明の映像をよこした。
「雲雀さん、軍の映像を奪いました。向こうの動きがこれで分かるってもんです」
得意げに電波ジャックを語る少女に、僕は自分の将来以上に不安を覚えた。だが奪ってきた画面には、超竜の今にも激震を起こそうかという姿がはっきりと映し出されている。
どう猛な恐竜のような姿に、頭にはサイのようなツノが一本。そして尻尾までびっしりとついた背びれが、何度も炎をまき散らしながら赤く発光している。
おびただしい熱に包まれた超竜が一歩踏みしめる度、大地に火柱が上がっていく。
「こちら支援四番機、熱のため接近不可能。どうぞ」
ゼロエックスを補助する飛行機のパイロットの声だろうか、そんなものが聞こえる。どうやら敵の放つ熱は見た目以上に恐ろしいもののようだ。
「ZX2、ロケットで牽制する。支援を求む」
通信越しに聞こえた女性の声は、間違いなく鈴埜夕陽のものだった。この状態でも淡々と職務をこなす姿に、あの激高は感じられない。
支援する飛行機のカメラが、ゼロエックスが超竜と対峙する姿を捉えた。人間の体の数十倍はあるという巨大な敵を前にして、ゼロエックスは巨大な連装ロケットランチャーを担ぐ。
一発目が放たれる。胸元に当たったそれに、超竜は蚊に刺された気にもならなかったのか、進む足をゆるめない。
続け様に彼女はもう一発敵の体に打ち込んだ。それと同時に、超竜の目が飛んでいるゼロエックスをするりと捉えた。
超竜は顎を開いた。それと同時に、腹部にある亀裂が開き、そこからもう一つの口と思しき牙付きの巨大な門が姿を見せた。
口のような腹部が大きく開く。するとそこへと吸引する突風が巻き起こり、弾丸だけではなく辺りの木々さえも飲み込んでいく。そのすさまじいつむじ風は、超竜の体躯に近づいていたゼロエックスさえも巻き込みそうだった。
ゼロエックスはすかさず重量のあるロケットランチャーを捨て、回避行動に入った。離れてしばらくすると、超竜は腹部の口を閉じまた地上へ火柱を立て歩いていく。
僕はその映像を見て震えを感じていた。前回の敵が弱かったわけではない。だが今回のは比べものにならない強さだ。
「ZX2、貫通弾を使用する。準備せよ」
鈴埜夕陽がそう指示すると、後方へ退いていた支援機が長い銃身を持った細身の銃を彼女に向けて投げ落とした。
彼女はそれを空中で受け取ると、慎重に超竜へ向け狙いを付ける。
あれはどんな怪獣でも一撃で始末してしまう、正に一撃必殺の弾丸を装填した銃だ。あれが出ればさすがに超竜も倒れるだろう。
僕も鈴埜夕陽も、そして周りでサポートしていたスタッフ全員もそう思っていたに違いない。そう願っていたに違いない。
鈴埜夕陽が引き金を引いた。鋭い弾丸が超竜に向かって飛んでいく。今回の戦いは、これで終わった。
そう、そのはずだった。
誰しも願った思いは、一瞬で打ち砕かれた。弾丸は確かに肩口に貫通した。そして針に刺されたようなわずかな血を垂らす。超竜は、何事もなかったように進む足を止めなかった。
「……効かないだと!」
初めて鈴埜夕陽の声が上ずった。超竜は常に自分の周りを飛び回るゼロエックスがうっとうしいのか、ぎろりとその巨大な目で白銀の機体を捉えだした。
「ZX2より各機へ、退避命令の徹底と消火剤の散布を急げ。敵は本機が引きつける」
彼女は毅然とした声で指示を飛ばし、支援機から一本マシンガンを受け取ると、自身に狙いを付けている超竜の眼前へわざわざ飛び出した。
超竜の太い腕が振り下ろされる度、彼女は身を翻し、後方へ行く。そして背へ弾丸を撃ち放ち自分へと意識を向かわせる。
僕はその姿に唖然とした。彼女は超竜を倒すことに集中していない。彼女が意識しているのはたった一つ、その化け物を町へ踏み出させないというそれだけだ。
炎をまとった腕が何度も何度も彼女の体を狙う。その度に彼女は躱しながら銃器を光らせ牽制を続ける。前進していたはずの化け物の足が極度に鈍っていた。そして空を飛ぶゼロエックスの機動もおかしなものに化けていた。
ゼロエックスは耐熱性に優れたギアだ。しかしそれを操るのは生身の人間である。あれだけの放射熱に晒されれば、意識がもうろうとなるのは当然だろう。
僕はその姿を見て、奥歯をぎゅっと噛みしめた。彼女は人を守りたかった。その言葉に嘘偽りはなかった。その彼女が今、超竜の攻撃を前にして命を落とそうとしている。
