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四畳一間の怪獣退治 renew!!  作者: やまみひなた
第一章――宇宙人の恩返し編――
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切実な願い

 リュウカは学校の隅で放課後まで待つと言った。あの性格なら僕の周りをついて回るのではないかと思ったのだが、そうではなかったらしい。

 取り立てて特定の誰かと喋るわけでもなく、まんべんなくクラスの人間と喋るいつものクラスの光景は、昨日の怪獣戦が夢幻のように思えた。あれは僕の知らない人が行った大活躍じゃないかと、そんな風に感じられる。廊下中に響き渡る鈴埜夕陽転入の話を片耳にしながら、僕はぼんやり外を見ていた。

 鈴埜夕陽が僕を付け狙うわけもなく、怪獣を撃破した翌日の学校は、いつもと変わらないスケジュールで終わった。

 放課後に入り、僕は忍び足で閉ざされた東館屋上への入り口へと向かった。ここが学内において一番人気のない場所だ。光の差す中に、人影は見えない。僕はそっと「授業終わったぞ」と小さく囁いた。

 するとするりと布が落ちるように、リュウカを覆っていた透明フィルムが落ちて、そこから彼女の姿が現れた。リュウカの手元には、相変わらずタブレットがある。地球人にもおなじみの品は、向こうでも同じ存在らしい。

「お疲れ様です」

「こっちは大丈夫だけど、お前暇じゃなかった?」

「いえ、本を読んでたので大丈夫ですよ」

 と、リュウカが僕にタブレットの画面を見せてくる。地球のものよりも圧倒的に薄型軽量のそれに映し出されていたのは、難しい設計書のようなものだった。

「……何これ。お前これ読んでたの?」

「はい。ロボット作りのための中級の本です」

 リュウカはにっこり笑って、タブレットをポーチに折りたたんで片付けた。だがその内容は言葉が読める読めない以前に、圧倒的に複雑な回路を示していて、この抜けた少女に読めそうな代物には思えなかった。

「お前、これの中身分かるの?」

「おさらいです。まだ自分一人でロボットの設計図書けないですし」

 その口からさらりと漏れた言葉に、僕は末恐ろしさを覚えた。人間はどこに才があるか分からないというが、宇宙人にもまた見た目からは想像できない才があるらしい。

「でもギアとかの方が便利だろ。ロボットじゃなくてもいいと思うんだけど」

「ギアは個人的に好きじゃないです。おっきいロボットの方がかっこいいです」

「えっと……それってSP1のこと?」

「はいっ! SP1はたくさんあるロボットの中でも、一番好きです!」

 さっきの難しい工学の書籍を読んでいた姿から想像も出来ない、純粋無垢な幼い顔が飛び出した。

「あれの何がいいんだか……」

「それはですね、こう大きな腕でばーんっと怪獣を殴り飛ばして、上陸しようとする敵を必死に押しのける姿がかっこいいんです!」

 リュウカは輝く眼差しで力強く言い放った。それはヒーロー番組に憧れる子供のようで、僕に失笑に似た笑みをもたらしていた。

 僕はリュウカの隣にちょこんと座った。気がかりになることはいくつもある。どうしてもそれを聞いておきたかった。

「あの新種の怪獣が出るの、どうして知ってたの」

 できすぎた話だと僕は思った。リュウカが僕のために仕込めばそれで済む話とも言えたからだ。僕のもっともな疑問に、リュウカは寂しげに答えた。

「あれはかなり以前に送り込まれたものです。簡単に言うと、終戦間際に送り込まれた殲滅兵器がようやく孵化しただけなんです」

「で、送った側は戦争なんて放り出したわけか……」

「はい、そういうことです」

 宇宙人の侵略がなくなって何年になるだろうか。その昔は怪獣がたくさん現れて、宇宙人が地球侵略に訪れた。今でも怪獣が海から現れるのは、増殖する怪獣の卵のようなものが海底に残されているからという説がある。宇宙人も巨大な怪獣を送り込むのは大変だったらしく、卵を地球に持っていき、海で育てたというのが怪獣研究者達の見解である。

