怪物の真意
リーノさんと初めて出会った、あの公園で、あの男、ダムア大佐が木にもたれかかっていた。
僕に気づくと、顔を動かさず、一瞥よこしまた己の世界に入り込むように前を見据えた。
固唾を呑みながら、一歩、また一歩彼に近づく。
「そうびくびくすんなよ。こっちにもこっちの流儀ってもんがある」
ダムア大佐は背を木に打ち付け、その反動で起き上がった。
先ほどレストランで会った時の、嘲笑するような顔はない。僕を侮蔑するような、冷たい眼差しをそっと見せている。
「どうして、このタイミングなんですか」
「この星の奴らがクアンタを救いに行ったのは知っていた。ただ、そこで追放されたセルラがいたことやセノフォトンがまだ作られていたことは知らなかったな」
「……そうですか。でも、セノフォトンは廃棄することが決まりました。僕の星は、宇宙にとってもう驚異ではないんです」
僕が真剣な目で返すと、彼は鼻を鳴らし腕を組んだ。
「一度出来上がった技術を、どうやって記憶から忘却する?」
「それは……」
「セノフォトンの製造方法はてめえの星の科学者ならよく知ってるはずだ。潜在的危機ってやつだな」
否定できない側面はある。そして僕は、それに反論する術を持っていなかった。
「まあセノフォトンも皇女も俺にとってはどうでもいいんだよ」
と、男は服の袖をまくり上げ、大きく腕を振った。
むくり、むくりと筋肉が膨張していく。やがてその腕は丸太よりも太くなり、獣のような厚い毛に覆われた怪物の腕を見せてきた。
そしてもう一つ。彼の顔が、人間のそれから、地球上では見たこともない、怪獣のそれに変わっていた。
「これが俺の本当の姿だ。俺の星は獣の血が混じってる奴が1/3はいる。だがその地位は限りなく低い。見ろ、これをよ」
と、男は右腕の内側を見せてきた。
深い、深い傷が癒合しないまま残り続けている。
「怪獣を連れててめえの星を襲いに行った。三体ロボットを倒した。さあ次はどいつだと思って出てきたのが、てめえの親父の乗るSP1だった」
「……父さんが」
「さっきの三体より明らかにしょぼい作りのロボでな。こんなのさっさと潰して……と思ったら、このザマよ。貧弱なメカを操縦技術で補う。死の狭間で俺は仲間に救われて星へ戻った」
彼は淡々と語る。だがその目に灯る憎しみは、僕が今まで見たこともない、激しい闇を抱えていた。
「王は化け物の血を引いてる俺ですら、爺さんの代から近衛兵にしてくれた。大帝に命じられ、クアンタの制圧に成功すれば五等星の俺の星は三等星まで上がる。王への恩を返す時……そう思ってたのによおおおお!」
ダムア大佐は思いきり木を殴った。めきり。鈍い音がして、木が幹から折れていく。
「ちっ、ここの木はもろいな。始末書書かなきゃなんねえ」
「その……あなたの事情は分かりました。凄く済まないことをしたと思います。でも、僕達にも守らなきゃいけないことがあったんです」
「なくて戦ってたら頭おかしいよなあ? でもな、少年、よく覚えておけ。お前の親父の掲げた正義で、俺の星は無様な羽目をさらすことになった。元々怪獣を育てて出荷するのが主産業の資源に乏しい星だ」
「つまり、あなたの正義と僕達の正義は両立しない、そう言いたいんですね」
「よく分かっている。そうだ。この星の問題を大事にして、俺の星を復権させるもよし、皇女を連れ帰ってよその上位の星から新たな王を迎えるもよし。正に千載一遇のチャンスってわけよ」
そうですか。
僕はそう呟きながら、拳を握りしめていた。
確かに彼の言う、互いの利益が両立しないのは分かる。
でもそこに、ここで生きたいと願うリーノさんの思いや、また動乱を巻き起こして成り上がろうというこの男の気持ちは理解できない。そして理解したくもない。
「長野雲雀、だったな」
「ええ、そうですが」
「お前の身の振り方一つで、この宇宙のありようが変わる。それくらいてめえの親父は恨みを買ってる。よく覚えておけ」
彼が低い声で呟くと、膨れあがっていた腕は収縮し、その化け物然とした顔も元の陰湿な感じのする人間の顔に戻った。
「俺はこの街を今日もぶらぶらさせてもらうぜ。じゃあな」
彼は最後にそう残し、不気味な笑みを絶やさないまま公園を抜けていった。
僕のあり方で、宇宙が変わる。
父のしてきたこと。地球を救ったこと。
もしここに残って、この星が戦乱に巻き込まれることになったら?
地球を必死になって救ってくれたリュウカや多くの人達が、それで傷つくことになったら?
あの男の言うことは脅迫だと分かっている。
でも僕は、彼の言うことの中にあるわずかな妥当性に心を揺さぶられていた。
「……平穏に終わるって、どういうことだろう」