僕は何故その彼女を疑ったのか。軍という組織と、彼女というパーソナルが同体であるはずがなかったのに、僕は疑った。それが情けなく、そして今にも命を落としそうな彼女に僕は涙を落としそうになっていた。
もし彼女がここで落ちることがあるなら、その一部は僕のせいだ。彼女を信用せず、突き放し見殺しにする僕は、あの日父へ罵声を飛ばした人間と、何ら変わりない。
こんなのじゃなかった。僕はこんなために戦おうと決めたわけじゃない。どれだけ急げと念じても、機械の限界以上の速度は出ず、通信越しの鈴埜夕陽の声はどんどん薄いものへと変わっていく。
「……絶対に……町へは行かせん……」
ゼロエックスがマシンガンを超竜の背に打つ。だがもはや意識が落ちかけているのか、マシンガンの反動でその体を回転させてしまった。
超竜はまるで蚊の動きが鈍くなった瞬間を狙ったように、丸太のような腕を振り上げ、ゼロエックスへ叩きつけた。
「町は……無事か……」
そんなうっすらとしたか細い声が耳に響く。僕はそれをかき消すように、無心で叫んでいた。
「こんなところで終わらせるか!」
ぶおんという激しい風切り音が僕の耳元に響いた。それと同時に僕の体にも、激しい熱波が浴びせられる。
超竜の目が光る。奴はもう一度腕を振り上げるが、その手の届く距離にもう僕はいない。そして奴がうっとうしく狙い続けていた標的もそこにはいない。
僕の腕の中に、ゼロエックスがいる。僕は彼女を抱えながら、超竜から一旦距離を取った。
「……君は!」
「ほんと、英雄って割に合わない商売なんですね」
もしあと一秒でも遅ければ、彼女は超竜の腕に叩きつけられ即死していただろう。僕はそれが回避できただけでほっとしていた。
だがそれを彼女は認めようとしない。彼女は僕の腕の中で、怒号を飛ばしてきた。
「来るなと言っただろう!」
彼女は僕に支えられているにも拘わらず、激しい声で一喝した。だが僕は彼女の言葉にそっと自分の思いを返した。
「僕は戻りません」
「何故だ!」
「僕は誰かが泣くのなんて嫌なんです! その中で二度と見たくないのは、自分が泣くところなんです! 家族、友達、知らない町の人、そしてあなたがどこか遠い世界に行ったって僕は弱いから泣くんです!」
僕は彼女を離し、腕に例の隔離銃を発生させた。彼女も映像で伝えられているのだろうか、このギアの技術に驚きを見せていない。
敵に弾丸を撃つと、隔離空間が見事に出来上がった。僕は後ろにいるゼロエックスに一度だけ振り返り、そのままシャボン玉の中へ飛び込んだ。
空間が隔離されているためか、超竜の放つ超常的な熱気は内にこもり、その熱で頭はくらくらしてくる。ギアを装着しないでこの空間にいることはまず無理だ。
「リュウカ、こっちは熱がひどい! どうしたらいい!」
「MMは耐熱構造には優れてますけど……結局中にいる雲雀さんがそれに耐えられるかどうかです」
「早めになんとかしなきゃ駄目か……」
「今回の超竜の元になった怪獣は、火炎だけじゃなく皮膚も相当硬いです。油断できない相手です、気をつけてください」
分かった。そう言って僕は通信を一旦切った。マシンガンを手に取り、牽制がてら接近を試みる。だが側に近づけば近づくほど、超竜の体から放たれる熱気に圧され、うかつに近づくのが危険と思えた。
「マシンガンじゃ皮膚を削れるだけ……!」
若干離れ、マシンガンの当たった部位の確認をする。リュウカの言う通り相当の皮膚の硬さでわずかな擦り傷のようなものが出来ているだけだった。
この熱波が押し寄せる中で、心許ない銃一本で戦おうとした鈴埜夕陽の勇気と無謀さに、色々な意味で心が昂ぶらされる。僕は奥歯に口角を宛がい、思い切り噛んだ。しびれのような痛みと鉄の生臭さが頭を駆け巡り、熱さでぐらつきかけていた僕の意識をはっきり取り戻させる。
接近しても無駄だ。何か武器はないだろうか。僕は武器一覧の検索を試みた。下手な攻撃をしてもあの開いた腹部の口に飲み込まれるだけだ。
何かいいものはないだろうか。僕が祈るような思いで検索していると、レーザーキャノンというものが見つかった。これなら何とか出来るかもしれない。敵の体で今まともな傷口が付いているのは、鈴埜夕陽が貫通弾で付けたわずかな傷口だけだ。あの傷口を開くしか文字通り突破口はない。
僕はそこに狙いを定め、鈍足の超竜に向けてわずかなずれも許さないしっかりとした攻撃を見舞った。じりじりと焼けていく皮膚から、多量の血が漏れ出していく。
――これなら勝てる!
