全て仕組まれていたこと
軍と契約する際、僕は「技術を公開しないこと」を条件に掲げた。表向きには独自技術なので、ということにしているが、分かる人間の目に入れば、これが地球では作れないとすぐに見破られる。
リュウカの立場をまずくしたくない。だから僕は軍と協力体制を取った後も、基地の隅で隠れるようにギアを装着し、演習に赴いていた。
そして今日、最後の戦いが行われる。リュウカを笑顔で送り出すための戦いだ。
僕は自分の頬を一度強く引っぱたいた。やっぱり、痛い。僕は手をぎゅっと握りしめ、用意されている倉庫の端で呟いた。
「最後だ。……変身、パワー」
まぶたを閉じ、重たい声をそっと呟く。倉庫に置いてあったキャリーバッグが光り、僕の体にまとわりつく。瞬時にギア姿へ移り変わった僕は、軽く浮きながら外の発着場へ進んでいく。
外では僕とほぼ同じタイミングで、鈴埜さんの駆るゼロエックスが現れた。部隊の他の機体は基礎六種対処のため、それぞれ遠くの海域で待機している。つまり今日の戦いは、僕と鈴埜さんでけりをつけなければならない。
「長野くん、大丈夫か」
通信が入る。僕は何とか「はい」と声を振り絞った。すると、彼女が僕のメットを抱え込み自分のメットの額に当ててきた。
「君に何かあるなら私が全力で守る。それくらいは信用してくれていいんだぞ」
「……大丈夫です!」
「元気を取り戻したようだな。では行くぞ」
ゼロエックスが射出カタパルトに足を預ける。機体上部が徐々に柔らかな緑色に光ると、やがてその光はゼロエックスの全身を包み込んだ。
「ZX2、出撃する」
彼女は冷静に告げた。それは僕が知り合う前の凛とした鈴埜夕陽に重なる声だった。
だが僕は彼女がどういう気持ちを持って戦っているか知っている。今の彼女となら最高の戦果を上げられるはずだ。
雨脚の強まる黒い空を見て、僕はそっと目を閉じた。ほんのちょっと前に、僕の住むアパートに訪れた金髪の少女。慌ただしい中色んなことがあって、記憶の底に沈めた名前を何度も聞かされた。
僕のギアの周りに青い光の粒子が集まり、それが全身の表面をぐるぐると駆け巡っていく。
僕の体がふわりと浮いた。
「特型一号、行きます」
特別に与えられた偽の名を呟き、僕は空へと舞った。高速から安定へ、一瞬のうちに僕の体は雲の上の世界を滑っていた。
「長野くん、場所のデータは受け取っているな?」
僕の前方を飛ぶ鈴埜さんが、支援機を従え僕に訊ねてきた。僕は与えられたデータを見ながら肯定の返事を飛ばした。
「中央研から百五十キロメートル圏内の山中ですね」
「今回の敵の動きは前回にもまして鈍い。中央研との直線上にある町の住人にはすでに避難の指示が及んでいる」
僕は彼女の意図することを理解し「了解」とだけ応えた。住人にとっては町自体が大事なものだ。それを破壊される前に倒してしまう、その腹づもりなのだろう。
人間にとってその距離は遠いかもしれないが、怪獣にはほんのわずかな遠出でしかない。僕が気を引き締めていると、先導するゼロエックスが降下を始めた。同じように僕も支援機と共に降下していく。
雨雲の中へ潜り、また雨ざらしの世界へ戻っていく。土砂降りの視界の中見えたのは、灰色の体をした、昆虫のような化け物だった。だが呼吸器らしき口などなく、破壊することを忘れたようにただ真っ直ぐ突き進む姿は不気味そのものだった。
最後の超竜が足を踏みしめる度に、地面がめり込んでいく。ぐしゃり、ぐしゃり。だがすくわれたそれに気を取られることなく、超竜は一歩、また一歩と無機質に歩く。
「ZX2、敵に接近。僚機と共に交戦に入る」
ゼロエックスは火器を手にし、僕も同じようにいつものライフルを取り出した。僕が隔離空間を作り、互いに空間内へ突撃。一瞬の内に殲滅するという作戦だ。
僕の手元に銃が現れる。ゼロエックスが掩護射撃をする間、僕はしっかりと狙いをつけて、弾丸を撃ち放った。まるで沸騰した湯のように、小さな泡が少しずつ巨大化していく。
これで超竜の動きは止まるはず――僕と鈴埜さんはそう確信した。だがその目論見は一瞬の内に崩れ去った。
超竜は腕を折りたたむと、その黒目のない不気味な赤目から、空間に向けて光弾を発した。
