爆弾犯とコロシタ奴と
爆弾に関し、どうするべきか、この星の偉い人達が集まって検討を始めた。街の警備の強化、それだけでなく、目撃者に物品を与えるという大事態に発展していた。
僕もその探索に参加したかった。だがそれを行うと、リーノさんの身に危機が迫る。
新しく用意された住処。フローリングの床が、畳暮らしだった僕には馴染みにくい。
でも、そんな緊迫した状態だというのに、リーノさんは一生懸命料理を作っている。
もっとも、それを料理といえるような代物だったらだが……。
「雲雀さん、炒め物に挑戦しました。たっぷり召し上がってくださいね」
「……はい」
目の前に、黒焦げの物体の乗った皿が置かれる。これは何だろうか。肉と野菜と……僕には理解できないものだ。
仕方なく食べる。炭素の苦い味が舌に響く。
僕は何とかそれを完食した後、吐きそうな思いを必死にこらえてリーノさんに訊ねた。
「あの、リーノさん、爆弾の犯人、追いかけます? それとも安全になるまでここで身を隠しますか?」
僕の言葉に彼女は首を横に振る。
いつもふわふわした眼差しなのに、こんな時だけ真剣な目だ。
「色んな方に言っているように、私は皇女でも何でもありません。だからこの国の安全を脅かすものを、許すわけにはいかないのです」
彼女の強い意志に僕は気圧されそうだった。
この人は、普段穏やかなのに、自分自身をしっかり持っている。そして何より、誰よりもこの星の人達を愛している。
ここで一人でいさせるよりは、外で探索の手伝いをしてもらった方がいいかもしれない。
五分ほど悩んだ。連れていくべきか、連れざるべきか。
結局、五分後に出た答えは「彼女を連れていく」だった。
外に出て、周囲を伺う。僕は本物の軍人ではないので、後ろから誰かが来るとか、人の気配がすぐに感じられるなんて能力はない。
だから、必死に、一歩ずつ周りに目をこらすのだ。
そして、二十分ほど歩いて、僕達はある人物と合流していた。
「はあ、人の目が相変わらずきついのです」
くたびれたような声を発し、僕達の目の前に現れたのはリュウカだ。
自分自身が大変な時期に、こうして僕達の爆弾犯捜査に付き合ってくれるのは大変ありがたい。
「リュウカさん、来て下さってありがとうございます」
「……まあ、最近雲雀さんの側になかなかいられませんから。たまには一緒に街も歩きたいのです」
そんなことを話していると、僕達の側に少し大人びた雰囲気の女性が近づいてきた。
「リュウカ中尉、ご活躍、本当に感動しております」
「あ、はい……」
「今、爆弾事件で大変なことになっていますが、中尉ならきっと解決して頂けると信じています。私は何も出来ませんが、応援しています」
彼女は一礼すると、足早に去っていった。
リュウカにかけられた期待は、かなりのものだ。さすが、国の英雄は違うと感じさせられる。
「リュウカさん、さすがですね」
「お、皇女様、そんなことを仰らないでください! 私は元はただの民間人でしたし……それに父が……」
「過去は過去です。私は、未来に希望を抱いて生きたいと思っておりますから」
いつも偉そうなリュウカが、リーノさんの前ではしゅんとなる。
不思議な光景としか言いようがない。
爆弾事件、それに関して僕は気になることを訊ねた。
「爆弾、タイマー式だったんだろ?」
「はい、そうです」
「だったら単独犯の可能性も考えられるよな。タイマーのセットの仕方でいくらでもばらまけるし」
腕を組んで、僕はリュウカに提言する。だがその言葉に、リュウカは色よい顔を見せなかった。
「爆発前に見つかった爆弾が、数個見つかりました。それが……どう考えても離れすぎた距離で、量もそうですけど、一人で行うのは不可能なものなのです」
リュウカは苦しげに呟く。僕の頭の中では、犯人はあの男、ダムア大佐だと思っていた。だが大佐ほどの地位がある人間がそのような馬鹿なことをするはずもない。
なら、同じく彼の星から来た人間が破壊工作に勤しんでいるのか?