僕が喜び勇んでいると、超竜が腹部の口を開き、僕を飲み込もうとしてきた。回避運動に移らなければまずい。僕はすぐさま逆方向へ飛び、回転運動からもう一度、体勢を整えてレーザーを構えた。
またじりじりと相手の皮膚が焼き切れていく。超竜もさすがの痛みに、咆哮を上げだした。
が、僕の腕元にあったレーザーの出力がいきなり落ちた。唖然とする僕を尻目に、レーザーはどんどん細くなり、最後には発生器である本体さえもその姿を消してしまった。
「お、おい! どういうことだよ!」
「ひ、雲雀さん! まずいです!」
リュウカの叫び声が通信越しに響き渡る。僕は超竜から距離を取りながら、彼女の声に耳を傾けた。
「レーザーは威力が高いですけど、長時間持たないんです!」
「そんな不便な武器積むなよ!」
「だって……こっちで弾丸の調達とか難しいから、実弾兵器は少なめにするしかなくて……済みません」
リュウカが殊勝な声で謝ってくる。考えてみれば、元侵略者が地球上で武器の調達をしようと思えば、裏のコネクションに頼る他はない。リュウカにそれがあるとも思えず、また他の侵略者仲間がまだ地球に残っているとも思えない。リュウカを責めるのは、さすがに酷だ。僕はそれ以上言えず、襲いかかってくる超竜の攻撃を躱すしか出来なかった。
これだけのギアを作り上げるパッシブ星の技術力を持ってしても、長時間出力可能な小型レーザー砲の制作は無理だったのか。僕は舌打ちしながら武器を消した。
だが次の武器を出そうとしても、何度もエネルギー残量エラーと出て現れてくれない。このままでは空間も壊れて、超竜を町に進ませてしまうことになる。
僕は灼熱の中、唇を結んだ。怪獣なんて一人で倒せる。その程度の相手だと一番判断を誤り驕り高ぶっていたのは、僕自身だった。その後悔が今更何の役に立つわけでもない。ただ自分の愚かしさと、迫り来る巨体への術がないことを何倍も思い知らされるだけだ。
どうすればいいのか。そんなものなど通り超えて、万事休す。
為す術のない驚異に僕が顔をしかめていると、モニター越しにリュウカとは違う声色が響いてきた。
「随分と困っているようだな」
その凛と張った声は、外から戦闘を見つめているはずの鈴埜夕陽のものだった。
「……助けるなんて格好つけた割に、何も出来てないです」
僕が自嘲気味に言うと、彼女は小さなため息をついて僕に語りかけた。
「私が今からそちらへ行くことは出来るか?」
「え……?」
「君は私を救うと言ってくれた。それと同じで、私が君を救ってもおかしくはないだろう。私も二度と見たくない、誰かが傷ついて自分が泣く惨めな姿を」
僕は彼女の言葉に思わず目を閉じた。勝手な意地を張ったのはこっちなのに、彼女は僕と共に戦ってくれるという。
僕達はお互いに弱い人間だ。だからこそ、共に戦う必要があった。そして彼女は大きな栄誉のためとかビジネスライクでもなく、本当に心から人を守りたいと願う戦士だと分かった。
僕の迷いは吹っ切れた。はっきりとした強い声で、僕はリュウカに訊ねた。
「リュウカ、ゼロエックスはこの空間に行けるか?」
「ちょ、ちょっと雲雀さん!」
「手段を選んでる場合じゃない! 僕だけでも、ゼロエックスだけでも勝てない! でも一緒に戦えば勝てるんだ!」
僕がきつい口調で叫ぶと、リュウカは不承不承に口を開いた。
「……ゼロエックスは音速を超えることは出来ますよね」
「ああ、大丈夫だ」
「中に入るのは簡単です。ただし外には空間が溶けるまで出られません。あと、雲雀さんの邪魔をしないでください」
リュウカのむすっとした声に、鈴埜夕陽の微笑む声が聞こえた。そして彼女は、支援機に近づくとありったけの武器をアタッチメントにセットして、中へ突入した。
彼女は僕と並び、超竜を共に見つめていく。改めて見る強大な敵に、僕達は共に息を飲んでいた。
