顕現する危機
それから一週間、僕は再びリーノさんの護衛についていた。
ホテル暮らしもそろそろ終わりだ。
僕はリーノさんを伴って、フィンさんの働く外務専用のビルへと向かった。
「長野さん、ご苦労様です。姫様、気苦労などございませんか」
「いえ、長野さんにはよくしてもらっています。この一月、何も事件らしい事件など起こりませんでしたから」
そうですか、と彼女は頷いてから顎に手を宛てた。
彼女の何か思うところがある時の仕草だ。僕は何も言わず、彼女の目をじっと見据えた。
だが彼女は僕のその追求を躱すように何も言わず、一つ咳払いをしてから皇女様に訊ねだした。
「姫様、長野さんに護衛をしてもらうのは、本日で終了、ということでよろしいでしょうか」
彼女が涼しげな目で語りかけると、彼女はむっとした顔でフィンさんを睨み付けた。
「どうしてですか。私は雲雀さんと一緒に生活したいです」
「彼の信用枠から考えると、狭い住居しか用意できません。姫様にそのような暮らしをさせるわけにはいかないとご理解ください」
この国の貨幣制度が僕に襲いかかる。といっても、実績など何もない僕にそもそも給金が与えられていること自体がおかしいのだ。
それに、狭苦しい住居なら、あの男がどのような手段で攻撃してきてもおかしくはない。僕一人なら何とかなる。でもそこにリーノさんまで加わった時、全てを守り切る自信はない。
「確かに、現在姫様の住まわれている家が、民に合わせて小さなものになっていることは否めません。ですが、彼の住む場所は一人暮らし用の、貴方様が想像できないほど狭い部屋です」
「そうなのですか!」
「……姫様、何故嬉しそうにはしゃぐのですか」
「私、ホテル暮らしで慣れましたもの。雲雀さんは、私が退屈そうにしていれば、色々お話をしてくださったり、髪を撫でてくださったり、腕をさすってくださったり、とてもお優しい方ですもの」
へえ、とフィンさんは笑った。そして次の瞬間、とげとげしい視線が僕を襲った。色々話をしたのは本当だ。だが髪を撫でたことも腕をさすったこともない。
この人、やっぱ天然小悪魔だ。
「フィ、フィンさん、あの、僕は何もしてませんよ」
「ええ、そうですね。それに私は最初に、あなたと姫様が結ばれるようなことがあれば善きかなと申し上げました。……ですが、少々お戯れが過ぎるのではありませんか?」
彼女は僕の言うことを信じていない。僕はリーノさんを見た。彼女は潤んだ眼差しで、僕をじっと見つめる。そういうシリアスな顔をされると、こちらとしても大変困るのに。
「リュウカ中尉からやや女癖が悪いと聞いていましたが……はあ」
「いや、だから本当に違うんですって! それより、どうするんですか。そんな信用のない僕と一緒に、皇女様を一緒に生活させるわけにはいかないでしょ」
半ばやけになりながら、僕は彼女に進言した。彼女もすぐさま頷こうとした。
――が、それを止めたのも、やはり問題の姫、リーノさんだった。
「私、嫌です。せっかく心を通わせられる人と出会えたのに……」
「姫様……」
「兄はあの日、私の中で亡くなりました」
彼女は淡々と話す。まるで機械の様に。
「若さから来る暴走は仕方ないと思います。ですが、この星を捨てクアンタへ向かった兄は、果たして正しいのでしょうか。フィン、あなたには大変世話になっております。ですが、今の私は天涯孤独の身なのです」
彼女の柔らかな諭す言葉に、フィンさんもしばらくして黙ってしまった。
「ともかく、私は雲雀さんと小さなお部屋で一緒に生活することを選びます。素敵だと思いませんか?」
無邪気に話す彼女を脇に置き、僕とフィンさんは小声で話していた。
「あの人って昔からああなんですか?」
「いえ、むしろ最近おかしいくらいで……」
と、僕達が静かに声を合わせていると、彼女が唐突にこちらへ目向けてきた。
「あの、お二人ともどうかしましたか?」
「いえ、何でもないですそれよりも――」
と、僕が話しかけようとした瞬間、フィンさんの指輪が輝いた。こんな時に面倒事をよこすなと言わんばかりの不満顔で、フィンさんは通話に出る。
「こちらフィンですが」
通信越しに見えるフィンさんの顔は青ざめていた。やがて通信が切れたかと思うと、彼女は僕達に向き合って、静かに語り出した。
「この街で今、様々な爆発事件が起きています。テロリズム的行為とも言えますが」
「そんな……酷い」
「幸い軽傷者だけでは済んでいますが、国として看過出来ない問題です。」
フィンさんはあくまで外相補佐の立場を崩さない顔つきをしていた。だがその目の奥に灯る、怒りは誰にも消すことは出来ない。
あの男だ。あいつが僕をおびき出すため仕掛けてきたんだ。
自分の復讐の心を満たしたくて、こんな行為に及んだ。
ただ悔しくて、怪我をした人達のことを思うと涙が出そうだった。
僕が悔しさで歯がみしている時、フィンさんがゆっくり訊ねてきた。
「長野二等兵、問題はあなたにあると推測されます。あなたは故郷に帰ること、それともここに残ること、どちらを選びますか」
「こんな事態になって、僕も正直どうすればいいのか分かりません。でもせっかくリュウカや地球のみんな、それにリーノさんがここへ来て喜んでくれてる。爆弾をしかけた奴は許せません。でもそんな奴を殺すんじゃなく、捕まえて罪を償わせる為にギアをもらった考えていますから」
僕の言葉を聞いて彼女は少し笑った。
「姫様の護衛もお願いしたいのですが、何分どこから仕掛けてくるか分かりません。姫様の護衛はどうなさるおつもりで?」
「リーノさんと一緒に生活するのは多少緊張しますけど、彼女を守れるのが僕だけだって言うのなら、僕は進んで彼女を守る盾になります」
フィンさんはこくりと頷き、通信をどこかに入れた。
リュウカと交わした約束。そのために、僕は立ち上がらなきゃいけない。
だから僕は、あの人の持つ憎しみを消したい。
しばらくした後、フィンさんは笑顔でリーノさんに向け口を開いた。
「姫様のご希望に添いまして、高くない家を用意しておきました。ただし長野さん、周りに姫様の護衛の者がいることを忘れずに」
自分から政略結婚させようとしたくせに、僕に手を出すなとはひどい話だ。
それでも、フィンさんやリーノさん、そして何よりリュウカを守れることが僕の力の原動力に変わっていた。