空間に飲まれ、逆方向へ飛んでいくはずの光弾は、空間の端に激突し、穴を作っていく。そして、超竜が十発も光弾を撃つ頃には、空間は完全に溶け、その進撃を再開させていた。
「……効かないか!」
鈴埜さんが上ずった声で言い放つが、その手にしたマシンガンを抱えながら、最後の超竜へ向け接近を図る。
だが超竜はそれすらも意に介さないのか、弾丸を食らっても反撃もせず真っ直ぐ歩き続ける。その寡黙にさえ見える姿が、今までの生き物らしさを前面に押し出した超竜とはまったく違う不気味さを僕に与えてきた。
「僕も行きます!」
僕はライフルを消し、ビームガンを取り出そうとした。だが瞬時に現れるはずのライフルが、すぐに消えてくれない。数秒ほどしてライフルは消えたが、ビームガンの登場にはまた数秒かかる。
こんな大事な一戦を前にして整備不足なんて、笑うことが出来ない。僕は苦虫を噛みつぶしたような顔で、超竜に接近した。
「なんでこんな時に反応が鈍いんだよ!」
思わず僕の口から独り言が漏れる。普段高速な動きをしてくれるギアの動きが、超竜に近づくにつれどんどん遅くなっていく。幸い敵は僕達に狙いをつけていないため、たたき落とされるという心配は今のところないが、このままではギアの最大の武器である敵の攪乱が出来ない。
遅れを取る僕に代わり、鈴埜さんの駆るゼロエックスの銃口が火を吹き続ける。だが弾丸の装填数の少ないマシンガンは、すぐにその輝きを失った。
「ZX2より支援機へ。ロケットランチャーによる攻撃に切り替える」
鈴埜さんが命令をする。だがその声に反応はない。
「ZX2より支援機へ。補給を要請する」
「……申し訳ありませんが、それは無理です」
冷たい声が通信越しにそっと返される。鈴埜さんははっと後ろを振り返った。先ほどまで随伴していたはずの支援機が、一機も見当たらない。
「どういうことだ!」
「すぐに分かります」
姿も見えない支援機から、声だけが聞こえてくる。鈴埜さんは暫時無言になっていたが、すぐさま怪獣に振り向き、腰のホルダーに取り付けてある拳銃のような威力のない武器を構えた。
このままじゃまずい。動きが鈍いと愚痴りそうになっていた僕も、ようやく現れたビームガンを取りだし鈴埜さんの動きに追随した。
今までの傾向から言えば、あの目が弱点である可能性が高い。僕は狙いをつけ、その生き物とは思えない宝石のような巨大な赤目に向けてビームを撃った。
――が、その一撃を超竜は躱すことなく、真っ直ぐ受け止めた。跳ね返るわけではない。まるで光が吸い込まれるかのように、ビームがその目の中に消えていった。
鈴埜さんが急ぎ拳銃の引き金を引く。だがその目はかなりの硬質を誇るのか、威力の弱い銃では傷一つ付かない。
支援機による補給もなく、僕達のギアの燃料は減る一方だ。じり貧になりつつある中、超竜は突如その進撃する足を止めた。
何かを思うように、立ち止まり真っ直ぐ前を見る。僕達もその場にいる何もかもを気にしないような素振りは、機械のような精緻を感じさせる。
そして腕を折りたたんだかと思うと、天を仰ぐようにおもむろに腕を空に伸ばし、赤目を雨空へと向けた。すると超竜の体に、蒼の輝きがまとわりつき、一つの光の帯となってその巨体を眩しく光らせた。
発光した超竜は、低いうめき声をあげた。すると体を包む光が空へと伸び、黒く染めていた雨雲の一部を蒸発させてしまった。
光の差した空から、通常では現れない翠の光が次々と超竜の元へ降り注いでいく。超竜は毒でも食らったかのように、光に飲まれると一瞬倒れ込んだ。だがその倒れた体はむくむくとふくれあがり、無機質なそれに気味の悪い筋肉質を与えた。
「あの光は……」
鈴埜さんが唖然とする間に、超竜は再び起き上がった。昆虫のような甲殻めいた体の節からあふれ出す、重厚な筋肉。重たい体を引きずり、超竜は先ほどよりも一層遅いペースで歩き出す。しかしその一歩一歩は力強く、重たいものだった。
どうすればこの化け物に勝てるのか。僕の頭が痛くなってきた時、突如通信を示すアラームが灯った。
「やあ、大変なようだね」
そこに聞こえた軽い口調は、忘れもしない神嶋室長のものだった。
「室長! 大変なんです! 支援機がいなくて鈴埜さんが……!」
「ふふ、知ってるよ。その根回しをしたのは私だからね」