「普通の弾丸で攻撃しても、あの腹部に吸われる」
「それがなかったら、多分レーザーでとどめをさせてたんですけど」
「嫌な敵だ。君はもう武器は何もないのか?」
彼女に問われ、僕はもう一度武器検索をした。たった一つ出せるのは、恐らく最後の護身用兵器であろう、イオンソニックブレードなるご大層な名前のついた剣だけだ。
「これです」
と、僕は剣を出現させた。彼女はそれを見てしばらく考え込み、頷いた。
「長野くん、君の攻撃を支援する」
「それって……」
「私が奴を引きつける。その隙に、あの怪獣の肩口に出来た傷を、その剣で突き刺すんだ」
彼女の提案に、僕は口を真一文字に結んだ。僕も危険だ。だがそれ以上に、剣を刺されていることも忘れるほど、あの化け物の意識を引きつけ続けるゼロエックスには死の一文字が見えるはずだ。
僕のその思いを察したのか、彼女はこちらの頭部を自分のギアの頭部に抱き寄せた。ギアのバイザーが僕の目に映る。彼女のギアにも、同じように僕のギアのバイザーが映っているはずだ。そのことが、不思議なまでに高揚を与え、僕の不安を一蹴してきた。
「私は死ぬつもりなんてない。それこそ君が悲しむだろう」
「……はい!」
「それじゃ、行こうか」
彼女がくすりと笑い、数字を呟く。
3……
2……
1……
「行きます!」
僕は超竜の肩口を狙い突っ込む。彼女も逆方向から超竜の体へ向かって飛び出した。
僕の動きを敵に悟られないように、彼女はリズムを合わせるようにマシンガンで目元を牽制する。
超竜の体が彼女へ向いた。僕は一気に奴との距離を縮め、剣を構えた。だがそれに奴も気付いたのか、すぐさま腹部の口を開き僕を飲み込もうとしていく。
するとゼロエックスがその腹部へ近づくように敵の胸元へ飛び込んだ。
超竜がゼロエックスへ向け腕を振り回すが、それはわずか一寸の所で躱される。僕が助けに入った時にもうろうとしていたゼロエックスの姿はそこにない。超竜の腕をすさまじい速度でくぐり抜け、顔から腹へ、舞うように跳躍する流麗なエースギアの姿がそこにある。
歴戦の猛者としか言いようのない動きに僕が目を見開いていると、彼女は手にしている火器全てをその腹部の口に向けた。そして「頼むぞ」と一言通信越しに残し、弾丸をその腹部へと放っていく。
超竜は腹部の口を広げ、大きく息を吸う。その腹部の奥の深淵が、大量の弾丸を全て飲み尽くそうとしていた。
吸引する力が働くため弾道が変わる。
だがそれこそがゼロエックスを操り、怪獣を幾度となく倒してきたこの国の守護者、鈴埜夕陽の狙いだった。
わざと腹部から外れるように撃った弾丸は、超竜の吸い込む力に押され腹部の唇に激突していく。放たれたミサイルも同じように、何発も唇で爆発を起こし、爆風を巻き起こす。超竜の腹にある巨大な口が煙と光と音に包まれ、開いた顎が苦悶で何度も開閉していく。
唇は切れ、超竜は激しい爆風を一気に飲み込む。それを彼女は最初から織り込み済みで、腹部の唇に当たるように狙いをつけ見事に命中させた。逸れれば頑丈な皮膚か、深淵の口の中に飲み込まれるかで無駄玉に変わってしまう。常人ならば計算し狙っても出来ないことを一発勝負でやってのける。それこそが歴戦の女神の証であり、紛う事なき英雄と示すものだった。
僕は目を見開き、のたうち回る超竜へ一気に駆けた。超竜は苦しみ叫び声を上げる。自暴自棄になったように放たれる火炎で空間全てが熱くなる。その灼熱の中、僕は剣の切っ先を傷口に向けた。
剣の先を傷口にあてがうと、岩のような堅さの中に、土のような柔らかさがわずかに感じられる。僕はその柔らかな部分に向け、切っ先を力一杯突っ立てた。
傷口に剣が突き刺さると、超竜の口から激しい炎が吹き荒れた。それは誰を狙っているわけでもない。ただ痛みを排除するための防衛本能がそうさせているのだ。