 それに対し、今度の怪物は陸上で育つ。それ自体も特異なのだが、陸上から現れるとなると海で撃破するという基本的な事前防衛は難しくなる。

 僕が硬い顔をしていると、リュウカが話の続きをし始めた。

「送り込まれた時期と、成長する時期を算出して、地球に援軍、そして雲雀さんに何とかしようという話になったんです」

「親父が死んでること、知ってたの?」

「はい。他の星の仲間から聞いてますから。それでもっと早くに、それと大々的な組織を組みたかったんですけど……」

 と、リュウカは肩を落とした。

「王政時代からの政治家共や、地球より外貨だという話になって、支援の規模も時期も縮小と先延ばしの憂き目にあったんです」

 リュウカは申し訳なさそうに頭を垂れた。

 持ってこられたのは一応のギアと、一人の少女。もしうまくいっていたら、僕なんて必要ないくらいだったのかもしれない。

「でもギア凄いじゃないか。あれで充分だよ」

「そう言ってもらえると嬉しいです。パッシブ星は工業が盛んで、他の星に色々なものを輸出しているのです。まあそれが地球支援を遠ざけたんですけど……」

「どうして?」

「地球は危機の度合いで言うと中の下です。ほぼ毎日怪獣と戦うような星に、パッシブ星はギアやらを輸出していますから、早い話恩より金なんです、嫌ですけど」

 リュウカはむくれながら話した。そこに大人への嫌悪がにじみ出る。Sp1と長野宗徳が伝説的存在であったとしても、今の地球には関係ない。もし僕が大事だというなら、最悪僕だけ星へ連れていけばいいだけの話だ。

「ほんとは私、あと半年くらい早くに来る予定だったのです。ぎりぎり間に合って良かったですけど、間に合ってなかったら雲雀さんに合わせる顔がなかったです」

 そんなもんかなという気がした。彼女の存在を知らず、当事者にならないまま昨日の超竜の一報を聞いたのなら、僕は「大変なことが起こったな」と他人事であったに違いない。

 僕があの時危機感を持って行動できたのは、こうして一分一秒を争って地球へ降り立った少女がいたからだ。僕はこの事件に関わる人間になってしまった。

 リュウカは朝食の時の威勢の良さが嘘のように、この話になるとトーンを落とす。大人に振り回されたことか、僕をだまし討ちにしようとしたことか。色んなことが考えられるが、目の前にある事実はリュウカが申し訳なさそうに俯いているということだけだ。

 リュウカは引け目を感じているように縮こまっている。僕はそんなリュウカをちらりと見た後、前を向いてゆっくり話しかけた。

「あのさ、昨日怪獣退治なんて嫌だって言ったじゃないか」

「……はい」

「でもやっぱり、そういう力がある人って限られてくると思う。死にたくないけど、戦わなきゃ誰かが犠牲になるかもしれない。……昨日の入れて三匹ならまあいいかなって」

 僕は話していて照れくさくなった。あれだけ嫌だと言っていたのに、一日で意見を翻す自分の主張の一貫性のなさは、さすがに恥ずかしかった。

 やっぱりかっこ悪いかな。僕はリュウカの顔をそっと窺った。

 わずかに視界に入ったリュウカは目をきらきら輝かせ、微笑んでいる。そして、相好を崩すと僕の腕にぎゅっと抱きついてきた。

「お前なあ」

「やっぱり雲雀さんは、英雄の星の下に生まれてきた方なのです!」

 と、彼女の言葉を聞いて思い出した。英雄の星の下に生まれたと言えば鈴埜夕陽である。昨日暗がりから現れた鈴埜夕陽は美しいと思ったが、今日この学校へ訪れた彼女は「何か恐ろしい」というイメージしか沸かない。

 僕の迷いはひとまず晴れた。ここでだらだらしている必要もない。僕が立ち上がると、リュウカも僕の腕から離れ、また通称透明シートを被った。

 僕の制服の背中を引っ張る感覚が、歩いている最中ずっと存在する。二人羽織って多分こういう感じで何かちぐはぐなんだろうなと思い知らされる。

 階段を下り、靴箱のある中央口へ出るために廊下を歩く。が、それを遮るように人だかりが見えた。およそ廊下を突っ切ることなど出来ない人だかりである。

「すみませーん、写メいいですかー」

「あ、こっち向いてくださーい」

 この学校でこんな騒ぎ方は見たことがない。別にここからでなくとも、別の階段からでも中央口には行ける。僕はUターンするように階段へ戻ろうとした。すると僕の背に強烈な声がかけられた。

