義勇二等兵、誕生
彼女はそう言うと、外相室の扉を開いた。その先に、昨日のようにリュウカのお父さんが座っている。
「長野君、朝から済まない」
「いえ、これからのことですから」
「何か指針は決まったか?」
「いえ……まだ。ただ、ここら辺で何かバイトを見つけて、皆さんの迷惑にならないようにって考えてます」
僕の言葉が意外だったのか、彼はぽかんと口を開けていた。
ただその次に、失笑を漏らしながら僕を見た。
「フィン君」
「はい。長野雲雀。あなたはこの星の義勇兵として地位を与えます。一定の給金も渡します。ただし階級は二等兵相当」
「え、え……? ぼ、僕が軍人に……?」
「仮の形の軍属です。別に戦場に立てというつもりはありません。ただし有事の際には動いてもらうこともあろうかと思いますが」
有事、と聞いてびくりとする。だがそれをなだめるように、リュウカのお父さんが苦笑した。
「ここは特に敵対している星はない。あるとするなら、他の星の怪獣を倒しに行くくらいだよ」
「外相、お言葉ですが、彼の乗ってきたSP1ならその力は充分にあると思われます。いずれ」
「まあ、考えておくよ。彼もまだ昨日の今日だ。ここのことを何も知らないだろう。生活に慣れてもらったら、考えてもらうこともあるさ」
リュウカのお父さんは、僕を強く庇ってくれた。フィンさんはそれが気に召さないのか、少し唇を曲げていたが、すぐにいつもの冷静な顔に戻り、リュウカへ向いた。
「中尉、今日も記者会見などあります」
「あ、あの、私はいいんです。雲雀さんが……」
「確かに彼はSP1を操縦しました。が、その前に敵を倒すギアをもたらしたのは誰か、おわかりですね?」
彼女の言葉は幾らでも反論できるものだ。でもその威圧感が彼女の言葉をものの見事に封印してしまう。
「私はその……」
「真っ先に自分が行くと挙手されたのは?」
「……はい、私です」
厳格な教師と落ちこぼれ生徒のようなやりとりに、僕も声を掛けづらくなる。しかし、あの地球に飛来を決意したのが、リュウカ自身だったとは僕も知らなかった。
「ともかく、この国の喧噪を収めるには、中尉が努力しなければいけないのです。分かりますか、あなた自身の地位と照らし合わせて考えてください」
「……そこまで言われなくても分かってますよババア」
「何か?」
「い、いえ何も」
彼女はリュウカにうっすら微笑み、僕に封筒を渡してきた。どうやらここに僕の身分を示すもの一式が収まっているらしい。
これで、僕の新しい日々がスタートする。
どんな風になるかはまだ分からないけど、でもやらなきゃいけない。
地球で約束した、多くの人達にまた笑顔で会うために。
「それでは、外相」
彼女は一礼して、部屋の外へ出た。
中にはやっぱりリングが入っていた。僕がそれをまじまじ見ていると、リュウカが横から口を挟んできた。
「地球で言うところの電子マネーです。この星では、貨幣はもう大昔になくなりましたから」
「そうなの、でもこれ……」
「当座の生活費くらいは入ってると思いますよ。あのババアもさすがに雲雀さんに嫌がらせしたらどうなるかくらいは分かっていますから」
と、リュウカが彼女を貶す言葉を連発していると、リュウカのお父さんがこほんと咳払いした。
「リュウカ、お前があの人を嫌いなのは分かる。だが元国王派であっても現政権の人間だ。言葉遣いには気を付けなさい」
「……はぁい」
すごく、とても分かりやすい不満げな声でリュウカは応える。もうここまで来たら眼の前でも貶すくらいの度量を持てばいいのに。
もっとも、あの人の妙な威圧感の前では、リュウカの喧噪は鳴りを潜めるのだろう。
「雲雀さん、とりあえずここでの用事は終わりです。何かありますか?」
「いや、特にない。ホテルの場所も大体把握したし、街を見たいかな」
「そうですか、では私が――」
「リュウカ、先ほどフィン君の言っていたことを聞いていなかったわけではあるまい」
「……そうやってみんな私と雲雀さんの二人きりの時間を奪うのですね」
「そういうつもりじゃない、ただ職務をこなせというだけだ」
真っ当な意見だ。僕の世話より、フィンさんに指示された、記者会見の準備が必要だろう。この星では彼女が今、とてつもないヒーローなのだから。
「リュウカ、暇になったら、どこか一緒に行こう」
「は、はい! 喜んで行かせていただきます!」
リュウカは格段に弾んだ声で僕を下から見る。
何だかんだ言っても、まだ子供なんだな、と僕は笑いながら部屋を後にした。
コンカイハゼンカイトチガッテイッカイガミジカイゾ




