あの、話してもいいですか?
その晩、僕に連絡はなかった。
テレビを付けていると、どの放送局もリュウカのインタビューばかりが放送されていた。さすがこの国の威信をかけた存在である。僕も一歩間違えばあんな扱いをされたのだろうか。さすがにちょっと、恐ろしい。
リュウカのインタビューをひとしきり見て僕はゆっくりとベッドで寝た。普段布団の生活だったため、ベッドで眠る生活は少し心苦しい。
眠りが浅かったせいか、五時前に起きてしまった。まだ朝食の時間でもない。
何をやればいいのか、困ったものだ。
暇つぶしにカーテンを開く。昨日の、森のような庭園が見える。
「あ……」
こんな朝だというのに、今日もあの銀髪の少女が森の中で木の葉と戯れている。時折樹肌を撫でたりして、本当に自然が好きなのだと感じさせられる。
銀色の髪が秋風に揺られる。彼女が手にしていた木の葉はどこかへ消えた。彼女はどこだろうと探し続ける。何というか、幼さよりも精霊のような雰囲気を感じる人だ。
「……」
窓から彼女を見つめ続けていた僕と、彼女の目が合った。彼女は目を反らすことなくにこりと微笑み、こくりと頷く。
あんな美人と僕がお知り合いになっていいのだろうか?
いや、いいから彼女は僕に微笑んでくれたんだろう。
と、そこまで考えて冷や水を浴びせるように冷静な思考が自分の中を襲った。
ただの愛想。そして物珍しい黒髪の人間。笑ってくれてフラグが立つなら僕の人生何度フラグが立ったんだ。フラグなんて、一度もなかったことを思い出し、また悲しくなる。
でもちょっと、彼女と話してみたい。こんな朝早くから庭園でたわむれている人なんて、不思議で、好奇心をかき立てられる。
僕は急ぎ足で空気加圧式のエレベーターに乗り込み、急いでボタンを押した。
僕は朝も接客に勤しむホテルマンの方々に頭を下げ、大急ぎで公園に出た。彼女がまだいればいいんだけど。
――いた
彼女は相変わらず木の葉と戯れている。
話しかけるべきか、否か。怪獣と戦闘を決めた時よりも、胸が押しつぶされそうなのが分かる。
でも、ここで話しかけなきゃ、一生機会を失う気がする。僕は意を決して彼女に近づいた。
「……あ、あの」
「あら……ホテルにいらっしゃる方ですよね」
僕が先制の言葉を放つより先に、彼女から返事が来た。
いや、違うんですよ、そうではないんです、と言えない自分がまた悲しい。僕ははい、と頷きながら彼女の側に一歩だけ迫った。
彼女はにっこりと微笑みながら、手にしていた落ち葉を僕に見せた。
「落ち葉、どう思います?」
「もう木にとっては要らない存在だけど……それが地面に落ちることで地面が肥沃して、木の繁栄に役立ちますよね」
「ふふ、そうですね。それじゃあ、またね」
彼女は屈みながら優しく微笑み落ち葉を根の辺りにそれをそっと置いた。
「この葉はこの木さんの持ち物だったわけですから。返さないと」
「……律儀なんですね。僕なら葉っぱなんて気にしないですけど」
「そういう性格なんです、きっと」
と彼女は笑うと、その青い瞳で僕の目をじっと見据えた。
「綺麗な黒の瞳。それに黒髪も綺麗ですね」
「そ、そうですか? あなたの銀髪に碧眼の方が綺麗だと思いますけど」
「こんなありふれたもの、誰も気にしません」
彼女は踊るようにくるりと舞う。その姿形は妖精そのもので、本当に人と同じ姿形をしたものなのか疑わしく思わせる。
「私は何もありませんもの。ただぼんやり生きているだけの、無意味な凡人に過ぎません」
彼女は自分を卑下するように、寂しげな目を見せる。
気づくと僕は一歩前に出て、彼女に強く叫んでいた。
「生きている意味のない人間なんていません!」
彼女は小首を少し傾げたあと、ふふと笑ってくるりと背を見せた。
「私はいつもここにいます。またお会いした時には、よろしくお願いします」
「そ、そうですか。またよろしくお願いします」
そのまま彼女は木の葉の溢れる木々の群れを踏みながら、ゆっくり僕から離れ、そのまま視界外へ消えた。
やっぱり、何から何まで変な人だ。
でも、あの銀色の長い髪は、彼女の細身の体によく似合っている。
リュウカの場合はただの貧相な体という感じしかしなかったのに、彼女は細身で綺麗という印象を受けた。
人は外見よりも、印象の方が大事なんだと思い知らされる。
冷たい風が吹く。昨日、日差しが強かったから暖かい季節だと思っていたが、木の様子を見る感じ、秋から冬にかけての季節らしい。
結局、僕の名前も言えず、あの子の名前も聞けなかったままだったな。
まあ、この近辺をうろついていたらまた会えるさ。
僕は楽観的な考えで、朝食の準備をしているホテルへと戻った。
リュウカがあれだけまずいと言っていた卵は普通に美味しかった。
宇宙人と地球人では味覚のずれがあるのか?
そんなことを考えながら、僕はバイキング形式の食事にありついた。
今日の予定は九時にリュウカと合流して、正式な地位をもらういこと。
この間までただの学生だった人間が地位だの英雄だの、何だか派手な話だなと僕は俯瞰するかのように自分を見ていた。




