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四畳一間の怪獣退治 renew!!  作者: やまみひなた
第一章――宇宙人の恩返し編――
18/42

形勢逆転

 僕と鈴埜さんは、出来る限りの全速力で基地へと帰投した。だが僕達を歓迎してくれる人間などいない。いたのは、まるで僕が最初に連れてこられた時のように、銃器を向けてくる兵士の姿だった。

 訓練中に好意的に接してくれた人達の姿はない。どちらかといえば、見知らぬ人間ばかりだった。

「大尉、ギアは外してもらえますか。武器として危険なので」

 銃を向けながら、兵士の一人が告げる。人間の所持する火器くらいならば、ギアの装甲で弾くことが出来る。だがリュウカという人質を取られている現状で、鈴埜さんは抵抗する素振りをまったくみせず、ギアをゆっくり脱ぎ、そっとアスファルトの大地に置いていった。

 耐熱性に優れる程度の、ボディスーツ姿になった鈴埜さんに合わせるように、僕もギアの装着を解いた。彼女の戦士然とした姿と違い、僕はいつも通りのTシャツ姿を見せると、兵士の何名かが失笑を漏らした。

「これが王が気にされていた男の息子か。思ったよりも無様だな」

 彼らの口から漏れた「王」という言葉が引っかかった。だが僕に長考する隙を与えないように、背中に銃口を突き付けられた。

 こういうのは一回目で慣れている。僕が無言のまま歩き出すと、鈴埜さんも何も言わずゆっくり歩き出した。

 ここ最近、ずっとこの場所を歩いていて親近感が少しわいていたはずなのに、こうして強制的に歩かされると、ここがまるで見知らぬ嫌な場所に思えてくる。

 指揮を行う司令部ではなく、僕達は基地の端にある薄汚い倉庫前に連れていかれた。その入り口前に、腕組みをする神嶋室長と、後ろ手に手かせをつけられ、身動きの取れなくなったリュウカが数人の兵士に取り囲まれ僕達を見つめてきた。

「もう少しねばるかと思ったが、さすが鈴埜君が側にいるだけあるね。的確で賢明な判断に感謝するよ」

「室長、その少女は関係ないはずです。離してください」

 銃口を突き付けられているというのに、鈴埜さんは毅然と告げる。だが室長はため息交じりに手を上げた。

「まあ君がそう言いたくなるのも分かる。だが私には随分と関係のある人間でね」

 彼は口元をつり上げると、何を思ったか、つねるように右手を自分の頬に当てた。そして皮を引っ張るように、その手を滑らせていく。

「お前……そういうことだったんですか!」

 後ろ手に縛られたリュウカが思わず叫んでいた。黒髪、そして若作りの雰囲気を持つ中年男の顔はない。金髪碧眼、眉目秀麗な異国の若い男の姿がそこに見えた。

「初めまして、長野君、そして鈴埜君。私はそこにいる少女と同じ星に生まれた宇宙人、パッシブ星第三十二代星王、セルラという」

 彼は――宇宙人だった。そして期せずして自身が宇宙人で明かされたリュウカは、鈴埜さんと目を合わせることが出来ず、唇を震わせながら視線を下に落としていた。

 僕は彼が宇宙人だと聞き、ようやく一部を察した。この男はリュウカの父が起こしたクーデターによって星を追われた人物だ。そしてパッシブ星人は地球侵略の際に姿を変えたように、精巧な仮面を作り身にまとうことが出来る。この男は神嶋室長という人間を演じながら、今日この日まで生きてきたのだ。

「初めて私がこの星に来た時、この国は様々な問題を抱えていた。そこで宇宙人との対外交渉やギアの技術提供など……そうやって私は神嶋という人間に変えられたのさ」

 鈴埜さんが唇をぎゅっと閉じる。室長の経歴はかなり不明な点が多い。だがそれも国と極秘に契約した宇宙人となれば、合点がいく。

 だが理解できないのは彼がこうして反乱を起こしたことだ。今まで超竜撃破に協力しておきながら、国に反旗を翻すのは今一つ理解できない。僕が彼の目を強く見据えていると、彼はためいきと共に語り始めた。