「現在、グルンから来た人間には監視を付けています。全員文官といった感じで、破壊工作を行う人間には見えませんし、実際何の動きもしていません」
リュウカの言葉に、僕も声を失う。
このタイミングで爆破工作など行うのは、ダムア大佐の関係者以外いないはずだ。
では、誰がそんなことを行うのか。
考えても考えても結論は出なくて、僕の頭は混乱しそうだった。
「よお坊や、悩んでる顔つきだなあ」
後方から、馬鹿にしたような声が飛んでくる。
振り返ると、いつも通り口を上向きにつり上げたダムア大佐がいた。
「おやおや、中尉殿も」
「……リュウカさん、雲雀さん、お知り合いですか?」
不安を感じる声で、隣にいるリーノさんが呟く。
説明すべきかどうか迷っていると、一歩前に出て、ダムア大佐がリーノさんににっこり笑った。
「私、グルンの王室直属の兵士、ダムアと申します」
「グルン……」
グルンという言葉が出た瞬間、リーノさんの顔が曇った。彼女も自分の出自は理解しているらしい。そして、何を以てこの男が接近してきたかも察したようだ。
「グルンとパッシブは友星。しかし今、グルンの王政は崩壊しかかっているのです。パッシブはすでに王政が崩壊し、皇女の意義はなくなったはず。私は、皇女にグルンの王室に戻って頂くため、ここへ来たのです」
彼は普段の人を小馬鹿にしたような言い回しが嘘のように、淡々と語る。
だがリーノさんの彼を見る目は、決して優しいものではなかった。ともすれば、それは敵意にも似た目であるのは、機微に鈍い僕が見ても分かるほどだ。
「私は、パッシブで生まれ育った、いち市民です。そして今、この星は大きな事件を抱えています。それが解決するまで、そのようなお話を私の一存で受諾するわけにはいきません」
彼女は毅然とした態度で言い切った。するとダムア大佐は鼻息を漏らし、にやりと笑って僕を見た。
「皇女様は立派だねえ。なあ、怪獣殺し、宇宙人殺しの息子さん」
「……え」
「そのまんまの意味だよ。固まるなよ、事実だろ?」
その言葉に、僕の体が動かなくなる。確かにそれは事実だ。でもそうしないと、地球にいる人達はたくさん死んでいた。
僕が呆然としていると、リュウカは唇を強く結び、非力な腕で彼の顔に殴りかかっていた。だが運動神経の鈍いリュウカのそれが当たるわけもなく、ダムア大佐にあっさり受け止められていた。
「綺麗なお嬢さんが暴力はいけないなあ。あと事実は事実として受け止めようぜ?」
「宗徳さんはそんな方ではありません! 自分の星を守ることの何が悪いんですか! 攻めたのは、こっちじゃないですか!」
「攻めた方にも家族がいる。難しい問題だねえ。ま、もっと簡単な爆弾事件の解決に勤しむべきだと思うがね。じゃあな」
ダムア大佐はえらく上機嫌な顔で立ち去っていった。
僕は何も言えず、黙っていた。ふと横にいるリュウカを見る。泣くのを必死にこらえて、肩をふるわせていた。
リュウカの力になりたいと思っているのに、僕は何も出来ない。
僕の父は、外から見れば単なる殺戮者だったのか。
リュウカが憧れ続けた存在は、破壊の象徴だったのか。
何か言ってあげたいのに、何も言えない弱い僕がいる。
するとリーノさんがリュウカの側により、その手をそっと手にした。
「リュウカさん、気に病む必要はありません」
「でも……私の好きなSP1があんな言い方されたら……!」
「守っても誰かが死ぬ。守らなくても誰かが死ぬ。私はこの国の動乱の際にそのことを痛感しました。だから今、私は動乱の元になった私、そして我が兄の罪を償うため、無様でも生きているのです」
彼女は優しく語りかける。強い言葉ではなく、包み込むように。
「人には色んな意見があります。でも、あなたが誇りに思うなら、あなたの世界ではそれはどんなものよりも崇高なものなのです。だから、他人の意見に惑わされないでください」
彼女に諭されると、リュウカはこらえていた一線を越えてしまったのか、大きな声を上げて泣き出した。その頭を、リーノさんが苦笑しながらなで続ける。
不思議な人だと思っていたけど、自分を持っている人だったんだ。僕もいつか、誰かを言葉だけで救えるようになりたい。
「リュウカ、泣き終わったら、爆弾犯探しするからな!」
あえてリュウカに強い言葉を発する。泣き声の小さくなったリュウカはわずかに頷いた。
この事件が終わらない限り、どうにもならない。
必ず、犯人を捕まえてみせる。
ようやく前を向いたリュウカの背を見て、僕は強く誓った。
今回なかなかロボット出てきていないことに今更気付く。