「あっ! 長野いた!」

「鈴埜さん、長野見つけましたよー」

 男の声女の声、色々混じり合ったざわめきが僕を捉える。こんな風に声をかけられることなど今まで一度足りとてなかった。その気圧される声におたおたしている間、僕はまた別の群衆のひとかけらに囲まれていた。

「こ、これ、な、何ですか?」

「……私が君と話をしたいと周りに言っていたからだよ」

 南極の棚氷を連想させるような、冷ややかを通り越えた声が僕の耳に響く。周りを囲んでいた人間が、割れるように道を作った。その割れた道の先に、涼やかな黒の瞳が僕の瞳を真っ直ぐ捉えていた。

 そう、間違えるはずもない。本物の鈴埜夕陽が、僕を見つける為に立っている。

 彼女は人垣をゆっくり抜け、僕の眼前に立った。そして切れ長の目を崩すことなく、淡々と僕に訊ねてきた。

「君と話をしたい。場所を移せないか」

「ここじゃ駄目ですか」

 僕が不満げに口を曲げると、彼女は僕の真横に立ち、ともすれば人波にかき消えそうな声で囁いた。

「……ここで駄目なのは君の方だろう」

 僕ははっとした。彼女の目は、僕の背を捉えている。だが他の誰一人として僕の背後に「もう一人いる」ということに気付いていない。

 もしかすると、彼女は英雄の星の下に生まれたのではなく、英雄の星を自分でたぐり寄せたのかもしれない。断ることなど出来ない。僕が黙って頷くと、彼女も同じような動作をして階段へと向かった。

 一階に辿り着き、彼女は中央口ではなく裏庭に出た。僕もそれに付き従うと、彼女は人気がなく、校舎の死角になる場所で立ち止まった。

「ここならいいだろう。それと疲れるだろうから、姿を見せてくれていい」

 淡々と話す彼女は、やはり僕の背を見据えている。僕が肘で後ろをそっと突くと、頬を膨らませたリュウカがシートを脱ぎ捨てるように地面へ叩きつけ、姿を現した。

「面白い技術だ。君達の研究所は最先端の技術を持っているんだな」

「そんないいものじゃないですよ」

 僕が静かに対峙すると、彼女は二人のボディガードを目で追いやった。彼らはすぐさま出入り口である中央口の方へ向かい、人が来ないように計らってくる。

「で、話って何ですか」

「簡単なことだ、怪獣は我々軍に任せろ。君の領分じゃない」

 毅然と胸を張って彼女は告げた。だが僕はリュウカという少女の運んできた思いを無駄にしたくはない。ついさっき心に決めたことを、僕もやり返すようにぶつけた。

「それは出来ません」

「何故」

「軍が優秀なのは認めます。でもあんな強力な怪獣が出てきたんです。備えはいくつあったって構わないと思います」

 僕がそう言うと、横からリュウカもちょっかいを出すように口を挟んできた。

「お前らは昨日も言ったようにウミガメを追ってればいいんです。こっちのギアの方が性能は上ですから」

「法で禁じられているというのに、断るというのか」

 彼女は僕に問いただす。僕は唇を結んだまま、彼女に視線を返した。

「ええ、分かってます。それでも出ます」

「国が君を捕らえるぞ」

「もし捕まえるなら、出撃から戻ってきてからにしてください」

 僕は真っ直ぐ目を見て、トーンを一度も落とさず彼女に答えた。本気で僕を捕まえる気があるなら今この瞬間にでも何らかの対処は出来るはずだ。それをしないということは、向こうにも何らかの思惑があると僕は睨んでいた。

「君は気が強いんだな」

 彼女は眉一つ動かさず淡々と語る。そういう言葉か。僕はそっと答えた。

「気が強いっていうより……自分が頑張ったら、誰か救える。そのことが分かったから、それだけなんです」

 僕はようやく微笑むことが出来た。さっきから気を張ってばかりだったけど、誰かを救うという本音を口に出来た。それが僕を楽にしてくれた。

「どうしてもやめないのか」

「やめる理由がないですから。誰かを助けられるならそれでいいんです」

「では、その助けるべき誰かに君は含まれているのか?」

 彼女の質問は胸元をかすめる嫌なものだった。そう言われてしまうと身も蓋もない。

「それはあなただって変わらないと思うんですが」

「私は日々の糧をそれで得ている。君はそうではないだろう」

 難しいところだ。僕は頭をかいて、彼女に笑った。

「助かった人のそれからの幸せ、笑顔。全部僕にとってかけがえのない財産です」

 その言葉に彼女は合わせていた目を反らし、黙り込む。

「雲雀さんは金で動く薄汚い根性してる方ではないのです! 分かったら雲雀さんの行動を認めたたえ、あがめるのです!」

「いや、それはいらないけど……ともかく、僕はあなたみたいな凄い人になりたいわけでもないし、褒められたいわけでもない。火が燃えてる、消火器が目の前にある、それだけです」