神嶋室長の声が、ふいに冷たくなった。僕の背筋が反射的に凍る中、彼は饒舌に言葉を端から端へと並べた。
「もう基礎六種はいない。その超竜が、海にいる基礎六種の種であるクラナトンを吸収したからね」
「室長、悪い冗談はやめてください! それにウミガメがいなくなったんだったら、ゼロエックスの部隊をこっちに回してくださいよ!」
「ふふ、長野君、君の乗るギアはエクステンのエンジンを使用している。鈴埜大尉以外のゼロエックス全てのエンジンを同じものに交換した。その超竜はセノフォトン以外の様々な物質の流れを遅くする。彼らは辿り着けたとしても、まともに戦えるかねえ」
彼の笑う声は、初めて出会った時の朗らかな声が嘘のような、非情なものだった。その時僕はようやく頭から排除しようとしていた事実を飲み込んだ。「この人は裏切り者だったんだ」という、そのことを。
目の前にいる超竜よりも、信じていた人間が裏切ったこと、そのことが今の僕には重くのしかかっていた。
「長野君、そして鈴埜大尉。どうせこのまま戦っても無駄だ。一旦基地に戻りたまえ」
「神嶋室長。その意図はどういうものですか」
「基地に戻ればゆっくり話すよ。ま、もっとも君達が戻らない場合、大量の人間に先立って、一人の少女が亡くなるがね……」
と、彼は薄い笑みをたたえたような声を発し、手にしていたであろうマイクを誰かの方へ向けた。
「雲雀さん! 大丈夫ですか!」
マイク越しに聞こえた大声は、間違いなくリュウカの声だった。リュウカの身に何かあったのか。僕は不安でならず、声を張り上げていた。
「リュウカ! どうしたんだ!」
「こいつらに捕まりました……! ごめんなさい!」
リュウカは悔しげに声をにじませる。僕は歯ぎしりしながら、後方で前進を続ける超竜へ目をやった。
「さあ、早く帰投したまえ。今の君達が努力しても、何も状況は変わらないぞ?」
「室長、一体何の目的で私達を引き上げさせたいのですか」
「作られた英雄、鈴埜夕陽と本物の英雄の息子、長野雲雀の決定的な敗北の瞬間。それを私、そして多くの人間の目に焼き付けさせる、それだけだ」
そう言い切った彼に優しさはない。むしろ、彼は道化を演じていたのだと今更思い知らされる。僕はもう一度後ろを向き、超竜のふくれあがった巨体を見た。硬質な肌は、銃どころかレーザーでも傷をつけられるかどうか怪しいものだった。
戻らなければリュウカは犠牲になる。そして今、ギアの出力は半分以下に低下している。だがここで敵の足止めを出来るのは僕しかいない。肩のこわばりを必死に抑え、僕は鈴埜さんに叫んだ。
「僕は戦います! ここで逃げたら、たくさんの人が犠牲になるんだ!」
何とかなる、何とかする。光明を必死に自分で作り出し、僕は超竜へ体を向けた。だがその前に、鈴埜さんの駆るゼロエックスが立ちふさがった。
「鈴埜さん!」
「君の気持ちも分かる。だが今私達が戻らなければ、リュウカはどうなる」
「でも!」
「長野雲雀、うぬぼれるな! 今の戦況を冷静に判断しろ! 無駄に散れば、救えるものも救えなくなるんだぞ!」
鈴埜さんが激しく僕を責め立てた。だがその声色にはにじみが見えた。
彼女も内心では悔しいのだろう。ここで戻らなければ、リュウカは本当に犠牲になってしまうかもしれない。そして何より今の僕達に戦うだけの余力はない。
僕はもう一度牛歩のごとき前進を続ける超竜を見た。あの硬い体には、手元に出せる武器で傷を付けることは不可能だ。
僕と鈴埜さんは負けたのだろうか。僕は少し考えた。間違いなく負けたのだろう。だがまだ犠牲者が出たわけではない。それなら名誉は失っても、命を守れるチャンスはあるはずだ。
僕は超竜に背を向けた。速度が落ちているとは言え、地方に配属されている他のゼロエックスの部隊よりはすぐに基地に戻ることが出来る。
この瞬間も、望遠レンズでマスメディアが捉えているに違いない。鈴埜さんに汚名をかぶせてしまった悔しさが、僕の体を熱くした。だが欠片ほどのリベンジを掴むために、今は恥を忍んで一時の負けを受け入れるしかない。
神嶋室長が、一体何を思って国に反することを行ったのか。そしてリュウカを捕らえた理由も見えない。
迫り来る超竜の危機と、リュウカの身に降りかかった危険。その二つが合わさり、僕の胸は不安で押しつぶされそうになっていた。




