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四畳一間の怪獣退治 renew!!  作者: やまみひなた
第一章――宇宙人の恩返し編――
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ありえない転校話

 怪獣が炎を吐く。人々が逃げ惑う。

 僕は必死に逃げようとするのに足が動かない。迫りくる怪獣の巨大な顎。咆哮が耳をつんざき僕は震える足を必死に伸ばす。だが動いた一歩はするりと滑り、僕の体を横に転がし目の前を絶望で覆った――

「っ!」

 僕は飛び上がった。恐ろしい夢だった。怪獣の夢を見るなんてどのくらい久しぶりだろうか。しかも怪獣に襲われる夢など生まれて始めてである。

 夢で見ても、巨大な化け物に襲われ、足が鉛のように重たくなるという光景は怖いものだ。しかもこけて逃げようを失い潰されそうになるのは、目が覚めても思い出したくない。あれほど現実味のある夢はそうそう見られないだろう。

 僕は汗を拭ってため息をついた。僕の寝ていた布団の上に、薄いパジャマ姿の少女が被さるように乗っかっている。

 金髪碧眼。誰だっただろう。僕は少し笑ってとんと軽く手を叩いた。昨日僕の家に上がり込んできた、何たら星からやってきたリュウカという少女だ。

 僕にのしかかるように腹ばいになり、すやすや気持ちよさげな寝息を立てている。

 浮き出る額の血管を抑え、僕は彼女の耳元に近づいた。モーニングコールをサービスしてやろうという温かな心遣いだ。

「起きろこのボケ宇宙人っっっっ!」

 出せるだけの巨大な声を、厚顔無恥の宇宙人の耳へ叩き込む。しかしながら奴はさすがの面の厚さで、まぶたをこすりながらあくびをした。

「ふぁい、雲雀しゃん、おはようございましゅ」

 奴はのびをしながらパジャマをくいと伸ばした。彼女の父親の地球侵略時のような怪物スタイルなら気持ち悪いだけなのだが、どこからどう見ても地球人の少女である。羞恥心の差はあるのかもしれないが、その胸元がはだけかけた格好はやめて頂きたかった。

「お前な、このアパートの部屋狭いんだよ。転がってくるな」

「寝相の……良い方ではないので……ふぁい……よくベッドから……ころんで……ふぁい」

 と、リュウカは二度寝を始めようとする。僕は耳を引っ張って強引に起こした。

 こんな馬鹿なことをしている場合ではない。僕にわずかに許された、学校開始までの安らぎの一時がどんどん削れていく。僕は急いで布団を丸め、制服に着替えた。

 行く当てがないというより、行く当てをここに決めているリュウカは、僕の家に勝手に上がり込んで生活を始めた。追い払うための口実に食費の実費負担を求めると、リュウカは笑顔で僕に通帳を突き付けてきた。何でもここへ来る前に、口座を作ってきたという。僕でなくとも羨ましい金額が入っていて、僕は思わず目を丸くした。どうしたのかと聞くと、以前の地球侵攻の際に必要となった元手の金塊をいくつか売り払って現金を作ったという。宇宙人が地球に訪れるには、地球の人間が海外へ行くよりややこしい段取りを整えなければならないのだと思い知らされた瞬間だった。

 目玉焼きを作り、その傍らに炒めたキャベツを添える。後は買っておいた食パンをかじるのみだ。

「どうぞ」

「むむむ」

「どうかした?」

「卵は二つがいいです。卵かけご飯であったとしても」

 知るかと言って僕は朝食を口にした。普段は朝食を取らないことも多いが、一応の客人がいる中でのそれは失礼と思い、朝食を出した。そこにケチをつけられるのだからたまったものではない。

 一方、目の前のリュウカは黙っていれば深窓の佳人と言っても過言ではない姿をしているのに、食事にがっつく有様である。これではせっかくの美人も台無しだ。

「ところでリュウカ」

「はい?」

「僕、これから学校行くんだけど、お前どうするの。てかここで何やっとくの?」

 少しばかり気になり、そんなことを口走った。リュウカは遠路はるばるメカを運んできた少女である。となると役割は当然、僕のいない合間にメンテナンスだろうという読みがあった。そしてもう一つ、付いてこられると多分ややこしいことになるから、ここでおとなしくしてろという意味合いもあった。

 が、僕のその考えは、期待すればするほどことごとく裏切られるもので、爽やかな能天気さを誇る笑顔で「付いていきます!」という言葉を得た。

「……来て何やるんだよ」

「何が起こるか分かりませんから! 私が側にいて雲雀さんのサポートをするのです!」

 いやあ、あの、こないでいただきたいんですけど。僕はじっとリュウカの目を捉えるが、リュウカは意味を解さずにこりと微笑み返す。

 これ以上やり合うだけ無駄だ。流れに身を任せた方が楽な時もある。というよりも、もう時間がない。僕は時計を一瞥して、食器を手に立ち上がった。するとリュウカもそそくさと同じように食器を流しに運び、肩に小さなポーチをかけて制服姿の僕の横についた。

 仕方なしに玄関の扉を開ける。うっすら冷えた空気が、澄んだ感じで心地よい。リュウカはドアを開ける僕の腕の下をくぐり、悪戯っぽく先に外へ出た。

 肌寒さは変わらないものの、空は秋晴れで日差し自体は突き刺さるように眩しい。

 学校までは徒歩で十分ほどの近距離だ。通学事情を顧みた受験期に、僕はこの近所の高校へ行くのがベストと判断した。そして何もないながらに平和でそこそこの毎日を送っている。