「君には私が裏切り者に見えるかい」

「ええ、それ以外の何物でもないですよ」

「残念だ。私は君の父上、長野宗徳の遺志を継ぐため、こうして立ち上がったのに」

 彼が口にした父の名。目の前の脅威から目を反らし、国を滅ぼそうとしている人間の言葉とは到底思えない。

「お前みたいないい加減な人間が、宗徳さんの名前を言うなです!」

「ああ、そうかもしれんな。だがその言葉を真っ先に向けるべきは、この国の人間に対してではないかね?」

 彼は淡々と語りながら、ゆっくり僕達の方へ近づいてくる。激しい雨が、彼の髪を濡らし、僕の視界を遮る。

「星を追われた私は長野宗徳を憎んだ。だがこの国へ来て、亡くなった彼の来歴を調べる内に彼の生き様に心惹かれるようになった」

「あの人は……そういう……」

「ああ、君にはそう映っただろう。だが賞賛されず、石つぶてを投げられても彼は最後まで怪獣から人々を守るために戦い抜いた。だがこの国の民はどうだ? 亡くなったことに対し、悲しみどころか罵声さえ浴びせたではないか! 私は……追われた自分の身の上と、たった一人でも戦い抜いた長野宗徳に、いつしか自らを重ね合わせていた」

 とつとつと語る彼の目は、黒く染まった空の向こうを見つめていた。あの雨雲を超えたところに何があるのか、僕には分からない。青空か、彼の母星なのか、それとも真っ暗闇の宇宙なのか。だが彼は長野宗徳に傾倒し、この暴虐とも取れる動きに身をやつした。

「超竜は、あなたが仕組んだことなんですか」

「かつての侵略者達の残しものさ。パッシブ星も星系連合に加わっていたため、その生体に関してはよく知っていたよ」

「じゃあ、僕を宛がったのは……」

「ああ。君が現れるのも、鈴埜夕陽という作られた英雄を生み出したのも全て計算の上だ」

「その先に何があるんですか!」

「人々は絶望する。そして真の英雄を自らの手で抹殺したことを悔いる。その先など、ない」

 彼は細い目で口を結んだまま腕を組んだ。

 今もなお、超竜はセノフォトンを狙って中央研に向かっている。それだというのに僕は首を振りながら、落ち着かない顔で彼に訊いた。

「どうして……あなたはそんなに英雄なんてものにこだわるんですか。そんなもの、幻想でしかないし、いいことなんて一つもなかった」

「ああ、当人にとっては何のメリットもないものだろう。だが人々は鈴埜夕陽に憧れ、怪獣をなぎ倒すSP1に輝きを見た。当人が望まなくても、英雄は人の心には必要なのだよ。そして今の乱れた宇宙にも」

 彼はそう呟くと、懐から薬でも入れるような小瓶を抜き出し、僕達に示してきた。その中に浸された液体は、緑色に輝いている。その光る液体に、鈴埜さんがはっとした顔を見せた。

「まさか……セノフォトン!」

「そうだ。これさえあれば、秩序なき宇宙に正しき日々をもたらすことが出来る」

 彼は鼻息を大きく漏らし、ほくそ笑んだ。その彼に納得いかないと、捕まっているリュウカが口角泡を飛ばして叫び散らした。

「お前は、お前は何にも分かってないです! 宗徳さんは、そんなために戦ってたわけじゃないってなんで分からないんですか!」

「本人はそうだろう。だが先ほども言ったように、人には英雄が必要なのだ」

「そんなのじゃない! 宗徳さんは守るために戦ったんです! お前は暴力で他人を屈させるために力を手に入れようとしているだけじゃないですか!」

 リュウカの強い口調に、縛っていた兵士の一人が顔をしかめ、手にしていた銃のグリップでリュウカの後頭部を殴りつけた。その荒々しい姿に僕はきっと歯がみして兵士を睨むが、逆に挑発するかのように笑い返された。

 すると神嶋室長は兵士を諫めるかのようにそっと頷き、雨ざらしの髪を一度拭うと倉庫の入り口に振り返った。

「この中に私の願いを完遂するものがある。作られた英雄、そして英雄のなり損ないよ、来たまえ」

 兵士に手渡されたリモコンを彼が押すと、重苦しいシャッターがこすれる甲高い音を立てながら開いていく。僕と鈴埜さんは銃を突き付けられたまま、その倉庫の中へ連れていかれた。