超竜の体から放たれる激しい熱気が僕の意識と、剣を押し込める力を奪おうとする。だが僕は死んでもこの剣を離すつもりはない。ここで倒せなければ、また同じ事になる。通常の火器ではこの傷口を広げることは出来ない。
超竜が痛みで暴れ回ろうとする。僕は剣先を更にねじ込むように、両手に強く力を込めた。
爆風を飲み込み慌てる超竜は、肩口からあふれ出す多量の血に、更にのたうち回りだした。刺し続ける僕を支援するように、ゼロエックスが再び敵の顔面を攻撃していく。
だが超竜は僕が邪魔だと認識したのか、その右腕を大きく上げた。そう、傷口を攻め続ける僕を叩きつぶすためだ。
敵の太い腕の影が僕の体を覆う。それでも僕は残っているわずかな気力で更に剣を押し込めた。
熱気を持った腕が僕に迫ってくる。
――やっぱり、潰されるかな。
僕が半ば諦めた時、超竜の腕は止まった。僕は超竜の顔を見た。そこに意識らしきものはすでにない。
勝った。僕達は何とか勝てた。それを確認すると、僕は気が緩むのを感じた。さっきまではっきりしていた意識が消えていく。力が入らない。感覚が遠くなる。このまま墜落して終わりっていうのも間抜けだ。ぼんやりした視界の中、僕はかすかに笑った。
剣が消え、僕を支えるものはなくなった。怪獣の体から滑り落ち、僕は頭から大地へ突っ込みだした。このまま落ちて、気持ちの悪い肉塊になって僕の生涯は終わる。
だがその体がふいに浮遊感に包まれた。僕は目をこらしてモニターの先を見た。先ほどまで共に戦っていたゼロエックスが僕を受け止めている。
ゼロエックスは僕を抱きかかえながら、熱を持った超竜の死骸から離れていく。遠くなればなるほど、どうして勝てたのか分からない相手だと首をひねってしまう。でも勝てた。それは一人だけの力ではなく、彼女と共に戦うことを選んだからだ。
そしてあれだけの大口を叩いたのに、彼女に逆に抱えられている。その姿はかなり間抜けに違いない。でも不思議と悪い気もしなかった。
「こら軍人女! 何してやがるんですか! 雲雀さんから離れろです!」
「そちらのギアが墜落しかけていたからな。助けただけだ」
「ぐぐぐ……覚えていろです!」
リュウカの苦し紛れの捨て台詞にさえ、彼女は笑っていた。それは普段メディアで見る何事にも凛とした、冷たさの漂う姿と正反対のものだった。
抱えられている内に、意識もはっきりしてきて、僕は自力で動ける程度に回復した。
「長野くん、ありがとう。助けられたよ」
「そんな……僕の方だって適当なこと言って足引っ張って……本当にその……」
「そういうところが、君らしいんだな」
彼女は笑顔の見えるような声で宙を駆けた。怪獣の骸はゆっくり崩れ、どすんと大きな音を辺りに響かせる。それは今回の戦いが無事に終わった証でもあった。
ゼロエックスの前方に、支援機が訪れてくる。彼女はそれを見ると、寂しそうに口走った。
「……僚機が来たな」
彼女はそれらを確認すると、僕をゆっくり離した。
せっかくわかり合えたと思ったのに、これで終わりなのか。どう言っていいか分からず僕が戸惑っていると、彼女は明るい声で僕に一言かけた。
「長野くん、また学校で会おう!」
彼女の姿は、そのまま遠くからやってきた他の仲間の部隊と共に消えていった。
――また学校で会おう。
彼女は僕をこれからも監視するのかもしれない。けれど僕は嬉しかった。彼女に抱いていた神秘性はなくなったけれど、親近感は生まれた。そんな人と、また側で会って話し合える。それだけで今日一日が満たされたものになった。
彼女は常に英雄として求められる自分と戦い続けている。それは自分のしがらみと戦うという事なのかもしれない。
やっぱり僕には英雄なんてものは向いていない。ほんの少しだけ笑い、僕はリュウカの元へ帰った。