 だが一般的な学生服姿の僕の横で、人目を引く金髪碧眼の少女が私服で歩いている。どう見てもおかしな状況で、行き過ぎる他の同じ服を着た生徒が横目で数度こちらを見てくる。

「むー」

 こちらを見られているのに腹を立てたのか、リュウカが頬を膨らませた。お前のせいだからと忠告すべくため息をこぼしながら振り向いた。だがそのリュウカの肩は落ちていて、どこか気落ちしているように思えた。

「リュ、リュウカ? どうかした?」

「制服、可愛いです」

 僕は彼女の意見に小首を傾げた。この学校の制服は有名デザイナー作とかいうものではなく、日本にごくありふれたブレザーの制服だ。僕は素早く勢いよく何度も首を横に振った。

「これで可愛いとかない。もっと可愛い制服のとこいっぱいあるから」

「そうなんですか? パッシブ星の学校はもっと地味な制服でした。短いスカートもああいう服に合わせたらすごく可愛いです」

 リュウカはポーチの肩紐の端をきゅっと握りながら、小さな声を発した。

 そういう意見もあるのかと、僕は思わず頷いた。ごくごく当たり前にしていることが、この宇宙からやってきた少女には特別に見える。それはもしかしたら、僕に似ている部分があったのかもしれない。

「じゃあ、パッシブ星に帰った時、地球の制服のデザイン教えないとな」

 僕がちょっと笑って言ってみると、リュウカはきょとんとした。分かってないのかと「わざわざここまで来たんだろ」と諭すと、ようやく僕の言いたいことを理解したのか、目元を細めて頷いた。考えてみれば制服のデザインだって、日本になかったものが海外からもたらされたのだ。ここで生活して得たものを還元するのも、文化の変容の一ページになるかもしれない。

 と、にこにこするリュウカを側に連れていると、にわかに前方が慌ただしくなってきた。

 いつもこの時間帯は登校ラッシュで人が混み合う時間帯だが、少し混雑の具合がおかしい。

「雲雀さん、ちょっと横道入っていいですか?」

 僕の服の端をリュウカがつまむ。僕は彼女に連れられるまま、細路地の電柱脇に連れられた。

 リュウカはポーチを探り出す。そこで手にしたのは一枚のフィルムに似たものだった。

「これをきゅっと巻いてですね……どうです?」

 リュウカの声が僕の耳に届く。だがその姿は見えない。いや、先ほどまで見えていたのだが今は見えないという方が正しい。

「もしかして、姿を消す機械?」

「はい、偏光透過型のフィルムです。これがあれば、学校の中でも大丈夫です!」

 まあ、それなら大丈夫かと僕は胸をなで下ろした。それよりも気にかかるのは、道の向こうで繰り広げられている異様な人の群れである。何やら話し合っている主婦もいて、学校で何かあったのかと思わせるような雰囲気だ。

 僕は姿を隠したリュウカを連れ、校門前へ急いだ。だがそこは更なる人の群れで溢れかえっていて、より一層の物々しさを見せていた。

 周囲にワゴンのような車が駐まっている。スチルカメラ、ビデオカメラ、そんなものを持った人間が数多く学校前を取り囲んでいる。マイクを持ったレポーターは笑顔で登校する生徒に質問を続けていた。

「何だこれ……」

 この学校に通い始めて二年目だが、こんな騒動は見たことがない。僕が唖然としていると、他の生徒にふいにされたレポーターが僕に近づいてきた。

「えっと、こちらの生徒さんですよね?」

 無視して去りたかったが、透明になったリュウカと僕を繋ぐのは、リュウカの僕の腕を引っ張る力だけである。僕が突っ切ると、歩幅の小さな彼女は瞬く間に迷ってしまう。そうしたところに前方をふさがれ、僕はマイクを向けられてしまった。

「あ、はい……何でしょうか」

「今日からこちらの学校に、鈴埜夕陽さんが通われるのをご存じですか?」 鈴埜夕陽って誰だろう。聞いたことあるような名前だなあ。何かのアイドルかな。と、僕の頭は情報を瞬時に処理できなかった。

 しかしその言葉が意味するものを理解した瞬間、僕の目は皿のように丸くなり、逆にレポーターへ食ってかかっていた。

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください! それ本当ですか!」

「あれ……知らない? あ、え? 鈴埜夕陽もうすぐ来る? あ、ごめんなさい、ありがとうございました!」

 と、レポーターは僕に向けていたマイクをすっと引っ込め、新しい情報へ向かって走り出した。他方、僕はがやがや騒ぐ校門近辺で、暫時立ち尽くしていた。

「雲雀さん、鈴埜夕陽って、あの昨日の軍人女ですよね?」

 その言い方はないだろう。そんな突っ込みを入れる気力すら沸かず、僕は前方を凝視していた。無罪放免を勝ち取ったはずなのに、重要監視対象としてマークされている。鈴埜夕陽がここへ来るというのは、それ以外あり得なかった。

「軍人女、何考えてるんでしょうね。でも丁度いいです。雲雀さんの方が格上だってところを存分に見せてやりましょう!」

 リュウカは僕を励ます。ただその効能は非常に怪しく、むしろマイナスになっているのではないかと僕の心が訴えかけた。

 怪獣退治のエース、鈴埜夕陽が職務を捨てて一般の高校に通う。年齢的にはあり得る話だが、シチュエーション的には絶対にあり得ない。

 どうしたものかと、僕は雲の少ない秋空を虚ろな目で見上げた。

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