 兵士の一人が倉庫の脇に行き、明かりのスイッチを入れる。暗がりだった世界に明かりがともり、目元が一瞬くらんでいく。

 そして僕達は、そこに鎮座する巨体に再び絶句していた。

 重厚な金属で出来た、黒いボディ。そして全身につけられた様々な武器。それは僕の知っている「そいつ」ではなかった。だが間違いなく「そいつ」である。

「まさか……SP1……」

 そこに立つ巨人は、間違いなく父がその生死を共にしたSP1だった。だがトレードマークの銀色のボディは見受けられない。そのカラーリングは、闇を思わせる黒に変わっていた。

 銀色ではない、漆黒に染まったSP1は破壊の憎しみを映している。先日奪われた頭部や腕部も、改修を施されしっかりと取り付けられていた。

「セノフォトンを使用したエンジン、そしてパッシブ星の技術を惜しみなく投入した、一騎当千の機体が出来上がったよ」

 得意げに語る彼に、僕は疑念の目を向けた。彼はもっともだと言わんばかりに首を縦に振った。

「パッシブ星の戦士は、頭と腕を伝統的に重視する。かつては自ら認め倒した敵兵の腕と首を持ち帰ったほどだ」

「だから……だから倉庫からSP1の頭を腕を盗んだんですね! この泥棒野郎! しかも変な色に変えやがって最低です!」

「正統なる遺志を継ぐSP1にするためには必要なことだったのさ。もっとも、部品はクロサキが提供してくれたのだがね」

「クロサキとは……室長、もしやあなたは!」

「会長様と少し話をさせて頂いただけだよ。ゆめゆめ油断めされるな、それだけだがね」

 その言葉を耳にすると、僕は我が身の情けなさからうなだれそうになった。恐らく彼は、優花さんや僕を脅迫のネタに使ったのだ。そして放置されていた倉庫の開放に成功し、必要な部品を回収した。事情を知らない会長さんからすれば、使えないSP1の部品より、僕や優花さんの命の方が大事だろう。むしろそれで何とかなるなら、好きなだけ持っていかせるはずだ。

 悔しい。そのはずなのに、怒りがわき起こらない。その時僕はふと気付いた。僕はこの神嶋室長と名乗った男に怒りを感じるわけがない。僕がこの男に感じているのは、ただ一つ、憐憫だけだ。

 父は決して尊敬できる人ではなかった。それでも優花さんや鈴埜さん、リュウカや多くの人達に輝きを残してこの世から去った。この男もまたその輝きに導かれ、ついには自ら手に入れようとしている。だが本質をはき違えすぎて、輝きが逃げてばかりに気付いていない。そのむなしさが、僕から怒りを奪い取っていた。

 僕のその気持ちをくみ取ることなく、神嶋室長は鎮座するSP1を見つめ、悠然と語った。

「あの強化したSP1には単体で宇宙に離脱するだけのブースターを取り付けてある。超竜もあと少しすれば中央研に到達し、終わりだ。鈴埜君、長い間ご苦労だった」

 と、彼は突然今までのような柔和な笑みを浮かべ、鈴埜さんに近づいた。鈴埜さんは警戒を解かないように彼を睨み付けるが、彼は受け流すように口の両端を上げ続けた。

「君は功労者だ。私にとって必要だった君や長野君がそのまま死ぬのは惜しい」

「何を仰りたいのですか」

「兵士達のために飛行機をいくつか用意してある。私の部下に君達を海外の安全な場へ移してあげようと思ってね」

 鈴埜さんは目を見開きながら彼を見つめた。彼は顎を人差し指でなでながら、したり顔を見せた。

「君にとっても、あの少女は邪魔なのだろう?」

「室長……」

「一時の痛み、悲しみは君の慈悲深さで救われる。長野雲雀の傷を癒やすのは、これからの君の役目だ」

 彼は得意げに言い放ち、彼女から目を外し漆黒の巨体に見ほれるように、SP1を眺め続けた。対して僕達の周りには、銃口が光り続ける。およそ選択の余地などない。

 僕は鈴埜さんを横目で見た。彼女は口元を縛り、険しい顔つきで僕やリュウカから目を反らし続ける。

 そして彼女は唇の片端を上げると、神嶋室長の背にゆっくり声を投げた。

「この場に方策がないのは確かです」

「それで、君はどうする」

「あなたの言う通り、この国の民は愚かかもしれません。ですが私はそれでも守り続ける意志はあります」

「ほお、では私の意見を一蹴すると?」

「いえ。ギアのパイロットとしての矜恃は持ち続けます。ですがあなたの指摘通り、リュウカという少女が気にくわないのも確かです」

 彼女がきっぱり言い切ると、神嶋室長は再び彼女へ振り向き、満面の笑みを見せた。そして彼が片手を上げると、鈴埜さんを前に進ませるように、銃の先端が軽く彼女の背に押し当てられた。