 僕の拙い例えに、彼女は難しい顔で目を閉じた。

「絶対に、譲らないと」

「僕がどうこうなんて問題じゃない、そう思ってます」

「……頼む! やめてくれ!」

 彼女は堰を切ったように強い声を出し、僕に真っ直ぐ頭を下げてきた。その突然の行動に僕もリュウカもただ目を丸くして、呆然と見送るしか出来ない。

「怪獣との戦いはいつ命を落としてもおかしくない。それを見過ごすなんて出来ない」

 彼女は頭を下げたままありったけの言葉を出す。僕はどうしようもできず頭をかいた。

「あの、頭上げてください」

 僕が呟くと、彼女はゆっくり頭を上げた。いつも凜としている顔が、ほんの少し意地悪なことを言えば泣きそうなほどもろいものに変わっていた。

「優しいんですね。こんな風に思ってもらえるの、嬉しいです」

「……取り乱して済まない。でも命を懸けるのは軍人だけでいい」

「大丈夫です。死なない根拠はないですけど、死ぬつもりだけはないですから」

 僕の無駄な励ましに、彼女は寂しげに笑った。そして視線を落とすと、ぽそりと口走った。

「君はやはり、長野宗徳の息子なんだな」

「知ってるんですか、父のこと」

「知り合いですらないよ。ただ忘れてはならない人物だとは思っている」

 僕と彼女の間に沈黙がまた過ぎる。他方、地球事情に置いてけぼりをくらったリュウカが、また頬を膨らませて彼女を睨み付けた。

「軍人女、いい加減にするんです。誰のおかげで昨日の被害が防げたと思ってるんですか!」

「リュウカ、それはもうやめよう」

「雲雀さん……でも」

「いいんだよ、向こうだって引け目があるから僕達を逮捕しないんだろう。そこにつけ込むのは卑怯だよ」

「うう……」

「僕達はあなた達の邪魔をする気もないです。でも自分たちの行動を止めるつもりもないです。あんなの、軍でも僕達でも誰かが倒せばいいだけの話ですから」

 僕がそう言い切ると、彼女は口を真一文字に結んだ後、軽く息をつき、いつもテレビで見る強い彼女の顔に戻った。

「ならばそうすればいい。こちらも沽券に懸けて君達より先に敵を殲滅する」

「分かりました」

「有意義な話し合いだった、ありがとう」

 最後に笑顔のない感謝の言葉を述べ、彼女は中央口へ歩いていった。二人の屈強な男を連れ立ち去る彼女は、戦乙女とでも言うべき大きな存在に見える。

 しばらくしてリュウカが僕にそっと目を向けた。

「雲雀さん、あいつ、お父様のことを知っているんでしょうか」

 僕はお前のそのお父様呼ばわりの方が気になるんだがと口走りそうになり、そのまま口をつぐんだ。ただリュウカの言う通り、あのろくでもない父を知っていたり、冷酷な強さと情熱的なもろさを交互に見せつけられたりと、鈴埜夕陽の本当の姿が分からなくなった。

 まだ二十四時間経っていないというのに、ここまで慌ただしくなるものなのか。僕はうすらぼんやりと今の時間を気にしてみた。

 そしてうっすら目を閉じた。

「リュウカ、いいか。今から一生懸命走れ」

「え、え? 雲雀さんゆっくり歩いてくれるんじゃ……」

「そんな暇ない! ていうかもうなくなってるんだ!」

 僕は叫んだ。そしてリュウカを一瞥して中央口へ走り出した。軍人は戦って糧を得るという。僕は戦っても糧を得ることは出来ない。糧を得るために出来ることは、今無心になって走ることだけである。

 多分、怪獣の亡霊に呪われている。僕はそんなオカルトを、一瞬だけ本気で信じた。

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