「そんな……お前本気ですか!」

「悪いが自分の夢を夢で終わらせるような性分じゃない。リュウカ、お前は叶わない夢を見続けて、消えろ」

 彼女の冷徹な姿に、リュウカの顔から血の気が引いていく。僕は鈴埜さんのその言葉が信じられず、愕然としながら肩を落としていた。

 一方神嶋室長は鈴埜さんの前に立ち、彼女を褒め称えるように両手で肩を叩いた。

「君のその隠し持ったどす黒さは、嫌いではない」

「お褒めにあずかり光栄です。ただ黒いというのはやめてください。私にも負けられない戦いがあった、それだけのことです」

 彼女が冗談めかして呟く。それに神嶋室長も笑い飛ばした。リュウカは唇を噛み、抵抗できない体を震わせている。

 僕が見たかった結末は、こんなのじゃなかった。もうどこにも未来を変えられる可能性なんてないのかもしれない。ただその悔しさが心の底からわき上がって、僕は大声で叫んでいた。

「たとえどんなことがあったってあきらめない! 父さんは……長野宗徳は死んだって色んな人の心の中で生きてたんだ! 最後の一瞬になったって、僕は絶対にあきらめない!」

「長野君、威勢良く叫ぶのは構わないが、その可能性はどこにある?」

「可能性なんて……本当はもうないかもしれません。でもその可能性が欠片もないって気持ちになった時、本当に自分の中にある心が終わるんです!」

 彼は僕の言葉を、まるで演劇の台詞を聞いたかのように拍手をして受け入れた。そして金の前髪をかき上げて、僕に目を合わせた。リュウカの温かな緑色とは違う、冷たい緑の色だった。

「君の父上が生きていれば、きっと今の君を見て泣くだろう。君の勇ましさはただの蛮勇だ、やめたまえ」

「ここで誰かを助けられるのは、もう僕しかいないんだ!」

「だが、ギアもなしでどうする? 君は戦う術すらないのだぞ?」

「そう……今の長野くんに戦う術はない。その通りです」

 鈴埜さんの静かな声がそっと響いた。その瞬間、銃口の光と激しい破裂音が辺りに響いた。

 僕は目を丸くして前を見た。鈴埜さんが神嶋室長の首と右腕をその細身の腕で締め上げ、周りを睨み付けていた。

 周りの兵士が銃口を一斉に彼女に向ける。だが主君たる神嶋室長を人質に取った彼女のイニシアティブは比較にならない。彼女のボディスーツには彼を捕らえる際の流れ弾が炸裂したのか、幾筋かの血が付いていた。それでも致命傷を食らわず、神嶋室長を締め上げる彼女は流石としか言いようがない。

「鈴埜君……!」

「あなたの動きがあと少し速ければ、私が返り討ちに遭うところでした」

「まさか……君を拾ったことが私にとって災厄となるとはな」

「メッキで出来た飾りと言われぬために、私なりに努力はしてきたつもりです」

 そして鈴埜さんは一層腕に力を込め、室長の首筋を締め上げていく。息苦しさか、それとも動脈を押さえられたためか室長の顔が歪んだ。

「武器を捨てろ! 貴様らが撃つならこの男を盾にする! 長野雲雀やリュウカを人質に取ってもそれは変わらん! それならばこの国賊を今ここで私が始末するだけだ!」

「貴様……王になんたる非礼を!」

「何度も言わせるな。貴様らの銃でこの男を殺すか、私がこの男の首をへし折るか。それとも貴様らが全面的に降伏するか。好きに選べ!」

 彼女の威圧的な言動に、攻撃一辺倒だった兵士達が互いの顔を見合わせその動きを止めた。あるものは僕やリュウカの額に銃口を突き付けたが、それでも彼女の動きは変わらない。それを見て、臣下たる兵士達は無理だと確信したのか、諦めたように次々と銃を捨てた。


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